211.弟子入り志願!?
田舎暮らしを始めて183日目。
「で、この兵器を大量生産しろというのか嬢ちゃん!?」
訝しそうにポップコーンワゴンを上から下まで見ながら
ドワーフの親方は軽く唸った。
「ほら、あれだろこれは。
ギャラーンを大量捕獲して培養する兵器だろ?」
そう言いながらポップコーンワゴンを
バシバシ叩いているけれど違うから!
そもそもギャラーンって何さ。
存じ上げませんが?
ふざけた名前の癖に……
なんだか恐ろしい生物な気がしてならないんですけど。
捕獲もしませんし、培養もしませんが何か!?
凛桜が半笑いになっていることなど気にも留めず
更に親方は話を続けた。
「確かザラル王国がこの研究をしていたな。
1台買ったのか?高かっただろう」
ザラル王国ってどこよ!?
そんな事研究しないでぇ!
いや、いや、いや、いや違うからね。
大事な事なので何度も言いますが!
ポップコーンワゴンは平和でラブリー(死語)で
キュート(死語)なマシーンですよっ!
何故に皆さん兵器よりの感想になっちゃうのかな?
何処をどう見たら兵器に見えるのかしらこれ?
「一体何をやろうとしているんだ?
隣国とドンパチでもやるのか?ん?
何か欲しい鉱物でもあるのか?」
ドンパチって、何……。
悪いことは言わねぇ……やめとけ
的な顔こそやめてくれませんか。
違うから本当に。
鉱物の為に隣の国に戦争なんかしかけないから!!
発想がとにかく物騒過ぎる。
「しかもついでにこのイタチ小僧の面倒までみてくれって?」
そう言って私の横に立つリュートくんをまた
同じように上から下まで舐めるように見た。
「………………っ」
その当人のリュートくんは緊張のあまり顔は強張り
若干手も震えている……。
えっ?あの強気な少年がどうした?
ドワーフの方と会うのは初めてかな?
確かにドワーフの親方は強面だけれども凄くいい人よ。
口は悪いし態度はでかいけれども。
腕はもう言うまでもなくこの国でトップの職人さんよ。
凛桜はその様子に不思議そうに首を傾げていたが
そんな凛桜の後ろからひょいとある人物が登場した。
「初めまして……ロックハート様。
今回このような席を設けて頂き光栄です。
兄に変わりお礼を申し上げます」
そう言ってカシムくんは深々と頭を下げた。
それにつられたのかリュートくんもぺこりと
頭をさげるのだった。
「………………」
うん、カシムくんは通常運転だ……。
この圧と強面に怯まないとは流石だ。
やっぱり君はいい意味で度胸があるよ。
「もう1匹いたか……。
こちらは随分生きがいいじゃねぇか」
そう言って親方は悪い顔でカシムくんを見上げた。
“どうかお見知りおきを!”の笑顔が胡散臭いよ
カシムさん……。
「…………」
そんな弟の様子を見たからだろうか
今まで黙っていたリュートくんが震えた声で話始めた。
「あの!俺……その……」
しかし言葉が詰まってなかなかでてこないみたい。
「その……」
「………………」
あ~あ、もう親方の顔が怖いし……。
リュートくんの緊張もピークだし……
どうしよう~これ。
親方の圧がとにかく強いのよ。
“ハッキリと言えよ男だろ!?”
という幻聴まで聞こえるわ。
職人さんってゴリゴリの体育会系気質だからな。
もうこれでもかってリュートくん委縮しちゃって
獣耳と尻尾もぺしょって後ろにさがっているよ。
そんなやり取りを温かく見守っていたクロノスさんだったが
ついに助け舟を出した。
「そのへんにしてやってくれませんか。
こう見えてリュートは本当に器用な子です。
それにやる気もあります。
まだまだひよっこですが……
必ずいい職人になれると俺も凛桜さんも期待しております」
そう言って私の顔を見たので私も同意するように
思いっきり首を縦にふったわ。
ひそかにカシムくんも両こぶしをぎゅっと握って応援している。
「先ぶれの手紙にも書いたと思うけれども
今回私が商会をおこすことになったのね。
その為にはどうしてもこのポップコーンワゴンが
重要な要になるのよ」
「嬢ちゃん!本気だったのかあの話……」
えっ?冗談かなにかと思っていらっしゃったの!?
