174.トランスフォームなのか?
田舎暮らしを始めて155日目。
(シュナッピーさんや……
いや、ぱくぱくパックンフラワーの皆様
元の世界の繊維関係の方と何か繋がりがありますか?)
移り行く変化を目の当たりにして
凛桜は密かに心の中で呟いた。
昨日は初日ということもあり……
ガーラントさんは徹夜でシュナッピーを観察していたが
ユートくんは午前0時を回ったところで就寝させた。
成長期だからね、きちんと睡眠はとらないと駄目。
大きくならないぞ。
んん、んん……まあかく言う私も
その年齢の頃には死ぬほど寝ていましたよ。
が、その結果これですけどね。
みなまで言うな!
ちびっこですよ、はい、それが何か?
本当に寝る子は育つのかい?
話は逸れてしまったが……
ガーラントさん曰く夜中は変化しないだろう
との事だったので寝ることにしたのよ。
だけどさぁ……。
起き抜け1発目にこれはないわ……。
朝ご飯作る前に様子が気になったから見にきたらこの有様。
ゴリゴリ変化しとるやないかっ!
えっ?朝1番の変化がこれですか?
まだ夢の中かしら?
と思い何度も目を擦ったわよ!
どこをどうやったらストッキングから黒い網タイツに
進化しちゃうわけ!?
しかもこれガータータイツよね。
太ももの部分に施されたレースまで緻密な柄だし……。
ちょっと繊維にラメも入っているし
ガーターベルトで枝にぶら下がっているのも
本気度が見て取れて怖い。
セクシーすぎるやろ!
これを青春真っ盛りのユートくんにみせていいのだろうか
R指定じゃないのか?
じゃなくて、なんの為の変化なのよ。
この変化いる?
ストッキングより黒い網タイツの方が強固な繊維なのか?
それとも単なる趣味の領域なのか?
もしそうだとしたらもう恐怖しか感じないわ。
私もかれこれ数十年女子をやってきておりますが
ガーターベルト付きの網タイツなんか履いた事ないわよ。
なんでシュナッピーに先を越されなきゃなんないのさ。
人として、いや女子として敗北した感じがするのは何故?
げんなりしている横で男どもの心の叫び
いや、リアルな魂の叫びが聞こえてきた。
「なんと美しい素材なのでしょう!!
はあ……緻密な模様……透け感……ああ……
私は今奇跡を目の当たりにしております……」
お約束のように色々な意味でガーラントさんが
興奮しちゃっているし。
イケメンの恍惚とした表情なんか見てられないよ……。
「はわぁ……
なんかエロイッスねぇ……。
娼館のお姉さん達を彷彿とさせるエロさっス」
ちょっとにやけた顔でそう呟いたノアムさん。
嬉しそうに尻尾をブンブン振っている。
何かを想像しているのだろう。
顔がとてもエロイ……。
「朝っぱらから不謹慎な発言をするな、バカ猫。
凛桜さんのまえだぞ」
そんな言葉と同時にカロスさんの空手チョップが
ノアムさんの脳天に落ちた。
「何、するんっスか!イタイっス!!
そういう副団長だって嫌いじゃないッスよね、ね」
「ば……お前ぇ……!!」
真っ赤になりながら反論していますが
説得力にかけますよ!カロスさん。
あの堅物のカロスさんもお好きですか……
最強だな黒の網タイツ。
一方的にノアムさんが揶揄っているようだが
わちゃわちゃとじゃれるニャンコとクマにしか見えない。
クロノスさんがいないから収拾がつかないわ。
そんな騒ぎを聞きつけたのだろう
「おはようございます。
何かあったのですか?」
ユートくんが眠気眼をこすりながら
こちらへ向かってくるではないか。
「あっ!う……うん」
凛桜は思わずたじろいだ。
果たしてこれを見せてもいいのだろうか……。
だがしかし研究の一環である事は間違いないし。
そんな葛藤など知る由もなしにユートくんは
凛桜越しにひょいっとシュナッピーをみた。
「………………!!」
わかっていたことだが……
ユートくんはヒュッと息を吸い込んだかと思ったら
そのまま真っ赤になり固まった。
ですよねぇ……。
ちょっと刺激が強い光景ですよね。
そんな様子をみた大人たちはそこで一旦全員が
冷静さを取り戻した。
しかし誰1人なんと声をかけていいのかわからなかった。
まいったな……。
が、そのままユートくんは赤くなりながらも
シュナッピーの近くによると黒い網タイツを
まじまじと観察し始めた。
時には優しく触れたり……
生地を軽く摘まんで引っ張ったりもしていた。
上を見上げてガーターベルトにギョっとして
ビクついていたのがちょっと可愛い。
しかしここの誰よりも真剣に観察をしているのだ。
以外に兵だったよ。
「…………」
そんなユートくんを見守る事数分。
大人たちが全員困惑の表情を浮かべているところに
ユートくんからまさかの発言が飛び出した。
「これ、うちの母が持っているものと同じ形状です」
「「「「はい?」」」」
そこにいた大人達全員の目が点になった。
「えっ?」
なんですと!?
