200.冒険の旅に出かけよう
田舎暮らしを始めて174日目。
「ごきげんよう」
「「「「「こんにちは!!」」」」」
子供達の元気のいい声が返ってきた。
よき、よき、みんな元気があって大変よろしい。
しかも幼い子供達は皆コウモリさんにくぎづけだ。
少し大きな子達もなんだかソワソワしている。
そうだよね、なかなか魔族のコウモリさんなんて
見る機会はないよね。
興味深そうにキラキラした瞳で見つめている姿が
めちゃくちゃ可愛いわ~。
そうだろ、そうだろ、コウモリさん可愛かろう?
腹毛などは信じられないくらいモフモフなんだぜぃ。
ま、中身はゴリゴリのイケオジ魔族だけどね!
もし許可がでたらあとで触らせてあげるからね~。
そんな微笑ましい姿をみながらちょっとほっこりしていたら
急にその中央からスッと1人の少年がバラの花束を
持ったまま自分の方へ歩み寄ってきた。
「本日はキャラリア孤児院にお越しいただき……
まことに光栄でございます、ブルームーン様」
そう言って片膝をついたイタチ獣人の少年が
凛桜の右手を取ったかと思ったら手の甲に軽くキスをした。
「…………ありがとう……」
凛桜が少し尊大にお礼を言うとその少年はさらに
フッと目を細めて凛桜をみつめた。
「…………っ」
上目遣いが妙に色っぽい子だなあ……。
これは完全に狙ってやっているでしょう、あなた。
横に控えているチッタさんも苦笑しているじゃなぁい。
コウモリさんに至っては小声で何か唸っているよ!
おそらくだが……
“ケッ……ガキのくせに大人ぶりやがって”
と、いう心の声が聞こえたよ、うん。
えっと…………
ここは孤児院だよね?
わたくし何か間違った所へ訪問しておりませんよね?
そんな様子を満足そうに眺める大人が2名……。
先程ご挨拶いただきましたが……
1人目は副院長の“ジャレさん”。
おそらく40代後半かな?
チーター獣人らしく第一印象は陽気な雰囲気で
なかなか精悍な感じの方だったよ。
初めの挨拶から礼儀正しく凄くフレンドリーだったしね。
あまり悪いイメージはなかったかなぁ。
そしてもう一人は補佐の方なのかな?
30代前半くらいのネコ獣人の女性の方で
名前は“レイラさん”。
髪をきっちりと1つにまとめて大きな黒縁眼鏡をかけていて
あまり表情が表に出ない感じだがとても知的な印象を受ける人だ。
まあ、いわゆるTHE真面目!を絵にかいたような女子だ。
よく言えば清楚?悪く言えば地味な感じの人だ。
んん~、なんだか温度差のある2人だな……
典型的な“陰キャと陽キャ”の見本のペアだ。
それはそうとこれは何?
イタチ獣人の少年よ……
いつまで私の手を握っているのかね?
これは不敬にならないのかい?
それともこれが貴族に対する通常運転の挨拶か?
いや、いや、いや、いや違うだろ。
こんな出迎えってまるでホストクラブ……。
いや、実際に行ったことがないから知らんけど
なんかそんな雰囲気的な!?
んん、んんんんん……駄目よ、凛桜……
この場にふさわしくない発言ですよ。
もしくは、子役オーディション会場ですか?
今目の前で微笑んでいるイタチ獣人の少年しかり……
お行儀よく並んで大人しくしている子達もそう。
全員見目麗しい子供達しかいないってどういう事?
異常事態だよね。
いや、偏見かもしれないけれど……。
ほら、こういう所の子供達ってもう少し普通というか
素朴なイメージがあるんだよね。
それなのにこの部屋にいる子達はみんな美しすぎる。
そりゃ、獣人は基本的に美しい人が多いよ。
でもこれはあきらかにおかしい。
確実になんらかの理由で選ばれた子達だよ。
しかも貴族なれしているというか……。
普通こんなに身分差のある世界で一般の子供たちが
平然と私と対峙している事体がおかしいから……。
それ以上におかしいのは、“院長”が顔を出さないって
どういうこと?
これでも私……
領主であるクロノスさんの遠縁にあたる金持ち貴族なんですが!?
これからたくさん寄付をしますよ~
的な意味合いで訪問しているわけですよ、えぇ。
だからあなたたちもこんなVIP待遇してくれているんですよね?
それなのに本丸の院長が出てこないって、何?
ここからもうすでにおかしいよね。
先触れだって出している訳だから……
今日私がここに来ることは十分承知の上ですよね?