「本気も本気だよ。
陛下にだって許可もらったし。
ちなみにこのカシムくんも商会に就職してくれるんだよ」
「…………!!」
本気のマジか!!の顔やめてくれませんか!
「その為にはうちに専属の職人さんがどうして欲しいの。
だからその礎は親方に作って貰って……
その後はこのリュートくんに任せたいのよ」
「…………」
「リュートならばやりとげると思っています」
クロノスさんも再度そう言ってくれた。
そんな援護射撃に勇気をもらったのかリュートくんは
一回大きく息を吐くと今度は力強い声ではっきりと言った。
「リュートと申します。
やる気と根性だけは誰にも負けません!
どうか弟子にしてください!!」
そう言って90度に腰を折って頭を下げた。
うん、リュートくんらしい挨拶だ。
が、言われた親方は面食らっているようだった。
「まいったな……
俺は弟子を獲らない主義なんだよ」
こまった表情で親方がそう言うと……
どこからからともなく笑い声と共に辛辣な言葉がふってきた。
「あいつで懲りているもんな。お前。
まあ、酷かったなあれは」
「えっ?」
その声の主の方を皆で一斉にみると……
案の定あの人でしたわ。
「ボルガさん?なんでここに?」
「酷いじゃねぇか嬢ちゃん。
こんな面白い話に俺を誘わねぇとかよ」
そう言って地面にのの字を書いて拗ねているモグラが1匹。
「「えええええええっ!?」」
まさかのフリーゲントープのボスのボルガさん登場に
イタチ兄弟は固まっていた。
「あ……兄貴……あれ……」
「あ、ああ……」
信じられないくらいモグラを凝視しているイタチ兄弟。
まあ、そうなっちゃうよね。
噂だとフリーゲントープって幻の幻獣らしいから。
しかもボスだしねぇ……
珍らしさに拍車がかかるよねぇ。
そしてリュートくんが何故か何度もボルガさんと私の顔を
見比べているけれど何!?
「あの、凛桜様……こちらは」
「もう、リュートくん凛桜さんでいいって
言ったじゃない!
凛桜様とか硬い呼び名やめてよ」
いや、そういう事は今はいいんだよ!
「あ、因みにこちらはフリーゲントープのボスでボルガさん」
「おう、ボルガだ」
マジでフリーゲントープだったのかよ。
しかもボスって言ったか!?
空耳じゃねぇよな。
本当にあんた何者なんだよ!!
確かに俺はあんたの下につくとはいったぜ。
元々小さい頃から物作りは好きだったし
自分で言うのもなんだがかなり器用な方だ。
将来は職人になれるならなりてぇとは思っていた。
だから迷ってはいたけれどあんたが知りあいの職人を
紹介してくれるっていうから……。
王都のそこそこの武器屋かなにかと思っていたからな。
まあそんならいいかなって軽い気持ちで返事したのも事実だ。
それが蓋をあけたらこれかよ!
まさかの国一番……
いや、この大陸で1番の職人に弟子入りとは思わねぇだろうが!
工房の場所は秘密なのはおろか滅多に人前にも現れねぇ
という伝説級の職人だぞ!
そんなところに前置きもなしにヘロリっと連れてくんなよ。
冗談も休み休み言ってくれよ。
ありえねぇよ!!
あんた本当に規格外すぎるんだよ!!
俺はただのイタチ獣人の小僧だぜ。
商人でもねぇし……ましてお貴族様でもねぇ。
こんな事はいいたくねぇが孤児だ。
学も技術もねぇしな。
ここまでくるともう1周まわって笑えねぇよ。
俺は今も夢もみているのか?
職人全員が憧れるといっても過言じゃねぇ
ロックハート親分に弟子入りだと!?
この俺がか!?
頭沸いてんのか?
このお嬢様!?
その上にだ!!
フリーゲントープのボスとも知り合いだと!?