今、なんと言いました?
凛桜が目をしろくろさせながらユートくんをみると
少し頬を染めながら更に話を続けた。
「えっと……
大人の女性が特別におしゃれする時に身に着ける
ものですよね?」
そういって恥ずかしそうに凛桜から目を逸らした。
「あ……はい、たぶん?」
そうなの?この世界でもそうなの?
ストッキングはないけれど黒い網タイツは
この世界に存在している感じですか?
使い方もやはり大人仕様なのかしら?
ノアムさん達をチラ見するが……
頼むから俺達に話を振らないでくれと言わんばかり
顔を横にブンブンふって拒否を表していた。
「…………」
と、いう事はですよ。
えっ、あの可愛らしいを全て集めたリス獣人の人妻
ソフィアさんが黒いガーター網タイツを愛用だと!!
とてもじゃないけれど想像できないわ。
悪気は全くないのだろうけれど……
ユートくんよ、そんな爆弾発言したらいかんぜよ。
人は見かけによらないな。
凄い秘密を知ってしまった……。
微妙な空気をよみ取ったのだろう。
ユートくんは取り繕うように慌ててこうも言った。
「そ、そう言えば……
お店の常連のコリンナさんから頂いた品だと言っていました」
「コリンナちゃん!!」
間髪入れずにノアムさんが驚いたように叫んだ。
「あー、なるほど……」
ガーラントさんも納得するかの如く頷いた。
只1人訳が分からないのだろうカロスさんだけ首を捻っていた。
「クククク……ユート、その辺にしておけ。
そういう話は朝から大っぴらにしていい話じゃない」
と、後ろから苦笑しながらクロノスさんがやってきた。
「クロノスさん!」
「団長!」
「凄い事になっているな、シュナッピーのやつ」
「そうなんッスよ」
「あいつは本当に斜め上をいくな……」
呆れながらも優しくシュナッピーの網タイツをチョンと指で押した。
先程の話を逸らすが如くクロノスさんはユートくんにいった。
「シュナッピーのスケッチはもうすんだのか?」
「いえ、これからです」
そう言われたユートくんはハッとした表情を浮かべると
急いで筆記用具を取りに母屋まで駆けていった。
それを見届けてから少し困ったように眉尻をさげながら
言いにくそうに言葉を紡いだ。
「コリンナとは“メーズの館”で1番売れっ子の女性だ。
きっと何かのお礼でソフィアさんにあれが渡ったのだろう。
それをたまたまユートが見てしまったというところか」
「そうだったのですね。
普段のソフィアさんから対極の品物ですし
まさかの発言だったので少し驚いてしまいました」
「ククク……そうだな……。
おそらくだがこちらの世界でも頻繁に身に着ける
ものではないと思う……」
そんな2人に間にノアムがにやけた顔で割り込んできた。
「コリンナちゃんからの贈り物なら納得ッス!
かなり人気なうえに奇麗で色気がある人なんっスよ。
まあ、俺なんかは全然相手にされないっスけどね。
それなのに団長は何回もあちらから誘われてたッスよねぇ!
いつも団長ばかりもててズルいっス」
「へぇ……」
クロノスを見る凛桜の目が一瞬にして冷たいものに変わった。
「ノアムお前!!」
「本当の事じゃないッスか。
あんな美人に誘われるなんて男冥利に尽きるっス」
「いいから、もう黙れ……」
唐突にユキヒョウとにゃんこの戦いが始まった。
「………………」
きっと直ぐにここで唯一の常識人のクマさんが
止めに入るでしょうから……
放っておきましょう。
一方学者チームはというと……
そんな騒がしい中でも真剣な討論が交わされていた。
「寒さ対策なのですかね?
昨日の素材よりガジュールが上がっている気がします」
「へ?」
ガジュールってなんだ?
