表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/219

205.どうしようもない事があるのも事実……

田舎暮らしを始めて177日目。




凛桜はため息をつきながらそっと後ろ手で扉を閉めた……。


薄暗い廊下を1人歩いていると前からクロノスさんがやってきた。


「様子はどうだったか?

辛い役をさせてすまなかった……」


「ううん……大丈夫。

それよりこれ」


凛桜はペンダントをクロノスに差し出した。


「ありがとう……。

本当に助かった」


クロノスは何度も感謝の言葉を凛桜に告げてから

ペンダントを受け取ると軽く口笛を吹いた。


するとどこからともなくチッタさんが現れた。


流石隠密部隊の一員だ……。

気配すら感じられなかったのにどこにいたの!?


もしかしたら取り調べの間も密かにどこかで

見守ってくれていたのかもしれない。


だけど一言よろしいでしょうか?


その顔の上半分を覆っている豹のお面は何でしょう?


「…………」


リス獣人なのに豹のお面……。


それいる?


獣耳と尻尾をみたら一発でリスだということがわかるのに?


まあ、隠密部隊だから素顔を晒す事は禁止なのかな?


ツッコミ処は満載だけれども黙っておこう、うん……。


クロノスさんからそのペンダントを受け取ると

またチッタさんはそのまま闇へと溶けていった。


「疲れただろう……。

俺の執務室で一服しよう」


「うん」


そのままクロノスさんと一緒にまた再び歩き出した。



そもそもなんですが!

何故このような事になったかと言うと……。


あの大捕物の後……

リチャード様は保身の為かあっさりと全てを話して罪を認めた。


が、その一方でどうしてもレイラさんが頑なに口を閉ざしていたのだ。


院長室で見つかった取引ノートはクロノスさん達が

推測した通り半分の情報しか書いてなかった。


これでは決めてに欠ける。


全ての情報が揃わないと行方不明者の捜索も難航する。


だからこそどうしてももう1つ存在しているであろう

ノートを手に入れたかったのだ。


そしてその鍵を握っているのはもちろんレイラさんだ。


副院長のジャレさんも一応取り調べを受けたのだが

ここで意外な事実が判明した。


なんとジャレさんは魅了の魔法にかかっていたのだ。


勿論そんな罠を仕掛けたのはレイラさんとエヴァン様だ。


レイラさんから副院長就任の時にプレゼントされたという

ブレスレットに仕掛けが施してあったらしい。


きっと余計な詮索をされず操りやすいように

こんな大胆な真似をしたんだろうね。


何故それがわかったのかと言うと……。


これは1部の人しかしらない公然の秘密らしいんだけど。


騎士団本部の入り口には様々な魔道具や呪いの類を検知する

魔法陣が密かに床に描かれているんだって。


そのセンサーにがっつり引っかかったみたい。


凄いな騎士団本部。


カロスさん曰く……

この国の重要な建物や皇宮などにも施されているらしいよ。


いや、そんな秘密をさらっと打ち明けられてもちょっと怖いわ。


はい、この秘密は墓場まで持っていく所存でございます。


と、いうことで……

すっかりその魔法が解けたジャレさんは事の重大さを知って

絶句していたよ。


きっと本当は真面目で子供好きなきちんとした人だったんだと思う。


激しく自分を責めて泣いていたらしい。


しかし直接手を下したわけではないが……

この一連の事件の片棒を担いだことには間違いないので

罪には問われるんだって。


まあ、情状酌量の余地もありそうだし……。

しょうがないかな。


それよりもレイラさんよ。


あんな酷い言葉を言われてもなおエヴァン様を庇っているのかな

と密かに心配していたら。


なんと……

レイラさんが私だけにだったら本当の事を話すと言って来たらしい。


えっ?何故に?


そんなに私達打ち解けた感じはありませんでしたよね?

とは思ったんだけれども……。


クロノスさん達もほとほと困り果てていたし。


一刻も早く怖い目にあっているかもしれない子供達の捜査を

開始したいというクロノスさん達の強い熱意に打たれて……

1人で取調室に向かったのよ。


カロスさんに案内されて取り調べ室に入ると……

少しやつれた表情のレイラさんが座っていたの。


そこからは本気の2人っきりよ。


それが条件だったからね。


とりあえず挨拶からかなって思って……。


「こんにちは」


と、言ったら蚊の泣く様な声で“こんにちは”と返ってきたわ。


そこから20分ちかくだんまりよ……。


いきなり私から色々質問するのもなんだしな~と思って

気長に待っていたのがいけなかったのかしら。


ひと言も話さないのよ、うん……。


でもさ、雑談する程レイラさんの事知らないし。


“ねえ、知ってる?

ノワイエ亭の新作ランチに新しいメニューが出たんだって?“


“うそっぉ!知らない。

え、何、なに?どんなやつ。

めっちゃ、食べたいんだけど“


的な、てっぱん女子トークをするべき!?


かといっていきなりド直球に……。


“証拠のノートは何処にあるんですか?

持っていますよね、ね?ね?”


も違う感じがしたし……。


ううううううう……本気でどうしたらいいの?


