20.どうやら戻ったようです
田舎暮らしを始めて17日目。
元の世界に戻ってきました。
縁側からみる景色は全く変わらないけれどもわかる。
だって普通にテレビが今日のニュースを告げているもの……。
若干うらしま太郎気分だ。
へぇ……あの女優さん結婚したんだ。
某ハンバーガーのお店の新作は斬新だな……
この機会に下界に降りて食べにいこうかな。
凛桜は一気に情報の嵐に巻き込まれた。
その反面……。
クロノスさんの事がチラリと頭に過った。
大丈夫かなクロノスさん……。
毎日来てくれていたわけじゃないけど
いつもの場所に行って家がなくなったことに気がついて……
パニックになっていなければいいけど。
最後にあった日の縋るような真剣な眼差しを思い出していた。
異世界に行くのも突然だし、帰るのも突然だ。
間隔もわからないと父も言っていた。
下手をすれば何年も行けないかもしれない……。
逆もしかりだ。
この家に住むことをやめればいいのかも知れないが
もう私の中でここに住む以外の選択肢はないかもしれない。
ひとまず戻ってきたことを父と母に報告した。
呑気に“おかえり~”の返事だけだった。
しかしやはり心配したのだろう。
午後になって兄がたくさんの着替えを持ってやってきた。
他にも普段使っている化粧品や米やら
そして某ハンバーガーショップの新作まで買ってきてくれていた。
父と母から様子を見て来いと託されたのだろう。
「異世界に行ったんだってな?」
そう言いながらニヤニヤしながら黒豆を撫でていた。
「そうなのよ」
「羨ましいぜ。
俺も行きたかったな……。
可愛い獣耳のメイドさんとかと出会いたい」
「…………」
「不審者を見るような目で、兄を見るのはやめていただけませんか」
「確かに獣人さん達はいたよ」
凛桜は呆れたようにそう言うと兄は目を輝かせた。
「だけどイケメンばっかりだったけどね。
後は幼女と人妻だったよ」
「なんだよそのチョイス。
流石にその二人はないわ」
兄は腹を抱えて笑っていた。
「でも、思ったより元気そうで安心した」
兄は兄なりに心配してくれていたのだろう。
それからその日は黒豆達と一緒に兄の車で実家に帰った。
田舎暮らしを始めて18日目(実家に戻ってきました)。
久しぶりの都会を満喫した。
友人とランチをして、買い物に行って映画をみた。
その後でお洒落なBARでお酒も飲んだ。
友人はバーテンダーさんがカッコいいと興奮していたが
イケメン耐性ができてしまった私には霞んで見えた。
(どうしよう、クロノスさん達の顔面偏差値が高すぎて
現実の男に萌えなくなってきている。
マズイな……けっこう重症かも)
凛桜は人知れずため息をついた。
田舎暮らしを始めて19日目(実家に戻ってきました)。
仕事関係の方と打ち合わせをした。
いくつかお仕事を頂いたので、早急にとりかかろうと思う。
その後、街をぶらついて雑貨や小物を購入しつつ
カフェに入って一息ついていた。
その夜は久しぶりに家族全員で食事をした。
やはり母の手料理は美味しい。
何故か新品の割烹着をいい笑顔で2枚手渡された。
どうして私が料理三昧しているのがわかったのだろう?
それから前から気になっていたので……
母に妖精の女王に会った時の話を聞いてみた。
「とても綺麗な方だったわよ。
きっと今でも生きていらっしゃるんじゃないかしら。
もしまたお会いしたらこれをお渡しして」
そう言って母は千代紙100枚セットを手渡してきた。
「何故に千代紙?」
「一緒に鶴を折って遊んだのよ。
それをとても気に入ってくださってね。
この次会えたら千代紙をお渡しする約束をしたの。
だからあなたが代わりに渡して」
思い出しているのだろう、懐かしそうな顔をしながら
母は遠くをみて微笑んでいた。
田舎暮らしを始めて20日目(自宅に戻ってきました)。
1人で暮らしていたマンションをひきはらった。
家具や電化製品でいらないものはリサイクルショップへ売り
他の生活用品もかなり処分した。
使えそうなものは、田舎の家へ持っていくつもりだ。
何もなくなった部屋をみて、少し寂しさは覚えたが
すっきりとした気分になった。
その後は、某道具街にいって、最新調理器具を調達したり
簡易お弁当箱を大量購入した。
なるべく自然素材で出来たものを購入した。
あの世界にプラスチック素材の物を持ち込むのはやはり気が引ける。
竹かごや経木で出来たわっぱ弁当箱などを業者か?
