186.地味な見た目をあなどるな!
田舎暮らしを始めて166日目。
「どうでしょうか?」
凛桜は目の前の人物の反応を伺っていた。
「そうやなぁ……」
その人はポップコーンを1粒摘まみながら
まじまじとその物体を見つめながら言った。
「第一印象は地味な見た目やと思うたが……
1度食べ始めると、やめられん味やな」
「でしょ、でしょ」
「オヤツにもよし!
大人なら酒のあてにもなる優れものなんですよ
ポップコーンというやつは」
どうやら手ごたえはいいらしい。
ポップコーンをつまみにしてビール片手に……
いや、コーラでも相性抜群よね!
「この食べ物はポップコーンというんか……
これは何から出来ているんや?」
「はい、これはトウモロコシを乾燥させて
それを火で炙って弾けさせて作った食べ物なんです」
そう言って凛桜は畑で採ったトウモロコシと一緒に
乾燥したポップコーン豆を見せた。
「トゥールコやったんか!」
トゥールコ?ってなんぞや?
恐らくトウモロコシの事だと思うけれど……。
「乾燥させても食べられるんやな……」
まさかトウモロコシから出来ているとは思わなかったようで
ルナルドさんは少し驚いた表情をしていた。
「まあ、厳密に言うと……
トゥールコでしたっけ?その中でもポップコーンに
出来る品種と出来ない品種があるんです」
「そこも注意せなあかん問題なんやな」
「はい、私の方でも3袋程ポップコーン豆の在庫がありますが
もしかなり大量に作るとなると……
恐らく足りなくなる可能性が出てきます」
「そうか、だから俺に白羽の矢が立ったんやな。
味見だけならクロノス閣下達でええしな」
そう言って揶揄うようにニヤリと悪い表情を浮かべた。
「もう、すぐそういうことを言う……」
「照れている顔もかわええな」
「そういうのはいらないから!!」
凛桜はすこし怒りながらも話を続けた。
「確かに材料の入手経路を確保したいという意図もありましたが
味や見た目の意見も聞きたかったのも本当ですよ」
「ほんまか~」
「ほんまです。
この見た目と味を王侯貴族の方々が満足してくれるか
正直不安なんです。
だからあらゆる所に顔がきき事情通のルナルドさんに
1番に食べてもらって意見が欲しかったんだから」
そう言うとルナルドは一瞬驚いた顔をしたが……
直ぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そこまでわいの事をかってくれているとは
光栄でございます、魔族の姫君」
そう言って、わざと恭しく礼をしながらウィンクまで飛ばしてきた。
「もう~!!」
すぐこの人はこういう悪ふざけをするんだから!!
そんなふくれっ面の凛桜を楽しそうに見つめていた
いじめっ子ルナルドであったが、話を戻すべく話題を切り出した。
「味も見た目も悪くないで。
と、いうかきっとほとんどの人が初めて遭遇する
料理やから新鮮にうつると思うで」
「そうなの?」
「少なくともわいが知っている範囲ではみかけないもんやな。
お偉いさん方は珍しいものが大好きや。
うけると思うで!」
確かに初お披露目なら話題にもなるしいいかな。
「そもそもどうやってこのようなたくさんの色のトゥールコを
生み出しているんや?」
「はい、基本はこの白い色のポップコーンです。
あっ、でも味付けとして塩、胡椒が少しかかっています」
「不思議やな……。
トゥールコをふくらかすと白になるんか」
「はい、その白いポップコーンに色々な味を塗すことによって
無限の味ができるんですよ」
「ほう……だからこんなに色とりどりなんやな」
ルナルドさんは説明を聞いた後でも不思議そうに
テーブルの上のポップコーンを眺めていた。
とりあえずベースのポップコーン以外にも
数種類の味を作ってみました。
塩・胡椒味はマストだから……
・バター醤油味
・キャラメル味
・チーズ味
・いちご味
・カレー味
ひとまず今家にある物で作れる味を作ってみました。
「どれも美味しそうなんやけど……
凛桜さんのお薦めの味はなんや?」
「はい、私のお勧めはこのキャラメル味とチーズ味です。
これをミックス……んん、あ、えーっと混ぜて
一緒に食べると美味しいですよ」
そう言われてルナルドは凛桜に言われた通りに
数粒手に取るとその2つの味のポップコーンを
口の中に放り込んだ。
「…………!!」
思いのほか美味しかったのだろう!
獣耳と尻尾がピンと立っていた。
「確かにたまらん味やな。
甘さの中にほのかにしょっぱい味が絶妙や!
後を引く味や!」
そう言ってまた直ぐに口の中に放り込んだ。
「そうそう、本当にそうですよね。
ちなみにこちらのピンク色のやつは“イチゴーヌ”味です」
「イチゴーヌ味なんて贅沢やな。
みためも可愛らしい色やからご婦人達に人気でそうやし」
と、そこに中庭から何やら声が聞こえて来た。
「リオ、コレウマイ!」
「ヤバイ……ウマイ!!
イチゴーヌアジヤバイ……」
「ポップ!
ポップコン……ポプコ……
ポープーコーン!! コーン!!ポップコ?
ポォオオプコーンンンンン!」
どうやら1体だけ言語取得中らしい……。
あんたは食べ物の名前しか取得しないんかい!
あ、でも今朝は私の顔を見るなり
「アジ……ウスクナーイ?」
と、急に起き抜けに叫ばれて困惑したけれど。
どこで入手したフレーズなのよ……。
朝1番のあいさつではありませんよね?
まあ、発生源は私しか考えられないんだけれども!
シュナッピーが覚えてしまうくらい
そんなにしょっちゅう私が言っている言葉なのかしら?
