187.許可を頂きました
田舎暮らしを始めて167日目。
「久しいな、凛桜!
息災であったか?」
少し高台にある王座から艶のある麗しい声でそう尋ねられた。
ヒィアアアアアアアアア!!
陛下がまた更に見目麗しい青年に仕上がっている!!
眩しすぎて目が開けられないよ!!
サラサラの金髪がはらりと頬にかかってエロっ……。
んん、んんんん!!
失礼いたしました。
不適切な発言がございました。
ここにお詫びいたします。
相変わらず吸い込まれそうな翡翠色の瞳。
もう邪眼なんじゃないの?
くらい魅惑の瞳なんですわ……。
あんなに優しく見つめられたら息ができないわ!
更に角も大きくなりましたか?
というか、角って成長するんだ……。
毎年抜け替わっていたりして……いや、ないな。
鹿とかじゃないんだから!
この前お会いした時は、まだ幼さが残っていたよね。
成長の速度がエグイなぁ。
今はもはやもうどこからみても大人の漢!
それなのにこの中性的美しさは何故?
匂い立つくらいの美しさと色気をまとっているのに
笑うと少年のような愛らしさを兼ね備えているなんて……。
そういう装備は卑怯だと思います!
最強の生物が目の前におるよ!!
獣人の人達はイケメンや美女が多いから
耐性がついていたと思っていたが甘かった。
次元が違った。
バチ当たりな事を言わせて頂けるのなら……
あああああ、スマホの待ち受け画像にしたい。
色々な意味で最強の画像になりそうだ!
運気が爆上がりしそう。
そんな凛桜の気持ちを知っているかのように
陛下は凛桜の目をしっかりと見て更にニコリと微笑んだ。
はあ……地上に舞い降りた天使かよ……。
まあ、正体は龍なんですけど。
と、あまりの麗しさに……
バカみたいに口をあけて見惚れてしまっていたのよ。
「ウォッホン!!」
鷹のおじさまことグラディオンさんのわざとらしい
咳のおかげで……
ハッと我に返ることができました。
まさかあの鷹のおじさまに助けられる日が来るとは
人生とは本当にわからないものね。
気を取り直しまして……
キリっと表情を引き締めてから息を大きく吸った。
「はい、我が家一同全員元気に過ごしております。
陛下もお元気そうでなによりです。
本日はお忙しい中お時間を割いていただき
ありがとうございます」
そう言って凛桜はぎこちないカーテシーをおこなった。
これは今日の謁見の為にレオナさんに習った付け焼刃の作法だ。
慣れないドレスと高いヒールも地味に辛いです。
しかも今朝習ったばかりなのだ。
一般人はカーテシーなんか習う機会はないからね!
「えっ?できない?
嘘でしょう!」
と、レオナさんは大きな瞳を零れんばかり見開いて驚いていたよ。
できる人の方が稀なんだよ!
という気持ちをぐっと押さえてお願いしたわ。
その時レオナさんが憮然とした顔をしていたから
てっきり断られるとおもったのね。
でも何故かレオナさんの瞳に火が灯ったのが見えたの……
そして一言。
「私が凛桜を最強のレディにしてみせますわ!!」
急に熱血モードやめぃ。
「微力ながら私めもご協力させて頂きます」
横にいたベルドランさんまで参戦してきた!!
「……ありがとうございます?」
この2人の講義は思いのほかスパルタ式だったよ、うん。
思い出すだけで涙がでちゃうし……
謁見の前にすでに足が捥げるかと思ったわ。
しかも“耳はピンと立てて、尻尾は揺らさないでね。
爪を出すなんてもってのほかですわよ!“
と、何度も真顔で言われましたが。
私にそんな装備はございませんのよ……
DO YOU KNOW?
何か違うものが視えていらっしゃるのかしら?
