180.特典がエグくないか?
田舎暮らしを始めて161日目。
悩んでいても朝はくるわけで……。
「おはよう……」
「「ワンワン!」」
今日も君達はモフくて可愛いねぇ……。
相変わらず全身で喜びを表してくれるのね。
真っ黒な瞳がキラキラでお鼻も艶々ですか!
そんなきなこ達を撫で繰り回しながら現実逃避。
い、いや……
ほら、朝の清々しい空気を感じているのだよ。
などと誰に言い訳をしているのかわからない気分で
縁側から中庭を眺めているとシュナッピーが挨拶に来……。
あれ?来ないな……。
いつもなら飛んでくるのに?
えっ?
と、いうよりか……
何故にあなた達がこんなに朝早くいらしているのでしょう。
しかもそのお姿で!
「ハア……ハア……グルウウ」
「ハア……ハア……」
「……グッ……ル」
うん、起き抜けに遭遇するものではないな。
私の目の前には、大型の獣体が3体降臨しています。
しかも全匹?目がバキバキにきまっており……
荒い息をあげながら鬼気迫る表情で凛桜を見下ろしていた。
知らなかったら、喰われると思う現場ですよ……。
「あ……おはようございます?」
若干引き気味の凛桜に気がついたのだろう。
3体は大ぶりな肉球がついた手のひらを見せながら
少し待ってくれというかのように前足を出した。
ちくしょう、肉球可愛いじゃないか。
ぷにぷにしたいわ!!
数分後……。
獣体から通常の姿に戻ったクロノスさん達は
縁側でお茶とお味噌汁とおにぎりで一息をついていた。
「すまんな、驚かせて。
いや、一刻も早く凛桜さんの顔が見たくてな」
そう言って、クロノスさんは照れたように頬をかいた。
「昨晩から、団長を止めるのが大変でしたよ」
そう言って、苦笑いを浮かべながらカロスさんは
おはぎをパクリと一口で食べた。
「そうっスよ!
ちょうど俺達演習終わりで風呂に入ってたッス。
そこに凛桜さんのカードが届いたから……
団長、そのまま風呂から飛び出そうとしたッスよ!!」
ノアムさんが呆れ顔でそう言うと……
持っていた肉巻きおにぎりをガブリと齧った。
「すまん……。
あれを読んだらいてもたってもいられなくなってな」
クロノスさんは決まり悪さに視線を彷徨わせていた。
「あれには驚きましたよ。
あんな姿で騎士団宿舎から飛び出されたりなどしたら
と想像するだけでも生きた心地がしませんから……」
カロスさんも思い出しているのだろう
遠い目になっていたよ……。
副団長って本当に大変なんだなぁ。
「そこにいた全員でとり押さえたッス」
そんな部下の発言に反省しているのだろう。
獣耳も尻尾もこれでもかと後ろに下がったうえに
しょんぼりと小さく背を丸めて狼狽える
クロノスさんがちょっぴり可哀そ可愛かったのは内緒だ。
まあ、急いでいても全裸はいけません。
色々な意味で事案になっちゃうから!
「…………」
半笑いの凛桜の顔をみて安心したのだろう。
クロノスさんは直ぐに復活すると……
ホッとした表情で凛桜を見つめると優しい口調で言った。
「でも、思ったよりも元気そうで安心した。
あんな文面だったので、何か大きな事件が起きたのかと
肝をひやしたぞ」
あ、うん……。
確かに見た目的には何もないのだけれども
中身はきっと大事件が起こっていると思うよ……。
凛桜は微妙な表情でこくりと頷くしかなかった。
そう言えば……
昨日寝る前に恋人カードをクロノスさんにブン投げたわ。
“相談したいことがあります。
時間の都合がついたら家にきてくれませんか?“
的な事を書いた記憶があるのだけれども……。
そんなに緊急を要する文面だったかしら?
ちょっぴり眠かったから……。
“今すぐ来いや!大変なことが起きているからな!
何をおいても駆けつけろ、いいな!“
なんて心の声を無意識に書いてしまっていた?
いや、それはないと思う……。
ないと信じたい。
でもまさか朝一で来てくれるとは思わなかったわ。
「ところで一体相談とはなんだ?」
「あ……うん……」
どこから説明したらいいのだろう?
それとも目の前でその現象をみせた方がいいのか?
凛桜が難しい表情を浮かべながらなかなか話出さないので
カロスが遠慮がちにこう切り出した。
「凛桜さん、私とノアムは席をはずしましょうか?」
「へ?いや、そういうことじゃないの。
ただ、なんと説明していいのか……」
「?」
「驚かないで見ていてね」
凛桜は言葉ではうまく説明できないと思い……
そのまま3人の目の前で実演販売の如く思い切って
自分の人差し指をカッターで切った。
「凛桜さん、何を!!」
驚きのあまり少し声を荒げたクロノスさんが
直ぐに凛桜の左手を掴んだ。
「大丈夫だから!
