183.不器用にも程がある
田舎暮らしを始めて164日目。
凛桜は朝から大量にバタークッキーを焼いていた。
お約束のようにきなこ、シュナッピー、黒豆
そして何故かグリュック達まで縁側でお行儀よく
並んで順番待ちをしていた。
「…………」
全員がソワソワしながら凛桜の一挙手一投足を
見つめているもよう。
激しくやりづらい!!
くれっ!早く食べたい!の圧が強い!!
うん、いつも思うけれど……
私に断られるという選択肢は君たちの中にないのかい?
半ばやけくそで凛桜はボウルの中身を高速で混ぜた。
皇帝陛下の誕生祭?の存在を知った昨日。
私も何かプレゼントを渡したくて考えた結果。
ポケ〇ンのアイシングクッキーを差し上げることにしました。
本当はポ〇モンセンターなどに行って……
グッズの詰め合わせとかを買って差し上げたかったのだが
なんせ自由に里帰りできないからな。
そう言えば、最近頂いた陛下からのお手紙の文面で
“ポ〇モンマスターに我もなれるだろうか?“と
したためてあり……。
その文面を読んだ時に思わずコントのように滑って
転びそうになったわ。
陛下、申し訳ありませんが……
ポ〇モンマスターへの道は遠そうです。
と、真顔でお返事を書くしかなかった。
何処情報なのよ!!
あれか?先日渡したお菓子のおまけのシールに
何か情報が書いてあったのかしら?
あいつか?主人公のサ〇シのせいなのか!?
え?陛下って異世界の文字が読めるのか
問題も浮上してきますが……。
そのうちにリーグ戦に出場してジムバッチが欲しい
なんて言い出しかねないわ!
うん、やはりこれ以上陛下にグッズを渡すのは危険だ。
違う意味でマスターになりそうで怖い。
本当は一層の事、ポ〇モンのアニメDVDセットでも
渡そうかなんて考えていたのだが……。
危険すぎる!!
だからやはりアイシングクッキーくらいがいいと思う。
見た目も可愛いし、食べられるしね。
そういう訳で、今日は1日クッキー作りに没頭しようと
考えていたのですが……。
がっ!!
「めちゃくちゃいい匂いがするッス
早く食べたいッス!!」
「凛桜さん、卵を割り終えました」
「あ、うん……ありがとう。
そこに置いておいてください」
「他に何かお手伝いすることはありますか?」
「あー、じゃあ、棚から小麦粉を出してもらえる?」
「はい」
「俺はここの洗い物を片付けておくッスね!」
「ありがとう……」
何故かカロスさんとノアムさんがクッキー作りの
助手を務めてくれることになった。
どうやら、陛下と鷹のおじさまの手紙を
届けにきてくれたのだが……
まだ怖くて読んでいない。
なんか嫌な予感しかしないのよね。
めちゃくちゃ豪華なキラキラした封筒だし。
きっと誕生祭にかかわるものだと思うけれど
いやぁぁぁぁ~開けるのに勇気がいるわ。
特に鷹のおじさまの手紙は開けたくないわ。
だから今はその存在を一旦忘れて
アイシングクッキー作りに没頭したいと思います。
ちょうどピ〇チュウの顔の形のクッキーが冷めたので
まずは第一弾として作ってみたいと思います。
まずはアイシング作りから……。
アイシングパウダーを水で溶くのだけれども
固さが難しいのよね。
さて、いっちょ気合をいれますか!!
まずは全体に薄く塗って……。
縁取りは少し硬めに溶いたものを竹串で塗っていきます。
「「…………ごくり」」
なぜかカロスさん達まで作業の手を止めて
固唾を飲んで見守ってくれている。
「あとは目を描いて……。
よし!できた!
可愛いキャラは目をうまく描けるかが肝だから!」
1枚目にしてはよくできたと思うのだけれども。
どうでしょうか?
するとノアムさんが瞳をキラキラさせながら
べた褒めしてくれた。
「おお!凛桜さん!凄いっス。
さすが絵師さんっスね。
これって、あれっすよね。
陛下がお好きな“ペキチュウ”ッスよね。
くぅううう~!!かわいいッス!」
ペキチュウ……。
相変わらず清々しいくらい間違えてくれてありがとう。
「バカ猫、違うだろ。
“ピキチュウ”だろ」
ドヤ顔でそう言ったカロスさん、残念!!
