212.立場によって見え方って違うよね
田舎暮らしを始めて184日目。
コンコン!
静かな部屋の中にノック音が響いた。
「はい、どうぞお入りください」
その声と同時に1人の狼獣人の少年が
部屋に入ってきた。
「俺はファリルだ!えっと、ファリルです……。
歳は19歳になったばかりだ、いや……19歳です」
そういって少年はヘラリと笑った。
「…………」
そんな微妙な言葉使いと態度にクロノスさんの片眉が
ピクリと上がったのは言うまでもない……。
「どうぞお座りください」
凛桜がそう促すと少年はドカリと椅子に腰かけた。
「…………」
あ~あ、足も投げ出しちゃっているし……
うん、もうこの時点で君は-10点くらいひかれているよ。
凛桜は軽く頭が痛くなったがとりあえず続けることにした。
「まずは最初の質問ですが……
今回は何故こちらの仕事に応募したのでしょうか?」
すると狼獣人の少年は頗るいい笑顔で一言こう言った。
「1番は金かなぁ!
それに商会勤務っていったら女にもてるだろう。
最先端な流行り物も簡単に手に入れられるしな
一石二鳥ってやつ?」
はい?
こやつ本気か?
ドヤ顔している感じをみると本気だな……。
「…………」
「しかもお貴族様のお墨付きの商会だよな。
本気であついんですけど!」
はっ?
そんな軽いノリで答えられる質問でしたっけ?
御社の理念に賛同いたしまして……
とかお約束の答えは要らないけれどもさ……。
確実に言っちゃいけないやつじゃないですか?
少年よ……。
横でクロノスさんとルナルドさんが笑顔のまま
羽ペンをボキッと折ったのが見えなかったのかい?
いや、まあお金が欲しいというのは百歩譲ってよしとしよう。
皆さんそれぞれ事情があるでしょうから。
しかし女にモテたいから商会に就職したいっていうのは
いただけないわ。
そもそも商会勤務ってモテポイントなのかしら?
この世界の人気職業ランキングを知らないから
なんともいえないんだけれども……。
それにしてもないわ~
本気でないわ~。
私の世界で言ったらこれって最終面接みたいなものよ?
社長の前でその答えありなの?
残念だけどこの子はなしかな。
1周まわって面白過ぎるから採用!
という度量は私にはございません。
なんでここまで残ったのかしら?
凛桜は目の前にある履歴書と本人を見比べながら
軽くため息をついた。
商会を始めるにあたってまずは人を雇わないと
始まらないなって思ったの。
まあ、商会のトップなのは言うまでもなく私なのですが
なんと会長補佐にクロノスさんが就任いたしました。
最初にその話を聞いた時には丁重にお断りしたのですよ!
ほら、騎士団長の仕事って忙しいじゃない。
それに侯爵様としての仕事も勿論あるわけで……。
その上私の補佐なんかして貰ったらクロノスさんの休む
時間が無くなっちゃうじゃない。
それじゃなくても既にこんなに協力してくれているのだから。
どんだけワーカホリックなんだよって話!
そこはルナルドさんに頼んで信頼おける人を派遣して
貰う予定だったんだけれども……。
どうしても自分が商会のNO.2になるってきかなかったのよね。
頑として譲らないのよ。
思わずその時の事を思い出して遠い目になっちゃったわ。
まあ会長補佐になってくれたらそれは心強いよ。
さっきの狼獣人の少年じゃないけれども
アイオーン家の後ろ盾の力はヤバいからね。
そのお名前だけですでにかなりの効力を発揮していますし。
その上に本人降臨って……
待遇よすぎて逆に引くわ……。
私の我儘で始まった商会みたいなもんだしさ。
まだ本当になにもかも手探り状態なんだよ。
それなのに……
「凛桜さんの隣はいつ何時でも俺じゃなきゃダメだ」
と、手をぎゅっと握られた上に片膝をついて
真剣な眼差しで言われたらから思わず頷いちゃったわ。
そんな口説き文句のような言葉をあの顔で言われて
断れる女子がいたら顔を見たいくらいよ!