それよりも私の指をみていて!」
「一体何を……直ぐに手当てを」
「だいじょうぶだから!見てて!」
3人は動揺しながらもしぶしぶ凛桜の指先を見た。
「「これは……」」
「マジっすか!!」
信じられない光景にクロノスさん達は息を飲んだ。
何故なら今まさに切られた傷が魔法のように勝手に修復され
みるみるうちに目の前で奇麗に治っていたからだ。
「…………っ」
クロノスさん達はぽかんと目を見開きしばらく無言だった。
「何故か昨日からこのような身体になってしまいまして」
「「「…………」」」
ですよね、そういう反応になるよね。
さすがの異世界でもこれはイレギュラーな事だよね。
3人はしばらくの間あっけにとられていた。
まあ、そうなるよね……。
私も自分の事ながら引いているし。
が、そこはクロノスさんとカロスさん!
直ぐに復活して何やら難しい表情を浮かべ2人で話し始めたよ。
そこに1人だけにゃんこが
“何っスか!?一体どういうことッスか?”
と、まとわりついているのがなんとも言えない。
あー、きなこ達まで参加しちゃっているわ。
ひとまずお茶のおかわりでも用意しようかしら。
まだ話し合いがつづきそうだし。
その前にシュナッピーはどこにいったのかしら?
さっきから全く姿を現さないよね。
ハッ!まさか……。
いきなり羽目を外したくなったのかい?
大人の階段をのぼった日に朝帰りなんて……
お母さん許しませんよ!
そんな事を思っていたら……
中庭の奥の方が急に騒がしくなった。
全員で何事かと思いその方向をみると
百鬼夜行よろしく……
あらゆる動植物や魔獣を連れたシュナッピーがやってきた。
えっ?何事?
夏のフェス第2弾を開催しますとかやめてよ。
まだ早朝よ!
テントの設営も始まっていない頃よ……。
とかいう問題ではない!!
慄いている凛桜達をよそにシュナッピーは
こちらの姿を捉えると嬉しそうに走り寄って来た。
「リオ……、オハ……オッハヨ」
「あ、うん、おはよう」
そしてシュナッピーの挨拶にあわせて
その場にいた動植物と魔獣達も凛桜に頭をさげた。
「…………」
何これ、どういうこと?
ちょっと、怖い。
シュナッピーWith森の愉快な魔獣達?
凛桜は極力動揺しないように努めたが……
目は泳いでいたと思う。
「壮観っスね」
「だな……」
シュナッピーは続けてクロノスとカロスにペコリと頭を下げた。
「クロ……ダン……、フク……、オハッ」
恐らくクロノス団長、副団長と言いたかったのだと思う。
しかしまだ、クロノスさん達の名前は言えないらしい。
するとまたも同様に周りの動植物と魔獣達が一斉に頭を下げる。
「お、おう、おはよう」
「おはようございます」
そしてノアムに対しては……
チロッと一瞥すると。
「ネコ!」
そう言ってニヤリと笑ってから……
蔦をノアムさんの身体にピシっと軽くあてた。
ネコだけはしっかりと言えるんだ……。
「な!?」
まさか自分だけがそのような扱いを受けると思ってなく
ノアムはシュナッピーを睨みつけた。
すると動植物と魔獣達のあいだに若干の戸惑いが走ったが
何故か至る所から“ネコ!”という声があがり……。
みるみるうちにノアムさんは小さな小動物や植物達まみれになっていた。
「どういうことッスか!」
シュナッピーに抗議の声をあげるノアムさんだったが
相変わらず“ネコ”という合唱はとまらない。
「もう、なんッスか……。
尻尾を齧ったら駄目っス、もう!」
ある意味、小動物達に熱烈に懐かれているノアムさん。
もみくちゃにされているもよう。
そんな光景についに耐えられなくなったのだろう。
クロノスさんが盛大にふいた。
「クククク……最高だな、シュナッピーは」
目尻に涙までにじませながらの大爆笑だ。
「そうですね……ククク……。
シュナッピーになんて紹介されたのですかね」
カロスさんも笑いを止められなかった。
「本気であいつ潰す!!」
「ネコ!!」
「ネコじゃねぇから!!」
今日も今日とてシュナッピーとノアムさんは
ある意味ライバルのようです。
ひとまず百鬼夜行……
もとい動植物や魔獣の皆様にはお菓子を配り
帰って頂くことにしました。
夏フェス第2弾は中止ですよ!
プチアップルパイ、フロランタン、スノーボール
一口クッキーや魔法の土ボール(植物用)など……。
かなりのお菓子がはけたので
業務用冷蔵庫に大量のスペースができたわ。
しかもグリュック達と農作業をおえたらしいタヌフィテス達が
ちゃっかり便乗してお菓子を何食わぬ顔でしれっと
貰いにきていたのには笑ったわ。
あなた達は本当に食いしん坊レーダーが発達しているわね。
そんな中、お菓子を配っている時に……
“ドーナツ”という声が至る所でチラホラ聞こえたのは
気のせいじゃないはず。
まだ、それ続いている感じ?
ドーナツと言われながらお礼をされる人の
気持ちになってみてよ!
