178.大トリ感が凄すぎる!
田舎暮らしを始めて159日目の続き。
「凛桜さん、ドーナツに砂糖をかけ終わったぞ」
「ありがとうございます」
「残りの分は、この茶色い粉をかければいいか?」
「はい、シナモンをかけちゃってください」
凛桜が揚げたはしからクロノスがドーナツに味を
トッピングしていってくれているのだ。
「冷めたものはこれに入れて運ぶのか?」
「はい、キッチンペーパーをひいてある籠から
順番につめちゃってください」
「了解した」
只今、キッチンではフルスピードでドーナツが
次々に揚がっています。
きっと羽化したてはお腹が空いているだろうという
親御心からくる行動だと言いたいところだが……。
実際の所は……
なんだかあの場に居続ける事に気後れしてしまったのだ。
もともと、どちらかというと陰キャな私です。
大勢から注目されることに慣れていないのよ!
だって人ならざる者達からのガン見よ。
緊張の度合いがハンパないって!
それなのにあんな盛大な夏フェスもどきを開催するなんて
シュナッピーのやつ、どういう趣旨なんだよ、オイ!
すみません、思わず取り乱してしまいました。
とにかく今はドーナツ作りに専念しよう。
数十分後……。
なんとか200個近くのドーナツを揚げ終わり
その他にも、持てるだけのお菓子を籠につめた。
なんだったら、可能ならばシュナッピー誕生祭にきてくれた
森の動物達に配ってもいい。
そんなことも考えながらクッキーを籠に入れた。
シュナッピーの所へ行く前にクロノスさんと縁側で
揚げたてのドーナツとココアで休憩しようという話になった。
結構重労働だったしね。
この後に備えて英気を養うのも大事。
「思いのほかたくさん作ったな。
きっとシュナッピーのやつ踊って喜ぶぞ」
「そうだといいけれど」
「俺だったらこんなに愛情のこもった料理を貰ったら
感動して泣いてしまうぞ」
そういってクロノスはお道化た。
「もう、大げさなんだから……」
凛桜は軽くクロノスの肩を小突きながら……
照れくさそうにドーナツがたくさんのったお皿を差し出した。
するとクロノスは待っていましたといわんばかりに
嬉しそうにドーナツを1つ摘まむとガブリと齧り付いた。
「やはり揚げたてのドーナツは美味いな」
「でしょ、なんでも出来立ては格別よね」
「美味いな、とまらん」
2人でドーナツを堪能している所に一羽のグリュックが
どこからか飛んできてクロノスさんの手の甲に止まった。
「ギチュ!チュ!チュ!」
「えっ?」
相変わらず鋭い眼光で首を傾げてクロノスさんを
見上げながら鳴いているもよう。
「あ……なんだ?」
クロノスさんが激しく困惑している。
足りないと思ったのか更に首の角度に傾斜をつけて鳴いた。
「…………!?」
ピシッという音が聞こえたかのようにクロノスさんが硬直した。
「何気に怖いよね、フフフ。
でもその行動はグリュック的には可愛くおねだりしている
つもりなんだよ」
「えっ?これがか……」
「チュ!チュ!」
「おねだりなのか……そうか……」
なんとも言えない表情を浮かべながらクロノスさんは
ドーナツの端を小さく千切ってグリュックに与えた。
「ギチュ!」
それを皮切りに数匹のグリュックが新たにやってきたので
一気にクロノスさんは鳥まみれになった。
「コラ、まて、やるから落ち着け」
「ギチュ!!ギチュチュチュ!!」
相変わらずグリュック達は食いしん坊ね。
そんなことを思いながら微笑ましくその光景を見ながら
凛桜はおかわりのドーナツをキッチンに取りにいこうと
立ち上がった次の瞬間息をのんだ。
“ヒィィイイイイイイイ…………!!”
何故ならば自分の視界の端に薄い膜に覆われた
丸くて青い発光物体が映ったからだ。
「………………!!」
大声をあげなかった自分を褒めてあげたい。
その代わり心臓が止まるかと思ったけれどもね!