確かに薄味の料理を作りがちと言えばそうかも……
そうなのか?
うかつに独り言も言えないわね。
よく鼻歌とか歌ってしまうから危険だわ。
日頃の言動には気をつけよう、うん……。
それにしてもなぜそのフレーズを選んだんだ。
本当に基準が謎!
まあ、人生に無駄な事はないということにしておきましょう。
中庭からゴリゴリ音を発生させている3体がおります。
言わずもがなキングパパ&クイーン&シュナッピーである。
家族そろってイチゴーヌ味のポップコーンを
絶賛貪り中である。
「あいつらも凛桜さんの料理の前では……
まるで子供やな……。
あ~あ、あんなに口いっぱいに食べかすつけて
キングとクイーンの気品は何処に落っことしてもうたんや?
クククク……家では考えられへん」
ルナルドさんは苦笑しながらも優しい瞳でキング達を見つめていた。
「そうやな、わいもトゥールコの入手先を探しておくわ。
まあその前に陛下の許可なんかもいるんやろ?」
「はい、おそらくそうだと思います。
それにもし大量に作るとなると私1人ではさばききれないので
あの方に機材を作って頂こうと思って」
そう言うとルナルドは心得たと言わんばかり頷いた。
「それがええ、あの方ならサクッと作ってくれるで
確か永久提供を結んだんやろ」
凛桜も微笑みながら言葉を返した。
「そうなんですよ、おいしいお酒を数本持っていけば
永久になんでも作ってくれるそうです。
だから今回も頼みたいので、もしそうなったらまた口利きを
お願いできますか?」
「ええで!
因みにわいにも仲介料としておいしいお酒数本くれへんか?」
「えっ?ルナルドさんも日本酒いける口ですか?」
「好きやで。
よくブルームーンさんと将棋を指しながら……
なんや“やきとり缶”とかいうやつと共に酒を酌み交わしてたで」
じいちゃん……。
ルナルドさんとも商売以外に将棋&飲み友達だったんだ。
怖いよ……。
将棋友達の範囲が広すぎて軽く引くわ。
「わかったわ」
そう言って凛桜は一旦キッチンへと向かうと
一升瓶を2本とやきとり缶4つを持って戻ってきた。
「とりあえず前金という事で……。
金雀と鍋島を進呈いたします
おまけにやきとり缶と残りのポップコーンも入れておいたので
是非お酒のあてとして食べてくださいね」
そう言って差し出した。
「まいど、おおきに。
まあ、大船に乗った気持ちでわいにまかせとき。
ほな、帰るわ」
頼もしく胸を叩きながらドヤ顔を決めていた!
ルナルドさんらしいや。
イケメンは何をやってもかっこいいのね。
「よろしくお願いします」
そんな2人のやり取りを聞きつけたのだろう
キングが傍にやってきた。
「ルナルド、モウカエルノカ?」
「そうやな、まだこのあと仕事がぎょうさんあるからな。
わいは忙しい男やで!
1秒たりとも無駄な時間なんかないんや」
それを聞くとキングはニヤリと笑って言った。
「ルナルド、ダイスキ!
キレイナオネエチャンノトコロ
イクノダロウ?」
「へ?」
「えぅ?」
まさかの爆弾発言にルナルドは固まった。
「ち……違うで!
何言うてんねん、凛桜さん……その……誤解やから」
そこには可哀そうなくらい挙動不審なルナルドさんがいた。
「あははははは………」
もう笑うしかなかった。
「いや、取引先でそういう店にも出入りしているんやけど
そのな……」
「……………」
目のきょどり方がエグイ!!
ふさふさのキツネ尻尾もあらゆる方向にぶんぶん揺れていた。
どうぞご自由にしてくだされ。
もてるだろうし、独身ですし……。
半笑いを浮かべた生暖かい視線を凛桜から送られて
半分諦めモードのルナルドさんはため息を1つつくと
軽く涙目でこう言った。
「あかん、言えば言う程ドツボにはまりそうや。
ほな、一旦帰るわ。
もし、また何かあったらこれ飛ばしてや」
そう言って、多少強引に手渡されたのは
キツネの透かし模様が入った少し大きめなカードの束だった。
またもや恋人カードの登場です。
「…………」
ねぇ、他に意思疎通できるアイテムはないのか?
例えばスマホ的な?
この際固定電話でもいいわ。
「何もなくても書いてや~
愛の言葉まってるで~」
そう言って、投げキッスを飛ばしながら中庭へと消えて行った。
最後までチャラい、ルナルドさんだった。
と、見送ったまではいいが……
横で何かシュナッピーがくねくねしているじゃなぁい。
何をやっているのだ?
不思議に思いよくよく観察してみると……
なんと投げキッスの仕草を練習していた!!
「いやいやいやいや……。
シュナッピーさんや」
「ギュ?」
なんですか俺、今忙しいのですが……!?
みたいな顔をするんじゃありません。
いらないから!
そういう事を習得する必要はありません!
ああいう行為はイケメンな上に嫌味がない人のみ
使用できる特殊な技なんです。
免許がいるんですよ!(いいえ、ありません)
それにあんたいつ使うのよ!
誰に?どこで?えぇ?ああぁん?
そんな凛桜におかまいなく……
何度も葉っぱを揺らしながらゆらゆらしているもよう。
「とにかくやめぃ!」
凛桜の剣幕に渋々身体を揺らすのをとめたシュナッピーだったが
「ギュウロォ……」
かっこいいのに……。
大きな1つ目がそう凛桜に訴えかけていた。
する人によるけどな!
あなたは100年早いです。
もう少し漢を磨いてから臨みましょう。
「ギューォ……」
なんとか投げキッス習得は阻止しました。