208.着々と準備は進んでおります
田舎暮らしを始めて179日目。
「お前ら気をつけて運べよ」
「「「「ハッ!」」」」
いつもの如く……
狼獣人の青年を筆頭にクロノスさんの部下たちが
ポップコーンワゴンを荷馬車のようなものに積んでいる。
何故ならば明日急遽……
皇帝陛下に謁見できる事になったのよ。
さすがクロノスさん仕事が早い。
あの後すぐにアポをとってくれたのかな?
普通あんな高貴な偉い人とすぐに会う約束なんか
取れないよね、うん……。
きっと凄い裏技を使ったに違いない。
まあ、でも話は早い方がいいからね。
こんな機会を得られたのだから
実物をみせてプレゼンしようかと思っていたんだけど
ふと大事な事に気がついたのよ。
あんな大物どうやって皇宮まで運んだらいいの?
ってね……。
そうしたらクロノスさんがしれっと部下に運ばせる
というから思わず甘えちゃったわ。
兎アライグマもどきのあのゲスゲス言う運び屋の彼に
依頼してもよかったんだけれど……
連絡の仕方がわからなかったし。
報酬として彼に渡す事になるであろう
匂いの強い生肉が手元にないこともあって悩んでいたのよね。
かと言って魔王様に頼むわけにはいかなじゃない!
仮に魔王様が皇宮に乗り込んじゃったら
その気がなくても魔族VS獣人の大戦争が勃発しちゃう。
“魔王が攻めて来たぞ!
なんだあの機械は!新しい攻撃武器かっ!“
いや、ポップコーンワゴンですが……。
至って平和でラブリー(死語)な機械ですぅ。
“戦闘準備かまえ!”
的な事が起こってしまい
挙句の果てには……。
うん百年ぶりにあの龍の彫刻達が動いちゃうよ。
いやいやいやいや……ないわ~。
と、言う訳でもうここは甘えちゃうのが得策かなって。
「団長!積み終わりましたので出発いたします」
そう言ってライオン獣人の青年が敬礼をした。
「おう、頼んだぞ」
クロノスさんは軽く手をあげて答えていた。
「あ、待って!
これ、少ないけれどお礼ね」
凛桜はポップコーンワゴンを運んでくれる4人の青年に
プチわっぱ弁当を渡した。
因みに中身はと言うと……。
皆の憧れ“鮭おにぎとツナマヨおにぎり特大サイズ”
ヒューナフライシュのからあげと卵焼き
プチトマトとほうれん草のおひたしだ。
「「「「えっ!よろしいのですか?」」」」
4人の獣耳としっぽがこれでもかと嬉しさに
ピコピコ揺れていた。
が、すぐにキリっとした顔つきになって
伺うようにチラリとクロノスの顔をみた。
「「「「…………」」」」
4人からはひしひしと受け取ってもいいですよね?
と強い懇願の眼差しがクロノスさんに注がれていた。
「…………」
クロノスさんは何か言いたげに一回口を開きかけたが
すぐに噤んだ。
そして少しして軽いため息とともに……
「ありがたく頂いとけ」
どうやら許可がおりたようです。
「「「「ハイ!凛桜さん!
ありがとうございます!!」」」」
そう言って4人は嬉しさを噛み締めながら
深く頭をさげた。
「で、こっちはデザートね」
そう言って小さな袋を4つ更に渡した。
「えっ?デザートまであるんッスか?」
ノアムさんがモナコを食べながら目を見開いた。
「そんなに甘やかさないでくれ」
これにはクロノスさんも驚いているようだ。
「え~!
だってこれって業務外の仕事でしょう。
これくらいしないと悪いよ」
「いや、これも立派な仕事のうちだぞ」
そう言われた4人の目がめちゃくちゃ泳いでいるから。
いや、絶対違うでしょう。
大丈夫?
これってパワハラ案件にならない?
クロノスさん達と私に挟まれて受け取っていいのか
困惑している4人の青年達。
「とにかく!
私の個人的な依頼なんだからいいの。
はい、遠慮しないで受け取ってね。
中身はモナコが入っているからね」
「「「「モナコ!!」」」」
またしても4人は千切れんばかり尻尾を振った。
袋いっぱいにモナコ詰めておきましたよ。
6個ぐらい入っている感じです。
Yes!!
