203.私と契約いたしましょう!?
田舎暮らしを始めて175日目。
「と、いう訳で……
私、カシムくんを購入するから!」
「「「はい?」」」
いきなり唐突な凛桜の発言にクロノスさん達は首を傾げていた。
「だからね……
カシムくんと愛人契約を結ぶ手続きをゲット……」
と、言いかけた瞬間にクロノスさんが白目を向いて倒れた。
「うわぁ~団長!」
慌ててノアムさんが受け止めようとしたが受け止めきれず
カロスさんを巻き込んでその場に崩れた。
「凛桜さん!!言い方に気をつけてください!
ああ見えて団長は凄く繊細なんです!」
何故かチッタさんに激しく叱られた。
以外にリスは凶暴……。
「キュキューワ」
えっ?コウモリさんまで呆れ顔!?
いや、だってねぇ……
そう言う事だよね。
いや、違いますから!
と言わんばかり真顔でチッタさんとコウモリさんに
呆れ顔で首を横に振られた。
そして数十分後……
事細かくチッタさんより再説明が皆に行われた。
それは……
ヤギ院長があたかも存在しているかのように偽装を行い
名をかたり悪事を働いており……
今ではレイラという女性と代理の貴族が結託して
孤児院を私物化していることがわかった。
本当に質が悪いよね!
副院長は悪事には加担していない様子だけど
レイラさんの言いなりだから同罪よね。
惚れた弱みにしても酷すぎないかい?
いやあ~もしかしたら知っているのかもしれないけれど
あえて目を瞑っているのかも。
その上自分たちがうまく立ち回れるように古参の職員を
かなり解雇したこともわかっている。
「そうか……マズいな……」
その説明によってなんとか息を吹き返してはいるが
ソファーにぐったりとしたクロノスさんがいた。
「本気でありえないッス……」
「そういう訳だったんですね」
ホッと胸をなでおろしながらカロスさん達は頷いた。
「だからそう言ったじゃない」
新しいココアをいれながらプリプリと怒る凛桜だったが
全員から“違いますから!”という総ツッコミを入れられた。
「さっきの凛桜さんの発言!
本当に心臓が止まるかと思ったッスよ」
チョコチップクッキーを頬張りながらノアムさんは
チラチラと心配そうにクロノスさんをみていた。
「しかし本当にそんな事が孤児院で行われていたなんて
いまだに信じられません」
カロスさんはココアを一口飲んでからため息をついた。
「本当ですよね、まったく許せないです」
「かなり巧妙に行っているようなので
今まで発覚しなかったのだと思います。
職員および子供達の大半がこの事実を知りません」
「末恐ろしいな……」
「しかし未だその取引を詳細に示したという裏帳簿は
みつけられませんでした」
チッタさんもあのあと独自に孤児院内を調べたもよう。
「カシムくんもその場所はわからないって言っていたわ。
だけどそれらしい物は見たことあるんだって」
「院長室に保管されているのは間違いないのではないかと
思われるのですが……
いかんせん警戒心が凄く強い女性でしたので
あれ以上踏みこむのは危険と判断して捜査を打ち切りました」
「いや、よく調べてくれた」
そう言ってクロノスさんはチッタさんを労った。
「危ないと思って隠し場所を変えるとかあるッスかね?」
「そうですね……
一度リュートに現場を見られているので
レイラという女性が肌身離さず持っている可能性もありますし
それか副院長が……」
チッタさんも考えあぐねていた。
「はたまた2人で持っているという線も捨てきれんな……
相手は相当頭の切れるヤツだ。
分けて持っていれば例え一方が見つかったとしても
言い逃れができるからな」
そう言いながらクロノスさんは何故か私の真横に座ってきて
そのまま自分の尻尾を私の腰に巻きつけた。
その瞬間……
えっ?何?と思ったんだけれども……。
みんな真剣な顔で議論していたからあえて何も言わなかったわ。
ユキヒョウの尻尾って太くて暖かくてモフモフで触るととても
気持ちがいいんだよね。
思わずぎゅっと抱きしめちゃった。
「そ、その可能性も捨てきれませんね」
その瞬間から何故か挙動不審になるチッタさん。
「カロス、お前の方はどうだ?」
カロスさんは目を見開いて凛桜の行動を凝視していた為に
返事を返すのが少し遅れた。
「は、は、はい……。
調べましたところキャラリア孤児院の代理経営を任せられているのは
“エヴァン伯爵家”です」
「エヴァン……、ああ、ああ。
あそこの当主のジェームス様は立派な紳士だったと思うが」
クロノスさんがそう言うとカロスさんは少し言い辛そうな
表情を浮かべながら話を続けた。
「実は半年前からお体の調子を崩しているらしく
実際は三男のリチャード様が指揮をとっております」
「三男?」
恐らく面識がないのかクロノスさんは考え込むように
宙を見つめていた。
「ふぁあああ!
