207.やれるところまでやりたいの
田舎暮らしを始めて178日目の続き。
今日のお昼は手巻き寿司です!
とりあえず好きな具材を自由に巻いて食べて
とは言いましたが……。
ノアムさんや……。
酢飯に“蒸しタコ”と“アボカド”と“ポテサラ”は
流石に違うと思うよ……うん。
しかもポテサラは手巻き寿司の具ではないからね。
副菜のポジションの方ですよ。
「…………」
案の定ノアムさんは一口食べた後
何度も手元の具材を見ながら……
微妙な顔をして無言でモグモグしているし。
あのノアムさんが食べ物で無言になるなんて
よっぽどの味だったんだと思う。
いや、逆に美味しすぎて無言なのか……?
んんん、違うな……
だって獣耳がこれでもかと後ろに倒れているし。
食べ物を残す訳にいかないという責任感が
ひしひしと彼の表情から伝わってきております。
あ、ため息をついた……。
む……無理しないでいいからね!
以外に自由に選択していいよって難しいよね。
私は怖くて冒険的なチョイスはできません。
いつも定番の具材を巻いて食べてしまうヘタレです。
一方クロノスさんは割とセンスがいいようで……。
特にこちらが教えた訳じゃないのに
正しい?具材を巻いてぱくぱく食べているもよう。
「凛桜さん、これうまいな。
なんという魚だ?」
そう言って満面の笑みで見せてきたのは“アナゴ”だった。
「アナゴというのよ。
美味しいよね~私も大好きよ」
「アナゴと言うのか…
凄くうまい!
これならいくらでも食べられそうだ」
そう言って先程からクロノスさんはアナゴとキュウリと卵を巻いて
何度も食しているもよう。
後は意外にトロタクも好きみたい。
そう言えば初めてクロノスさんに料理をふるまったのも
確か巻き寿司だったな。
お腹が空いていたとは言えよく未知な食べ物を
食べてくれたよね。
見ている限り生魚を食す文化がないように見えるから
実は内心では躊躇していたのかもしれない。
そしてカロスさんはと言うと……
ノアムさんの様子を見たからだろうか
かなり慎重に具材を選んでいる……。
「……………」
表情が思いのほか険しい!
そんな戦地に赴くかのような顔をしないでください。
手巻き寿司ってそんなに緊張感のある食事でしたっけ?
イカツイ男子が箸を持ってオロオロしている姿は
結構厳しいわよ……。
どうやらカロスさんは刺身が余り得意ではない様子で……。
さっきから“ツナ”とか“トマト”とか“コーン”
“エビマヨ”などサンドイッチみたいな具材ばかり
チョイスしているのが見受けられる。
あの顔でおこちゃま味覚なのか?
でもその中でも何故か“サーモン”は好きらしく
何度もおかわりしているみたい。
やっぱりクマさんだから鮭が好きなのかな?
クマさんとサーモンと言えば思い出すことがある。
昔カナダに留学していた友人を訪ねて遊びに行ったときの事だ。
ドライブをしていたら……
偶然にも川辺を移動している野生のクマに遭遇したのね。
クマさんは反対岸にいたし……
こちらは車の中から見ていたから危険はなかったのよ。
で、ちょうどごはん時だったらしく
そのクマさんが川を遡上してきた大きな鮭を
徐に捕まえ始めたの。
まあそれは自然な行為だから別にいいのだけれども
その食べ方がダイナミック過ぎて若干引いた事を今でも思い出す。
だってね、そのクマさん!
鮭の美味しい腹の部分だけを食べて残りは川に放り投げ
また新しい鮭を捕まえては……
腹だけ食べて棄てるという行為を何度も繰り返していたのよ。
ガブリ(腹だけを食した音)ビタン(川に放り投げた音)
ガブリ、ビタン、ガブリ、ビタン……
ガブリ、ビタン……ガブリ、ビタン……。
と、永遠のループが続いていたのよ、うん……。
数分後……
川べりには無残な鮭の山が築かれた事は言うまでもない。
えっ?それって正解の食べ方なの?
長い旅路を経てやっと故郷に帰ってきた鮭に対して
その仕打ちはありなの?
