172.例えが独特すぎる……
田舎暮らしを始めて154日目。
「お昼ご飯出来たよ~」
凛桜の呼びかけに中庭の至る所から返事が返ってきた。
「はあ……腹へったっス!」
ノアムがやれやれと言わんばかりその場にへたりこんだ。
「夢中になっていたので気がつきませんでしたが
そう言われると途端にお腹がすきます」
ユートくんが軽くお腹を摩りながら微笑んだ。
「そう言えば先ほどからいい香りがしていましたからね」
「もうそんな時間か……」
クロノスが腰元にぶら下げている金の懐中時計を開いて
時刻を確認すると共に額の汗を拭った。
「ワワン!!」
「ギュロロロロ!!」
そして全員がいそいそと食卓に集まってきた。
「凛桜さん、この大皿料理はここでいいですか?」
料理がこんもりと盛られた大皿をいとも簡単に持ちながら
カロスが辺りをキョロキョロと見まわしていた。
「はい、そこにお願いします。
あ、ソースは……」
「はい、ドレッシングと共に出していますよ」
うん、さすがカロスさん!
抜かりがない男。
「凛桜さん、コップとお皿はすべて並べました」
「麦茶も各テーブルに配置完了しました!」
クロノスさんの部下である狼獣人の青年と
虎獣人の青年が敬礼つきで完了報告をしてくれた……。
「あ……うん、ありがとう」
今日は“シュナッピーの観察日記”制作隊の面々が
朝から準備の為に凛桜の家に集結しています。
シュナッピーがいつも植わっている周りに
運動会で使用するようなテントが立てられ
何やら成分などを分析する機材だろうか?
見たこともないものが所狭しと並べられていた。
小さな実験室が完成していたよ。
録画は出来ないけれどやはり成分などを
詳しく調べたいのね。
ユートくんの目がハンターのようになっていたからね。
きっと貴重な機材や薬品だろう。
ガーラントさんの本気がみえるよ……。
ちょっとマッドサイエンティスト感が拭えないのは
気のせいだろうか……。
本当はルルちゃんも来たいと強く熱望していた。
が、日中学校があることに加えて今回の観察はおそらく
数日夜通し行われるであろうという事。
そして国の機関(ガーラントさん達)も介入している上に
いつものように和気あいあいとやれない事は決定事項だ。
そんな事もあり両親から説得され泣く泣く諦めたようだ。
確かにユートくんも自分の事で精一杯だろうから
ルルちゃんの面倒は見られないよね。
とてもお行儀のいい子だからいても邪魔はしないだろうけど
ここはユートくんの将来がかかっているという事で
ルルちゃん、本当にごめんね。
お昼ご飯なのですが今回は大所帯なので
ど~んと大皿料理を作ってみました。
それぞれ好きな物を思う存分食べて貰おうと思っています。
因みにメイン料理は串揚げです。
ビッグサングリアとヒューナフライシュの串揚げをメインに
うちの畑で採れた野菜達を揚げました。
後はポテトサラダに各種おにぎり……
グランキオの焼売とグランキオの春巻きも作りました。
またしても揚げ物フェアーを開催してしまいました。
そろそろ外の冷凍庫の中身を消費していきたかったので
ちょうどよかったわ!
地味にグランキオ達が場所をとっていたのよね。
美味しい貴重な物は皆で食べた方が美味しいという事で。
シュナッピー達の為にトウモロコシもたくさん茹でました!
うちの畑のものは甘くて美味しいのよ。
デザートはフルーツポンチとプリン!
それから料理の配膳などを手伝ってくれたカロスさんの為に
プチどら焼きと水羊羹を用意しました。
デザートを運んでいる時のカロスさんの様子がかわいい。
顔は至って真面目なのに……
やはり嬉しさが隠し切れなかったのね。
密かにくま尻尾を高速回転して喜んでいる姿が愛おしいわ。
本当にあんこLOVEなのね。
思う存分食べてくだされ。
そしてクロノスさんの号令の元にそれぞれが
席について賑やかな昼食会が始まったのよ。
「うま!
ビッグサングリアの串揚げ最高!!」
ノアムさんが鉄甲鉤のように両手いっぱいに串揚げを持ち
そのまま片っ端から食べていた。
もうすでに20本は1人で食べているのではなかろうか?
串揚げの串がうず高く積み上がっていますよ!
そんな豪快な食べっぷりに負けじと劣らず
ベルドランさんとガーラントさん兄弟が
上品な手つきで串揚げを高速で食していた……。
顔に似合わず大食漢!!
「いやあ、お嬢様から噂にはきいていましたが
本当に美味しい料理ですね。
凛桜さん、あなたはガリューシャ・ミュゼでもあったのですね」
そう言ってガーラントさんはおにぎりを豪快に齧った。
おそらく10個目のおにぎりだと思う。
「っ………………!!」
あっ!一瞬目をふせた!
そして驚いたように自分が齧った箇所を
まじまじと観察している。
人生で初めての梅干しとの出会いだったみたい。
「凄く酸味が強い食べ物ですね……。
ファリッシャラの球根のような色合い!
