173.いよいよ始まりました!
田舎暮らしを始めて154日目の続き。
光輝き出したシュナッピーはそのままふらふらと
何かに導かれるかのように縁側から中庭へ降りた。
「いよいよですね……」
ガーラントさんのワクワクも止まらない様子だ。
尻尾がブンブン左右に振られていた……。
おまえは三歳児かっ!
意識がはっきりしているのかさえ分からないくらい
シュナッピーはただひたすら何かを目指して
ふらふらと歩き続けているみたいだ。
それからシュナッピーは普段自分が植わっている
場所の近くにある柿の木の下でふいに止まった。
上を見上げてキョロキョロと辺りを見回している。
どうやら枝を選定しているらしい。
と、ついに納得できる枝を見つけたのだろう。
小さく一言呟いた。
「ギュ……」
が、次の瞬間いきなり大きな口をカパッと
開けたかと思いきや!
何やら茶色い細い糸のようなものをその枝に向かって
大量に放射した。
「おおっ!まさにこれが噂の“ミラージュフィル”
この目で見られる日がくるなんて……」
感動のあまりガーラントさんは言葉を詰まらせながら
軽く咽び泣いている。
ユートくんも同意するかのようにポツリとつぶやいた。
「美しいですね……
糸が光に透けてキラキラと輝いています」
「ええっ……本当に」
2人は感動がMAXに極まったのだろう。
そのまま無言で見つめあってから力強く頷きあうと
今度はその光景をうっとりと眺め始めた。
「…………」
怖っ!怖すぎる!!
私はホラー映画を見ているようにしか感じませんが!?
だって口から大量の糸だよ!
糸の成分って何?
どこの器官で作られているの?
そもそもうちの子はいつから蜘蛛になったのさ!
というか、何度もいいますが
あなたの種族は“植物”ですよね?
何故に進化するときだけ昆虫感が強いのよ!
初期の段階で分類が間違っていませんか?
このまま卵を産みますと言われても
もう受け入れちゃいそうな自分が怖いわ。
でも2人があれだけ瞳をキラキラさせているので
よしとしよう、うん……。
感動ポイントがよくわからんが
とにかく珍しい光景なのだろう。
全くもって納得はしていませんけどね!
私だけがこのような感想なのかと思ったら
クロノスさん達も言葉には出さなかったが
顔を引きつらせていたから……
私の感性は間違ってはいないと思う。
そんな光景が5分程続いただろうか……
ついにシュナッピーの糸吐きが終わった。
「おお、このような形状になるのですね」
そういうとガーラントさんはノートらしきものに
何か言葉を一心不乱に書き殴っていた。
どうやら観察日記の記念すべき1ページ目が
はじまったらしい。
勿論ユートくんも同様だ。
彼はその上にスケッチまで描いている!
しかもとても上手なのよ。
どうやら絵の才能もあるらしい。
天は二物を与えすぎじゃなぁい?
そんなことよりできた物体に対して
誰もツッコミはないのかい?
などと思っていたら横から不意に声が聞こえて来た。
「…………あれって何スかね。
正解なんッスか?」
ノアムさんがゲンナリしながらその物体を見上げていた。
よく言ったノアムさん!
私も激しく同意よ!
「どうだろうな……
俺も初めてみるものだからな……
なんとも言えんが……」
クロノスさんも困ったように眉尻をさげた。
カロスさんは絶句の表情で固まっているし
他の部下の皆さんも獣耳がへにゃりと下がっている。
いや、絶対に不正解でしょ、あれ。
だってどこからどうみてもあの物体って……
“ストッキング”だよね!!
片足のみ木の枝にぶら下がっているけれども!
右足用かな?それとも左かな?
とか、そういう問題じゃないのよ!
すごくシュールな光景です。
現代アートですと真顔で言われれば
納得してしまうかも知れませんが……。
ストッキング……
それはOLさん御用達の必需品。
足を包んで守ってくれるあれですよ。
でも油断するとすぐ伝線するのが玉に瑕だ。
本人が気づかないうちに派手に伝線していることが
多々あるからね!
だから常に替えの1枚を持っていないと
どえらい事になるやつですよ!
それが木の枝からぶら下がっている光景って一体。
狂気の沙汰を通り越して事件だよ!!
シュナッピーさんよ、本当にこれでいいの?
このような物を生産してどうする気?
しかもその残骸と思われる破片が下の草地に落ちており
それを意気揚々と拾っているガーラントさんには
恐怖さえ感じるよ。
私の世界なら即逮捕案件ですよ!
なまじ顔がいいから残念度合いが半端ないわ。
本当にこの人……
国随一の学者なの?
軽く匂いを嗅いでいるし……。
そのまま食したりだけはしてくれるなよ!
