201.魔法のひと言の威力は絶大
田舎暮らしを始めて174日目の続き。
皆さんと別れてから……
只今渡り廊下と思われる長い廊下をイタチ獣人少年と
絶賛2人っきりで歩いております。
あ、まあ……厳密に言えばですが
右肩にはコウモリさんがとまっておりますが!
「さて、お嬢様……
どちらに行かれますか?」
イタチ獣人の少年はすこしお道化た口調で問いかけてきた。
「美しい薔薇が咲き誇る庭園などはいかがですか?
あるいはステンドグラスが美しい礼拝堂なども
とてもご好評いただいております」
ん?どこのどなたにかしら?
市街地名所ツアーじゃないんだから……。
と、いうよりか……
孤児院の中ってそんな華美な施設ってございましたっけ?
凛桜が複雑な表情で何も答えなかったからだろうか
何を思ったのかイタチ獣人少年はクスっと笑いながら
凛桜にそっと近づいた。
えっ?何?
急に距離をつめるのやめぃ。
「本当に我儘なお嬢様ですね……。
それならばガゼボで僕と二人っきりで
お茶の時間を楽しみましょうか?」
はい?
何その選択肢……。
2週目の裏選択肢ですか!?
無駄に色っぽい流し目とかやめて。
コウモリさんも目が点になっているじゃない……。
いや、本気で何をさせているのよ!
こんな年端もいかない少年たちに……。
ここの大人達……
と、いうよりか主にあのレイラ嬢とバカ貴族の仕業だな。
天誅を下したいよ、全く。
「………………」
私が究極のスナチベ顔をしていたせいだろう。
イタチ獣人の少年は困惑していた。
「いや、そういうの本当にいらないから」
凛桜は心の底から拒否を示した。
まさかそんな風に断られるとは思ってもみなかったのだろう。
えっ?
俺……何かやっちまったか?
くらいのキョドリ方をするイタチ獣人少年。
一瞬にして顔が真っ青だよ。
今まではこの方法で貴婦人たちを喜ばせてきたのかい?
って、本気でどういう状況!?
クロノスさん……
思った以上にこの孤児院の中は腐っておりますよ!!
「では……何をお望みで」
そう言ってごくりと息をのむイタチ獣人少年。
いや、別に取って食いやしないから
そんなに緊張されても困るんだけど……。
凛桜は苦笑しながらこう告げた。
「きみ、カシム君だよね?」
「えっ?」
その凛桜の一言を聞いてから彼の態度が急変した。
「…………」
今までは慇懃無礼な所も多少はあったが……
それでも終始和やかな雰囲気で接してくれていたのだが。
急に顔が強張り……
何か言いたげな顔をしたが直ぐに口を噤んだ。
悲しそうに眉尻を下げた後にポツリと吐き捨てるように言った。
「あんたもそっち側の人間だったか……」
「はい?」
イタチ獣人の少年の顔は嫌悪を宿していたし
あまりの変貌ぶりに凛桜の方も戸惑っていた。
カシムくんじゃなかったのかな?
イタチ違いですか?
何故にあんなに顔から表情が消えたの?
「…………」
なんとも言えないピンと張り詰めた空気の漂う中
イタチ獣人少年は重い口を開いた。
「用意周到なんですね。
そこまで調べてきていらっしゃるなら隠す必要もありません。
そうです、俺はカシムです」
やっぱりカシム君だったか……
じゃあなんでそんなにピリピリしているのかい?
心底不思議そうな凛桜に苛立ちを隠せないのか
イタチ獣人少年はすでに言葉を繕うのもやめていた。
「はっ、貴族って怖いな……。
なんでも思い通りになると思ってやがる」
「えっ?」
「それなら僕も単刀直入にいいますね。
僕は“高いよ”。
それでもよければ話くらいは聞きますが
これでも売れっ子なんで……」
ん?
んんんんん?
何?何の話?
「それともその魔族のコウモリを使って
力づくで俺を従わせるのか?
まあ、僕には魅了の耐性がありますけど」
そんな凍えるような瞳で見られても……。
「ねぇ?一体なんの話をしているの?」
「は、白々しい……」
ええっ!?今度は鼻で笑われた!?
「はい?」
本気で埒があかないんだけどぉ?
今さら何をいってんだこの女!?
訳の分からない腹の探り合いの時間が始まった。
「あんたも俺を買いたいんだろ?
将来俺がここを出たときに俺を囲いたいんだろう。
最近そういう話が多いんだよね」
えっ!ええええええええええっ!!
