206.形から入るタイプです……はい
田舎暮らしを始めて178日目。
「もうこれはやっぱり運命だよね……」
蔵の片隅で唐草模様の布を被せられてひっそりと佇んでいる
それを見つけたときに思わず1人で呟いちゃったわ。
昨日は流石に疲れた……。
でも解決の糸口が見つかってよかった。
問題は山積みだけれどもいい方向へ向かうと信じている。
本当に色々な人の人生を垣間見ちゃって……
何とも言えない気分になって少し落ち込んじゃったけど。
それでも世界は否応なしに新しい1日が
始まっちゃうのよね。
今日は流石になにもしないでぼぉ~としたいのは
やまやまなんですが!
兼ねてから計画していたことを本格的に始動したいと思います。
いきなりですが……
私……蒼月凛桜はポップコーン屋のオーナーになりたい!
と、ここに声高々に宣言いたしますぅ。
急な思いつきでこんな事をいっているんじゃないのよ。
まあ、リュートくんに出会ったことが大きいかな。
これはこっちの世界で限った事じゃないのかも知れないけど
何も後ろ盾がない子供が生きていくのは本当に大変な事で。
中には運よく恵まれた子もいて……
自分の特技を生かして羽ばたける子がいる一方で。
どうしても世間からあぶれちゃう子も出てくるわけで。
そうすると必然的に悪い方へ流れて行ってしまうらしい。
クロノスさん達もそれをとても危惧していたよ。
最近……犯罪者の低年齢化が王都でも田舎でも進んでいて
騎士団内でもかなり議題にあがるんだって。
悲しいかなその確率はやはり孤児の子が多いらしい……。
だから少しでも何か役に立てることはないかなって考えたの。
基本的に大きな商会や貴族の屋敷の奉公などは
きちんとした紹介状がないと働くことが難しいらしいのね。
だから労働条件があまりよろしくなく賃金も低くて必然的に
きつい下働きの仕事にしかつけない子が多いのが現実らしい。
そうするとその環境の悪さに逃げ出してしまうんだって。
私だって全ての人の手助けができるなんて考えてないよ。
私自身がそんなに立派な優秀な人間じゃないし……
そんな高尚な考えを持って生きているわけじゃない。
それに権力も地位も知識も度胸もないしなぁ……。
でもね……
こんな異色な異物のような存在の私を
危険視するわけでもなく……。
迫害するわけでもなく……
受け入れてくれてたくさん助けてくれた人たちがいる
この世界に恩返しができたらいいなくらいの勢いなの。
まあ、幸福な事に人脈とお金にだけは恵まれたのよね。
それってかなりチートで最高なことよね!
だからそれをフル活用してやりたいと思っているの。
ポップコーンに使用するコーンならば既に販路はあるし。
きっと近いうちにまたリザードマンのダメ男こと
ウェイズさんがトゥールコを届けにくると思う。
あの時はその場を収める為にその条件をのんじゃったけど
半値の価格で永久にトゥールコをおろしてくれるって
よく考えたら狂気の沙汰だよね。
だからこの前来た時に思い切って
「本気で毎月いらないんですけどぉ!!」
って、かなり真顔でいったんだけどねぇ。
「いや、これは俺のけじめですから。
それに姉御に会いたいんです……」
と、流し目をかましながらぬかしてくるんですよ!あやつ。
見てくれだけはなまじ色っぽいいい男なんで
私も思わず言葉に詰まってしまった。
そういう訳でこれを利用しない手はないのよ。
蔵にトゥールコの山を築いてもしょうがないからね。
後は陛下の許可と……
ポップコーンマシーンの確保なのよね。
陛下の許可はすんなりおりる気がするのよ。
この前の褒賞でなんでも1つ願いを叶えてくれる
との事だったので!
それを言われた時……
一瞬某名作漫画のワンシーンがよぎったわ。
だって陛下の正体が龍だからさ……。
特に7つの玉を集めた訳じゃないんだけど
なんとなく?ね?
話が逸れてしまいましたが!