「あの……これは“ピ〇チュウ”です」
「「えっ!」」
2人は互いの顔を見合わせて驚きの声を上げた。
カロスさんが間違うなんて珍しい。
縁側ではシュナッピーが吠えている。
「ピカ……ピカ……ピカッ、チュ!!
ピカ……ピカーチュ!!」
あああああああ!!
また言葉の練習をしているし。
あんたがピカピカ言ってどうする!
だから、生活に即した単語から習得しなさいよ。
練乳とかピ〇チュウとかベーキングパウダーとかは
ほぼほぼ日常会話で出てこないからね!
まったく何基準で選択しているのかしら。
そんな事を思いながらペキチュウ改めピ〇チュウの
アイシングクッキーを10枚ほど作成した。
やはり作れば作るほどうまくなるわね。
この中から至高の2枚を選んで陛下に差し上げよう。
すると何かが疼いてしまったのだろうか?
ノアムさんが恥ずかしそうにきりだした。
「凛桜さん……。
余ったクッキーでいいっスから。
俺も何か描いていいっスか?」
ノアムさんのまさかの申し出!
凛桜が驚いて固まっていると……
駄目だと勘違いしたのだろう。
「ニャー、ニャハハハハハ!
いや、いいッス。いいっス。
ただ言ってみただけッス。
姪っ子の誕生日にあげたいなんて思ってないッス!」
真っ赤になりながら尻尾をブンブン振って
そう言い訳していますが……。
心の声が全部でちゃっていますよ。
あまりの動揺っぷりにカロスさんと目を見合わせて
クスっと笑ってしまったくらいだ。
「フフフフ………。
ノアムさんは優しいおじ様ですね」
「へ?えっ?」
まさか動揺のあまり自分が口走ったことを
自覚していないようだった。
「凛桜さん、自分からもお願いします。
ノアムに描かせてやってください」
カロスさんも凛桜に頭をさげた。
「副団長……っ!」
感激のあまり涙目になりながらノアムさんは
カロスに抱き着いた。
「こら、うっとうしい。やめろ!!」
そういいながらもクマとニャンコは仲良く
じゃれているもよう。
「それでは、ここのクッキーを使ってください。
これは私も練習用に焼いたものなので……
好きなだけ使っていいですよ」
「凛桜さん……」
「それにもし失敗しても……
ほら、食べてくれる要員はたくさんいますから」
そう言って凛桜は縁側を軽く見た。
「ネコ!シッパイ!シッパイ!」
とても悪い顔でシュナッピーがお道化て踊っていた。
「っのヤロウ……」
「ギャロロオロ!シッパイ!」
あー、どうしてこういうよろしくない言葉は
一発で覚えるのかしら……。
シュナッピー、メっ!!
「さあ、早く始めましょう」
凛桜はノアムさんとシュナッピーを引きはがすようにして
アイシングクッキー作りを再開させた。
「まずは少ない色で簡単な絵から始めましょう。
いきなりは難しいと思うので」
「はい!!」
「よかったら、カロスさんもやりませんか?」
「えっ?私もですか?」
「はい、せっかくなので」
凛桜とノアムに推されてカロスさんも渋々参加
することになりました。
「では、まずはこの星から塗ってみましょうか」
「「はい!」」
2人は危なげな手つきだったが星形のクッキーを塗り始めた。
そしてその後も何枚か塗りを重ねて上手になっていったので
今度は本格的に描く工程にうつろうと思います。
「ノアムさんは最終的に何を描きたいのですか?」
「それは勿論“猫”ッス。
俺達は猫の種族ッスからね。
そしてできればユキヒョウとクマもいけたら
描きたいと思っているッス」
「あ、もしかしてクロノスさん達と自分ってこと?」
凛桜がそう言うとノアムさんは嬉しそうに顔を
ほころばせて言った。
「そうっス。
うちのメイリー、あ、3番目の姉ちゃんの子供ッス。
メイリーは団長と副団長が大好きなんッス。
あ、もちろん俺の事も大好きッスよ。
だから俺達の姿のクッキーを誕生日にあげたいッス」
メイリーちゃんを語るノアムさんの瞳が凄く優しい。
ノアムさんとメイリーちゃんが楽しそうに
遊んでいる姿がなんだか想像できる。
ノアムさんは本当に素敵なニャンコだ。
よし、姪っ子ちゃんに喜んでもらえるように頑張ろう。
と、意気込んだまではよかったのだが……。
「………………」
「あ…………」
「なんでなんっスか!
