182.事後報告はご遠慮ください!
田舎暮らしを始めて163日目。
「嘘でしょう……」
「………………」
目の前に広がる閑散とした光景に思わず心の底から
気の抜けた声を漏らしちゃったわ。
クロノスさんも絶句しているもよう。
何故なら昨日までここら辺一帯は
豊作中の豊作といわんばかり果実が鈴なりになっていた。
が、今朝は何故か見渡す限り1つも果物が見当たらない。
えええええええっ!?
まさか異世界にまで来て窃盗にあう?
もしそうだとしたらプロの仕事だよね。
一晩でここにあったすべての果物を盗んでいくなんて。
やだ……怖い。
そんな強張った表情の凛桜をみてクロノスさんは
心配そうにそっと肩を抱いた。
「大丈夫か?」
「あ……うん……」
ちっとも大丈夫じゃない返事をしてしまった。
「凛桜さんのその様子からすると……
これは異常事態なんだな」
「はい……。
昨日まではこれでもかと実っていました。
見渡す限り果物が溢れかえっていましたよ」
「…………。
タヌフィテス達が収穫したということはないか?」
「いいえ、タヌちゃん達は野菜だけを担当しているのよ。
むしろ果物は森の動物や弱い魔獣達が食べに来るから
そのままにしておいてといっているくらいなの」
「そうか……」
クロノスさんも困惑しているようだった。
そして何かを探るように目を閉じた。
そして数分後……。
「ふむ……。
かなりの広範囲を探知したが怪しい気配は残っていないな」
「そうですか……」
「いくつもの動物や魔獣たちが来たようだが
それはいつもの事なのだろう?」
「はい、おそらくそうだと……」
そんな話をしていたら……
何か白い小さなものがヒョコっと目の前の木から
飛び出て来た。
「わっ!」
凛桜は驚いて思わずクロノスに抱き着いた。
「おっと……!
大丈夫だ、あれはファルラッツだ。
危険な魔獣ではない」
クロノスさんは優しく抱きとめてくれながらそう言った。
改めてその物体を見るとどうやらとびねずみのようだ。
ファルラッツも凛桜達に驚いて……
尻尾をピンと立てたまま固まっていた。
かわいいかも……。
だが、しかし手に持っているものはなんだい?
もしかしてなんですが……
それはうちのりんごではないでしょうか?
いや、可愛く首を傾げられてもねぇ。
現行犯逮捕の案件ですよ!
「…………」
「………………」
お互いに数秒見つめあったが……
ファルラッツは観念したのかもうしわけなさそうに
身体を震わしながらか細い声で
「きゅるん……きゅぇ」
と鳴いて頭をぺこりと下げた。
思ってもみなかった行動をとられたので
こんどは凛桜の方が固まった。
えっ?どういう事?
何をいっているかはわからなかったけれども
ごめんなさいの意思は受け取りましたよ、えぇ。
「え……と……?」
困った表情でクロノスを見上げるが……
無言で首を横に振られた。
おう……!
クロノスさんも何を言っているかわからないらしい。
まいったな……。
心臓が止まっちゃうのではないくらいのいきおいで
ファルラッツが震えているけど……。
まあ、目の前に最強の肉食獣のクロノスさんがいるし
私の事もきっと怖いよね。
と、そこにシュナッピー達が探索から戻ってきたのだろう
いくつかの果物を携えて戻ってきた。
「リオ!タベタイ!」
そう言って、高々に桃を天高く掲げていた。
きなこ達もそれぞれ口にぶどうを咥えていた。
「おかえりシュナッピー、きなこ、黒豆」
「タダイマ!」
嬉しそうに葉っぱと蔦を震わせたが……
微妙な空気を感じ取ったのだろう。
すぐに凛桜達の目の前の生物を発見した後に凝視した。
「ギュ!」
「きゅるぅ……」
またもや新たな脅威があらわれファルラッツはもはや
絶体絶命のピンチを迎えていた。
「ッギュル……」
シュナッピーときなこ達はファルラッツを訝しむようにみながら
周りを取り囲んでいる。
やめたげて!
本当に心臓とまっちゃうよ……。
すると何を思ったのかシュナッピーはファルラッツを
そっと大きな葉っぱでつかんで顔の前に持っていくじゃないか!