“あんた!!何してんのよ!!”
そう、そこにはシュナッピーと思しき物体の身体が
3分の1くらい濃い霧の中からはみ出そうとしていた。
不幸中の幸いというべきか?
どんちゃん騒ぎのお祭りムードのお陰か
まだその様子に誰も気がついていない。
更に丁度日の光の加減で死角になっているようで
私の位置からしかその姿は見えていないらしい。
「ギュ……」
顔半分だけとは言え、しっかりとシュナッピーと目があった。
が、奴はすぐに凛桜からふいっと視線を外すと
クロノスがもっているドーナツを食い入るようにみていた。
その視線はもはや獲物を狙うハンターのようだ。
空耳かな?
じゅるりという音まで聞こえた気がする。
いやいやいや!
あんたまさかドーナツ食べたさにぬるっと出てこようと
しているなんてことはないよね!!
ありえないから!!
夏フェスはどうするのよ!!
お客さんが登場を今か今かと待っているのよ。
それをあんた段取り無視してチィーッスくらいの勢いで
袖から普段着で出ちゃうような真似はよしてよ。
そんな凛桜の怒りのオーラがダイレクトに伝わったのか
また直ぐに凛桜の方へ向き直った。
身体半分しか見えないのに若干戸惑っている事がわかる。
「ギュロ……」
どうしよう右往左往し始めた!!
恐らくだが理性と欲望の狭間で揺れているらしい……。
青い発光物体らしきものが霧の中から出たり入ったりするので
凛桜は気が気じゃなかった。
誰かに見られたらどうする!!
“いいから、戻れ!!
今すぐ霧の中へ戻れ!!
ハウス!!“
凛桜は無言で魔王級の圧力をかけていた。
今なら何か奥義でも繰り出せそうな勢いだ。
“く・う・き・よ・め!!も・ど・れ!!”
口パクでかなり強めにそう伝えた。
なんならもしかしたら声に出していたかもしれない。
凛桜のあまりの激しい剣幕にシュナッピーは一瞬ビクついた後
自分でもやってしまったと思ったのだろう……
そのまま素直にスッと霧の中へ戻っていった。
「ふう……」
凛桜は思わずその場に崩れ落ちた。
何してくれてんの、シュナッピーさんよぉ!?
こんなにも皆が祝福してくれて羽化の瞬間を心ときめかせて
待ちわびてくれているのに!
ドーナツ欲しさにシレっと出て来るなんて
お母さん許しませんよ!!
まあ、そもそも羽化がどんな状況で行われるのか
まったくわからないけれども。
こんな登場は違うと思う。
暴動が起きるわ!
本当にうちの子の食いしん坊度合いを舐めていたわ。
密かに1人で怒りに震えていたが……
クロノスさんの一言で我に返った。
「凛桜さん、そろそろ頃合いらしい」
「へ?」
「ノアムの伝令から伝言が届いた」
クロノスさんの足元には可愛らしい縞模様の猫が座っていた。
可愛いな……猫獣人の幼体かな?
ノアムさんがニャンコだから眷属もニャンコなのね。
お礼も兼ねて可愛いからそっと頭を撫でようと思ったが
よくみたら尻尾の先が3つにわかれていたのよね。
お?猫又か?
なにかご利益ありそうと思ってよくよく見たら
尻尾の先端が全て蛇だったのよ。
「…………」
なんならその中の1匹がシャーシャー言っているし……。
猫型の魔獣なのかな?
鳴き声も可愛らしいニャーンじゃなくて
低い濁声の“ガルーン”だし……。
可愛さの定義って何処にあるのでしょうか?