えっ?えっ?」
ノアムさんは頭を抱えて座り込んでいた。
まあ、うん、そうなるよね、これ見たら。
「本気か……っ」
「にゃぁああああああ」
「………………」
そう、ノアムさんは壊滅的に絵のセンスがなかった。
「こ……これはなんだ……。
ギャラブリーか?」
カロスさんはノアムさんが描いたクッキーを
摘まみながら顔を引きつらせていた。
ギャラブリーが何かわからないが
かなり危険な魔獣のたぐいだという事は
言葉の響きから分かった。
何故ならクッキーにはおどろおどろしい
ドロドロの物体が描かれていた。
うん、こんなものを貰ったら確実に泣き出す。
どうしたらあんな感じに仕上がるのだろう。
最初見たときは可愛らしい猫ちゃんの輪郭を
とっていたとは思うのだけれど……。
「はあ……無理っス……」
ノアムさんは縁側の隅で三角座りをして項垂れている。
いや、どうしよう。
辛うじて何枚かは猫ちゃんと思しきものはあるけれど
よくて猫の妖怪風なんだよなぁ。
目とキバがリアルだから駄目なのかしら。
ギリギリセーフか?
いや、やっぱりアウトだな。
本当に困った……。
それに比べてカロスさんの出来上がりは素晴らしい。
売り場に並んでいてもおかしくないくらい
可愛い猫ちゃんとユキヒョウのアイシングクッキーが
そこにはあった。
しかし何故にクマだけは……
熊出没注意のリアルクマさんなんだい?
これ貰ったら怖くて泣いちゃうレベルよ。
やはりクマの種族だけに……
そこはリアルな姿を追求しちゃう感じ?
「カロスさん、何故にクマさんはこの仕上がりに?」
「えっ?駄目ですか?
クマといったらこれしか思いつかなくて」
「あ、そうですか」
不思議そうに首をかしげていたカロスさん。
カロスさんの中では可愛いクマさんは存在していないようです。
もし仮にカロスさんに“クマの〇―さん”を見せたら
こんなのはクマと認めん!!
緩すぎる!
そこまではちみち好きじゃない。
とか怒られちゃうのかしら。
と、そこにクロノスさんがやってきた。
「こんにちは、凛桜さん」
「クロノスさん、いらっしゃい」
「カロス、ノアムはどうしたんだ?」
隅で小さくなっているノアムさんをみて
クロノスさんは困惑していた。
「それが……」
と、顛末をカロスさんが語りだそうとした時
クロノスさんから驚きの声が上がった。
「これは、ギャラブリーかっ!?
なんでこんな危険な菓子を作っているんだ?凛桜さん」
あ、終わった!!
その一言に、ノアムさんが燃え尽きた。
「いや、これはですね……」
カロスさんがしどろもどろになりながら
慌ててクロノスに経緯を説明し始めた。
あ、やっぱりこれは誰がみても
ギャラブリーという生物画に見えるんだ。
そう考えると逆に本物を見てみたいよ。
余談だが……
後日魔界動植物図鑑で調べた所
かなり危険な魔獣だったよ、ギャラブリー。
アメーバーとナメクジが合体したようなやつで
赤と黒と紫と緑の身体をしていたよ。
そのヌメヌメした身体で敵を捕獲して
毒液で溶かして捕食するんだって。
よく、バラ園とか花園に出るらしい。
怖すぎる!!