イケメンって本当に怖い。
まあお約束のようにカロスさん筆頭にその場にいた全員が
生暖かい視線を私達に送っていたけれど……。
それが吹き飛ぶくらいの出来事だったよ。
そんなこんなで……
始まった商会の人員確保なんだけど。
これが思ったより大変だった!
まずは今年に孤児院を卒業する子達の中から
うちの商会に就職を希望しますという子を募ったのね。
手始めにクロノスさん家の領地とカロスさんと
ノアムさん家の領土にある孤児院限定で行いました。
まだ規模が小さいから正直なところたくさん雇えないんだよね。
そして希望者全員に簡単なテストと面接をおこなったの。
その結果……
キャラリア孤児院からは……
リュートくんの幼馴染で……
シャムネコ獣人の少女のアンナちゃんが
うちに来てくれる事になりました。
この子は将来有望株の1人なんだよね。
まずは何と言っても可愛い!!
アイドルなのか!
と言っても過言じゃないくらい可愛い。
そして外見だけじゃなくて頭も性格もいい。
商会に勤務していた実績もあるしね。
元居た商会に戻ってもいいんだよと言ったのだけれども
本人は戻る意思はないらしい。
理由は聞かなかったけれども何か思う事があったのだろう。
だからルナルドさんを通じて便宜を図ってもらった。
まあ、所謂“金の菓子”的な!?
お約束といえばお約束の品ですわ。
後々何か言われるのも嫌だしね。
そのお陰なのか相手もすんなり受け入れてくれたので
今はルナルドさんの商会で接客の見習いをしてくれています。
行く行くは路面店とかも出したいから
看板娘になってくれる事を
密かに狙っているのだよ、うん。
後は同じくウサギ獣人の少女とオコジョ獣人の少女も
同じように接客係として採用いたしました。
この2人もめちゃくちゃ可愛いのよ。
あ、決して顔で選んでいるとかではありません!
本当にやる気があっていい子達だったから。
そして残りはクマ獣人の少年とサイ獣人の少年を採用しました。
この子達は力仕事が得意だと言っていたので
主にトゥールコ倉庫の管理を任せようと思っています。
そんな感じでカロスさんの領土にある
カリゴオル孤児院からも……
虎獣人の少年2人と猫獣人の少女1人。
ノアムさんの領土にあるネフィリア孤児院からは
キリン獣人の少年1人とリス獣人の少年2人を採用しました。
みんな絶賛ルナルドさんの商会で修行中です。
そしてその他にも即戦力が欲しかったので……
王都とクロノスさん達それぞれの領地のギルドと
住民が職を求めて訪れる案内所にもお知らせを出してもらった。
所謂一般枠というやつだ。
若干名しか枠は考えていないんだけれども。
いい方がいたら即採用したいんだよね。
なぜなら雑務が多くて手が回らないのよ!
で、とりあえず条件としてはやっぱり犯罪歴がない方。
客商売ですので信用が第一とさせて頂きたく
そうさせて頂きました。
あとは転勤が可能な方。
最初は王都とクロノスさんの領土だけに
店を構える予定なんだけど……。
ゆくゆくはカロスさんの領土とノアムさんの領土にも
支店を出したいんだよね。
支店を出せなくても定期的に出店として出すつもりなの。
だから身軽にこちらの指定した地域に行ける方を
優先したいんだよね。
そんなこんなでまずはギルドや職業斡旋所の方の
全面協力の元……
数十人の候補にしぼられましたので!
本日から面接が行われる事になった訳です、はい。
それなのにこういう事もあるのね……。
このダメ狼獣人少年の前の面接者が凄くよかったからさ。
なおさらちょっと驚いてしまったわ。
気の弱そうな羊獣人の双子の少年だったんだけれども!
