191.世間って本当に狭いよね……
田舎暮らしを始めて169日目の続き。
「あんたが魔族の姫様か……。
フン……わるくねぇな……」
その男は凛桜の頭のてっぺんから足の爪先までを
撫でまわすような視線で見ながら満足げに鼻をならした。
「…………」
そういうあんたはすべて駄目ですけどね!!
近年稀にみるアウト中のアウトですわ。
凛桜はその言葉を口にこそは出さなかったが
絶対零度の視線でその男を見据えていた。
そもそも初対面というか……
それ以前に異性の客を出迎える態度じゃないのよ。
一段高い寝所にほとんど半裸で寝そべったまま
周りには複数のセクシーな女性を侍らせて客を
出迎えるってどういう事!?
お前はア〇ブの王様か!!
いや、言葉に語弊があったな……。
このご時世……
そんな人は物語の世界でしかいないんじゃない?
くらい芝居がかった場面なんだけど。
目のやり場に困るじゃない!
セクシーが過ぎるから!!
その証拠にキング達が周りを警戒しつつも
密かにキラッキラの瞳で男を見つめているからね。
おそらく恋愛活劇でもこういう場面が出てくるのだろう。
ヒロインがこんな感じの金持ちの悪い男に
むりやり結婚させられそうな展開なのかしら?
“うわぁ……本当にこういうシチュエーションあるんだ”
という心の声が聞こえてくるようですよ、はい。
凛桜は既にあまりの情景に怒りと呆れで
頭がクラクラしていたが何とか気を取り直して答えた。
「はい、初めまして凛桜と申します。
アルヴェーン閣下(ルナルドさんの事ね!)から
既にお話を伺っているかと存じますが……。
本日馳せ参じましたのはトゥールコの……」
凛桜が一所懸命へりくだって話しているのにその男は
なにやら周りの美女とイチャイチャ(死語)しているもよう。
「やん……」
「フフフフ……お前は可愛いな」
「ルリィばかりずるいですわ……」
「やくな、ん?お前も一緒に可愛がってやろう」
あの~、人の話聞いています?
あ~あ~あ~もう、本気でなんなの?
商談さえなければ一瞬でキング達に消炭にしてもらうのに。
凛桜のそんな冷ややかな視線に気が付いたのだろう。
「なんだ?姫様もまざるか?ん?」
と、その男は頗るいい笑顔でのたまった。
横にいたシュナッピーの苦無を抜いて男に投げなかった
自分を褒めてあげたいと思います。
「そんな堅苦しい挨拶なんかいいから。
俺といい事しようぜ」
「…………」
はっ?
きっと今私……
人生で一番というくらいのスナチベ顔をしていると思う。
あのきなこ達でさえ……。
究極のスン顔だからね!
我が飼い主に何言ってくれているんだ?この男
と、いう顔をしているからね。
柴犬をここまで無にさせるあんたは凄いよ。
キング達も尋常じゃない物凄い殺気を放っていますし。
その雰囲気をみて流石にまずいと思ったのか男は
女達に後ろへ下がるように手で指示をすると
ようやく立ち上がり凛桜の前までやってきた。
ふううっわ……。
寝そべっていたから気がつかなかったけれど
凄く大きな人だということがわかった。
ゆうに2mは超えていると思う。
「でかっ……」
思わす心の声が洩れちゃったくらいだ。
トゥールコ業者の首領は“リザードマン”だった。
といっても完全にトカゲではなく……
顔の右半分は人の顔をしていた。
確かに気障なだけあり綺麗な顔立ちをしている。
なんなら涼しい目元に紫とエメラルドの輝きのある
アイシャドウのようなものさえもみえる。
そんな男らしいセクシーな雰囲気がある人だった。
肩幅もがっちりしているし腹筋は板チョコだ、うん。
肌は少し浅黒く至るとこに鱗がキラキラしていた。
身体も恐らく人のようだが足は完全に爬虫類だった。
爪がエグイくらい鋭い……。
おまけにかなり太くて長い尻尾があり
凛桜を見下ろしながらそれが愉快そうに
左右にゆっくりとゆらゆらと揺れていた。
「姫様はちっこくて可愛いな。
本当に喰っちまいたいくらいだ」
そう言ってニヤリと笑いながら目を細めた。
「はあ……」
えっと、それはどちらの意味でしょうか?