「いや、いや、いやいやいやいやいや!!
全くそういう気はございません。
うちはもう間に合っています……。
これ以上は……」
凛桜はこれでもかと首を横にふって拒否を現した。
間に合っているってなんだよ。
自問自答しながらも苦笑してしまったわ。
でもね、シュナッピー1体でも持て余しているのは事実だし。
森の動物やらクロノスさん達もしかり……。
白蛇ちゃんやらボルガさんやタヌちゃんもいたな……
グリュック達なんか、まあ、もう、本当に!
他にも数えきれないほど個性的なメンバーがわいている我が庭。
とにかく、もう新しい愉快な仲間達はいらんっ!
お腹いっぱいなんですよ、はい。
そんな切なる思いがのった高速首振りであった。
しかもあまりの狼狽ぶりに年下のイタチ獣人少年に
敬語で話してしまう始末。
あのコウモリさんでさえ
「キュワーイイイイイイイイイイ!?」
と、聞いた事のない声で吼えていた。
恐らくだが……
「な訳、ないだろうがぁああああ、お前は馬鹿か?」
だと思う、うん……。
流石に凛桜達の態度をみてイタチ獣人少年も
これは何かおかしいと思ったのだろう。
「違うのか?
あ、いや、違うのですか?」
まだ若干表情は曇らせていたが直ぐに困惑の表情に変わった。
「違うわよ。
いきなり何をいいだすのよ!
まったく冗談も休み休み言ってよね!
心臓が止まるかと思ったわ」
「じゃあ、なんで俺の名前を知っているのですか?
色々俺の事を調べたからですよね……」
イタチ獣人はホッとした表情を浮かべながらも
今度は戸惑いながら凛桜に確認を求めた。
「それは、リュートくんから君の事を聞いたんだよ」
「兄貴の事も調査済みかよ……怖ぇーよ。
いえ、知っていらっしゃるのですか?」
本音と建前がいれかわっちゃっているぞ、少年。
「本気でなんなんだよ、このお嬢様……
じゃなくて、どういうことなのでしょうか?」
「あーもう、敬語はいいよ」
動揺のあまり言葉使いがぐちゃぐちゃで見てられない。
「いや、でも、その……」
「ひょんなことからリュートくんと知り合ってね。
あなたの事は全部リュートくんから聞いたんだよ」
「兄貴から……」
未だまだ凛桜の言葉が信じられないのか
カシム少年は考えあぐねている様子だった。
それからぷっつりと会話が途切れて沈黙が下りた。
まいったなぁ……。
いきなり距離をつめすぎたかなぁ……。
真剣な表情のカシム君の横顔をみながら凛桜はひとりごちた。
本当にこの子は思慮深いのね。
そうしないとここでは生きていけなかったのかな……。
そんな事を思っていたら急に横から何か大きな塊が
凛桜の足元に転がってきた。
「あっ?」
「ひゃああ……」
そんな焦った声が聞こえたと同時に足にかなりの衝撃が走った。
「っ…………!」
驚いて視線を落とすと何やら茶色い毛玉が見えた。
「バッ……お前、なんでこんなところに」
カシム君の焦った声と同時に右側の高い柵越しからも
複数の子供たちの焦る声が聞こえてきた。
足元にぶつかってきたのはキツネ獣人の幼体だった……。
「…………」
おそらく追いかけっこか何かをやっていたのだろう。
夢中になり過ぎてその拍子にここまで飛び出てしまったらしい。
幼体だからあの細い柵の間をすり抜けちゃったのかな?
しかも運の悪いことに遊んでいる途中に
どこか水たまりにでも落ちたのか……?
全身泥だらけでドロドロだったキツネ獣人の幼体だった為に
凛桜にぶつかった拍子にドレスを泥だらけにしてしまっていた。
「おう……っ……」
こんなに汚してレオナさんに怒られちゃうかしら?