と言わんばかり拳を振り上げて狂喜乱舞する4人。
フフフ……
相変わらずモナコ大人気ね。
サイ獣人の青年なんかごくりと喉を鳴らしていましたよ。
こうなったら若い勢いを止める事なんかできる訳もなく。
「はあ、凛桜さんにはかなわないな。
わかった、受けとっていいぞ」
「「「「重ね重ねありがとございます!!」」」」
4人はそれも恭しく受け取るとそのまま出発した。
それを見送ってから私は作業に戻りました。
只今絶賛フロランタンを製作中です!
なぜならば陛下に持っていくお土産だからです。
流石に手ぶらではいけないじゃない。
だから今回はフロランタンにしました。
美味しいよね~。
あのカリカリのアーモンドがたまらない。
こんなに美味しいのに材料は至ってシンプル。
バター、砂糖、卵、薄力粉だよ!
後は勿論アーモンドスライスね。
ああ、でも1つ懸念があるのよね。
また鷹のおじさまを筆頭にレシピを教えてくれって
料理人のおじさま達に言われそうで怖い。
この前のレーズンといい……
アーモンドってこの世界にあるのかしら。
先程カロスさんとノアムさんにアーモンドスライスを
見せたんだけれども知らない様子だったのよね。
まあノアムさんに至っては
そんな事より焼けたら1番に食べさせてください。
と、いう無言の圧力が凄かったです、はい。
もちろんシュナッピーもそうだった……。
「フロラターン、ターン、フロターン
タベ、タベル、タベレ、タベロ!」
と言いながら中庭を駆け回っております。
「…………」
この前から密かに思っていたけれども
なんで最近あなたは5段活用っぽい話し方なんだい?
普通に会話してほしいわ、まったく。
あ~きなこ達まで参加しちゃったから
もうカオスなほどうるさいですヨ。
なんて思っていたら案の定……
「おい、お前らもう少し静かにな」
あ~、ほらクロノスさんの雷が落ちちゃったじゃない。
「キューン」
そんな光景を横目に見ながら……
ノアムさんとカロスさんが各所に連絡をとってくれています。
やはり商会を立ち上げる為にはたくさんの書類提出や
関係者への根回しがいるらしい。
まあ、そうだよね。
それにどうやらノアムさんのすぐ上のお兄さんが上級文官らしく
すぐに相談してくれたんだって。
よくわからないけれど……
商売の許可などを扱う機関のお偉いさんらしい。
そのおかげですんなりと書類も揃ったし
お兄さんが色々と便宜を図ってくれているみたい。
こんな偶然ってあるんだね。
やっぱりこれはグリュック達のおかげかしら?
今日は珍しく中庭に現れていないけれども……。
本当はかなり面倒くさい手続きらしいよ。
それをかなり端折ってくれているみたい。
ありがたいわ。
きっとクロノスさんの力も大きいんだと思う。
アイオーン侯爵様が後ろ盾にいるんだもん。
最強だよね。
そうじゃなければ怪しさ全開の私が商会なんか
ひらける訳ないと思うのよね。
とりあえず種族的にも本当はアウトでしょ。
なんせこの世界で私は“魔族の姫”ですからね。
自分で言っておいてゾワッとしますが……。
基本は魔族と獣人ってある意味敵同士だからね。
いくら皇帝陛下に目をかけられていて
この国に対してたくさんの功績を残したと言っても……。
中にはそれをよしとしない人だっていると思う。
表立って何かされることはないけれど
たまに皇宮内で厳しい視線を頂くことがあるわ。
でもそれは当然の事なのよね。
この世界はある程度席の数が決まっていて
みんなその席を争うようにして取りに行っている訳で。
その席をどこの誰かもわからないポッとでの魔族の女が
横からかっさらったら面白くないよね。
だからこそ私は真摯にこのポップコーンプロジェクトを
成功させたいと思っております。
カロスさん達から少し離れたテーブルで
真剣な表情で書類を読むクロノスさんに
プリンと紅茶を出した。
珍しく銀のチタンフレームの眼鏡をかけているから
なんかいつもと違う雰囲気でかなりドキドキしちゃう。
はっきりいってカッコいい!!
いつまでもそのお姿を見つめていたいくらいだ!