というくらい買った。
クロノスさんだけには……
3段になっている大きめの曲げわっぱ弁当を買ってしまった。
別に、ひ……贔屓とかじゃないから……。
誰に言い訳する訳でもなく凛桜は一人でそう呟いていた。
田舎暮らしを始めて21日目(実家に戻ってきました)。
この日は、朝から頂いていた仕事をこなした。
雑誌の挿絵の仕事だ。
クライアントさんにラフ画を送り、その他の細かい所をつめて
なんとかOKがもらえそうだった。
他の2つの仕事もできるところまでとりかかる。
気がつけば夜中になっていた……。
田舎暮らしを始めて22日目(実家に戻ってきました)。
この日も1日中仕事をしていた。
この機会に集中してこなしておかないと不安だ。
何故か異世界ではPCが使えないからな……。
この日も生きる屍のようにイラストを描き続けた。
田舎暮らしを始めて23日目(実家に戻ってきました)。
午前中にクライアントさんと打ち合わせをした。
最終OKを頂いたので、1つ仕事が無事に終わった。
貯蓄が少しあるとは言えども、やはり働かなくてはいけない。
その為には顔を繋いでいないといけないのだ。
今はまだ某出版社の時の繋がりが効いてはいるが
そんな甘い期待ばかりではいけない。
しかし軽い解放感は味わいたいので……
その足で友人とランチに出かけた。
お茶までして、楽しいひと時を過ごしてから
また家に戻って、残りの仕事にとりかかった。
気がつけばこの世界に戻ってきて早いもので
1週間が経っている……。
やはりこちらの世界は時間の流れが早い気がする。
そろそろ田舎暮らしに戻りたいな。
そんな事を考えながら、またもや徹夜で仕事をしてしまった。
田舎暮らしを始めて24日目(実家に戻ってきました)。
午前中いっぱいは、寝ていた。
午後からはクライアントさんと打ち合わせだ。
1つのイラストはOKが出たのが、もう一つは色彩部分で
やり直しを頂いてしまった。
でも嬉しい事に、ファンタージー関係の雑誌の挿絵の仕事を頂いた。
締め切りの期限も半年後とかなり緩い仕事だ。
しかもある程度自由に描いていいらしい。
これは実際に異世界で見たものからインスピレーションを
貰えるからかなりいい仕事なんじゃないか!
ご褒美とお祝いにちょっとお高いケーキを買って帰った。
田舎暮らしを始めて25日目。
兄の運転する車で、祖父の家に戻ってきた。
父と母も一緒だ、もちろん黒豆達も一緒。
買い込んだ荷物やなんやらを下ろしてから……
縁側から中庭をみた。
そこには変わらない景色が広がっていた。
私は早速……残りの仕事にとりかかっていた。
これを仕上げてしまわないと異世界に行けない気がしていた。
そんな中、父と兄は畑仕事を、母はご飯を作ってくれていた。
なんとか夕方にクライアントさんからOKを貰い
ほっと一息をついた。
これで心置きなく異世界に行ける!
その後、家族で夕飯を食べて今日は全員でここに泊まったが……
残念ながら異世界にはいかなかった。
田舎暮らしを始めて26日目。
早朝……
両親と兄は帰っていった。
「なんで異世界に転移しなかったんだ!
獣耳の可愛いメイドさんがぁぁぁぁぁ……」
と無念そうに叫びながら兄は帰っていった。
我が兄ながら残念だよ……。
そんな兄を半笑いで見送った後……
母から貰った梅で梅酒をつけようと縁側から家の中へ
上がった途端それはやってきた。
かなり激しい揺れがおこった。
最初はたんなる地震か?と思ったけど……
テレビがつかない……もちろんPCも起動しない。
試しに前の道路へと飛び出したが、すぐに中庭に戻された。
また異世界に舞い戻ったようです。
(よかった……
データーを全て送り終わった後で本当によかった。
仕事がすべて終わった後でよかった!!)
異世界さんが空気を読んでくれたようです。