とりあえずレオナさん達のお陰でなんとか第一関門は
突破したかと思われます。
本当は内々で陛下に謁見してもよかったのだけれども。
後々の事を考えて……
正式に王家から依頼を受ける事になりました。
内外アピールの為にこのような場所を設けた方が
いいだろうというクロノスさんの提案で……
こういうはこびになりました。
王家の案件はやはり色々な利権や大人の事情が
どうしても絡んでしまうらしい。
問題を避ける為にもきちんとした形があったほうがいいとの事。
しかし陰キャの私にはつらい現場だから。
人前って本当に苦手なのよ。
入学式や卒業式でさえも嫌だったくらいよ。
それなのに皇帝に謁見って!!
私を殺す気か!
あ、でもクロノスさんはじめカロスさん達が
私の近くにひかえて見守ってくれています。
だからきっと私が何かやらかしても
なんとかしてくれるハズ……だよね?
「フフフフ………。
そんなに固くならなくてもよいぞ。
余と凛桜の仲ではないか」
そう言って陛下はふにゃっと可愛らしい笑顔を浮かべながら
楽しそうにコロコロと笑った。
「「陛下!?」」
と、同時に慌てたような声をあげたクロノスさんと鷹のおじさま。
もちろん周りにひかえている他の方々も
少し騒めいているじゃなぁい?
「やはり陛下と魔族の姫は……」
「いや、今水面下で隣国の姫君との婚約の話がでていらっしゃる」
「いやしかし、あの話は……」
「魔族の姫の能力は計り知れないからな……
あれくらいではないと陛下との釣り合いが……」
あああああああああああああっ!
なんか怖い噂を話されているぅ。
凛桜が目を白黒させて狼狽しているのに……
意味深な爆弾発言した陛下はニコニコ顔だ。
あ、忘れていたけれど……
うん、このひとはド天然だったわ。
いや、確信犯か!?
「…………」
そんな事を思いながら陛下を見上げていると
不意にフッと口角をあげて不敵に笑った。
ほんの一瞬だったからほとんどの人は気が付かなかったけれど。
あれは魔性の微笑み。
一瞬で乙女を殺傷できます!
が、しかしクロノスさんと鷹のおじさまだけは
その表情を見逃さなかったのだろう。
やれやれと言わんばかり軽く首を横に振った。
恐るべし陛下……。
天使の顔の奥底に小悪魔を飼っていらっしゃるもよう。
まあ、何と言ったってこの国の王だからな。
それくらいの牽制は朝飯前なのかもしれない……。
「今回のそなたの推薦菓子の件だが……
とても美味であった。
よって“ポップコーン”を献上菓子に認定する」
陛下がそう告げると鷹のおじさまが横にいる部下の方に
なにやら目くばせをした。
すると直ぐに黒塗りのお盆の上に乗せられ
丸く束ねられた洋紙が1つ運ばれてきた。
あ!なんか授賞式とかでみる光景。
こういうのは異世界でも変わらないのね。
それを鷹のおじさまが恭しく受け取ると
赤いリボンをといて洋紙を開き大きな声で読み始めた。
「凛桜殿、そなたを“パティシェール”に任命する。
これからも一層陛下の為に励むがよい」
そう言って鷹のおじさまは煌びやかな洋紙を凛桜に進呈した。
上から目線ですか?
これって今回だけの任命ですよね!ね!ねぇ!?
“これからも”って文言は何?
なにか嫌な予感がするのですが……。
と、不意に近くにひかえていた虎のおじさまと目があった。
そう、宮廷料理長のあのおじさまだ。
その瞳が“凛桜殿!ついにやりましたね。
これからも共に陛下の食を担っていきましょう“
くらいの勢いで私を見守る優しい瞳をしていた。
「っ………………」
いや、違う、違う、そういう類のものはいらない。
後ろの偉い階級の料理人の方々も満面の笑みで
親指をひっそりたてて私を称えるのをやめてください。
どえらい称号頂いちゃったのではないのか?これ。
何と返事してよいのかわからなかったが……
「ありがたく拝命いたします?」
的な裏返った声の返事を返すしかなかった。
が、しかし何故か一瞬王家の間に静寂が流れた。
ふぁあっ、やっちまったか、私?