思わず天井に設置されている……

監視カメラ的な大きな目のオブジェを

じぃいいい~と見つめて……

助けを求めたが誰も来てくれなかったわ。


来ないんかいっ!

まさかのフェイクカメラじゃないよね!?


そしてさらに10分……。


ああ、もう駄目だ。


この沈黙に堪えられない。


ここは一旦部屋から出よう。


そう決めて席を立とうとしたら……

いきなりレイラさんがポツリと言った。


「あなたが羨ましいわ……」


「えっ?」


「私は何処で道を間違えたのかしら……。

少し長くなりますが私の話を聞いていただけますか?」


そう言って悲しそうに微笑んだ。


それからレイラさんは堰を切ったかのように

自分の身の上をポツリポツリと話だした。


父親が身分は低いが貴族だったこと……。


庶民だったが裕福な家の娘であった母親と駆け落ちして

出来た子が自分だったこと……。


貧しかったが幸せな子供時代を送っていた事。


しかし母親を病で亡くし絶望した父親が自分を孤児院に預け

元の家に帰ってしまった事などを話してくれた。


「父の事は恨んではいません……。

しっかりとした教育も受けさせてくれましたし

毎月きちんと仕送りもしてくれました。

そして何よりも……

子供の目から見ても本当に両親は愛し合っていました。

身分などは関係なく愛を貫いていたんです」


「…………」


「だから……」


と、言った瞬間レイラさんの声のトーンが変わった。


「私も同じような幸せを手に入れられると思ったんです」


誰と?なんて言わなくてもその目が語っていた。


「だからあの方に声をかけてもらい……

優しくされて一緒に過ごしているうちに

愛されていると思い込んでいたのかもしれません」


「…………」


「孤児院の仕事は嫌いじゃありませんでした。

でも心のどこかで私は貴族の血を引いているという

驕りがあったのかもしれません。

あの方について行けば私もまたあの幸せな時代に

戻れるのではないかと考えてしまったんですよね」


そう言って泣き笑いを浮かべていた。


「レイラさん…………」


「例えあの方が悪事に手を染めていたとしても

私だけを愛してくれればどこまでもついて行こうと

きめていました。

本気で愛していました……

夢をみてしまいました」


「…………」


「その結果がこれです。

馬鹿ですよねぇ……」


凛桜は何と言葉を返していいのかわからなかった。


そしてレイラさんは大きく息をひとつ吸った後に震える声でこう言った。


「本当は心の奥底では気がついていたんです。

これは夢物語で一時の甘い夢の時間なんだって

わかっていたんですけどね。

縋ってしまいました……。

私は所詮……お姫様にはなれない身分なのに

馬鹿ですよね……」


そういって奇麗な大粒の涙を1つ流した。


いやぁああああああ!!


マジであのクズ男ゆるさん!!

何人の女子の幸せを奪ったのさ本当に!!


本当にいや、マジでいや!!


凛桜が1人脳内制裁を加えていると……。


全部心の丈を言い切って吹っ切れたのか……

レイラさんは首からかけているペンダントを凛桜に手渡した。


「これは?」


「私の部屋の机の上にある宝石箱の鍵です。

その中に全ての証拠が入っています」


「わかったわ」


凛桜が神妙な顔で頷くとレイラさんはいきなりこう言った。


「ありがとうございます」


「えっ?」


なんで今度は急にお礼なんか?


凛桜が不思議そうに首を捻っていると……

レイラさんは奇麗な笑顔を浮かべて更にこういった。


「あの方に捨てられたとき絶望したけれど……

その後のあなたの言葉とクロノス閣下との抱擁が忘れられないわ」


「えっ?はい?」


「両親のような幸せな恋愛は夢物語だと思っていたけれど

お二人の姿をみたらまた希望が湧いたの」


「えっと……」


どういうことかな?

私達が身分差を超えて恋愛している的なことですか?


魔族もしくは下位貴族と高位貴族との禁断の恋!?

とか思っていらっしゃる!?


いや、全く違いますけどぉ?


なんとも言えない微妙な表情を浮かべている凛桜など

おかまいなしにレイラさんはこうも言った。


「どうか私の分までお幸せになってください……

お二人の愛を貫いてください」


「は……はあ……」


よくわからないが……

ここは全てを飲み込むのよ、凛桜。




という事があり……

無事に事件は解決の方向に向かっている。


まあ、まだやることはたくさんあるけどね。


リュートくん兄弟が隠し持っていた証拠の分析とか

ヤギ院長の保護とか。


行方不明の子供達の捜索とか……。


一部の子供達は貴族の屋敷から保護された子もいるけれど

闇の組織に引き渡された可能性がある子もいるんだって。


そうそう!

リュートくんの知り合いのアンナちゃんは

出向寸前の船の一室から無事に救出されましたよ。


他にも可愛らしい少女達が4人保護されました。


あのバカ貴族が借金のカタに闇の組織に仲介したらしい。


もう本当に信じられない!


その張本人エヴァン=リチャード様は家から籍を抜かれ

平民になった上で……。


男子しかいない魔獣討伐の最前線である

寒さの厳しい砦送りにされることが決まったんだって。


本当は死をもって償うくらいの罪が

たくさんあるんだけれども!