頭がバクってついていかねょ!
何度も思ったけれど怖ぇよ……。
俺は遠い目になりながら親方とフリーゲントープのボスを
ただただ見つめていた。
「えっ?前に弟子がいたの?
その方は今どこに?」
凛桜が何気なくそう聞くと親方は歯切れ悪そうに答えた。
「ああ……100年前に1人な……」
そう言って心底嫌そうに吐き捨てた。
「えっ?そんなに前に!?」
「もうそんなになるか……。
でもそいつ3日ももたずに辞めたんだよな」
えっ?
「そんなに親方の修行って厳しかったの?」
「さあ、どうだろな~
俺はあれが普通だとおもったがな」
そう言って親方は気まずそうに頭を掻いた。
「しかもそいつ……
夜逃げすると同時に貴重な鉱石をごっそりと
盗んでいきやがったんだ」
そう言ってボルガさんは腹を抱えて笑っていた。
いや、笑えないから。
ほら、思い出しているのか親方が信じられないくらい
凶悪な面構えになっているから。
でもなんで鉱石だったんだろう?
親方の作った武器の方がお金になりそうだけど。
「ロックハート様の作品だと売る時に足がつくからですよ」
急によこからカシムくんがぼそっと呟いた。
「えっ?私言葉に出して言っちゃってた?」
凛桜が驚きで目を見開いていると
くすりと笑ってカシムくんは答えた。
「いいえ、あなたの顔を見ればわかります」
「ええ、そうなの?ええ」
「本当にわかりやすい方ですね」
「やだ、もう」
凛桜は恥ずかしそうに顔を赤らめながら
自分の手で顔を仰いでいると……。
「フフフ……かわいい」
周りには聞こえない程度のカシムの呟きだったが……。
勿論男どもはそんな発言を聞き逃す訳もなく。
「なんでぇい、あのイタチ小僧も参戦してきたのか
団長のあんちゃんも気がぬけねぇな」
そういって悪い顔でニヤけながらクロノスの足を
バシバシ叩くモグラが1匹。
「そうなんですよ。
兄のリュートは本当に純粋なやつですが
弟のカシムは若いわりになかなか抜け目のないやつでして」
「面白い拾い物をしたな嬢ちゃん。
将来が楽しみだな」
「まあ、負ける気はしませんがね」
そう言ってクロノスも不敵に笑った。
そんななか凛桜は自分の胸をどんと叩いて言った。
「そんな事があったら不安になっちゃうと思うけれど
リュートくんは大丈夫!
きっといいお弟子さんになるから。
私が保証する」
「「えっ?」」
イタチ兄弟はその発言に一瞬目を見開いて固まった。
えっ?こんな俺達をそこまで信用してくれてんのか!?
思わず目頭が熱くなり俺は天を仰いだ。
「だからお願い親方。
うちの商会を助けると思って!
ポップコーンワゴンの生産基盤作りと……
リュートくんの弟子入りを承諾してくれないかな」
「…………」
「俺からも頼みます」
そう言って凛桜とクロノスは頭を下げた。
そんな様子にイタチ兄弟はもう涙を流すのを止められなかった。
今まで大人でこんなに俺達の事を思ってくれた人はいただろうか。
もし両親が生きていたらこんな感じだっただろうか。
そんなことすら思ってしまう程だった。
「お願いします。
兄は不器用なやつですが人一倍努力家です。
きっと親方の厳しい修行も耐え抜くと思います。
どうか機会を1度くださいませんか」
そう言ってカシムくんは涙ながらに訴えた。
「お願いします。
俺、どうしても職人になりたいんです。
そして凛桜さんとクロノス閣下に恩返しがしたいんです」
「…………」
「俺達兄弟はこのお2人に助けて頂かなかったら
きっと破滅的な人生だったと思います。
それが幸運にもこんな機会を得ることが出来たんです。
だから俺も弟も一切迷いはありません」
そう言ったリュートくんの顔は晴れ晴れとしていた。
その場にいた全員が醸し出す懇願した視線に堪えられなく
なったのだろう……。
「はああああああああ」
盛大なため息をついた親方は……。
「わかった、わかった。
俺の負けだ……」
「……………………!!」
「まずは見習いという事で預かりだけだ。
それから弟子にするかどうかはきめる。
それでいいか?嬢ちゃん、団長のあんちゃんよ」
「「………………!!」」
「はい、もちろん!