眼鏡男子に弱い私でございます。
そんな端正な横顔を見つめながら……
「きりのいいところで休憩してくださいね」
私がそう言うと……
クロノスさんはふと私を見上げながらふにゃっと微笑んだ。
「ああ、ありがとう。
プリンか……俺これ好きなんだよな」
そう言いながら嬉しそうに尻尾を振った。
このまま休憩しそうな雰囲気だったので
凛桜もそのままクロノスの横に座った。
目の前には所狭しと幾つもの書類が積み上がっていた。
と、ふと目の前の書類に目を落とした。
何やら細かい文字でびっしりと難しい事が書かれており
半分くらいしかわからなかったが
どうやら商会を起すときのルールらしい。
いくつかの書類には既にクロノスさんのサインと
大層な判子が押されている。
不思議だよね……
全く見たことのない文字なのに読めちゃうんだよね。
書類の中にはクロノスさんの書き込みがびっしりと
書き込まれている物もあった。
こんな事を言ったら失礼だけれども……
見た目に反してかなり奇麗な文字を書くクロノスさん。
一方以外にカロスさんは字が汚い。
カロスさんの性格からして几帳面な字を書きそうなのに。
ノアムさんはお約束と言うか……
子供っぽい丸い可愛らしい字だったよ。
思わず……
“女子高生か!”
と、密かにツッコンだわ。
三者三様だけれど真剣に私の我儘につきあってくれて
本当にありがたい。
「クロノスさん……」
「ん?」
そう言いながら気だるそうに眼鏡を外すのをやめて。
かっこ色っぽくてドキマギするじゃなぁい。
「その……本当にありがとう」
「なにがだ?」
「いや、私の思いつきで走りだしちゃったけれど
本当はとても大変なことなんでしょう。
それなのに……」
と、そこまで言いかけたときにクロノスさんが
不意に凛桜の手首を掴んで自分の胸元に引き寄せた。
「何も大変なことなんかないぞ。
むしろ凛桜さんの力になれて嬉しいくらいだ」
そう言って琥珀色の瞳を蕩けさせながら凛桜を熱く見つめた。
えっ?ええええええっ?
何?この甘々モードのクロノスさん。
そしてすっと凛桜の頬に手をあてながら
吐息交じりにこう言った。
「もっと俺に頼って欲しい……
凛桜さんにとって俺が1番頼れる男であって欲しい
凛桜さん……」
そう言ってそのまま顔を寄せて来た。
うぉおおおおおい!!
どうした?
何か拾い食いでもしましたか?旦那?
様子が!様子がおかしいでござるよ。
お前もな!
いや、あかんて……
こんな昼間っから……。
何故に関西弁なの?
と、激しく自分にツッコミを入れたのも束の間。
事もあろうかクロノスさんはそのまま凛桜を抱きしめたまま
肩に顔を埋めて動かなくなった。
「………………」
はい?
もしも~し……。
そしてそのまま凛桜の耳に優しい寝息が聞こえて来た。
はい?
いきなりの急直下に凛桜の思考は固まった。
と、またもや急に視界が開けて肩の重荷が取れた。
どうやらカロスさんがそっと凛桜からクロノスを
引きはがしてくれたらしい。
「団長がすみません」
そう言うとそのまま足を持ってズルズルと離れた所まで
運んでいった。
「えっ?」
「あ~あ、また団長が限界を迎えちゃったんスか」
いつのまにかノアムさんが隣に来ていた。
「昨日から寝てないからな」
えっ?そうなの?
「あ、ブランケットとってきます。
枕もいりますか?」
「あ、お願いします」
どうやら限界がきて寝落ちしてしまったらしい。
ああ、だからどうりで変だったわけか。
しかしびっくりした。
でも不思議と嫌じゃなかったな……。
夢だと思ったのかな……。
だからあんなにも甘々なクロノスさんだったの?
「…………ヘタレ」
なんだかちょっと悔しくなったので……
タレ目のアイマスクを被せてやった。
数分後……
書類を取りにきたノアムさんがおもしろ寝顔になっている
クロノスさんのその姿をみて盛大に吹きだしていたことを
本人は知るよしもなかった。
しかも
「あ~映像記録装置があったらなぁ……」
と、悪い顔で呟いていたからね。
えっ?
あのクロノスさんのおもしろ寝顔映像を
誰にみせるつもりだったのノアムさん!
やはりノアムさんも疲れているらしい。
ブラックにゃんこが降臨していた。
カロスさんもきなこと黒豆を無言でずっと撫でていたしね。
「ガルシャワンの手触りと似ているな……
凄くいい毛並みだ……うん……」
と、意味の分からない事を呟きながら
あまりにも真剣な顔で頭や背中を撫でるものだから
2匹とも固まっていたよ、うん。
ガルシャワンって何だよ……。
本人は無自覚だろうけどそのまま横にいたシュナッピーまで
一緒に優しく撫でていたからね。
あのシュナッピーが恐怖のあまり目を見開いて
されるがままになっていたから
それはそれで本気で怖い。
限界の向こう側に行ってしまったらしいクロノスさん達。
もう3人ともひとまず寝てください!
凛桜は強制的に寝つかせた。