まあ、笑って許してくれそうだけど……
なんなら買い取ってもいいし、ま、いっか。
凛桜自体は全く気にしていなかったが
周りの温度はどえらい事になっていた。
キツネ獣人の幼体も幼心にもやっちまったと
思っているのだろう。
瞳に涙をためながら獣耳と尻尾を震わせながら
深々と頭を道に擦りつけていた。
その姿に凛桜が絶句していると……
すぐにカシム少年も片膝をつきながら深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ございません。
この者の不始末は俺が代わりに責任を取ります。
だからどうかこの者は許しては頂けませんか?」
そう言って縋るような視線で凛桜を見上げた。
「ごめんしゃい……ごめん……しゃい……」
つたない言葉で必死に謝りの言葉を紡いでいる。
柵の向こうの子供達も神妙な表情でこちらをみていた。
だから凛桜はわざと頗るいい笑顔でこう言った。
「そうね、許さない」
「…………」
ヒュッと息を飲む声が聞こえた。
柵の向こうの子供達も目の前のキツネ獣人の幼体の瞳にも
絶望が浮かんでいた。
「お嬢様……どうか……」
歯を食いしばりながらイタチ獣人少年は更に懇願した。
凛桜は宙を見つめながら考えるふりをした後に……
「そうね……。
このマドレーヌを皆で食べながら今日1日私と遊んでくれたら
許してあげるけど……
どうする?」
そう言って凛桜は悪戯っ子のような顔で笑った。
「へっ?」
最初は何を言われているのかわからなかったのだろう
イタチ獣人少年はかなり間抜けな顔をしていたよ。
「ほら、あなたも顔をあげて。
こんなのは洗えば落ちるから気にしなくてもいいのよ」
そう言って凛桜はキツネ獣人の幼体の頭を優しく撫でた。
「…………キュ……」
まさかそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったのだろう。
キツネ獣人の幼体は目を丸くしながらも……
嬉しそうにはにかんだ。
「と、いう訳だからカシム少年。
私をあの柵の向こうに連れて行って」
そう言って子供達のいるほうを指さした。
「いや……それは……」
「駄目なの?」
「基本的に部外者は立ち入り禁止区域になっていまして」
きゅうにしどろもどろになるカシム少年。
「どうして?」
「副院長の許可と鍵がないとあちらには基本的には
入る事はできません」
目を逸らしながら困ったように獣耳を後ろにさげた。
「またまた、君なら秘密の通路を知っているでしょう?
私は本当の姿の孤児院が知りたいの」
「な、なぜそれを!?」
「フフフ……それもリュートくんに聞いたんだ」
そう言うとカシムくんの瞳は揺れていたよ。
目の前の大人が本当に信用できるのかを図りかねていたんだと思う。
さっきのやりとりはちょっと意地悪だったかな?
いやあ……だってさ。
あの時ちょうど孤児院の職員さんかな?
タヌキ獣人の大人の姿がチラッと横切るのが遠目に見えたんだよね。
だからわざと貴族らしく振舞ったんですよ。
ほら、今の状況じゃ誰が味方かわからないじゃない?
でもそのせいで子供達に怖い思いさせちゃったからな。
さっきの件でよけいにカシム君の心が離れていっちゃたかな。
「あなたは本当に兄貴と知り合いなんですか?」
困ったように眉尻をさげたカシム君が再びぎこちなく
確認を求めてきた。
「そうだよ」
「…………」
自分から聞いておきながら……
全く信用していませんっていう顔をしていますね。
もうこうなったら奥の手をだしますか。
「あ、そう言えばこうも言っていたかな。
あいつはなかなかあんたの事を信用しないだろうから。
その時は“カサブランカの誓い”と言えばいいってね」
私がそう言った瞬間カシムくんの眼差しが変わった。
「あんた今なにを……!!
その話を他人の……しかも貴族のあんたにしたのか!?
ヤバいな……嘘だろ……。
本当に兄貴に信頼されているんだな……」
おお、本当に強力な魔法の一言なんだねぇ
“カサブランカの誓い”って。
詳しい事は知らないけれど兄弟にとって深い想いがある土地で
誓った大事な約束らしいよ。
「信用されているのかな?
それはわからないけれども……。
でもね、志はきっと一緒だと思うよ。
だからここに来たの。
ねぇ、カシム君に是非協力してほしいことがあるの。
力をかしてくれないかな?」
そう告げるとカシム君の腹も決まったのだろう。
「わかりました。
今からあなたに全面的に協力します。
僕は何をすればいいのですか?」
うんうん、凄くいい顔になったね、カシム君。
これなら私も安心だよ。
「そうね、とりあえずその前に皆でこれ食べよう。
お腹が空いていたらいい案はでないからね」
凛桜がそう言ってマドレーヌのつまった籠を掲げると
子供達からも喜びの声が上がった。
「ありがとうございます」
そう言ってはにかんだカシム君は……
年相応な素敵な笑顔だったのでキュンときちゃった事は内緒だ。
結論=年に関係なくイケメンの笑顔は最高!