宜しくお願いいたします!!
よかったね、リュートくん」
一瞬何を言われたのかわからなかったのだろう
一拍遅れてリュートくんは天に拳を突き上げて叫んだ。
「よっしゃああああああああ!!」
そんなリュートくんにカシムくんが感極まって飛びついた。
「よかったな、兄貴」
「ああ、カシムもありがとう」
「兄貴……」
うん、いい!
イケメン兄弟のわちゃわちゃ最高!!
思わず凛桜ももらい泣きをしていると……
そっとクロノスさんが肩を抱いてくれた。
「よかったな、凛桜さん」
「うん、クロノスさんもありがとう」
「いや、俺は何も」
そう言いながら見つめあっていると……。
「おっ!口吸いか?口吸いか!?」
下で何やら冷やかす声が聞こえた。
「ああ?」
このセクハラモグラめ!!
口吸いって……
そこはキスでよくない?
いや、よくないけど……
時代劇に影響されすぎじゃなぁい~。
凛桜は絶対零度の視線でボルガを見下ろした。
はい、無視することにいたします。
「とにかくよかったね!リュートくん」
「はい、本当にありがとうございます」
そう言ってリュートくんは泣き笑いしながら
深々と頭を下げてくれた。
「いやいや、これからよ。
しっかりと親方の元で修行してね。
その後でうちの商会でバリバリ働いてもらうから
覚悟しておいてよね」
凛桜がお道化てそう言うといつもの調子が戻ってきたのだろう
不敵な笑顔を浮かべながらこうのたまわった。
「相変わらず人使いが荒いなお嬢様」
「あったりまえでしょう。
君はもううちの子なんだから」
そういうと何故かまた更に涙ぐんでから震える声で
一言“はい”と言ったリュートくん。
えっ?私何か泣かせるような事いったかな?
とりあえずポロポロとなくリュートくんの頭を
優しく撫でておきました。
天国の父ちゃん、母ちゃん……。
俺とカシムに本当に帰れる家ができたぜ。
そう心の中で俺は呟いていた。
とにかく今日は顔会わせという事で……
この後はお約束のように宴会となった。
まあ、こうなる事は予想していたので
たくさんの作り置きおかずを持参してよかった。
ポップコーンワゴンを含め……
この大荷物をイタチ兄弟とクロノスさんと
少し遅れてきてやってきてくれたカロスさんだけで
運んでくれたのだ。
この場所は秘密の場所だからね。
騎士団でも限られた人にしか明かせないのだ。
でも今後の事もあるし……
クロノスさんは団長だからちょくちょく様子を
見に来られないという事で!
特別にもう一枠カロスさんに特別許可を頂きました。
今後はなんとかノアムさんも来られるようにしたいな。
前金として日本酒を10本持ってきたから
親方は終始ご機嫌だ。
ああ、でもこの様子だと2~3日中に飲みきっちゃいそうだな。
ボルガさんもいるしねぇ。
肉巻きおにぎりはじめ各種おにぎりや
唐揚げに焼き鳥を美味しい美味しいと
食べてくれるイタチ兄弟。
若いって素晴らしい!
次々と胃袋に吸い込まれているわ。
日本酒にあう瓶詰の珍味もいくつか持ってきたんだけど
もうすでにボルガさんと親方で3瓶ほど食べちゃっているし。
どうやら親方は“からすみ”がお気に入りのようだ。
「嬢ちゃん、今度来るときにまたこれ持ってきてくれや」
「あ、はい」
ああ、からすみってかなり高級品なんだけどなぁ。
確か昔うちの母が手づくりしていた記憶があるな。
今更ながら作り方を教えてもらえばよかった……。
今度元の世界に戻ったら聞いてみよう。
ともあれまたうちの商会は一歩前進いたしました!