もうちょっと頭からバリっといって欲しいというか
むしろ丸のみするくらいの勢いだと思ってから……。
なんか物凄くもやった気分になったわ。
色々な意味で野生のクマ怖いって思った。
ん、んんん……話がそれてしまいましたが……
手巻き寿司は個性が出るなって話。
それからデザートに杏仁豆腐を出しながら
私が考えている計画を3人に話すことにしたの。
せっかく販路と技術があるからポップコーン屋をやりたいこと。
そしてそれをひいては大きな事業に拡大して
孤児院を卒業した子達の受け皿にしたいこと。
リュートくんに出会った事も大きいけれど
私もこの異世界で何か貢献したいという事。
今はまだ小さな規模でしかできないけれども
いずれは国の隅々までその制度が届けばいいなと
密かに目論んでいること。
この計画の許可を陛下から頂く褒賞にしたいという事を話した。
クロノスさん達は一通り話を黙って聞いてくれていた。
そして……
クロノスさんは真剣な眼差しで私を見つめてから言った。
「本気なんだな……」
「はい、本気です。
今はまだ何ができるかわからないし……
もしかしたら失敗するかもしれない。
けれどもやれるところまでやってみたいの」
「そんなに簡単な話じゃないぞ」
「うん、わかっている。
決して浮ついた感情で言っている訳じゃないの。
でもこの国の仕組みも規則も何もしらないから
クロノスさん達の力も借りたいの」
「…………」
そう告げるとクロノスさんは一瞬困ったような表情を浮かべた。
ノアムさん達も黙っている。
そりゃそうだよね……
簡単に返事をできる案件じゃないよね。
今回は“騎士団長のクロノスさん”じゃなくて
“侯爵としてのクロノスさん”の力を借りたいわけで……。
そうすると貴族の力を使う事になるからな。
なかなか難しいのかもしれない。
確かまだ現当主はクロノスさんのお父様な訳だし
権限外の話になっちゃうのかな?
そうすると現当主のアイオーン侯爵様のお父上に
ご挨拶にいかないといけないのかしら。
そう思ったら急に緊張してきた。
それにこの案件が本当に軌道に乗って
発展したらむしろ国レベルの事業になっちゃう気がするし。
そうしたら鷹のおじさま達が黙っていなそうだな。
陛下にも迷惑がかかっちゃうかな……。
それに色々な利権とかも絡むだろうし
大人の事情とかも面倒くさいしね。
食の祭典の時みたくやばい貴族とかの妨害も怖いな。
一筋縄じゃいかない事は目に見えているからね。
即答は出来ないよね。
でも私はあきらめないよ!
ここは盛大にプレゼンして勝利を勝ち取るのよ!凛桜!
「これはあくまでもビジネスなの!
慈善事業じゃないのよ」
「ビジネス?」
聞きなれない単語にクロノス達が首を傾げた。
「あ、そっか……。
つまりちゃんとした商売として成り立たせたいの。
孤児院みたく国の援助や寄付とかで経営をするのではなく
きちんとお金を生み出す仕組みにしたいの」
「つまり商会を起すという事か?」
「まあ、そんな感じかな。
一時しのぎの政策じゃなくて長く続く事業にしたいの。
その為には自分たちでお金を生み出す仕組みにしたい。
だからルナルドさんに教えを……」
と、凛桜が言いかけるとクロノスさんの片眉が
ピクリと上がった。
「あの男の手も借りるのか……。
まあ確かにあいつは専門家だが……
俺の家は商会までは手を広げてないからな……
いや、まてよ……」
何やら不機嫌そうにブツブツ呟いている。
おう、どうしよう~。
一気にクロノスさんの機嫌が急降下したぞ。
と……その空気を打開するかのように
「凛桜さんはリュート達みたいな子供をこれ以上
増やしたくないんッスよね。」
「そう、根本はそれかな」
「いいんじゃないッスか。
やってみれば!
なんだか面白そうッス!
俺は何でも協力するっス!