「えっ!」
まさか!食したりしないよね、ね、ね。
凛桜はハラハラしながらその様子を見守った。
するとシュナッピーはファルラッツに優しく問いかけた。
「ギューロギュ?」
ファルラッツも喰われるのかと覚悟を決めていたようで
ぎゅっと目を瞑って震えていたが……。
まさかこのような事になるとは思って見なかったようで
恐る恐る目をゆっくりと開けてから……
たどたどしくだが言葉を紡いだ。
「きゅるん……るんん」
「ギャロウーギャ?」
「きゅる、きゅるるう、きゅ」
「ギャロギャロ?」
「るるうう、きゅーる」
「ギャーロォ!」
なんだかよくわからないけど楽しそうだな、オイ。
どうやら通じ合ったもよう。
そして両者納得したのか……
シュナッピーはファルラッツをそっと地面におくと解放した。
すると、ファルラッツは凛桜達とシュナッピー達に
ペコリとお辞儀をするとそのままリンゴを持ったまま
果樹園の奥まで高くジャンプして消えて行った。
とびねずみ、エグ!
2m近くジャンプしたよね。
じゃなくて!
えっ?どういうこと。
思わず苦笑しながらクロノスさんと見合ったわ。
「ギューロ」
その様子を満足そうに見送って一仕事終えたぜ
くらいの勢いで一息をついているシュナッピーさんや。
「ちょっと、ここにきなさい」
「ギュ?」
不思議そうに首をかしげるんじゃありません。
「一体どういう事なの?」
「ギュ?」
だから、何が?じゃないのよ。
「なんでファルラッツを逃がしてしまったの?
もしかしたら、あの子達がこの果樹園を荒らした
犯人かもしれないのよ!」
そう言うとシュナッピーは目を見開いた後に
少し不満そうに言った。
「ギューロ、ギュギュ」
「はい、不貞腐れない。
わかるように私達に説明して」
そう告げると、葉っぱと蔦を震わせながら言った。
「ナイ……」
「えっ?」
「アゲルタメ」
「どういうこと」
「ナイ、アゲル」
あー、もう!もどかしい!!
まだ圧倒的に単語の数が少ないのよ。
「チガウ、ナイ、アゲル……タメ」
するとクロノスさんが何かを閃いたようで
右手を手のひらにポンと叩いて頷いた。
「もしかしてファルラッツは誰かへの贈り物として果物を
採ったということか?」
そう言うとシュナッピーは首が千切れるのでは
ないかというくらい縦にふった。
「どうやら正解のようだな」
「あのりんごは贈り物なのか……」
「オクリ……モノ、オクリモノ!!」
「まあ……それならいいかな……
とは今回はならないわよ!
1個や2個ならいざ知らず!
この状態見て!」
そう言って凛桜が右手の拳をわなわなと震わせていると
シュナッピーはまた続けて必死に言葉を紡いだ。
なんと言っていいのかわからないのだろう
そのあたりを右往左往して落ち着きがなかったが
ちょうどいい言葉を思い出したのだろう。
「トクベツ!」
と、急に叫んだ。
「…………」
「オクリモノ、トクベツ!」
そう言われましても……
ますます謎が深まっただけなんですけれども。
特別な贈り物って何よ?
お歳暮かな?
暮れの元気なご挨拶的な!?
異世界でもそんな風習があるの?
そうこうしていると……
また別の木からも違う動物や魔獣達が飛び出て来た。
どうやら出て来るタイミングを伺っていたみたいだ。
そしてみんな同様に果物を抱えたまま凛桜達に一礼すると
そのまま果樹園の奥へと消えた。
「…………」
だからなんなのよ!?
誰への贈り物?
いや、そもそも論なんだけれども
確かに勝手に果物は食べていいとは言ったよ、うん。
でもね、それは常識の範囲で行ってねという意味で……
採り尽くしていいという訳じゃないのよ。
いくら異世界の果樹園の成長が異常だとしても……
実がなるのには1ヵ月以上はかかるからね。
しかも今回はちょっと事情が違うじゃない。
自分が楽しむわけではなく……
人様の果物を勝手に採った上にそれを贈り物にするって
どういう了見なんだい?
「さん……凛桜さん、凛桜さん!」
「あ、へ?」
「大丈夫か、心ここにあらずって顔をしているが」
「あ、うん……。
もうなんだか訳がわからなくて」
「そうだな……もどかしい感じだよな。
でもなんとなくわかってきたきがするぞ」
「え?本当に」
「ほら、あそこを見てみろ」
そう言ってクロノスさんは果樹園の中心にある
大きな木の根元を指さした。
「…………。
なにあれ、逆に怖いんだけど」
今まで気がつかなかったが!
木の根元には何故か光る石(宝石の原石かな?)やきのこ類
見たことのない奇麗な花や植物や得体のしれない何か
(恐らくだが森で採れた貴重な物)が積み上がっていた。
あー、一応果物に対しての対価は払ってくれているらしい。
ただ採りではない様子。
「知らない間に取引が成立していたようだな」
クロノスさんも乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「そうだぜ。
上様への贈り物だからな。
人様から盗んだものはいけねぇ」
そんな声が足元から聞こえて来た。
「「…………!!」」
「よ、ご両人、元気か?」
言わずもがな、ボルガさんが悪い顔でニヤついていた。
「どういう事なの、吐け、吐きやがれ!!