エヴァン=リチャードォォォ!!」
急にノアムさんが叫んで立ち上がった。
「ああ!」
するとチッタさんも同じように叫んだ。
「なっ!」
「おう!」
何やらハイタッチを決めて2人だけで通じ合っているらしい。
「団長、そいつなかなかの曲者ですよ」
「あっちの世界では有名な男です」
「お前ら知っているのか?」
「はい……。
最近で言えばメーズの館で何回か事件を起こしたお方です」
「ああ…………あの方ですか……」
カロスさんは思い出したように声を漏らした。
「ハッ……そう言えば……
あったなそんな事が。
あいつが俺の遠縁とはな……頭が痛い」
クロノスさんも思い出したらしく眉を顰めていた。
おう、メーズの館と言えば
あの夜の大人の社交場の事ね!
駄目じゃん!!
こういうところでやらかすやつが一番危険だわ!
「何かヘマして金がいるという事か……」
「それだけならばいいッスけどねぇ。
もっと大きな闇の組織と関わっていたりしたら……
目も当てられないっスよ……」
ノアムさんがげんなりとした顔で呟いた。
「だな……」
皆の顔も曇っている。
要は、お金にだらしない女ったらしのお貴族様らしい。
しかもやらかし体質ときてる……。
エヴァン伯爵家はクロノスさんの遠縁にあたる血筋で
現伯爵は慈善事業に力を尽くしている立派な紳士なんだって。
そして長男さんと次男さんは皇宮にて文官として活躍中……
そんな中その三男だけが問題児らしく。
とりあえず伯爵の補佐の仕事をしていると言うと聞こえがいいが
要は親の権力を笠にきた典型的な駄目息子である。
なまじ3人の中では自他認めるイケメンらしく……
若いころから女性関係で問題を度々起こしているとの事だった。
イケメンであるが故におかしくなっちゃったのかな。
イケメンがマイナスに作用することなんかこの世の中にあるのね。
まあ、貴族というものは……
長男以外は基本家督を継げないし。
三男ともなると苦労は多いでしょう。
だからと言って何をしてもいい訳じゃないからね!
「おそらくジェームス様も現内情を知らないと思われます」
そう言ってカロスさんは口を噤んだ。
「そうか……」
「相手方に知らせて協力を仰ぎますか?」
「いや……
決定的な証拠を掴むまでは現状のまま伏せておこう。
たとえ立派な人でも子供には弱いものだ……
ヘタに庇い建てなどされたらかなわんからな」
クロノスさんがそう言うとカロスさんは黙って頷いた。
「それで先ほどの発言につながるのか?」
「はっ、先ほどの発言は少し語弊がありましたが……
凛桜さんのおかげで近日中にカシムとの契約を結ぶ席を
設けることができました。
だからこそそこで一気にカタをつけるのが得策かと」
チッタさんがそういうとクロノスさんは微かに顔を強張らせた。
孤児院訪問の帰り際に……
一か八かでレイラさんにかるく粉をかけてみたの。
「私あのイタチの子が気に入ったわ。
どうしても欲しいの……
だから私にくださらない?」
って、言ってみた。
最初は“何の事でしょう?”
くらいしらじらしくとぼけていたんだけど。
わざとらしく我儘お嬢様のふりをして
どうしてもカシムくんが欲しいと粘ってみせたの。
そして最後の手段として……
そっといくつかの宝石をそっと手に握らせたのよ。
そうしたら軽くため息をつかれたあとに
しょうがないですわね……
くらいの顔をされたかと思ったら。
そっと廊下の隅まで手をひかれて連れていかれ
“今度改めてお話くらいはお聞きしますわ”といって
何やら金のバラが描かれた黒い封筒を頂いたの。
そしてそっと耳元でこう囁かれたのよ。
「従者の方には内緒でお願いいたします。
それから……
当日茶館のお店の人に必ずこのカードを渡してくださいね」
そう言って怪しい微笑みを浮かべながら
何事もなかったようにさっていったのよ。
怖っ!