そんな凛桜の表情を読んだのだろうか
チッタさんが徐にこう言った。
「副院長、聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「今日はこちらの視察および今後の話をする為に
わざわざお嬢様が足を運んだというのに……
院長は何故この場にいらっしゃらないのですか?」
ワザと圧をかけた慇懃無礼な物言いをしてくれました。
すると今までにこやかだったジャレさんの表情が
一瞬にして強張った。
そして何かを伺うようにレイラさんの顔をチラッとみたのよ。
えっ?何?今の微妙な感じは?
そんな行動にチッタさんもコウモリさんも眉を顰めた。
すると食い気味にレイラさんが言葉を発した。
それはまるでジャレさんが余計な事を言ってしまわないように
遮るような行動に見えた。
「ブルームーン様……。
立ち話もなんですからその話はこちらで」
そう言って奥の部屋に入るように促してきた。
子供達には聞かせたくないのかな?
一見遜ったように言っているようには見えたが
そこには何か断らせないような強い意思を感じたのは
気のせいじゃないはず。
「ええ、わかったわ」
「ありがとうございます」
するとホッとしたのか今度はジャレさんが凛桜の手をとって
その部屋の中まで案内してくれようとしたが……。
いや、本気でそういうのいらんから!
ここの男子は女性をエスコートしないと
死んでしまう生き物なのかい?
するとチッタさんがさっと横から凛桜の手を取った。
「あっ……」
ジャレさんは行き場の失った手を空中で持て余していたわ。
案内された部屋はおそらく院長室だろう。
大きな大理石のテーブルに皮張りの椅子がおいてあり
棚にはたくさんの書類などが入ったキャビネットが
壁一面に配置されていた。
その一角の壁にヤギ獣人のお爺さんの写真が飾られていた。
3枚ほどあるからこれらがおそらくリュートくんが言っていた
院長先生の家系の写真なのだろう。
みんな優しそうなふくよかなヤギ獣人のおじいちゃんだ。
代々院長をつとめているのね。
と、ふとその下をみると何やらこの場所に似つかわしくない
黄金に光る大きな壺が忽然と飾ってあった。
しかもよく見ると他にも調度品的な物がたくさんおいてある。
足元をみるとこれまた緻密な刺繍が施された絨毯もひいてあるじゃない。
「………………」
はい?この部屋って無駄に豪華すぎないか?
成金にも程がある!!
たった今、イタチ獣人の少年が運んできた紅茶やお菓子だって
かなり高価な物だよね?
お貴族様が来るからと言って奮発したにしてもやりすぎじゃない?
ここは……
“子供たちが腕によりをかけて作ったクッキーです。
お口に合うかわかりませんが……
どうかその気持ちだけはくんでやってください“
的な場面じゃないんかいっ!
しかもこの紅茶セットの陶器ってあれよね。
クロノスさんがプレゼントしてくれたグラスの物と
同じ刻印がしてあるのよ。
そう、あの王都で一番人気の高いブランドの陶器よ。
そんなものが買える財力ってあるの?
そんな事を思いながら凛桜は紅茶を1口飲もうとしたが
「キュ!」
急にコウモリさんが一言鳴いてから
紅茶やお菓子の上をぐるりと一周飛んだ。
どうしたコウモリさん!?
好きなお菓子でもあった?
凛桜がびっくりしているとチッタさんが微笑みながら言った。
「もうしわけございません。
あまりにもいい香りだったのでお嬢様の使い魔が
興奮してしまったようです」
そうなの?コウモリさん!?
このクッキーにテンションがあがったの!?
確かに美味しそうだけれども!
「お嬢様、もしよろしければこれを1枚与えても
よろしいですか?」
えっ?あ、うん……。
よくわからないが凛桜は黙って頷いた。
コウモリさんはチッタさんからクッキーを受け取ると
嬉しそうにシャクシャク食べ始めた。
が、私は見逃しませんよ。
その瞬間にコウモリさんとチッタさんが何か
目くばせをして頷いていたからね。
どうやら毒見をしているもようでした。
ジャレさん達は気がついていないみたいだし
微笑ましいコウモリさんの行動に
あのレイラさんでさえ少し微笑んでいたからね。
やっぱり可愛いって正義なのねぇ。
なんか傍から見るととても失礼な行為に感じるけど
こういうのってきっと大事なのよね。
ふぁああ~貴族って大変だ。
そう思いながら紅茶を1口飲んだ。
後でクロノスさんに聞いたら……
高位の貴族は普通小さい頃からある程度毒に身体を
慣らす訓練をしているんだって。
ひぃやああああ、恐ろしい!!
魔力が高ければ自然に感知できるし……
もし仮に飲んでしまったとしても
自ら毒を浄化できる人が多いらしい。
なるほどね……
私は魔力がないしもしも仮に毒や何か危険な薬が入っていたら
1発でアウトだもんね。
コウモリさん、チッタさん本当にありがとう。
と、いうよりか……
何度も言いますがここは孤児院ですよね?
マフィアの会談じゃないですよね?