人の顔みて爬虫類特有の長い割れた舌で……
舌なめずりするのやめぃ。
「俺、可愛い子には優しいぜ」
「…………」
声もちょっと掠れたいい声なのがムカつくわ。
「ん?」
揶揄うような笑顔をうかべて見つめて来ないでよ。
一瞬ときめいたわ。
いや、しっかりしろ凛桜。
愚問じゃないか!
どちらの意味でもお断りなのですが。
と、いうか本気でなんの時間なのよ、これ。
どうもこの人と話していると調子が狂うな。
「揶揄わないでくださいよ、閣下」
「ハッ、おあいにく様……
俺はそんなふうに言われる身分じゃねぇよ。
しがねえ部族の長よ」
「で、トゥールコは売ってくださるのですか?」
「フン……やけに直球で聞いてくるじゃねぇか」
「その為だけに来たのですから」
「つれねぇな……」
わざとお道化るようなしぐさをしながら凛桜の顔を覗き込んだ。
「それに商談のイロハがなっちゃいねぇえ。
まずは相手と仲良くなるところからだろう」
「…………」
それはそうなんだけれども。
あなたの仲良しは違う意味の仲良しじゃろうが!!
ああ、もう本気で一発殴っていいかしら。
凛桜は顔を引きつらせながらシュナッピーに目くばせをした。
するとシュナッピーは一瞬首を傾げたが
直ぐに背負ってきた風呂敷を凛桜に差し出した。
「珍しいお酒がお好きだと伺ったので……
人族でしか売っていない物を持ってきました。
お近づきの印にどうぞ受け取ってください」
嘘はついてないよ。
異世界の人間界にしかない日本酒とウィスキーだからね。
「おお、酒か……気が利くな」
リザードマンの男は嬉しそうに受け取ると1本だけ抜いてから
何処からともなく現れた従者にそれを渡した。
「それじゃ、俺様と姫との出会いに乾杯しようじゃないか」
そう言って不敵な笑いを浮かべた。
で、なんで今私はこの男とさしで酌などしているのでしょうか?
「うまいな……。
見た目は水のようなものなのにな……」
目の前の男はそれこそ水のように日本酒をグイグイと
飲んでいくじゃないか。
どうやらロックで飲むのがお気に召したようだった。
「ほら、姫様も飲めよ」
「はあ……」
そう言われて何やら得体の知れない燻製をちびちびと
食べながらも凛桜も日本酒を飲んでいた。
これがルナルドさんの言っていた……
のらりくらりかわされちゃうってやつかな。
ああ、もう早く帰りたい。
いっそのことトゥールコなしでいいんじゃね?
とりあえず少しは私の家にストックあるし。
陛下にもう一度相談してみようかしら?
そんな事を思っていたらリザードマンの男が
いきなり話を切り出してきた。
「いい飲みっぷりだな、姫様」
「あなたもね」
「気風のいい女は好きだ。
気に入った。
トゥールコ譲ってもいいぜ」
おう?どういう風のふきまわしだ?
一瞬不審に思ったがそう言ってくれているんだから
気が変わらないうちに契約を結んでもらおう。
「ありがとうございます。
では、この契約書を確認して頂いてから
署名をいただけますか」
「おう」
リザードマンの男はざっと目を通すとそのまま
親指を噛みちぎって紙の下部に押し付けた。
まさかの血判!!
凛桜が密かに驚いていると何を思ったのか
リザードマンの男はこうも言った。
「姫様も俺と同じ方法で署名してくれよ」
「はい?」
確かに後は私も同じように横にサインをするだけだけど
何故に血判しばり?
だって王室だってルナルドさんだって紋章入りのはんこが
押されているじゃないの。
ハードル高くない?