その願いとしてこのポップコーン計画の許可を
頂こうと思っているの。
モナコに続きポップコーンもかなり他国の貴族の方に
好評だったという背景もあるのよ。
さっそく鷹のおじさまの元にレシピを売ってくれという
依頼が各国から届いているんだって。
それならばまず我が国の中で流行らせないとね!
今回の事で陛下も孤児の子供達の境遇や孤児院の在り方について
かなり心を痛めていたみたいだし。
多分賛成してくれると思うのよ。
それに商売のノウハウとかはルナルドさんに協力して貰おうと
目論んでいるのですよ。
なんならルナルドさんの商会の傘下に入ってもいいかな。
くらい思っております。
それより問題はまず“ポップコーンマシーン”の確保よ。
まさか現在のバズーカー砲のポップコーン製造機を
少年少女達に扱わせるわけにはいかないし。
やはり見た目が可愛らしく安全な“ポップコーンマシーン”が
欲しいのだよ、私は!!
が、しかし………
こちらの世界にはそのようなものはない訳で。
しかもまたドワーフの親方に製作を依頼するにしても
ポップコーンマシーンのイラストだけじゃ
同じ機械を作る事は厳しいよね。
私も全くの素人だからポップコーンマシーンの
構造を説明できるわけもなく……。
だからやっぱり1台でも見本があればきっと
技術者ならその構造をみればなんとか作れる気がするのよ。
前にちょっと気になって買う気もないのに検索した時に……
なんとア〇ゾンの通販で買えることを知ったのよ。
かなりの金額はしたけれどもね。
通販できるんだ!って、驚いたわ。
でかいから送料もヤバそうだけどね。
家庭用の小さい物ならば家電量販店でも買えるらしい。
でもね、私の欲しいポップコーンマシーンは
可愛らしいワゴンタイプのものなのよ。
商売するうえで見た目って大事だと思うのよ。
あれはある意味夢の国の食べ物だからね!
あ~映画鑑賞のお供と言う役割もありますが……。
大型スーパーの入り口の所であのポップコーンワゴンをみると
つい買いたくなっちゃうじゃない?
きっとこの世界でも人気が出ると思うのよね。
少なくてもバズーカー形状はない、うん。
はあ……
異世界さんが空気読んでくれて1日でも元の世界に
返してくれないかな~。
とかも思ったりもしたよ。
まあ、そんなうまくいく訳もなく。
うだうだとしながら午前中はあっという間に過ぎて行ったの。
お昼ご飯ができたからイッヌ達を呼びに行ったら
何故か何処にも姿が見えないのよ。
しかもシュナッピーが中庭を右往左往しながら
落ち着きない様子。
「シュナッピー、きなこ達は?」
凛桜がそう話しかけるとシュナッピーは一瞬ぎくりと
身体を震わせたあと何故か目を逸らした。
「ん?」
「…………ナイ」
「え?」
ワザとらしいくらい視線を逸らしながらぼそりと呟く。
「シラナイ……」
「…………」
凛桜が訝しげに片眉を上げてもう一度問うた。
「もう一度だけきくよ。
きなこ達は何処にいったの?」
「…………」
シュナッピーはあきらかに挙動不審のようすで
声を震わせながら言った。
「シラ……ナイ……」
はい、嘘!
「君は今日一日ご飯抜きです」
えっ?
大きな1つ目を更に見開いてシュナッピーは慄いていた。
「ゴハン……ナイ……」
が、すぐに友達は売らねぇぜくらいの勢いで決意した目で
凛桜を見つめ返してきた。
「…………シラ……ナイ」
まいったな……。
凛桜がどうしようかと考えあぐねていると
そこに焦った様子のきなこが飛びこんできた。
「きなこ?一体どこに……」
「ワフッ!?」
きなこはきなこで凛桜の顔を見るなりかなり驚いた様子で
その場で信じられないくらい高くジャンプした。
「………………」
これはますます怪しい。
あのきなこがここまで動揺しているなんて。
そしてシュナッピーときなこは困ったように見つめあった。
「…………」
「2人とも怒らないから白状しなさい」
「ギュ…………」
「ワフ……」
1匹と1体は凛桜をジト目で見上げた。
“嘘だ!絶対後で怒りますよね、うん……”
と、いう目をするんじゃありません。
あなたたちがそんな事を言える立場ですか?ああ?
