196.よく確かめてから発言しましょう!
田舎暮らしを始めて172日目の続きの続き。
「………………」
なんだろう、この生暖かい視線は……。
クロノスさんと腕を組んで城下町を歩いているだけなのに。
この異様な遠巻き感とそれでいて本当は興味津々なのですが
あえて触れないでおいておきますね!
的な雰囲気なのは何故?
「っ…………」
クロノスさんも異変を感じているようで
少し顔が強張っているし。
お店の店主さん達も生暖かい視線やめて……。
凛桜達はなんとも居心地の悪い状態の中……
城下町の中心部へと向かっていた。
思えば、皇宮の門を出るときから既におかしかったのよね。
門を守っている衛兵さん?達からもギョっとした表情で
ガン見された後に……
サッと目を逸らされたしね。
どうしたもんかな……。
やっぱり貴族の服は似合っていないのかしら私……。
着せられている感がハンパないのか?
けっこう大人しめのデザインなんだけどな。
まあ、若干結婚式のお色なおしのドレス感は否めないけれど
それでもシンプルで上品なドレスですのよ。
と、ふと雑貨屋に視線をやると見慣れた青年達の姿がみえた。
あ!あれはクロノスさんの部下のライオン獣人の青年
ザイオンくんだったかな?
それとノアムさんのお友達のリス獣人の青年だ。
2人とも私達に気がついたようで……
嬉しそうな表情で駆け寄ってきたのだが
近くまで来るとすぐに表情を強張らせて口をへの字に結んだ。
「おう、お前らか……
巡回中か?何か変わったことはあったか?」
クロノスさんがそう問うと2人は上から下まで
穴が開くほど凛桜を見つめていたのだが。
すぐにハッとして敬礼しながら答えた。
「はッ!特に異常はありません」
そう言いつつも凛桜の方を気にしてチラチラ見ているではないか。
そしてついに目の前で何やお互いにつつきあいながら
ごにょごにょ言い出した。
「お前がきけよ……」
「いや、無理ッス」
「噂は本当だったんだな……」
「団長も気の毒にな……」
所々しか聞こえないけれどこれはもしかして……。
クロノスさんも不思議そうに首を傾げていたのだが
あまりにも2人の視線と態度が煮え切らないので
ついに雷が落ちた。
「お前ら、何か言いたいことがあるのか?」
「や……その……」
目をしろくろさせながらザイオンさんが
言葉を濁しているのに!
リス獣人の青年はクロノスの前にずいっと詰め寄ると
いきなりこう言った。
「団長……失礼を承知で言わせて頂きます。
凛桜さんという人がいながらこんな堂々と城下町で
高貴な方とデートをするとはどういう了見なのですか?」
「「はっ?」」
思いがけない発言にクロノスさんと私は面を食らい
何とも言えない気の抜けた声が洩れた。
「高位の方々には庶民にはわからない
色々な事情があるとは思いますが……。
でも……俺……その方よりも
凛桜さんの方が団長とお似合いだと思います!!」
“なんですと?”
“なんだって?”
私とクロノスさんは驚きのあまり2人でお互いの顔を見あったわ。
「ばか、おまえやめろ。
団長にも事情があるのかも知れないだろう!
それにその高貴な女性の方にも失礼だろ」
「でも俺……納得できないっス。
確かにとてもお奇麗な方ですけども……
俺は、俺は凛桜さんのような素朴な美しい方の方が好きです」
「…………」
クロノスさんの眉が怪訝そうにピクリと上がった。
「ばか、お前っ!いい加減にしろ。
不敬罪で逮捕されてもおかしくない発言だぞ」
ザイオンがリス獣人の青年の腕を引き寄せると
そのまま頭をつかみ、無理やり頭を下げさせた。
「団長、それにお嬢様、申し訳ございません……。
先程の失礼な発言をお詫びいたします」
えっ?
ええええええええええええっ?
もう絶句がとまらない。
目が点になるってこういう事よね。
あ、うん……。
なんだろこれは。
褒められているのか貶されているのかわからない状態だわ。
まさか私って本当にわからないの?
確かに普段は、ほとんどすっぴんと変わらないくらい
化粧っけのない私よ。
だからなのか……
まさかここまで認識されていなかったなんて。
確かにお肌トゥルトゥルだし、睫毛もバッサ~だし……
厚くはないがメイクはバッチリだもんね。
髪も滅多にしない夜会巻きだし……
装飾品も派手さはないけれどかなりの値打ち物の髪飾りだ。
リップもグロスでキランキランだけど
全体に上品に仕上がっていますのよ~。
おそらく当社比によると……
可愛さは3割ましくらいにはなっているもよう。
レオナさんとメイドさん‘Sの力って凄いよね。
それは重々わかってはいるがちょっと切ないわ。
「………………」
クロノスさんも開いた口が塞がらないようで
しばらく無言だった……。
が、突如として笑いだした。
耐えきれず吹いてしまったという感じだ。
「えっ?団長?本気で?」
「ついに壊れましたか?」
なんとも失礼な部下達の発言だったが……。
それもそのはず!