めちゃくちゃ挙動不審の上に声が裏返っちゃったし。
と、ドキドキしていると……。
「フッハ……」
凛桜の微妙な表情と言い回しに耐えきれなかったのだろう
静寂の中、誰かが笑い声を漏らした。
と、同時にゴンと鈍い音が響いた。
言わすもがなノアムさんだ。
そして叱った人はもちろんカロスさん。
大丈夫かネコとクマよ……
ここは王宮の王の間で陛下の御前だよ……。
家のキッチンじゃないんだから。
頼むから静かにしていてくれ。
ほら、クロノスさんの背中からもドス黒いオーラが
湧き上がってきているじゃないの。
鷹のおじさまも絶対零度の視線を投げかけているよ。
陛下は相変わらずニコニコしている事が幸いだけれども
大丈夫か?
第一騎士団の行方が心配です。
とりあえずかつかつ式典は成功したみたいです。
その後に個人的に陛下のお茶会に招かれました。
その場でも嬉しそうにポップコーンを
頬張っていらっしゃったよ。
陛下は意外にも“カレー味”が一番好きなんだそう。
その事を告げるとクロノスさんが陛下に本当の
カレーの話をしてしまい……。
それを聞いた鷹のおじさまが作り方を懇願してきたので
かるく濁して返事をしておきました。
面倒くさいでしょうが!!
また連日料理団が押し寄せられても困るのよ!
クロノスさん、頼むからお口ミッ〇ィーちゃんですよ!!
まあ、こうなったからにはいつかは来ちゃうんだろうな
虎のおじさまWith愉快な宮廷料理人達が……。
少し遠い目になっていると陛下が不意に凛桜の手をとったので
ドキリと心臓が跳ねたのは言うまでもない。
「凛桜、少しの時間余の庭園を散歩しないか?」
「あ……はい」
こんな麗しい男性に誘われて断れる女性がいるだろうか?
「陛下?」
まさかの発言にクロノスさんと鷹のおじさまが固まった。
「久しぶりに会えたのだ。
凛桜と2人きりで話したい」
「いや……たとえ離宮の中とはいえ……」
鷹のおじさまも珍しく困惑気味だ。
「少しの時間だけだ……。
たまには我にも自由な時間があってもよいではないか」
「陛下……」
信じられないくらいしょんぼりと獣耳をさげている
クロノスさんの切ない顔を見るのは少し辛いが……。
陛下は少し強引に凛桜の手を取って立ち上がると……
「少しの間凛桜さんを借りるぞ、クロノス」
「はっ……」
クロノスは渋々頭をさげた。
さすが宮殿の花園……
見たことのない花々が咲き誇っていて美しかった。
その1つ1つを陛下は丁寧に説明しながら
ゆっくりとした足取りでまわってくれた。
「凛桜……。
今回はグラディオンを始め周りの者が無理を強いて
本当にもうしわけなく思う」
そう言って陛下は凛桜に軽く頭を下げた。
「陛下!いけません」
まさかこんな高貴な方が自分に頭を下げるなんて事が
あってはいけないので直ぐに凛桜は陛下をとめた。
「そなたは初めて会った時から変わらず優しいな」
そう言って陛下は凛桜の頬に手をあてた。
「確かに驚きましたが……
陛下に頭をさげて頂くほどのことではありませんから」
そんな事を言われるとは思わなかったのだろう
陛下は少し驚いた顔をしたがすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「こんな機会でもないと余は凛桜に礼を言えないからな
本当にありがとう」
ふぁあああああ。
こんな至近距離で天使の微笑みを頂きました。
まあ、確かに天上人のようなものだから
おいそれとはお礼とか言えないんだろうな。