ちょっと残念な気持ちになるのは何故だろう。
そっと手を引っ込めました、はい。
ん、んん、とにかく会場に戻りますか。
「熱気が凄いな……」
「ですね……」
中庭に戻ったらボルテージが最高潮になっていた。
「あ!団長!凛桜さん、ここっス」
ノアムさんがど真ん中のアリーナ席から手招きしながら呼んでいる。
はあ、今からあそこに行くのか。
本気でど真ん中の齧り付き席だ。
「…………」
もちろんユートくん達もそこで宴を楽しんでいるのが見える。
「行くか……」
「そうですね」
すると空気をよんでくれたのか……
凛桜達が中心まで行きやすいように動植物達が
左右にザっと分かれてくれたので真ん中に道が出来た。
「…………あ……りがとう」
逆にその心遣いが辛い……。
凛桜とクロノスは無言のままその道を通り席についた。
「なんとか間に合ったな。
2人で盛り上がっちまって来ねえかとおもったぜ」
既にベロベロに出来上がっているボルガさんが
ニヤけた顔で凛桜達を見上げた。
「黙れ、この酔っ払いエロモグラ!」
凛桜の視線は絶対零度くらい冷たかったが……
「ん?図星か?照れんなよ。
相変わらず嬢ちゃんは怖ぇなあ……
番ったら団長のあんちゃんが尻に敷かれるのが目にみえるぜ。
気の強い嫁をもらうとお互い苦労するな、あんちゃん!」
クロノスの足を無遠慮にバシバシ叩きながら
豪快に笑いながらそう言うと……
更にお猪口からお酒をグイッと飲みほした。
「はあ……」
なんと答えていいのかわからずクロノスは苦笑するしかなかった。
その時、急にガーラントさんが奇声をあげた。
「はぁああわあああああ!!来ます!ついに来ます!!」
えっ?急に何?
「天空を刮目せよ!!」
ヤバいな、この人……。
ガーラントさんの奇行は今に始まったことじゃないけれども
何度みてもやっぱり慣れないわ。
凛桜は少し遠い目になった。
が、次の瞬間その言葉の通りシュナッピーを覆い隠していた
濃い霧がだんだんと晴れていくではないか!
「おおおおおお」
ユートくんも瞳をキラキラさせてその様子を見つめている。
そして皆が見守る中……
全ての霧が晴れると同時に眩い光の球が目の前に現れた。
だんだんとその光がおおきくなり辺りを覆い尽くした。
ついに目が開けられないくらい眩しくなり
ぎゅっと目を閉じたと同時に何か大きな破裂音がした。
えっ?何?
シュナッピー膨らんで割れた?
凛桜は心配になり何とか目を細めて辺りを伺うと
細い光の筋が空に向かっていくのが微かに見えた。
ん?打ちあがった?
と、同時にど~んと腹に響く重低音が響いた。
凛桜が感じたようにシュナッピーと思しき球が
空に打ちあがっていた。
「えぇえええええええ!?」
本当に空に打ちあがったの!?
うちの中庭は、花火大会の会場だったのか!?
凛桜をはじめクロノスさん達もただ黙って空を見上げていた。
と、不意に横でボルガさんが叫んだ。
「玉屋~!!
かぁあああああ、やっぱり江戸の花火は粋だねぇ」
違う!違うそうじゃないと思いつつも
凛桜はやけくそでこう叫んだ。
「鍵屋~!!」
まさか凛桜が自分に合わせてそのような言葉を
叫ぶと思わなかったボルガはサングラス越しに
目を見開いて驚いていた。
が、直ぐに満足そうにニヤリと笑うと
大きな太鼓腹を満足そうにドンと1回叩いた。
クロノスさん達は首をかしげていたけれどね。
そりゃそうだわ。
急に2人して意味不明な言葉を空に向かって叫んだら
そんな顔になるよね。
「わかっているじゃねぇか、嬢ちゃん」
「まあね!
江戸時代の有名な花火師の屋号と言えば
“玉屋”と“鍵屋”だからね。
それにシュナッピーが本当に空に打ち上っちゃっているし」
「だな、まあ、見ていな、ここからが本番だぜ」
すると打ちあがった光の球が今度は反対に
徐々に小さくなりやがてシュナッピーの本来の姿となった。
しかし固く目を閉じた状態で発光したままシュナッピーは
フワフワとしばらく空に浮かんでいた。
こ……これは一体どうなるの?