彼らにとっては一世一代の勇気を振り絞っての
発言だったのに……。
まさか吹き出されながら笑い飛ばされるとは
おもわなかったのだろう。
「クククククック、すまん……ハハハハハ」
目尻に涙までにじませながら爆笑していたクロノスだったが
ようやく腑に落ちたのだろう。
ぎゅっと凛桜の腰を抱き寄せながら見せつけるように
ドヤ顔でこう言った。
「お前らよ~くこの人の顔を見てみろ。
今日は格別に美しいだろう?ん?」
「「はい?」」
ザイオンさんとリス獣人の青年は首をかしげながら
まじまじと凛桜の顔を覗き込んだ。
「……………?」
いやぁぁぁぁぁぁ。
そんな至近距離でみないでぇええええ。
穴が開いちゃうから!
イケメン2人の熱視線は心臓にわるいからぁ!
恥ずかしさのあまり凛桜の方が先にねをあげた。
「お久しぶりですね」
その声とはにかむ表情をみて2人の青年は息をのんだ。
「まさか……!!
凛桜さんなんですか!?」
「…………!!
確かにこの声と笑顔は凛桜さんだ!」
ようやく自分たちの勘違いに気がついたもよう。
「どうしたんですか?
なぜこんなに着飾っていらっしゃるんですか?」
「しかも城下町に?えっ?本気で?」
「凄く綺麗です……。
あまりにも雰囲気が違うので気がつきませんでした」
「そうか、凛桜さんだったのですね。
よかった、団長がふられてやけになったのかと」
「見回りの隊員たちもみんな密かにざわついていたんですよ」
そうなのか……。
怖いな、城下町の噂の速度。
うちの森といい勝負よ。
「と、いう事は……
ついに団長と番って式を挙げに来たんですか!」
あまりにも部下たちの興奮具合&矢継ぎ早の質問に
クロノスさんの“待った”がかかった。
「待て待て待て、落ち着け!
凛桜さんは功績を称えられ……
陛下の晩餐会に招待されて来ただけだ」
「「おお!さすが凛桜さん」」
合点がいったのだろう。
部下の二人はうんうんと深く頷いていた。
「で、晩餐会までにはまだ時間があるだろう。
だからその間をぬって凛桜さんに城下町を案内している所だ」
「「なるほど」」
傍で聞き耳をたてていた城下町の人々もほっとしたようで
急にみんなの雰囲気が柔らかくなった。
「よかった、よかった」
「見かけたときは、全員肝を冷やしましたよ。
まさかあの閣下が浮気なんてねぇ」
「………………」
「…………」
どんだけクロノスさんって街の人に愛されているのよ。
逆にちょっと怖いわ。
「と、いう訳だからお前ら……
俺達の至福の時間を邪魔するなよ」
クロノスは凛桜の肩を抱き寄せながら
優越感に浸った顔で答えた。
「「はい、どうぞごゆっくり」」
2人はたいそういい笑顔で送り出してくれた。
「ちょっと……」
凛桜が恥ずかしそうに見上げるとクロノスさんは
愉快でたまらないという顔でそのまま歩き出した。
「この先に美味しいケーキが食べられる店があるんだ
そこでお茶をしよう」
「はい」
2人はそのまま歩き出そうとしたのだが……。
数分もしないうちに!
サイ獣人の青年と虎獣人の青年が息を切らせて
目の前に駆け込んできた。
「団長、お楽しみのところ申し訳ございません。
緊急の案件が発生いたしまして……」
「どうした?」
2人のただならない雰囲気にクロノスさんは一瞬にして
引き締まった表情へと変わった。
「はっ、実は……」
そう言いかけたが虎獣人の青年はチラリと凛桜をみた。
あ、はいはい。
秘密案件なのね、うん、わかりますよ。
「あ、私あそこの果物屋さんを見に行ってくるね」
凛桜がそういうと青年達は申し訳なさそうにペコリと頭をさげた。
クロノスはというと凛桜を1人にするのが心配なのか
何か言いたそうにしていたが……。
「すまない凛桜さん」
ああ、獣耳としっぽがこれでもかってペショリと下がっているよ。
仕事なんだからしょうがないよ。
「私の事は気にしないで!