めっちゃなれているじゃん!!
どうやらこれが秘密の場所での会合らしい!
だから帰りの馬車の中で封筒を開こうと思ったんだけど
いきなりチッタさんに腕を掴まれて……
物凄い剣幕で止められたのよ。
何故なら……
本来ならば読んでからすぐにカードに書いてある内容が
消滅するような仕掛けになっていたんだって。
どこまで用意周到なんだよ、怖いよ。
徹底的に証拠は残しません的な!?
そんなに頭がキレるんならもっといいことに使ってよ!!
その罠に気がついたチッタさんが魔術でそれを解除したのよ。
凄すぎる!!
ちょっとかっこよかったわ!その時のチッタさん。
この能力をかわれて隠密部隊に配属になったのかな。
まあ、そういう訳でそのお陰で無事にクロノスさん達にも
カードの内容を見せることができてよかったわよ。
私は意外に記憶が笊だから1度読んだくらいじゃ
覚えられない所だったわ。
チッタさん曰く城下町の中でも少し治安の悪い地区にある
目立たない茶館が待ち合わせの場所らしい。
表向きは普通の茶館らしいが……
裏で何か取引をしているというもっぱらの噂の場所だ。
だからこそクロノスさん達もそのカードを読み終えると
かなり難しい顔をしていた。
「やはり凛桜さんに囮になってもらうしかないのか?」
おう?
尻尾がぶわぁ~と膨らんだよ!
クロノスさん嫌なのかな?この作戦……。
「はい……危険は十分承知ですが
おそらくこれが1番の方法かと思います。
断る手はないと思います。
これが最初で最後のチャンスかと……」
「しかしな……
かなり危ない橋を渡らせることになるんじゃないか?
このカードには1人で必ず来ることと明記されているしな」
「そうッスね……
ヘタに尾行や隠密部隊を潜ませるのも難しい可能性も
あるっスよねぇ」
「そうですね……
少しでも怪しかったら即打ち切りになるでしょう」
「キューキューワキュ!」
俺がついているから大丈夫的な勢いでコウモリさんが
ドンと胸を叩いている。
「それはもちろん心強いのですが……
なんせ相手の出方がわかりませんがゆえ
いやはやなんとも……」
と、カロスさんがコウモリさんに敬意を払うように
軽く頭をさげながら言った。
「契約時には必ず書類を交わすと思います故……。
そちらもかなり有力な証拠になりますから。
まずはそこまでこぎつけない事にはなんとも言えません」
「そうなんだが……」
それがベストな作戦だとわかっているのだが
納得がいっていない様子のクロノスさんを安心させるために
あえてとびっきりの笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫だよ、クロノスさん。
チッタさんもどこかで見守ってくれるんでしょ?
コウモリさんだって傍にいるんだよ。
それに何かあったら1番にクロノスさんが
助けに来てくれるよね?」
「それは勿論そうなんだが……」
「ねっ?」
私がクロノスさんの尻尾をぎゅっと抱きしめたまま
そう答えるとクロノスさんは優しい瞳で見つめ返してくれた。
「わかっているが……心配なんだ……。
俺の目の届かない所で凛桜さんに何かあったら
今度こそ俺は耐えられない」
「うん……」
「全ての悪いことからあなたを守りたいんだ」
「クロノスさん……」
クロノスさんはそう言って少しまぶしげに目を細めながら
そのまま愛おしそうに私の頬を軽く撫でた。
「「「「……………」」」」
“なあ、俺達は一体何を見せられているんだ?”
“キュ~キュキュキュワァア~
(甘すぎて砂を吐きそうだぜ)“
“もう新婚のイチャイチャの域っスよ……
これで番ってないって詐欺ッスよねぇ“
“団長!心配&やきもちも大概にして頂けませんかね
もしかして俺達の存在を忘れていたりします?“
3人と1匹は激しく遠い目になっていた。
先程は何とか耐えていたが……。
獣人にとって相手の身体に尻尾を巻きつけるのは
(特に腰)最大の愛情表現である。
“はぁぁああああ~俺も彼女欲しいッス” BYノアム
“早く帰って俺も彼女とイチャイチャしよう” BY チッタ
“胃……胃が……キリキリ痛い……” BY カロス
“キュワ~(早く家に帰りてぇ~)” BY コウモリさん
それぞれ現実逃避という旅に出かけた……。