まだ余罪がたくさん残っているから……

取り調べの為にも生かしておくしかないらしい。


しかしノアムさん曰く……

リチャード様が送られる砦は“死の砦”と言われていて。


そこに行って帰ってきたものはいないんだって。


そしてレイラさんも同じように厳しい戒律で知られる孤島の修道院に

送られることが決まった。


彼女もおそらく一生そこから出ることはないだろう……。




「はあ……」


凛桜はハイビスカスのような花が浮かんだお茶を飲みながら

深いため息をついた。


「ごめんな、凛桜さん……。

捜査の為と言い無理を強いたな」


心配そうにクロノスが顔を除き込んだ。


「嫌だっただろう……

罪人の相手なんて」


凛桜の顔が曇っていることを気にしているようだ。


「ううん……そうじゃなくて。

なんていうのか……凄く切なくなっちゃったの」


そう言って凛桜は隣に座っているクロノスの肩にそっと頭をのせた。


まさかそんな甘え方をしてくるとは思わなかったのか

一瞬ビクついたクロノスだったが直ぐに優しく肩を抱いて

抱き寄せた。


「何かあったのか?」


「うん……。

世の中にはさ……どうしようもない事ってあるよね」


「うん?」


「ほら……例えばさ……クロノスさん達で言えば

剣の鍛錬とか魔法の訓練?とかさ

一生懸命やればそれなりに結果は出るじゃない」


「そうだな」


「私も小さい頃から……

学校でも家でもあらゆるところで努力って大事です。

的な事を言われてきた気がする」


「まあな……俺もそう思って生きてきたところはある。

自分でもいうのも何だが今の地位にいられるのも

ちょっとの幸運と俺自身の弛まぬ努力のお陰だと思っている」


そう言ってクロノスさんは真剣な顔で頷いた。


「それは間違っていないと思う。

確かに何かを手に入れる為には努力は必要だと思う。

でもさ……

恋愛においてはどんなに努力しても……

好きで好きで頑張っても報われない事があるでしょ」


「…………」


「悲しいけれども……

人の気持ちだけは努力だけではどうにもできない時がある」


「確かに難しいな……

心だけはどうしよもできないからな」


「ひと時の偽りの気持ちならさ……

お金やそのほか色々な事で手にいれられるかも知れないけれどもさ。

本当に欲しい気持ちってそういうことじゃないじゃない?

それが凄く悲しい」


私がそう言うとクロノスさんは少し困った顔をした。


「レイラさんがやったことは決して許される事じゃないけれど

リチャード様に対する気持ちは本物だったと思う。

自分の全てをかけて努力して尽くしたんじゃないかな。

まあ、あのクズ男には全く届いてなかったけどさ……」


「こればっかりはどうにもな……

同じ男としてもやつの行動は理解の範疇を超えているからな……」


きっと取り調べ室での出来事を思い出していたのだろう

クロノスさんは苦笑していた。


最後まで自分は被害者だって言ってたらしいからね。


「そう考えると相思相愛になるってある意味奇跡なんだね」


「そうだな……

そんな相手に出会える事は最高に幸せな事かもしれん」


そう言うとまた尻尾を凛桜の腰に巻き付けて来た。


また!出た!

本当にクロノスさんってこれ好きだよね。


やっぱりネコ科だからなの?


ネコちゃんもよく甘えてくるときに尻尾をギュッと

絡めて来るよね。


そう思いながら凛桜はクロノスの尻尾をぎゅっと

いつまでも抱きしめていた。


そしてそんな嬉しそうな凛桜の顔をデレデレになりながら

みつめているクロノスがいた。


“凛桜さん……好きだ……。

本当に愛おしい……“


“フフフ……クロノスさん可愛い。

またゴロゴロと喉を鳴らしている。

こういう所は本当に大きな猫ちゃんだよね~“


お互いに言葉には出さないが……

かなり熱の籠った瞳で見つめあっていた。


のだが……その一方で

そんなアツアツの2人のオーラが扉の外まで漏れ出ていて

騎士団の面々が困り果てていた。


誰がノックをするか?


タイミングはいつなのか?


で、揉めていたことを2人は知るよしもなかった。


数分後……


急遽作った魔法くじで当たりをノアムさんが引いた。


「ぐうわあああ……最悪ッス!!

なんで今日に限って俺が負けるんッスか……。

俺……普段……くじ運いい方っスよ!!」


ノアムさんはその場に膝から崩れ落ちたらしい。


「「「「「がんばれ~」」」」」


「ノアムひと思いにやれ~。

骨は拾ってやるぞぉ~」


「お前ならばできるぞ~」


などの声援を背中に受けながらノアムさんは魔の扉改め

団長室の扉をノックするのであった。


で、もちろんその後……

2人のラブラブタイム(死語)を邪魔された

クロノスさんによって……。


個人的制裁……ん、んん、んん……。


いや……

最強の男によるありがたい個人強化レッスンを1人受けることになる。


「いや、マジで勘弁してほしいッス」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