ほら果物屋さんならクロノスさん達の目と鼻の先でしょう。
だからお仕事を優先させて」
そう言って凛桜は3人に軽く手を振ると果物屋を目指して歩き出した。
少し遠くの方からクロノスさん達に見守られながら
私は果物屋さんを満喫していたのね。
本当に色々な果物があるのよ。
見たことのないものばかりだから
できれば片端から食べてみたいくらいよ。
どれも凄く甘くていい匂いがする。
それに活気があっていいな、こういう雰囲気の店好きだわ。
「お嬢様、うちは初めてかい?」
恰幅のいい犬獣人のおじさんが気さくに話しかけてくれた。
店主さんだろうか?
「はい、とても新鮮で美味しそうですね」
「おうよ、うちは今朝もぎたての物ばかりだからな。
ゆっくりとみていってくんな」
そう言うとすぐに別のお客さんの元に行き桃らしきものを薦めていた。
人気店なのね。
次々と人々買い求めにきているから。
どれにしようかな?
凛桜がみたこともないハート形をした
黄色とピンクで構成された果実を見ていると
いつのまにか横にイタチ獣人の少年が立っていた。
それは別段なにもおかしいところはないのだけれども
何故かその少年が気になった。
醸し出す雰囲気というのか……。
正直他の人と比べてあまり身なりがいい感じがなく
全体的に覇気がなかったのね。
それでも見た目はどちらかというと切れ長のシュッとした
イケメンの部類の少年だった。
まあ、それは置いておいたとしても
何と言ってもかなり挙動不審だったのよね。
目が泳いでいるというか……。
落ち着きがないというのか。
とにかく周りをキョロキョロ不自然なくらいに気にしており
先程からある果物をじっとただ見つめているからさ。
これはもしかして……
もしかしちゃう?
店主さんも気になるようで時々鋭い視線を密かに
その少年に向けているようだったし。
そうじゃない事を願っていたのよ、うん。
だが、その少年はそれでも何か思うところがあるのだろう
一瞬目に光が灯った。
と、同時に1つのリンゴを掴んで素早く
腰の袋に入れようとするのが見えちゃたのよねぇ。
おぃいいいいいいいい!!
やっぱりか!!
そう思ったらとっさにその少年の腕を掴んじゃった!!
自分でも信じられないくらいの素早い動きだったと思う。
手を掴まれた少年もさることながら私も驚いちゃったわよ。
イタチ少年は完全にフリーズしちゃっていたし
私も若干パニクっていたから!
でも思いっきり目だけで制止を促したわ。
ジェスチャーだけでリンゴを元の位置に戻させたの。
盗みは絶対に駄目だから!!
かなりの圧をかけたと思う、うん……。
少年は観念したのかそっとりんごを籠に戻してくれた。
そのお陰で店主さんには気がつかれないで済んだの。
でもなんか気が晴れなくて……
思わずその少年がとったりんごもろとも1箱りんごを
購入しちゃったわ。
こんなに大量のリンゴどうするのさ一体って感じよ。
そしてそのまま……
少年を果物屋さんの前の噴水広場のベンチまで
連行しました。
もしかして腕を振り払って逃げるかなと思ったけれども
その少年は大人しくついてきたのね。
まあ、凄く恨みがましい目で私を見ていたけどね。
そしてそのまま無言でベンチに座ったんだけれども
第一声がこれよ。
「よけいなことすんなよ、おばさん」
あああああああああっ!?
貴様、そこになおれ!
どの面下げて言ってんだ、ああああん?
と思ったのだけれども!
ここは冷静になって教育的指導……。
んん、んん……お話をしていきたいと思います。
「そんなこと言える立場だっけ?あなた」
そういうと少年がグッと喉をならしてから
サッと目を逸らした。
が、すぐに睨みながら吐き捨てるようにいった。
「一時的な偽善者面は、かえって迷惑なんだよ。
所詮、お貴族様には俺達のような者の気持ちなんか
わからねぇんだからさ」
ブチッ!
私の中で何かがキレる音がしたよ、うん。
だからかな、自分でも信じられないくらい低い声が出ていたよ。
「ああ、うん、わからないよ。
あんたの気持ちや事情なんか。
わかりたくもないし!
でもね、これだけははっきりと言える。
あなたは間違っているよ」
「あ?」
イタチ獣人の少年はウザそうに顔を顰めながら更に続けた。
「お貴族様は知らないだろうけど
こんなことは下町ではよくある事だから。
つまらない正義感を振りかざすなよ。
たかがアプルン1個くらいどうってことないだろう」
そう吐き捨てると拗ねるようにそっぽを向いたのよ。
ああああああ?
何、寝ぼけたこと言ってんだ、このイタチが!!
はい、アウト!
本当に頭に来たから思いっきり頭を叩いてやったわ。
今思えば勢いって怖いよね。
相手は少年の獣人と言えども……
反撃されたら絶対に勝てない相手なんだけれどもさ。
でもその時は不思議とね
気迫で負ける気がしなかったんだよね。
心底頭にきてたしね。
まあ、よく考えたら暴力は絶対に駄目よね!