そこまでしたら教育的指導がとびますからね。
強制退場させますよ。
彼的にはそのまま厳重に保管したいのだろう。
1番大きな破片に関してはクリスタルで出来ている
小さな箱に恭しく仕舞っていたわ。
もうやだこの人……。
残りの小さい破片に至っては……
すぐさま色取り取りの液に浸されていったもよう。
成分を調べるのかしら。
もし本当にストッキングなら“ナイロン”
もしくは“ポリウレタン弾性繊維”だと思うわ。
それがシュナッピーの体内で生成されたかと
思うと謎しかないけれども!
ユートくんは辛うじて理性が残っているのか
破片を拾おうか拾いまいか悩んでいる姿が可愛い。
でもやはり研究したい血が騒いでいるのだろう
そっと手に取って感触を確かめると
詳細にスケッチを始めた……。
ああ、こうやって幼気な少年が悪の道に入るのね。
そうこうしているうちにシュナッピーに動きがあった。
おもむろに自分が作ったストッキング的なものを
むんずと掴むと中央から引き裂いた。
そしてそのままその中に頭から入っていくではないか!
えっ?あんな細長い中に全部収まるの?
葉っぱとか茎とか折れない?
そんな凛桜の心配をよそにシュナッピーは
少し強引にそのまま体をすべて収めてから
引き裂いた穴を自ら修復した。
しかもその修復跡がどこからどう見ても
ファスナーなんだよねぇ。
もう本当にどういう事なんだよ!
この工程いる?
凛桜は頭を抱えた。
ちょいちょい私の元の世界の物が登場してくるのは何故?
いらないでしょ!
背中の部分にファスナーなんて。
え、もしかしてこれって
着ぐるみなの?
誰があけるの?
もしくは着たり脱いだりします?
変化し終わったあと自らファスナーを下ろして
中から出て来る感じですか?
泣いちゃうくらい怖いって!
本当の恐怖映像になっちゃうよ。
だからなの?
本当は神秘とかじゃなくてR指定の映像になっちゃうから
ぱくぱくパックンフラワーの進化は謎に包んじゃう感じ?
そんな事を考えていたら背中の冷汗が止まらない。
そして動悸も何故か収まらない。
が、凛桜とは反対に幸せオーラ前回の男が1人
いや……正確には2人ですが……。
「素晴らしい
このような形状は初めて見ます」
ああっ!
またガーラントさんの何かを刺激しちゃったよ。
目がバキバキだからこの人……。
ファスナーってこの世界の衣服にはないのかな?
「このように穴をふさぐ方法があるのですね。
本当は構造を詳しく調べたいのですが」
そう言ってユートくんはまたもやスケッチを始めた。
「惜しいですね……
現物が他にもあればもっと詳しく構造を研究
できるのですが」
ガーラントさんは心底悔しそうに握り拳を握った。
「………………」
えっと……
ファスナーの替えなら私持っていますけれど。
なんなら今着ているワンピにもついております。
とは言える雰囲気ではなかったし
言ったら言った所で面倒くさいので黙っていることにした。
それ以上に皆さんに一言いいたい。
ファスナーばかりに注目していたから気がついて
いないかもしれませんが……。
シュナッピーの表側が大変な事になっているから!
案の定無理やり狭いストッキングの中に納まっているから
シュナッピーの顔がどえらい事になっているのよ。
例えるならば……
芸人さんの罰ゲームであったストッキング綱引き状態。
その顔を見たときに1人で笑いをかみ殺したわ。
盛大に吹きださなかった自分を褒めたいくらいよ。
笑いを取りにきているのかとさえ思うくらい
かなり不細工な仕上がりになっていますよ。
そもそも最初から思っていたのよ。
身体の割にはストッキングが小さくありませんか?って。
ここは、LサイズじゃなくてLLにしておきなさいよ。
いやもしくは3Lサイズ?
伸縮の可能性に賭けすぎではありませんか?
それなのに何故か皆さんこの件に関してはスルーなのよ。
何故に?
異世界では笑いのツボが違うのかしら。
いや、こんなこと言ったら失礼だけれども
まあまあの不細工度合いですよ。
これで笑いを取れなかったら大スベリの案件ですから。
私なんか見る度に笑いを堪えるのが辛くて
無意識のうちに体を震わせていたらしいのね。
それを見たクロノスさんが……。
「凛桜さん大丈夫か?
初めての事で色々不安だと思うけれど大丈夫だ。
俺もいるし……
ガーラントはああ見えて学者としての腕は一流だからな。
やつに任せていれば問題はないぞ」
と優しく肩を抱いて慰めてくれたのよ。
うん、ごめん……
そんな感じじゃないのよ。
不安からくる震えじゃないんです。
もう、誰か一緒に爆笑してよ!
そんな凛桜をよそに粛々と変化の観察が行われていった。