こう見えておれは顔が広いっスから役に立てるはずッス」
そう言ってドヤ顔を決めながら……。
いつもの軽い口調でノアムさんがサラッと味方してくれた。
「おい、おまっ……また勝手に」
カロスさんが目を白黒させて止めようとしたが
それを手でやんわりと止めながらクロノスさんが言った。
「そうだな……。
俺達や陛下は柵があってなかなか動けないが
凛桜さんならある意味自由がきくしな」
「クロノスさん……」
「「団長!?」」
「やってみるか!
俺も孤児院の子供達の行く末の件に関しては
いつも頭を悩ませてきた」
クロノスさんも半分諦めた感はあったが
しょうがないなという感じで頷きながら同意してくれた。
その姿をみたカロスさんは複雑な表情を浮かべながら
はああああ~とため息をついていたが……。
「まあ……
団長までそうおっしゃるならしかたないですね。
私もできる限り協力させて頂きます」
最後までカロスさんは困った表情だったが
受け入れてはくれたようだった。
「みんなありがとう!!」
「「ワンワン!!」」
きなこ達も嬉しそうに飛び跳ねていた。
「オレサマモヤル!
ヤル!ヤレバ!ヤレ!」
シュナッピーもドヤ顔でそう叫んだ。
「「「「「「ギチュ、ギチュ、ギチュ!」」」」」」
何故かグリュック達も同意するかのように頷いていた。
えっ?君達いつからいたの?
と、いうよりかどこから話を聞いていたの?
「「「「「ギチュ!?」」」」」
初めからいましたけど何か!?
くらいの首の傾げ方やめぃ。
「フォオオオオ……ヤバいっス。
グリュック達からも許可を頂けたら1000獣人力っスね」
ノアムさんが興奮しながらその場でバック宙返りを決めた。
「そうだな、きっとうまくいくな」
「なかなかグリュック達の祝福なんか受けられませんからね」
クロノスさんとカロスさんも嬉しそうに頷いた。
「………………」
が、しかし……
凛桜だけは遠い目になっていた。
いや、違うと思うわ……。
いつもの如く……
お腹が空いたから家に寄っただけだと思う、うん。
それがたまたま今だっただけで……。
祝福とかではない気がする。
だから見て!
縁側にきちんと等間隔で整列しているでしょう。
これはおやつをもらう時の恒例行事だから!
並ぶ順番はどうなっているかわからないけれど
きっと序列順ではないかと思っている。
と、思ったが……
えらく感動している3人に水を差す訳にはいかないから
ぬるい笑顔を浮かべてしまったわ。
「「「「「「ギチュ、ギチュギチュ!」」」」」
おやつくれぃ~のコールを頂きましたので
とりあえず蜂蜜で作った“リンゴのコンポート”を
差し上げたいと思います。
あ~えっと……
ノアムさん達からも食べたいという無言の圧力が
ありましたので……。
皆さんでどうぞということで
大皿でど~んと縁側に置いておきました。
「これうま!」
「ギュ!ギチュ!」
「リンゴウマ!ウマ」
お気に召したようで皆さん舌鼓をうっております。
よかった、よかった……。
「………………」
よかったのか?
未だにグリュック達が幸運の使者なのか疑っている私です。
お菓子くれくれ!
くいしんぼ集団ですよね!?
ま、可愛いからいいか……
とはならないビジュアルだからな!君たちは!
が、後に振り返ってみると……
幾つもの偶然と幸運が重なってスムーズに事が運んだから
やっぱり彼らは最強かもしれないと思う日がくるのだが……。
「ギチュ!!」
大きな1羽が凛桜の手の甲に乗って来て軽く突いてきた。
「…………」
思いっきり主張してくるじゃなぁい?
「いや、おかわりはありませんよ。
1羽で1個っていつも言っているよね?」
「チュゥウウウ」
「はい、不貞腐れない!
可愛く首をかしげない!」
「…………」
グリュックは不満そうに凛桜の手から飛び立つと
シュナッピーの顔の近くの葉っぱの上に降り立った。
“聞いて奥様……
あの子ったら酷いのよ~“
くらいの勢いでシュナッピーと何やらこちらを見て
コソコソ言いあっているもよう……。
「…………。
聞こえているからね!」
「ギチュ……!」
「ギュ!!」
今日もうちの中庭は平和です……。