例えどんな理由があったとしても駄目だわ。
反省しております。
イタチ獣人少年もまさかそんな事をされるとおもわなかったんだろうね。
目を零れんばかり見開いて固まっていたよ。
「たかがリンゴ1個でも犯罪は犯罪なんだよ。
軽く言わないで。
金貨を大量に盗もうが、果物1個盗もうが!
盗みには変わらないんだよ。
罪は罪なの!」
「…………」
「人はね、一回でも一線を越えるともう戻れなくなるの。
そこで思い留められるかで人生決まるんだから」
「…………」
そう言われてもなお……
お前に何がわかるんだよという拗ねた目をしていたが。
「何があったの。
よかったらお姉さんに話してみない?」
凛桜がそう言ってリンゴを1つ差し出すとイタチ獣人の少年はやはり
切羽詰まって緊張していたのだろう。
リンゴを嬉しそうに受け取ると表情を少し和らげた。
「…………」
しばらくリンゴを見つめながらも
イタチ獣人の少年は戸惑いの表情を浮かべていた。
「何か事情があるんでしょ?
だからあんな事をしようとしたんだよね。
私に何かできることはある?」
そう言うと更に目を丸くしながら凛桜の顔をしげしげと
見つめていたが……
ふと急に目を逸らしながらぶっきらぼうに言った。
「じゃあ、金くれよ……」
「そうじゃないでしょ。
あなただって本当はわかっているでしょ。
そんな一時しのぎの事をしてもらったって
何も解決しないんじゃない?」
凛桜がそう優しく諭すとイタチ獣人の青年は
更に意味がわからないというかのように不可解な顔をしたが。
「ん?人に話したら楽になるかもよ?
ほら、1人で考えるよりも2人で考えた方が
いい考えが浮かぶかもしれないじゃん」
「はあ?本当に変なおばさんだな、あんた。
貴族らしくねぇや……」
「ああ?おばさんじゃなくて、お姉さんね!」
凛桜が軽くイタチ獣人の少年をこずくと
ワザと肩を大げさにおさえ強く痛がるふりをしたが……。
ふと急に何かをぐっと堪えるように上を向きながら
声を震わせていった。
「だって大人は誰も俺達の話なんか聞かないじゃないか。
だからどうして……いいか……わからないん……だ」
そう言うと、急に泣きじゃくりだした。
“ふぅうわ、どうしよう”
通りのすがりの人々がチラチラとこちらを見ている。
「俺だって……ほんとは……こ……んな……」
そんな子供みたいに泣きじゃくられると
お姉さん困っちゃうから……。
「ウワアアアアアアアンン……グスゥ……」
「…………」
ヤバイギャン泣きモードに入っちゃったよ。
どうしよう~。
確かに異色の組み合わせよね。
ハッ!
まさか貴族のご主人様が下僕をいじめている図に見えてたりして?
どうしようかなと思った時に急に頭上から声が降ってきた。
「何かもめ事かと思って見にきたら凛桜さんじゃないっスか」
「ノアムさん!
それにカロスさんも……助かった」
よかった!!救世主あらわる。
「どうしたのですか一体?」
「それが……」
凛桜が説明しようとした時にちょうどクロノスさんが
慌てて自分の方へ駆けて来るのが見えた。
「凛桜さん、何があったんだ?」
「それが実は……」
と、再度凛桜が話そうとすると今度はノアムさんが
イタチ獣人の少年の顔をみて呟いた。
「おまえ……リュートだよな」
「なんだ、ノアム知り合いか?」
「何言ってんすか!
この子団長の領地にある“キャラリア孤児院”にいた子ッスよ」
「えっ?」
「そうッスよね。
確か去年のバザーで木の食器を作っていたッス」
そう告げるとイタチ獣人の少年は驚いた顔で頷きながら
ノアムさんを見つめていた。
「そうか……あそこの出身か。
見たところによると成人しているようだが。
今は何処で働いているんだ?」
クロノスさんがそう問うとイタチ獣人の少年はまた
貝のようにきつく口を閉じてしまった。
「とりあえずここでは目立ちますので騎士団の詰所に
移動しませんか」
カロスさんがそう言うとイタチ獣人少年は急に逃げ出そうとしたが
そこはあっさりとノアムさんにつかまった。
「はい、捕獲完了。
俺達を出し抜こうなんて100万年早いっスよ」
「はなせよ~」
「よく状況がわからんが、とりあえず凛桜さん。
話を聞かせてくれ」
「うん」
ひとまず私達は1番近い騎士団詰所を目指して歩き出した。
「で、ところで凛桜さん。
この大量のアプルンはなんだ?」
「あ、うん、成り行きじょう買ったというか」
「そうか……」
「うん」
「1個食べていいっスか?」
「どうぞ」
その後、大量のアプルンは詰所のおやつと化した。