が、その時遠くの方から悲痛な声が聞こえてきた。
「ヒ~ン……キューン……」
「えっ?」
「「………………!?」」
その声の方向にシュナッピーときなこが一目散にかけだした。
えっ!?何?一体何?
凛桜も慌ててきなこ達の後を追って走り出した。
そして蔵の前まで来た時……
衝撃の光景が飛び込んで来た。
なんと蔵の2階部分にある小さい小窓に挟まれて
今にも落ちそうになっている黒豆の姿が見えた。
「黒豆!!
なんであんなところに!?」
どうやら凛桜に禁止されている蔵の中に勝手に入ったもよう。
そして何かの拍子に足を踏み外したのだろう。
いつ落ちてもおかしくない状況だ。
「キューン」
ど、どうしよう。
まずは蔵に入らないと……。
ええっと……梯子いる?
それより……網?縄?
あああ!
まずは鍵だ!
蔵の扉の鍵を持ってこないと。
凛桜自身もかなりテンパっていた。
蔵の中には農薬やら鎌などの刃物類……
それにほとんど手をつけていない荷物が所狭しと
積み上げられていてとても危険なのだ。
だから普段から蔵の中は危ないから凛桜と一緒じゃないと
入っては駄目だときつく言っておいたし……。
入れないように扉には厳重に鍵もかけておいたのに。
どこから侵入できたの!?
だから君たちはあれほど口を閉ざしていたのね。
私に見つかる前に自分たちで黒豆を救出しようと
していたところいう訳か……。
ああ、もう本当にヤンチャが過ぎるのも
問題なんだから!
普段はいい子達なのにどうした!?
いかん、凛桜!
怒るのは後だ……。
それよりも早く鍵を……。
そう思って凛桜が踵を返そうとした時だった。
「キャン……」
と、いう声がしたと同時に黒豆がバランスを崩した。
「やっ!うそ……」
そしてそのまま黒豆が背中から落ちていく姿が
スローモーションのように見えた。
焦った1匹と1体がとびだすも間に合わない
それにあなたたちじゃ黒豆を支えきれないよ!
私も飛び出したけどこの距離じゃとても間に合わない。
凛桜が絶望した時だった。
何かがヒュッと横から飛び出してきた。
「よっと…………」
その人は黒豆を空中で鮮やかにキャッチすると
そのまま一回転してから優雅に地面に足をついた。
助けられた黒豆も一瞬自分の身に何が起ったのか
わからない様子でしばらくその人の腕の中で放心していた。
「あ………」
凛桜達もしばらく時が止まっていた。
が…………
「もう大丈夫だぞ」
そういってその人は優しく黒豆の頭を撫でた。
その笑顔をみた瞬間凛桜の時が動き出したと同時に
涙があふれて止まらなかった。
「ほら、もう大丈夫だから」
そう言って黒豆を凛桜へと渡してきた。
それを無言で受け取ると黒豆をぎゅっと抱きしめた。
「………っ!
もう、ばか!