「これが俺の取引条件だ。
今までの相手も全てそうやってきている」
えっ?そうなの?
なんかすごい重い契約になりそうで怖いんだけど。
「姫様怖いのか?
大丈夫だ、少しチクッとするくらいだ」
そう言って軽くウィンクを飛ばしてきた。
いや、インフルエンザの予防注射をする前の看護師さん
みたいなセリフを言わないでよ。
いや、そういう事じゃないのよ。
人族はほとんどの人が血判なんて押したことないのよ。
特殊な業界の人しかしないのよ、たぶん、うん……。
「ほら、なんなら俺が……」
そう言っていつの間にか凛桜の右手を掴んで
自分の顔の目の前まで持ってきていた!
「いや……ちょっと」
目をしろくろさせる凛桜をよそにリザードマンの男の
楽しそうな顔が見えた瞬間……。
口の上部に生えている鋭い牙が
自分の右手の親指に迫っているのを感じた!
「ひぃやああああ!!」
もちろんしっかりと掴まれていて振りほどけない。
ヤバイ!これは本気でヤバイ!!
噛まれる!!
もちろんキング達の蔦が飛び込んではきてくれたんたんだけど
間に合う気がしない……。
そう思って目をぎゅっと瞑った瞬間……
凛桜の両顔の真横から物凄い突風が吹き抜けていった。
その後に何故か何か暖かいものが身体全身を包みこんでいた。
「…………?」
凛桜がおそるおそる目を開けると……
リザードマンの男が数メートル先まで吹っ飛ばされていた。
そして凛桜の耳元に優しい声が響いた。
「遅くなってごめんね……凛桜……」
そう言ってそれは愛おしそうに凛桜の頬に頬ずりしてきた。
ハッとして凛桜が首だけ振り返るとそこには……。
「白蛇ちゃん!!」
「僕の凛桜……」
なんと大きな白蛇が凛桜を守るように身体に巻き付いていた。
同時にその後ろからなにやらもっと大きな圧を醸し出している
2つの物体がぬっとあらわれた。
「って……いてーじゃねぇか。
一体どこのどいつだ!あああん?」
吹っ飛ばされたリザードマンの男は怒り心頭のまま
こちらにむかって駆けて来たのだが……。
白蛇ちゃんの顔を見た途端……
顔面蒼白になりガタガタと震え出した。
「ぼ……坊……何故こちらに?」
「久しぶりだな……ウェイズ……」
蛇に睨まれた蛙?じゃなくてトカゲ?
今までの色男が台無しになるくらいの挙動不審さ。
今の数分のできごとだけでこの2人の関係性が
わかるくらいの狼狽えっぷりよ。
私……スライング土下座って初めてみたわ。
「………………」
「ホホホホホ……。
坊……それくらいで許してやってくだされ。
愚息には儂からも後でお灸を据えるつもりじゃから」
「父上!!」
リザードマンの男は顔だけあげてその大トカゲの姿を見た途端
更に顔を青くして絶望していた。
なんかもっと大きいトカゲ来た……。
こちらは本気のトカゲだ。
キング?キングトカゲ?
声はおじいちゃんっぽいけど。
その横は言わずもがな……。
「久しいな凛桜」
「お久しぶりです」
巨大白蛇さんだ。
その姿を見たリザードマンの男は飛び上がらんばかり驚いて
急いで両膝をおって巨大白蛇さんに挨拶をした。
「お……お久しぶりに拝顔いたします……。
その……あの……」
ああ、もう見てられない。
「フフフフ……。
相変わらずやんちゃしているようだな」
「いや……その……」
全身から噴き出しているであろう汗の量が尋常じゃないから。
「あいつ、父上に喰われちゃえばいいのに」
白蛇ちゃんよ……。
そのほんわかした美しい顔で恐ろしい事を
耳元でぽそりと言わないで。
「しかし今回は分が悪かったな……。
そこにいる凛桜は息子の大事な人でな……」
口調は優しいのに追い詰められている気がするのはなぜ?