ハラハラしながら固唾を飲んで見守っていると
急にカッとシュナッピーの目が開いた。
と、同時に無数の光の粒が凛桜達に降り注いだ。
「きれい……」
まるで光のシャワーを浴びているみたいだ。
これこそ空に咲く大輪の花のようだ。
凛桜が1人感動に打ち震えている横にいたクロノスが
驚愕の表情でポツリと呟いた。
「これは魔力の塊だ……」
「え?」
「そういうことか……」
未だにシュナッピーから降り注いでいる光のシャワーを
手のひらで受け止めながらクロノスさんは
何かを思案しているようだった。
となりではノアムさんがはしゃいで踊っているし
カロスさんはクロノスさんと同様に難しい顔で
空を見つめていた。
無数の森の動植物や魔獣達は恍惚の表情でこれでもかと
光のシャワーを浴びているようだ。
ガーラントさんはその光のシャワーの粒だろうか?
それを小さな瓶の中に収拾していた。
これが魔力の塊なんだ……。
凛桜も自分の手のひらの中の黄金の粒をまじまじとみていたが
それはすぐに雪のように解けていった。
すると不思議な事になんだか身体がポカポカしてくるではないか。
まさかこの粒が私の身体の中に吸収された?
そんな状況がしばらく続いたあとそれは急に終わりを告げた。
そしてそのままシュナッピーは何事もなかったように
空からスッと凛桜の目の前に降りて来た。
見た目はそんなに変わっていないのかな?
なんとなく幹や節が太くなった感じ?
顔が少し精悍になったかな?
なにはともあれ無事に羽化?してくれて嬉しい。
そんな気持ちでいっぱいだったのだが……
次の瞬間凛桜はスンと真顔になった。
なぜならば……
「ドーナツ!!」
そう叫んでシュナッピーは凛桜を抱きしめた。
「えっ?」
しかも何故かその言葉を受けて……
森の動植物や魔獣達が再び狂喜乱舞した。
言葉が喋れる種族達は口々に
“ドーナツ!ドーナツ!”と連呼して舞い踊った。
言わずもがなノアムさんも声高々に連呼していた。
殴り倒してもいいかな?
凛桜の額に青筋が浮かんだが……
クロノスさんが宥めるように無言で首を横にふった。
まあ、仕方がないか。
まさか、生まれて初めての言葉が“ドーナツ”とは
思わなかったけれども……。
こう見えて嬉しい&寂しかったのだろう。
今は“キューン、キューン”言いながら
凛桜に甘えて離れないシュナッピーがいた。
そして一通りドーナツフィーバー(死語)が終わり
少し落ち着いたのだろう。
シュナッピーはようやく凛桜を解放し今は
きなこ達も交えて皆でドーナツを頬張っている。
言いたいことは色々あるけれども今日は目出度い日だ
ここはグッと飲み込みましょう、うん。
しかし、数日後……
凛桜は激しく後悔する。
何故ならば、中庭で洗濯ものを干していると
どこからか、か細い声で“ドーナツ”と聞こえたからだ。
最初は空耳もしくはシュナッピーが言葉の練習でも
しているのかと思ったのだが、どうやらそうではない。
何故か凛桜が中庭で何か作業をしていると至る所から
“ドーナツ”という声が聞こえる……。
それもそのはず、あのシュナッピー誕生祭から
森の動植物および魔獣達の間では……。
凛桜=ドーナツという方式が出来上がってしまったらしい。
だから言葉をはなせる種族は親しみを込めて
凛桜に“ドーナツ”と話かけていたことが後に
クロノスさんによって判明した。
余談だがガーラントさんの纏めた研究資料にも
その方式が書いてあったとか!?
真相は不明である。
どうやら私は“魔族の姫”という称号の他に新たに
“ドーナツ”という意味不明な称号を手に入れたらしい。
いらんがな!!
「本気で許さん!!シュナッピー!!
当分ドーナツは作りません」
「エッ!?」