命の危険が伴うかも?って、おかしくないか?
なんかもう既にぐったりなんですけど……。
それに気になることがもう1つ。
このイタチ獣人の少年ですが……
シレっとこの場にいることも異常だし。
この子ってこの孤児院の職員ではないよね。
そうだとしたら幼いし……
大人びて見えるけどおそらく14~15歳くらいかな?
確実にこの孤児院でお世話になっている孤児の1人だよね?
その子がなんでこんな執事のようなまねを?
いいの、これ?
労働基準法に引っかからないのかい?
しかも彼……
いつもにこやかにしているけど目の奥が笑ってないのよね。
冷静に周りを分析しているタイプよ。
こういうタイプが実は1番怖いのよ。
今だってこの大人達のやり取りを一言一句
そして一連の行動を目に焼きつけている感じがする。
彼に関して更に興味深い出来事があったの。
コウモリさんが無邪気なふりをして紅茶の上を飛んだ時の事。
彼が周りに聞こえないようにボソッと一言いったのよ。
「あなどれねぇな、あのコウモリ……」
って……。
おもわずつい本音がポロっと出ちゃったのね
しかもその時かなり悪い顔になっていたわ。
もう、これは、あれですよ、奥様。
この口調、そしてこの外見。
君は間違いなくリュートくんの弟の“カシムくん”だ!
兄弟なのに全く雰囲気がちがうから不思議ね。
リュートくんはバリバリのリーダー気質で
ワイルドな運動部のキャプテンタイプのイタチだけど。
カシムくんは怜悧で知的な参謀タイプのイタチだね。
生徒会長タイプだわ。
でも根っこの部分はやはり兄弟なのね……
とてもそっくりだよ、君達。
まさかそんな部分を凛桜に見られているとは思わなかったのだろう。
イタチ獣人の少年は一瞬ギョっとした顔をしたが
すぐにシュッといつものようににこやかな笑顔にもどった。
あっぶねぇ……って、顔をしてたな今。
フフフ……可愛い。
動揺しているのか尻尾が右往左往しているのが見てとれる。
そしてそのあとジャレさんのしどろもどろの説明によると
どうやら院長は体調を崩しているらしい。
領土から離れて遠くのサナトリウムで治療しているとの事だった。
チッタさんが場所や症状をするどくツッコむと……
なにやらはっきりしない返事を繰り返していた。
が、要所要所でレイラさんが的確に答えるので
すべては嘘ではないもよう。
う~ん、どうしよう。
どうもしっくりとこないし全体像がつかめないでいた。
チッタさん曰く……
そのサナトリウムは本当に実在しているらしい。
そしてそこを経営しているのがまたクロノスさんの親戚との事。
ねえ、これってもう完全にクロだよね。
その代理の親戚とこの2人というか……
レイラさんがズブズブの関係だよね……。
何とも言えない微妙な空気が流れた。
表向きの形はジャレさんが副院長だけれども
実際はこのレイラさんとそのクロノスさんの親戚の貴族の人が
この孤児院の実権を握っているんじゃないかな?
どうやら副院長のジャレさんはレイラさんに惚れているみたい。
だから惚れた弱みなのか……
なんか言いなりなんだよねぇ……。
だけれども話の雰囲気からレイラさんはそのお貴族様に
心酔しているようだし。
これはあれか?
いわゆる三角関係的な!?
一気に昼ドラめいてきたぞ!
ドラマならドロドロドキドキ展開は面白いけれど
現実ではご遠慮願いたいわ。
まだわからないけれども……
どうもなんか背後にそんな複雑な恋愛模様も絡んでいる気が
してならないのよねぇ。
そう考えるとレイラさんって実はかなりの悪女よね。
「要領が得ません……」
チッタさんがあからさまにため息をついた。
そんな様子を危惧したのだろう。
ここでレイラさんがイタチ獣人の青年に部屋から
退室するように命じたの。
まるでここからは大人の時間とでもいいたいのだろうか。
イタチ獣人の少年は素直に従う様子で頷いていたけれど
その目には憎しみの炎が宿っているのが見えたわ。
それを見たときに更に確信したの。
だから……
「ねぇ、難しい話には興味がないの。
だから後はあなたにまかせるわ」
そう言ってわざと気だるそうに立ち上がってから
今度はイタチ少年の元にいって私からわざと腕を組んでやった。
「ねえ、この子が気に入ったわ。
だから私この子にこの施設を案内してもらってくるわ
いいですわよね?」
ここは思いっきり大柄にそう言って2人の顔を見てやったわ。
まさかそんな事を言われるとは思って見なかったのだろう。
ジュレさんとレイラさんは大いに慌てた。
腕を組まれたイタチ少年も目を零れんばかり見開いている。
フフフ……
君は大胆なくせにされる側には慣れていないのね。
「いや、ブルームーン様に見て頂くほどの事はございません」
わかりやすいくらいきょどるジャレさん。
「そ、そうですございます。
かえってお目汚しになるかと……」
レイラさんも眼鏡の淵を掴んで何度もあげたり下げたりして
動揺していた。
「どうしてですの?」
わざとらしく首を傾げてやったわ。
「ギュ……」
肩で笑いを堪えているコウモリさんの微かな笑い声が聞こえた。
あれ?我儘お嬢様の芝居が下手すぎですか私!?
