184.なんでも出来ると思うなよ!
田舎暮らしを始めて164日目の続き。
凛桜は覚悟を決めて丸まった洋紙にかかっている
リボンを解いた。
「えっと……なになに」
洋紙を開くとまず金色に光る龍の紋章がど~んと
目に飛び込んで来た。
皇帝陛下からの公式な書類らしい……。
日本語で書かれていないにも関わらず
読めちゃう不思議。
しかも激しく達筆!!
最後まで読めるのか?これ。
拝啓
凛桜=ブルームーン殿
へっ?えっ?
ええええええええええええっ!!
私の家名って鷹のおじさまに伝えた事あるかしら?
まあ、その前に“蒼月”ではあるけれど……
決して“ブルームーン”ではない。
これって、魔王様とじいちゃんの間柄だけに
存在している名前かとおもっていたけれども。
こうなるといよいよ怪しいな。
この国の貴族?名鑑とかにひっそり掲載されて
いないでしょうね!
今後確かめる必要があるわね……。
1行目から既にグッタリ案件なんだけど
気を取り直して読むわ、うん。
ガリュラーブが舞い踊る季節となり候。
如何お過ごしでしょうか?
「………………」
ガリュラーブ?
舞い踊る季節ってなんぞや?
ツッコミどころ満載なんだけれども。
きっとこの国では定番の時候の挨拶らしいけれども
私は異世界人!!
1ミリもわからんし!
あ~もうそんな季節か、早いわね……
どうりで朝の気温が寒いかと思ったわよ。
とはならないからね!
「ガリュラーブ」
私のそんな呟きが聞こえたのだろう。
クロノスさんが丁寧に教えてくれたわ。
「もう、そんな季節なのだな……」
そうしみじみ呟きながら空を見上げていたし
何かを思い出してクスッと笑っていたからね。
「風物詩的なもの?」
「そうだな……
ガリュラーブは冬の訪れを告げる魔獣と言われている」
魔獣なんかいっ!
「暖かい地方から渡って来て……
冬になると我が国で過ごす渡り魔獣だ。
七色に光る羽が美しい昆虫なんだ」
こ……昆虫なの!?
渡るというからてっきり鳥類だと思ったわ。
「隊列をなして飛んでくるんだ。
その形が毎回違っていてな。
去年はイチゴーヌの形だったぞ」
はい?
いちごの形を形成して飛んでくる昆虫!?
「あまりにも見事な出来栄えで……
陛下が感動してな。
後宮の庭園に祭壇を作り、大量のイチゴーヌを
ガリュラーブの為に与えたくらいだ」
「あれには驚いたッスよね」
「だな。
それにおととしは、アップルでしたね」
果物ばかり……。
それって安易に食べたい物を間接的に
アピールしているだけじゃないの?
なかなかしたたかな昆虫じゃなぁい
ガリュラーブ。
「今年は何っスかね」
「ブドウじゃないか?」
「ありえますね」
「モナコだったりしないッスかね」
「あー、なくはないな」
いや、ないでしょ。
果物じゃないし!!
そんなに他国まで名前が轟いているの?
モナコが?
なんか予想合戦で凄く盛り上がっている!
「そのガリュラーブがくるのには
何か意味があるんですか?
冬の訪れ以外に?」
「大いにあるぞ。
ガリュラーブが渡ってくるとその年は豊作になるんだ。
だからどこの国も来るのを待ちわびているくらいだ」
「そうなんだ」
たんなる食いしん坊集団ではなかったか。
するとクロノスさんが少し恥ずかしそうに
頬をかきながらこう言った。
「王国の庭園にも毎年訪れるから
今度一緒に見にいかないか」
「あ、うん……ぜひ」
確かに今年の形が気になる、見たいわ。
「おお!デートの誘いっスか!
団長もすみに置けないっスね」
揶揄うようにノアムがそう言うと同意するように
カロスさんも頷きながら言った。
「“ガリュラーブを見にいかないか?”
の誘い文句は女性をデートに誘う口実の定番ですからね」
「いや、おまっえら」
クロノスさんは声を裏返しながら
顔を赤くしながら狼狽えていた。
「いや、そのな。
本当に奇麗な光景だから凛桜さんにみせたくてだな
デートとか、その……」
「いいっス、いいっス、そんな言い訳は野暮っスよ」
みなまで言うなくらいニヤついているノアムさん。
「だから~」
なんかよくわからないけれど……
みんなが楽しそうだからいいか。
それにしても昆虫……。
と言えばべルドランさん。
ガリュラーブの到来に……
毎年さぞかしテンション上がっているに違いない。
その光景の前で無双しているベルドランさんが目に浮かぶ。
と、話がだいぶ逸れてしまったわ。
本当にちっとも進みやしないこの手紙!
この度陛下主催の園遊会にての手土産について
是非ご相談したい事柄があります。
1つは“モナコ”と決まっておるのですが
それに匹敵する菓子を他国の王族・貴賓の方々に
もう1品差し上げたく候。
よって近いうちに陛下の元に馳せ参じて
いただけないでしょうか?
「…………」
なんですと!!
モナコを諸外国の王族たちにお土産として渡すの!?