おぬしか!おぬしが先導したのかっ!」
凛桜はボルガの首根っこを掴んで揺さぶった。
「待て、待て、なんでそんなカッカきてるんでい?
発情期か?」
そのデリカシーのない発言に……
凛桜の額に特大の青筋が浮かんだのはいうまでもない。
「あ?何寝ぼけたこといっているのよ。
一体全体どうしたらこのような状況になったのよ!!」
凛桜はさらにボルガを締め上げた。
「凛桜さん、いったん落ち着け」
クロノスさんが慌てて諫めてきたが
このエロモグラ、今日という今日は許さん!!
で、ボロボロになったボルガさんが縁側にて
正座?したまま深く頭を下げてきています。
「本当にすまねぇ。
俺もここまでなるとは予想できなかったんだ」
「…………」
ボルガをみる目が非常に冷たい凛桜が仁王立ちしていた。
その視線はアラスカの氷河より冷たかった。
「嬢ちゃん……」
「…………」
ボルガさん曰く……
もうすぐ皇帝陛下の誕生日なんだって。
だからその日は各国!
ひいては国中のあらゆる生物が陛下の誕生日を祝って
陛下へ贈り物をするそうだ。
別に国が定めたとか陛下が所望したとかはないのだが
皆がこぞって自主的に始めた行事らしい。
さすが皇帝陛下。
国民に慕われているのね。
なので、森の動物達が魔素を大量に含み味も美味しい
凛桜の家の果物を献上したいとボルガさんに申し出た。
男気溢れるボス気質のボルガさんの事だ。
きっと1つ返事で請け負ったに違いない。
それがこの結果だ。
凛桜に話をする前にこのような状況になってしまったのだろう。
「本当にこの通りだ、嬢ちゃん、すまねぇ」
そう言って、またボルガさんは頭を下げた。
「許してやってくれないか、凛桜さん」
まさかの援護射撃!
「クロノスさんまで、ボルガさんの肩を持つの?」
「団長のあんちゃん……」
ボルガさんとクロノスさんが拳と拳を突き合わせている。
なにやら男の友情が深まったようです。
「いや、そのな……実際問題なんだが
弱い動物や魔獣や植物たちはなかなか献上出来るような物を
自分たちで狩る事が難しいんだ」
「え、だって、奇麗な宝石とかいっぱいあったじゃない
あれじゃ駄目なの?」
「凛桜さんの世界では価値のあるものかもしれないが
ここでは比較的よくとれる普通のものなんだ。
それよりも、魔素が高い物の方が価値がある」
「魔素が豊富な物は力が強い者じゃねぇと狩れねぇからな。
もしくは危険な場所にしか存在してねぇ」
ま、おれなら余裕ですがのドヤ顔やめぃ。
「だから安全地帯にあるうちの果物が欲しかったという訳か」
「今日あたりでも話そうと思っていたんだぜ。
いや~それが、この状況よ、ガハハハハハハ」
そう言って豪快に笑って太鼓腹をポンと叩くボルガさん。
いや、いや、いや、ちっとも笑えないから。
「まあ、もうこうなったらしょうがないから
今回は許すけれども……。
2度目はないからね」
「めんぼくねぇ……」
ボルガさんはその瞬間は萎れて反省していたが
すぐに復活して日本酒とつまみを強請ってきた。
本当にたいしたモグラだよ、まったく。
まあ、普段はあんなんだけれども
きっと密かに家の庭、ひいては森の秩序を影ながら
守ってくれていると思うからよしとするか。
もう面倒くさいから!
信州亀齢の一升瓶と塩からを1瓶持たせて帰っていただいた。
塩辛のビジュアルにクロノスさんが激しく引いていたけどね。
どうやらイカは食さないらしい。
話を聞く限りクラーケン的な大きなイカの魔獣しか
この世界にはいないもよう。
その身は凄く硬くて物凄く生臭いらしい……。
「これはクラーケンもどきから出来ているのか
食べるのか……そうか……」
そう言って物凄く顔を引きつらせていたよ。
そんなに嫌なのかい。
果樹園における果物消失事件は解決したけれども。
皇帝陛下の誕生日プレゼントどうしよう。
あまりにも急すぎて何をあげていいのかわからん。
やっぱりポ〇モン関係かしらね。
クロノスさん情報によると……。
来週から一週間がその祭り?お祝い期間になるらしい。
最終日には各国の使者を招いて盛大な晩餐会が行われるんだって。
何ィ!!
晩餐会だと!!
なんだか嫌な予感がするよ。
思わずまたクロノスさんと目を見合わせて苦笑しちゃった。
どうか、鷹のおじさま&近衛騎士団の皆様が
我が家に降臨しませんように!!
心の底から祈ったわ!!