「いえ……その……いや、あの……」
レイラさんが更に動揺したのか獣耳としっぽが信じられないくらい
へにゃっと後ろにさがっていた。
「融資するなら内情をみたいと思うのが普通じゃない?
何か都合が悪いことでもあるのかしら?」
凛桜が探る様な視線で2人をみるとさらに目をしろくろさせていた。
「な、ならば先ほどの部屋で子供たちとお話を
するのはどうでしょうか?
貴族様のお相手をするのは得意な子供達なので
退屈することはないと思いますよ」
はい?
あんた達……何をいっているのよ?
今までもそんな事をさせていたの?
レイラさんがその発言をした時にぎゅっとカシム君の身体が
無意識に強張った。
本当に嫌なのね……。
だから頗るいい笑顔で言ってやった。
「嫌よ。私はこの子とこの施設を探検したいの。
この日の為にマドレーヌもたくさん焼いてきたの」
凛桜がそういうとコウモリさんが籠の中から
1つマドレーヌを取って来てくれたので
ワザと見せつけるようにして話を続けた。
「この私が自らつくったものなのよ。
これを子供たちに1つずつ自ら手渡して話をききたいの。
とても美味しいのよ、これ。
よかったらあなたたちもいかが?」
そう言われた2人はためらいながらも凛桜が差し出した
マドレーヌを受け取り一口齧った。
「…………!!」
「美味い!!」
獣耳と尻尾が一気にぴ~んと立ったくらい美味しかったみたい。
と、横でイタチ獣人の少年がごくりと喉を鳴らしていたので
彼にも1つ手渡した。
最初は嬉しそうに受け取ったが直ぐにレイラさんの顔色を伺ったの。
きっと許可を出されないと食べる事もままならないのね。
ああ、いつもこうやって子供達はこの人達の言いなりに
なってきたのかな……。
なんだかすごく悲しいと同時に怒りが湧いてきた。
だからわざと高飛車に言ってやったわ。
「あなた、私の作った物は食べられないというのかしら?」
「い……いえ…その」
「ありがたく頂きなさい」
レイラさんが冷たくそういうとイタチ獣人の少年は
嬉しそうにマドレーヌを頬張った。
言葉には出さなかったけれども……
高速で獣耳がピルピル動いていたから
美味しかったのだと勝手に推測しております。
「このお菓子は本当に美味しいです」
その横でジャレさんが思わずもう一つ食べたくて
お菓子の籠に手をのばしたくらいだ。
が、しかしそれをレイラさんが咎めた。
「副院長駄目ですよ。
それは後で私が責任をもって子供たちに配りますから」
いや、絶対に配らないよね、あなた。
なんかそんな気がしたわ。
「あらん……
そんな必要はないわ。
これは私の手で自ら子供達に配りますから」
いいわよね?
まさか断らないわよね。
くらいの圧を込めてにっこり笑ってやったわ。
因みにこの言い方はレオナさんを見本にしております!
そう言われたらさすがの2人もぐうの音が出ない様子だった。
そうよね、私は高位貴族……
庶民出身?なのかはしらないけれど。
少なくてもあなた達は私よりは高位ではないから
断ることはできないよね。
こういう権力を翳して高圧的な態度は本当にいやだけれども
今回だけは皆の為に嫌な貴族を演じて見せるわ!
するとレイラさんが諦めたのか渋々頭を下げていった。
「わかりました……。
くれぐれも失礼のないようにご案内しなさい。
いいですね、わかっていますね」
と、イタチ少年に何度も念を押していた。
うん、レイラさんはもう真っ黒だね。
と、いうよりかこの人がかなり黒幕に近いと思う。
頭は下げていたけれども悔しそうに唇を噛んでいるのが
見て取れたからね。
私は魔力とかはわからないけれど……
なんとなく黒い嫌なオーラが彼女を包んでいるのが見えたよ。
なんか、こう、執念みたいな?
とにかく深い暗いドロドロした感情が彼女の心の中に
澱のように沈んでいる気がしたわ。
さあ~て、何がわかるかな~。
イケメンのイタチ獣人少年とコウモリさんとパーティーを組んで
孤児院の中を探検してみたいと思います。
と、いう訳でチッタさん……
その2人はよろしく頼みます。
煮るなり焼くなり好きにしちゃってください。