寿命がとまるかとおもったじゃない」
「キューン……」
黒豆も自分が悪いことをした&怖かったのだろう。
縋るように凛桜に抱きつきながら必死に顔を舐めた。
「今日はおやつ抜きだからね」
「キューン、ヒーン……」
本当によかった……。
そしてそのまま黒豆を地面におろしてから
その人の元へと向かった。
「間一髪だったな」
「うん……。
クロノスさん本当にありがとう」
「ああ……。
しかし驚いたぞ」
「本当に……グス……あ……りがとう」
ああ、もう今になって身体の震えが止まらない。
黒豆が落ちたとき本当に怖かった。
そんな凛桜を慮ってクロノスはそっと凛桜を
抱き寄せてからぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫だ……」
クロノスさんは私が泣き止むまで優しく背中を
トントンと叩きながら心を落ち着かせてくれた。
そして今……。
クロノスさん達と蔵の周りと中を点検しております。
あのあとノアムさん達もきてくれました。
「おまえやらかしたらしいっスね」
「ケッ……」
ああ、またシュナッピーとノアムさん喧嘩しているよ。
でも今回は絶賛反省中のシュナッピーは反撃できない為
かなりストレスが溜まっているもよう。
「ああ、おそらくこの隙間から侵入したのかもしれませんね」
どうやら右の壁の下に小さな穴が開いていたもよう。
気がつかなかったわ。
「この穴は塞いでおきますね」
そう言うとカロスさんは何か呪文を唱えた。
すると空中に網のような物が現れてその穴に張り付いた。
よくわからないけれどこれできっと大丈夫だろう。
どうしてこのような事になったのかシュナッピーに聞いたところ。
はっきりとした回答は得られなかったが
話を総合的に自分達なりにかみ砕いて判断すると
どうやら“かくれんぼ”をしていたみたい。
そう言えば黒豆達が小さい頃によく私と遊んだ遊びだ。
私が不意に物陰に隠れると必死で探す2匹の表情が可愛くて
何回かやった記憶がある。
だけど匂いで検知しているのか……
わりとすぐ見つかっちゃうのよね。
まさかその時の事がこんな事につながるなんて
思いもしなかったわ。
過去の自分を叱りたいわ。
まあ、黒豆達も今回の事で懲りたでしょう。
久しぶりに蔵の中に入ったのでちょうどいい機会だし
そのまま梯子をつかって手つかずの2階にも上がってみた。
骨董品やら家族の思い出やらがつまった
たくさんの木箱や段ボールがおかれているのがみえる。
と、その隅のスペースにやけに大きな物体が2つあった。
気になったので唐草模様の布を剥ぎ取ってみると
なんと中からあの“ポップコーンワゴン”が出てきた。
「うそぉ……」
しかもその横には綿菓子製造機らしき物も一緒にあった。
渡りに船とはこのことだけど……
じいちゃん何故にこんなものを個人で所有しているの?
まさか本業の他にお祭りに出店など出していました?
くらいの本気モードの機械なんだけど。
「凛桜さんどうした?」
クロノスさんがいつの間にか横に立っていた。
「うん、いや、私が求めていたものがここにあったのよ?」
「ん?この物体はなんだ?
まさか兵器……ではないよな……」
「あははは……そんな物騒なものじゃないよ。
これは“ポップコーンワゴン”だよ」
「ポップコーン……。
というのはあのポップコーンか?」
「そうだよ。
これは私の世界のポップコーン製造機なの」
「ほう……なかなか美しい機械だな」
そこにノアムさん達もやってきたのでお願いして
わたあめ製造機と共に外へと出してもらった。
ノアムさん達も興味深々だった。
「これは美しい機械ですね。
これであの“ポップコーン”が作れるとしたら
魔工学部隊が欲しがりますね」
「そうッスね……。
確実にバラバラにされて分析されちゃうから
おすすめはできないッス」
ノアムさんが心底嫌そうに顔を顰めた。
「凛桜さんはこれをどうするつもりなんだ?」
クロノスさんがそう聞いてくれたので
3人に自分の想いを話すことにした。
「少し話が長くなるから……
軽く食事をとりながら話さない?」
「いいっスね!」
「そうだな、そう言われれば腹減ったな」
「はい」
「ゴハン~ゴハン~」
「「ワワワワン!!」」
何故かシュナッピー達も参加してきたので
「はい、君達はご飯抜きですよ。
わかっているよね?ん?」
凛桜にそう言われたシュナッピー達はシュンと項垂れていた。
ですよね~。
と、いわんばかりチラチラとこちらを伺うように
見ていましたが今日は本気で駄目です。
それくらい悪いことを君たちはおこなったからね。
クロノスさんがいなかったら本当にとんでもないことに
なっていたから。
「反省してね」
「ギュ……」
「「ワフ……」」
まあ、そのおかげでポップコーンマシーンが見つかったけれども。
今回は心の鬼にして許してあげません。