どんな顔で答えていいのかわからないわ。
そんな声があがるのを聞いて……
クロノスさん達が笑いをかみ殺していたのは
知っていますからね!!
許さん!
あとで厳しくシュナッピーに指導しなければ!!
森のあらゆる生物に訂正してよね!
そしてようやく一息をついたところで
クロノスさんが真剣な面持ちで話を切り出した。
「凛桜さん……」
「はい」
「おそらくなんだが……
きっと凛桜さんの身体に起こっている現象は
シュナッピーの魔力の塊をあびたせいだと思う」
「はい?」
藪から棒に何を言い出すのだ、この人は?
「どういう事ですか?」
「先日シュナッピーが羽化する時に
大量の光の粒を全身で浴びただろう?」
「ああ、そう言えば……」
シュナッピーが打ち上げ花火宜しく発光していたな。
「あれは小さいながらかなり高濃度の魔力の塊だ。
あれを浴びるとあらゆる変化が身体に生じるらしい」
「えっ?」
「俺も知らなかったのだが……。
ガーラントの研究曰く、この魔力の塊を摂取したくて
森の中の動植物や小さな魔獣達が集まったといっても
過言じゃないらしい」
「なるほど……」
「どうやら、その恩恵に与るかわりに……
シュナッピーを森の主として認め今後は協力体制を結ぶ
という事じゃないかと思われています」
カロスさんが何やらメモ帳のようなものを取り出して
補足説明をしてくれた。
「そんな事が……」
今、横でマフィンを貪り食べているこの子に
そんな力があるなんて……。
「リオ……、オカワリ」
こんなに食べかすを口の周りにつけているこの子か?
「オカワリ!オカワリ!」
ええい!!
普段やっている事と力の乖離がはげしくないか!
「オーカーワーリ!!」
「わかったから、待ちなさい、全く」
凛桜が新たにバナナキャラメルマフィンを渡すと
ペコリと頭を下げて、嬉しそうに齧りついた。
そんな様子に凛桜達は苦笑しながらも話を続けた。
「力の弱い者は、少しでも多く魔力を欲するッスからね。
こいつの羽化の機会は絶好のチャンスだったはずッス」
そういってノアムさんはシュナッピーをかるく小突いた。
「ギュロ!」
シュナッピーは不満そうにそう鳴くとノアムさんに
臨戦態勢をとった。
「お、やるッスか!」
ノアムさんの目が爛々と輝いたが……
すぐさま2人にカロスさんの雷が落ちた。
「まったく、しょうがないなあいつらは」
「そうですね。
でも喧嘩する程仲がいいってことですよね」
「だな」
「仲良くないっス」
「ナカ……ナイ!!」
そういってお互いにプイッとそっぽをむいた。
「と、いう事は魔力の塊を浴びた者は
シュナッピーの眷属的なものになるということですか?」
「いいや、そこまでの強制力はないと思う。
あくまでもおこぼれに与る程度と考えていいだろう」
クロノスはそう言うとマフィンを齧った。
「我々のように高魔力保持者が浴びてもさほど影響は受けません。
しいて言うならば、肩こりが軽くなる程度ですね」
カロスさんが真面目な顔でそう言った。
「肩凝り……」
「比喩ですよ、それくらい軽い影響という意味です。
しかし力弱きものにとっては少なからず影響があります」
「そうだな……
攻撃力があがるとか少し寿命が延びるとかはあるかもな」
「えっ!生態系に影響はでない?
それとか、力をつけた悪い魔獣や危険な植物が
森の中を跋扈するようなことになるとか」
「それはないっスね……
そんなやつはそもそもこの中庭に入れないっスから」
ノアムさんはいい笑顔でグッと親指を立てた。
あ、そうか……
うちの敷地は、クロノスさんの結界&妖精の加護があったわ。
「だから凛桜さんも少なからずその影響をうけて
先程のようなことになったのだと思うぞ」
「…………」
それでこの不死身な身体に!?
ゴリゴリに影響受けていますけど……。
どう受け止めていいかわからず、凛桜は口を一旦開いたが
直ぐにつぐんでそのまま黙り込んだ。
「これって、ずっとこのままですかねぇ」
凛桜は縋るようにクロノスを見上げた。
「はっきりとは言えないが……
しばらくしたら通常に戻るとは思う……」
そう言って少し困った表情で目を伏せた。
そうだよね、詳しい事はわからないよね……。
そんな事を思っていたので、不意にポツリと言葉が零れた。
「ガーラントさんに相談しようかな……
一度検診して貰った方がいいかな……」
「えっ?」
「ええ?」
「ギリィイイイイイ」
信じられないくらいの歯ぎしりの音と膨れ上がる
炎のような威圧が隣から感じられた。
「凛桜さん……今、なんと?」
ヒィイイイイイ!!
横に猛獣がいるよ!!
「俺以外の男に肌をみせるのはちょっとな……」
信じられないくらい凶悪な笑顔のクロノスがいた!!
「いや……、その……」
「駄目だからな」
笑顔なのにこんな恐怖を感じる事ある?
なんか……ごめんなさい……
私が間違っておりました!