「そなたの作る菓子は本当に美味だ。
味はもちろん、それ以上に愛情を感じるのだ。
食べていると心が温かくなる」
そう言って少し切なそうに目を細めた。
「陛下……」
もしかしたら今までは毒見やなんやらで冷たくて
味気ない食事だったのかも知れない。
地位が高ければ高い程孤独だって聞いた事がある。
そのような中で私が作ったご飯で少しでも陛下が
癒されてくれると嬉しいな。
元来食事というものは楽しいものだと私は思っているから。
あ、そうだ。
「陛下」
「ん?」
「すこし屈んで頂けますか?」
陛下は不思議そうな顔をしたが素直に屈んでくれた。
「はい、あ~ん」
凛桜に徐に口を開けろと促されて……
陛下はなんの躊躇もなく口をあけた。
そこに凛桜はコロンと1粒のキャラメルを入れた。
「…………!!」
「私が作った生キャラメルです」
「甘くて優しい味がするな。
たしかポップコーンにもこの味があったな」
「はい、じつはその残りで作りました」
「美味いな」
心底嬉しそうな笑顔に凛桜までつられて笑顔になってしまった。
やはりこの方は見た目は変わっても中身は純真なままだ。
そんな中、急に陛下が恥ずかしそうにソワソワしだした。
「陛下?」
するとまた急に体を屈ませると上目遣いをしながら
甘えた声でこう言った。
「もう1個……
生キャラメルとやらを食べたいのだが……」
そう言って可愛らしく口をあけているじゃなぁい!
どこかで……
ズッキューンンンンンンンという音が響いた。
心臓ど真ん中を打ち抜かれました。
いや、なにこの可愛い生き物は!!
破壊力ハンパないんですけどぉおおお!!
もう、何個でもあげちゃいますよ、うん。
凛桜がデロデロになりながら生キャラメルを陛下の手に
渡そうとすると……。
少し拗ねたように頬を膨らませ言った。
「あ~んはしてくれないのか?」
ふぁは……っ!!
この人、私をどうしたいのさ。
“はい、陛下、仰せのままに!”ってシャウトしちゃう所だったよ。
さっきは無意識だったから恥ずかしくなかったけれど
いざ意識しちゃうとめちゃくちゃ恥ずかしいんですが!!
早く……
と言わんばかり陛下が凛桜の腰を引き寄せて顔を寄せた。
凛桜が真っ赤になりながら震える手で生キャラメルを
陛下の口に運ぼうとした時だった。
何か横からシュッと出てきて凛桜の手を掴んだかと思ったら
そのまま何者かに抱き寄せられた。
「陛下……お時間です。
お戯れはその辺で……」
態度と言葉はとても丁寧だが……
慇懃無礼な態度の男はクロノスさんだった。
しかしそんなクロノスの態度なんか歯牙にもかけず
陛下はさっと立ち上がって膝の誇りを払うとこう言った。
「クロノス、遅かったな。
もう少し早く飛び込んでくると思ったぞ」
これはもう完全に楽しんでいる悪魔な陛下が降臨していた。
「陛下」
クロノスさんは何とも複雑な表情で陛下を見つめていた。
「凛桜、短い時間だったが楽しかった。
また、このような時間を過ごしたい」
そう言ってかるく右手の甲にキスを1つ落とした。
その時もクロノスさんのこめかみがぴくっと動いたのは
言うまでもない……。
ああ、完全に楽しんでいらっしゃる陛下……。
ほんとにお人が悪い……。
「では、またな。
あとは若い二人で花園を楽しむがよい」
そう言って微笑むと陛下は一瞬にして姿を消した。
それを見届けるとクロノスは長い息を吐きだして
そのままその場に項垂れた。
「本当に心臓に悪いお人だ」
「確かに……」
2人はお互いに見合って苦笑した。