なんとこの2人……。
数学と幾何学のテストが満点だったらしい。
高等教育を受けた貴族でも難しい計算式を2~3問
忍ばせていたというルナルドさん。
出来なくて当たり前だが……
もし解ける人がいたらもうけもんだと思っていたとの事。
それをまさか一般の王国民の少年が解けるとは
心底驚いたんだって。
だから面接の感触がよかったら必ず採用したい人物
NO.1だと言われていたので私も気合が入っちゃったわ。
で、その子達が気の弱そうな羊獣人の双子だったんだけど
働きながら勉強したいという意欲は物凄く強かったわ。
なんでもまだ下に弟や妹が8人もいるそうだ。
だから家計の中はいつも火の車なんだって。
ご両親は小さな屋台でパンを販売しているそうだ。
だから自分たちがうんと稼いで将来は両親に店を
プレゼントしたいんだって。
ええこ達や……。
こういうしっかりとした目標がある子はブレないのよね。
しかも能力もおりがみつきだ。
通常だったらこんなに能力が高くても一般王国民は
なかなか商会には勤められないらしい。
圧倒的に力のある貴族の長男以外やお金持ちの王国民など
力と権力がある者がやはり優先されるそうだ。
その為に庶民は大金を払って業者に仲介して貰う事も多々
あるのだがそれもよし悪しで色々と問題が起こるとの事だった。
まあ、そうだよね~。
なかなかこの階級制度の柵がやっかいなんだよね。
話したところ感じがいいし一所懸命やってくれそうだから
是非カシムくんの下についてもらって活躍して貰おう。
それか経理部として働いてもらうのもありだな~。
そんな事を思いながらも1日中面接を行った。
「ふああああああ~疲れた!
それに緊張したぁあああ~」
思わずソファーにダイブして寝そべっちゃったわ。
ここはルナルドさんの執務室である。
だからなのかソファーがふっかふかだ。
「お疲れ様。
確かに疲れたな……。
若者達の未来がかかっているから気が抜けなかったぞ」
クロノスさんもそう言いながら隣に座ってきた。
「ほんまやな~。
色々な子がおったが大半は真剣やったもんな」
ルナルドさんが紅茶を入れてくれながら何度も頷いていた。
「本当はみんな採用してあげたいんですけどね」
「そうだな……」
「でもまさか自分が採用側になるとは思わなかったわ」
「凛桜さんの世界ではこういうことはないのか?」
「いやいや、めちゃくちゃあるよ。
私も就職活動中は今日みたいに何度も面接を受けた側だよ」
「そうか……」
「うん、前日は緊張で眠れなかったわ」
「俺もそうだった。
騎士団入団試験の前は眠れなかった」
そう言ってクロノスさんは苦笑した。
「団長でもそんな時代があったんですね」
カロスさんが驚いたようにクロノスの顔を見ていた。
「心臓に毛が生えてそうな顔してはるのに
以外に繊細なんやな……」
少し意地悪そうな顔でルナルドさんが揶揄うと
急に部屋の温度が下がった。
「ああ?」
ちょ、やめて~。
本当にこの2人はいつも一触即発になりそうになるんだから。
「と、ところで誰か印象に残った子いた?」
その雰囲気を打破しようと凛桜はわざと明るくそう言った。
「そ……そうやなぁ……。
わいはやっぱりあの羊獣人の双子の兄弟やね」
ルナルドさんが顔を引きつらせながらそう言うと
今度はカロスさんが口を開いた。
「俺はライオン獣人の青年が良かったですね。
鍛えられた肉体もいい仕上がりでしたし……。
それにハキハキとした受け答えが気持ちよかったですね」
あの面接中に筋肉見ていたんだ……。
筋肉関係ある?
確かにかなりマッチョだったけれども、うん。
「ああ、あの元傭兵の青年か。
確か足を怪我してもう冒険者は続けられないという奴だったな。
そうだな……
カロスの言う通り意思が強そうな青年だったな」
クロノスさんも思い出しているのだろう
同意するように頷いていた。
実は私もその青年は気に入っていた。
歳は30歳と少しいってはいるが……
冒険者としてもランクがそこそこ高かったみたいだし。
ギルドからの推薦状があるくらいの人物だ。
女性に関してもお金に関しても問題を起こしていないのだろう。
清潔感もあって見た目も悪くなかった。
だから路面店の用心棒も兼ねて採用したいなって思っていたの。
勿論主な業務は販売を中心に多岐にわたって
やってもらおうかと思っているのだけれども。
新規事業だし……。
若い子も多いからリーダーとしても引っ張って行って欲しいし。
その延長線上で店の防犯や機械の盗難とかも
防いでくれたらな
と、思っていたのよ。
「あとはあれやな……。
以外かもしれへんが子爵の3男坊の鷲獣人の兄ちゃんもええな」
「「「えっ?」」」
クロノスさんを筆頭に私達は疑問の声をあげてしまった。
「えっ?それってあの方ですよねぇ……」
カロスさんは驚きのあまり目を見開いて
ルナルドさんの顔を見ていた。
「ええ、あのナルシストやろうの鷲獣人の兄ちゃんや」
「お前の目は節穴か!却下だ」
忌々しそうにそう言うとクロノスさんは紅茶を
少し乱暴な仕草で一口ごくりと飲んだ。
本気か!?ルナルドさん。
私も正直いってちょっとあの方は違う意味でどうだろう?