それに新作をもう1品つくれだとぉ!!
えっ?
誰が作るの?
構成・企画から製作まで私プロデュースですか?
そもそもモナコの皮の調達は?
あんこ調理はどうするの?
洋紙を持ちながらブルブルと震えている凛桜をみて
驚いたクロノスさんは慌てた様子で手紙を覗き込んだ。
勿論ニャンコとクマも同様に覗き込んだ。
「モナコを手土産に……」
クロノスさんが眉をしかめた。
「えっ?モナコっスか!!」
逆にノアムさんは目を輝かせた。
「モナコと言えば……
確か週末のみノワイテ亭にて数量限定で発売していますよね」
「なかなか買えないッスよね」
ノアムさんが不満そうに口をとがらした。
そうなのだ!
あれからソフィアさん家および国中からの強い要望で
ほそぼそだがノワイエ亭がモナコの販売を行っている。
まあ、食の祭典でノワイエ亭から初めてこの国に
デビューした和菓子だからね。
あれから爆発的に火がついちゃったのよね。
ちなみにゆべしは当分の間おやすみさせて頂いております!
モナコ購入については予約をうけつけていないので
毎週末は3時間待ちの行列ができるらしい。
別に販売に関して……
ノワイエ亭と専属契約を結んだ訳ではない。
そもそも私自身何もロイヤルティー的な物も
貰っていませんし。
とどのつまり……
うちにそんなに大量の小豆がないのだ。
だから他店に配る&教える余裕がないと言った方が正しい。
本当はもっと他のお店でも売ることが可能になったら
ルナルドさん家を通してレシピと小豆の販売を
行う話が水面下で進んでいるのだ。
製法を秘密にする気も独占する気もないのよ。
しかし、なかなか小豆の栽培が難しいらしい。
この世界の土壌問題なのか?水問題なのか?
まだまだ商業ベースに乗るまでの成果が表れていないのだ。
糯米は美味くいっているのにな……。
なんだかな……。
と、いう訳で今のところは……
うちから少量の小豆をノワイエ亭へと提供した後に
ソフィアさん達が頑張ってあんこを炊いております。
ここだけの話。
一番あんこ作りが上手なのがルルちゃんらしい。
微妙な火加減や塩の塩梅を見極める力が天才的なのだ。
さすがルルちゃん。
これならユートくんが学者の道を選んでも
ノワイエ亭は安泰だわ。
実は宮廷料理長の虎のおじさまチームにもあんこ作りを
その時に一緒に伝授したのだが……。
あくまでも彼らは宮廷料理人だからね。
商売するための料理じゃないから。
あんこおよびモナコを作れたとしても
あくまでも陛下がめしあがる分だけしか作らないからね。
即戦力になるかどうか……。
「クロノスさん……
これって、また私が大量のモナコを!?」
凛桜が慄いていると……。
「いや、それはないと思う。
半分をノワイエ亭で残りを宮廷で作る事になるのではないか?」
そう言いつつも歯切れは悪い。
うん、だから宮廷で作る時に私が駆り出されるという
訳じゃないでしょうね!?
と、聞いておるのだよ。
「あ……」
そんな凛桜の気持ちを察してカロスさん達は渋い顔をしていた。
「ッスねぇ……」
「そもそもこんなに大量なあんこをどう用意するの?
未だに小豆の栽培のめどもたっていないのに?」
「………………」
3人とも思いっきり獣耳が後ろにへんにゃり下がっている。
ですよね~。
という心の声が聞こえてきます……。
「………………」
はい、もう思いっきりうち頼みですよねぇ!!
「それにもう1品作って欲しいって……。
もう日にちがあまりない時に言ってくることですかねぇ」
凛桜の怒りは収まらない。
「これって、お断りすることはできますか?」
あああん?
なんでも出来ると思うなよ。
凛桜の静かで激しい怒りにクロノス達も何も言えない状況だ。
本当にどうしよう。
他国へのお土産、しかも高貴な方に差し上げるものだから
駄菓子的なものじゃまずいじゃない。
糯米繋がりでみたらし団子?
いや、もう一方は洋菓子の方が珍しくていいか?
型崩れしないで、日持ちがするものがいいよね。
「……………」
いやぁぁぁぁぁぁぁ!!
直ぐには思いつかないって!!
「逃亡しちゃおうかな……
キングパパ達に頼めば出来そうな気がする」
「っ……」
その発言に3人が息をのんだ。
「トウボウ!リオ!トウボウ!」
急にシュナッピーの雄叫びが轟いた。
「…………」
いまいち意味も分からないのに……
そういう言葉だけはすぐに吸収するよね。
嬉しそうに“トウボウ”と言いながら舞うのやめぃ。
ゴォウウウウウウ……。
そんな音と共に……
クロノスさんの火の玉がシュナッピーの頬を軽く掠った!!
怒られたもようです。
「ゴメンナサイ」
シュナッピーはクロノスに向かって頭をぺこりと下げた。
うちの子は悪いことをしたら謝れるいい子です。
「どうしようかな……」
とりあえず、お茶でも飲みましょうか。
どうお返事するかは、その後です!