でも塩味の強いお湯に弱くて、かけると溶けちゃうらしい。
ナメクジ要素が強いもよう。
とにかくそんな物体をアイシングクッキーに
描いちゃ駄目だということですよ、はい。
「そうか……、猫だったのか、これ。
ノアムすまん」
いや、クロノスさん……
謝れば謝るほど傷口に塩を塗り込むような気が……。
「…………ッス」
横では、その失敗作を躊躇なく貪っている
シュナッピーと黒豆達とグリュック達。
見た目はアレだが味は美味しいらしい。
「もう諦めるッス……。
凛桜さんや副団長が作った猫ちゃん達をあげるッス」
そういってやけくそ気味に呟くとメソメソ泣き始めた。
と、そんなヘタレな態度にキレた2人がいた。
「駄目よ!」
「駄目だ!」
クロノスと凛桜が少し強めな口調で同時にそう言ったので
ノアムはビクッと肩を震わせた。
言った本人達もあまりのシンクロ具合に
驚いて目を見開いて見つめあっていたのだが
やがて、無言で頷きあった。
「ノアム……。
出来栄えも大事だが……
贈り物という物はそれ以上に大切なものがある」
「…………なんッスか」
やさぐれモードのニャンコが1匹と
諭すような穏やかなユキヒョウが1匹降臨した。
「送る人の心だ。
奇麗なものよりもお前が心を込めて作った菓子の方が
姪っ子は喜ぶと思うぞ」
無理っス、人には得手不得手があるッス
という表情を浮かべるにゃんこ。
が、しかし熱血教官の如きこの2人がそんなヘタレを
許す訳もなく……。
「そうよ!
ノアムさんが作ったというのが大事なのよ!
よし、これから特訓よ!」
「へっ?」
「思う存分、凛桜さんにしごかれてこい!」
「へぁ?にゃ?え?なんッスか?へ?」
自分以上に燃えているクロノスと凛桜に
若干引きつつもノアムは頷く以外選択肢はなかった。
その後ろではカロスがエールを送るように
ガッツポーズをノアムに向けて密かに鼓舞していた。
それから数時間……。
凛桜のスパルタ指導とノアムの弛まぬ努力により……
なんとか合格点を貰える猫ちゃんとクマちゃんとユキヒョウ?
クッキーの詰め合わせができた。
「できたッス……俺、やっりとげたッス!」
ノアムは違う意味で燃え尽きていた。
「よくやった!」
そんなボロボロのノアムさんに容赦なく
肩をバシバシ叩いて誉め立てているクロノスさん。
「…………ッ」
その横で感動して軽く咽び泣いているクマさんが1体。
結構カオスな現場だな、オイ。
クッキー作りってそんなにハードでしたっけ?
「本当にどうなる事かと思ったけれども
完成してよかったわ」
一方そんな喜んでいる凛桜達の横で
シュナッピー達も満腹で倒れていた。
「オナカイッパイ……」
「ギチュ、チュ……」
「ワフ……」
あのグリュック達さえもゲンナリしていた。
あの様子じゃ当分何か食べ物を強請りにこないかもしれない。
私も無事に何体かのポ〇モンアイシングクッキーが
完成したからよしとするか。
あとは陛下達から頂いた手紙開封イベントか……。
はあ、気が重い。
そんなため息を軽くついていると……
クロノスさんが爽やかにこう言ってきた。
「ところで、凛桜さん。
手紙は読んでくれたか?
できれば本日中に返事が欲しいのだが」
やっぱり!!
何か依頼なのね、なのね!!
「……………」
凛桜のなんとも言えない微妙な表情に
クロノスは困ったように眉尻をさげながら頬をかいた。
「その、な……。
陛下が成人してから最初の誕生日ということもあり……。
周りがえらくはりきっていてな、その……」
しどろもどろ具合がエグイから……。
目がめちゃくちゃ泳いでいますよ!
「無理にとは言わないが…………」
うん、みなまで言うな。
断れる選択肢なんかないじゃなぁい?
そんな気がしたよ……。
招待状の手紙が尋常じゃないくらい煌めいていたからね。
龍族って何歳が成人なんだい?
確かに凄く大人っぽくなっていたよね。
まあね、私だって陛下の誕生日は祝いたいよ。
でもね、ひっそりと祝いたいのよ!!
何度もいうけれど、私は一般人。
ちなみに人族です!!
魔族の姫じゃありませんよ!
それにこれが1番重要なんですが!
うちは定食屋でもないしパティスリーでも民宿でもない!!
ましては料理人でもフードコーディネーターでも
ないからね!!
そこのところよろしくって!?
期待されても困るってば!
と、言っても無駄なんだろうな……。
凛桜は晴れ渡った空を見ながら遠い目になった。