と持っていたのが正直な気持ちだ。
見た目だけで言ったら貴族のお嬢様や奥様が好きそうな男性だ。
何といったらいいのだろう。
よく言えば色気のある青年……
悪く言えば退廃的な香りがするとでも言うのか。
女性受けは抜群だろうが男性受けは地の底な気がする。
面接中も私に流し目をかましてきたからな。
でも不思議と嫌な気持ちはしなかったんだよね。
女ったらしなのは間違いないんだけれど
踏み込んで来るときの距離感とかタイミングとかは絶妙な気がする。
まあ、そんな歩くフェロモンみたいな方だったから
面接中はクロノスさんの威圧がハンパなかったけどね。
「凛桜さんはどうや?」
「えっ?」
思考中にいきなり振られたからちょっと焦った声が出ちゃったわ。
「そうですね……
女性受けは抜群でしょうね。
それに子爵の家系にお生まれなので貴族のつながりも
お持ちでしょう。
それはかなり店としては有利かなとは思いますが……」
「そうやねん。
王都の店舗には貴族の方もぎょうさん買いに来るんや。
そう考えるとその対応ができる者も必要や」
「「…………!!」」
その言葉にクロノスさん達も何か思う事があったようだ。
「そうね。
貴族のお客様も対応できる方が確かに欲しいかも」
「しかしな……。
あいつは危険すぎないか?
それこそ若い女性の従業員に手を出したりしないか?」
「「それはないかな」」
偶然にも私とルナルドさんの返事が被った。
「おお、凛桜さんもそう思ったか?」
ルナルドさんは嬉しそうに目を細めた。
「どうしてだ?凛桜さん。
アイツは凛桜さんにめちゃくちゃちょっかいを
かけていたじゃないか」
クロノスさんは不機嫌そうに尻尾を何度もソファーに
ビタンビタンぶつけていた。
「確かにそうなんだけど……
あれは所謂パフォーマンスなんじゃないかな?」
「なんだ?そのパフォー?とは」
「あ、うんそのね。
あれはわざとそうして相手の反応を見ていると思うの。
そして相手が本気で嫌がったら踏み込まないよあの人は」
「そう、わいが言いたかったのもそれや。
あいつは人との距離感が絶妙にうまいんや。
その癖に人を引き付ける才を持っている。
これは天性のもんや。
だから接客にはうってつけなんや」
「…………」
クロノスさん達は若干納得がいっていない顔をしていたが
最後には渋々だが承諾してくれた。
あとはこの鷲獣人の色男さんを御ししてくれて
貴族の対応ができる大人女子が欲しいのだけどな~。
と、思っていたら……
なんとノアムさんの5番目のお姉さんが来てくれた。
ノアムさんとは違う種族のピューマ獣人で
気の強そうな美人さんだった。
ノアムさん曰く……
「ファリカ姉ちゃんは見た目の通り物凄く気が強いんっス。
だけど心の根は優しい人でもあるッス。
俺も小さい頃は悪戯をしてよく怒られたッスからね。
だけど家庭教師もしていたこともあるので教える事は得意ッス」
いい、是非うちに就職してほしい!!
それくらいの人じゃないとあの鷲獣人の青年とは
渡りあえない気がする。
その言葉通り……
遠い未来に完全に鷲獣人の色男を飴と鞭で徹底的に教育し
その挙句の果てに結婚することになるとは……
この時誰も予想していなかった。