巨大白蛇さんの圧ハンパないな……。
「へっ?」
そう言われたリザードマンの男は恐る恐る凛桜の顔をみた。
あ……うん、そういう訳じゃないんだけれど
ここは素直に頷いておこう。
凛桜の頷きを見た瞬間男は泣き崩れた。
あ~あ……
ついに泣き出しちゃったよ。
「そうとは知らず申し訳……ございません……。
こうなったら死んで詫びを……」
えっ、いやいやいやいやいやいや!
そういうのいいから。
「本当だよ、万死に値するから」
ケッくらいの勢いで白蛇ちゃんの辛辣な言葉が投げかけられた。
「坊……、どうかひと思いにやってください」
男は祈るように両手をくんで目を閉じて首をさしだした。
「ん……」
わかっているじゃねぇかくらいの頷きやめて。
「あ、白蛇ちゃん。
私……別に気にしてないから……
そこまでしなくてもいいんじゃない?」
そういうと白蛇ちゃんは直ぐに瞳を蕩けさせて
凛桜に頬ずりしながら甘い声でこう言った。
「凛桜は本当に優しいね……」
「ね、許してあげて……」
と、更に凛桜が宥めようとしたがやはり怒りが
収まらなかったのだろう。
汚いゴミを見るような目つきをしながらリザードマンの男に
対して吐き捨てるように言った。
「あいつがどうしようもなく愚かで無類の女好きなのは
どうでもいいんだけれども……。
僕の凛桜に手を出そうとしたことだけは許せないんだ。
しかもあいつ凛桜の指を噛もうとしたでしょう」
「あ……っ」
もう恐怖で震えすぎちゃってリザードマンの息子さん
ガチガチと歯を鳴らしながら半分気絶しかかっているじゃん。
あ?血判の事?
凛桜が不思議そうに首を傾げるとため息をつきながら
白蛇ちゃんは言った。
「蛇族に属する男の牙は特殊な液を出せるんだ。
なんと言ったらいいかな……」
蛇の牙って器用なのねぇ。
「惚れ薬&媚薬が混ざった液とでもいうかな。
まあ、一生に1~2回、多くて3回くらいしか使えないんだけれど
それをこの男が……」
ぶわっと白蛇ちゃんから怒りのオーラが立ち込めた。
「ヒィイイイイイイイ」
えっ?その貴重な液を私に使おうとしていたの?
血判にかこつけて?
「…………」
凛桜が驚愕の表情でリザードマンの男を見ると
分が悪かったのかサッと目を逸らした。
アホだ……やっぱりこいつ、アホだ。
「あ、勿論僕はそんなものに頼らないよ。
好きな人には俺自身の魅力で惚れさせたいからね」
あ……うん、それは、それで怖いわ、うん。
はあ……これってどう収拾つけます?
と思い重鎮2人に目線だけで助けを求めたんですが。
お2人はただニコニコと見守るだけって何?
今じゃキング達&黒豆たちにも取り囲まれ
絶対のピンチですわよ、彼。
「シロヘビ、モウソロソロヤッテイイカ?」
苛立ったようにキングが吠えた。
「バンシニアタイスル」
クイーンドヤ顔で鞭をしならせないで。
「フフフ……最初の一発目は僕からだよ」
白蛇ちゃん、そういう事じゃないと思う。
まあ、その後に巨大白蛇さん達のとりなしもあり
リザードマンの息子さんはなんとか命だけは助かりました。
想像を絶するお仕置きはされたらしいのだけれどもね。
トゥールコも半値の価格で永久におろしてくれるそうだ。
あ、うん、永久ってなに?
私にポップコーン屋さんを開けとでもいうのかい?
別にそこまでいらないんだけれどもね。
余談だが……
その後リザードマンのダメ男ことウェイズさんは
家に頻繁に顔を出すようになった。
「姉御、今月のトゥールコ届けにきやした」
「あ、いらっしゃい」
「今日も相変わらず綺麗ですね」
そう言ってウィンクしながら凛桜の手の甲にキスをおとした。
「…………」
うん、やっぱりこいつ懲りてないわ。