その言葉にいち早く反応したのは勿論ガーラントさんだ。
おそらく魔道具の計測器だろう。
それを黒い網タイツに押し当てた。
淡い光が放たれてピコンと軽い音がなった。
「確かに昨日の計測値よりも20ガジュール上がっていますね。
これはどういうことなのでしょうか。
ユートくんの言う通り寒さ対策なのか……
それとも防御力の観点から考えるべきか……」
白熱しておりますな。
ガジュールは、私たちの世界で言うところの
繊維や糸の太さを表す繊度の単位の事かな?
なんだかとても楽しそうだからそっとしておきますか。
よぉ~し、私は朝ご飯作りに戻りますか。
そのまま全員でTHE和食な朝ごはんを食べた後
クロノスさんとカロスさんは勤務がある為に
王都へ帰って行った。
ノアムさんだけ引き続きうちに残るそうだ。
毎度の恒例行事でクロノスさんが帰りたくないと
駄々をこねたのだが……
カロスさんが強制的に連れ帰りました。
もちろんお弁当も手渡しました。
因みに中身は……
卵焼き・味玉・ブロッコリーとエビマヨ・プチトマト
メインはビッグサングリアの味噌漬け焼きです。
デザートはミニカップケーキとおはぎを持たせました。
騎士団の2トップだからね。
本当は忙しいのに無理して来てくれているのだと思う。
その後はそれぞれ自由に過ごしていたら
あっという間にお昼になったのね。
因みにお昼ご飯は“お好み焼き”にしました。
ガーラントさんのような高位のお貴族様に
こんな庶民飯を振舞っていいのかわからなかったが
かなり好評だったようで。
ぺろりと10枚近く平らげていたわ。
ノアムさんといい勝負だ。
豚玉より海鮮お好み焼きの方が好みらしい。
ユートくんも負けじと4枚ほど頑張って
食べていたのが可愛かったわ。
お腹がいっぱいになると必然的に眠くなるもので
全員が縁側でまったりとしだした。
流石のガーラントさんも徹夜明けなので
きなこを膝に乗せたままうつらうつらしていたわ。
ノアムさんとユートくんなんか完全に眠りに
入っていたからね。
だから起こさないように後片付けをした後に
洗濯を盛大にやることにした。
昨日からまたうちが定食屋兼宿屋と化しているからね。
洗濯といっても乾燥機つき洗濯機がほとんどやってくれるので
あまり苦ではないのだけれども……。
タオル類だけは外に干したいのよね。
お日様で干した時の特有の香りというか
ふかふかにしたい!
そんな事を思いながらバスタオルを物干し竿に
干そうとひょいと庭に降りた時だった。
何か目の端に真っ黒い物が過った。
ん?
不思議に思いその方向へ目をやると……
信じられないものが飛び込んできた。
「嘘でしょ……」
人は衝撃的な出来事が起こった時には案外
冷静な言葉しか出ないということを身を持って知った。
今の場面ならば本来叫んでもいいはずだけれども
が、しかし……呟く様な言葉しか出なかったから。
そのかわり心の声は絶叫していたけれどもね!
おい、シュナッピー!!
また変化しているじゃなぁ~い!!
ちょっと目を離した隙にまた更にガジュールでしたっけ?
上げてくるのはやめてよ!!
シュナッピーは黒の網タイツから普通の黒タイツへと
進化していた!!
一体何から身を守っているの?
寒さなの?
寒さ対策なの?
現在における今の季節ですが
正直言ってそんなに寒くないよね。
異世界の季節体制がどうなっているか知らないけれど
冬ではない事は確かだ。
急いでガーラントさん達を起こしに行きましたよ、えぇ。
その後もシュナッピーは順調に?
黒タイツからモコモコ靴下に変化した。
いつ進化するかがわからないので……
ガーラントさんはほとんどの時間をシュナッピーの前で
過ごすようになった。
でもそういう時に限って何も起こらないのよね。
本当にイケずなやつだよ……シュナッピーは。
そして夜があけて……
シュナッピーが“毛糸のパンツ”らしきものに
進化したのを最後にほとんど動かなくなった。
毛糸のパンツって最終進化の形なのかい?
ストッキング→黒いガータ網タイツ→黒タイツ
モコモコ靴下→毛糸のパンツ?
意味がわからん……。
寒さ対策が向上している事だけはわかったわ。
結論=ぱくぱくパックンフラワーは繊維業界と
深いつながりがある。
おそらく冷え性な上に寒がり。
なんて学説がでたらどうしよう……。