いや……ラリアギャレの方が近いですかね。
それでいて、なんともあとを引く味わいです。
実に興味深い……」
うん、本気で何を言っているかよくわからないけど
それは梅干しです。
梅という木の実からできている食べ物ですよ。
と、喉まで出かかったが……
詳しく説明求む!
的な事になったら面倒くさい。
んん、んんん!
ほら、詳しく学術的に説明できないから申し訳ないじゃない
だからそっと言葉を飲み込みました。
それよりも!えっとぉおおおお!!
ガリューシャなんだって?
私に対するガーラントさんの例えが独特すぎて本当に困る。
因みに最初に会った時に例えられた
“キュラール・デ・メユーザ”についてですが。
魔界動植物図鑑で調べたところ……
こちらの世界でいう鈴蘭のような白い華麗な花だったよ。
実が香水の原料にもなるくらい良い香りの花で
女子が貰ったら嬉しい花ランキングでも上位にくる花なんだと。
やだ、私ったらそんな可憐なイメージかしら?
と、ちょっと浮かれていたら……。
下の方に赤字で注釈が書かれていたのよ!
この花……別名“死の女王”というらしく
雌しべについている蜜に猛毒があるんだって!!
その威力は……中級の魔獣を軽く屠れるらしい。
これって、確実に裏の世界で使用されているよねぇ……。
雌しべ強すぎないか?
だから花屋の店頭に並ぶときは魔法で浄化してから
販売するらしい。
見かけが可憐だからといって野生に生えているのを
偶然に見つけても素人がうかつに手をだして
摘んではいけない花なのだとか……。
しかも稀に地下茎に“龍黒曜石”がなることがあり
この石欲しさに一時期乱獲され絶滅しかけたので
今は保護種に認定されている事も書かれていたわ。
だから店頭販売の花は、専門の業者さんが
温室で育てたものなんだって。
野生種じゃないと“龍黒曜石”はできないらしい。
うん……急にテンションが下がったわ。
危険な花すぎないか?
しかも絶滅危惧種……。
えっ?
ガーラントさんからみて私って危険な女なの?
それとも絶滅危惧種扱いなの?
その日一日中もやった気分だったわ。
だから今回のガリューシャ・ミュゼもきっと
人癖もふた癖もある花に違いない。
など思っていたら氷の微笑を浮かべたベルドランさんが
まさかの発言をぶっこんできた。
「確かにそれも一理ありますが……
私は“フルーレ・ド・シュレー”のような人だと
常日頃思っていますよ」
「…………」
また、違う何かの例えきたぁぁぁぁぁ!!
ベルドランさんだからきっと昆虫だと思われる。
昆虫……
奇麗な蝶とかならいいけれど……
物凄い原色のヤバイ昆虫とかだったら嫌だな……。
流石のクロノスさんとカロスさんもその名前を知らないらしく
首を傾げていたわ。
ノアムさんに至っては、何それ美味しいの?
くらいにノーリアクションだった。
ただ1人ユートくんだけ一瞬考え込んだのちに
その昆虫が頭の中に浮かんだんだろう。
ああ!あれね!
と言わんばかり頷いてから
なんとも言えない顔で私を見たのよねぇ……。
そして再びそっと頷いた。
ねぇ、それっていい例えなの?悪いの?
ユートくん無言の納得やめてよ。
凛桜は腑に落ちない気持ちでアスパラガスの串揚げを
モソモソと食べていた。
するとシュナッピーが縁側から上がって来て
横に座ると珍しくすり寄って来た。
「キューン……」
「どうしたの?おかわりが欲しいの?
おにぎりもう1つ食べる?」
凛桜がそう言って立ち上がろうとしたら
シュナッピーが蔦を凛桜の腰に絡めてきた上に
そのままお腹に頭を擦りつけて甘えるように鳴いた。
「キューン、ギュロロロロオロオ」
「えっ?本当にどうしたの」
あなたそんなキャラじゃないよね?
むしろ俺に触ると火傷するぜくらいの子よね。
えっ?何か悪い物でも食べた!?
凛桜が戸惑っているといつのまにか横にきていた
クロノスがぽつりと言った。
「おそらく不安なのだろう」
「不安?」
そういえばシュナッピーが心なし震えている気がする。
「この中庭はある意味安全だが……
外の世界というのは常に危険に満ちているからな。
これから行われるシュナッピーの変身は
ある意味完全に無防備状態だ。
いくら最強種といわれるぱくぱくパックンフラワーでも
危険がないといったら嘘になる」
そう言いながらクロノスは優しくシュナッピーの頭を撫でた。
「そう言われればそうよね。
昆虫なども羽化する時が1番危険だというし……」
「それを踏まえて本能が恐怖を感じているのだろう。
魔力の高い生物は格好の獲物だからな」
その前にシュナッピーは昆虫ではないけれどもね!
あっ!だからなの?
ガーラントさんは植物学者だからここにいることは
何も疑問がないけれども……。
何故にベルドランさんまで一緒にやってきたのか
今まで謎だったが、答えがわかったわ。
ある意味昆虫っぽい変身過程を行うであろう
シュナッピーを自分の目で観察したかったのね。
まさしく植物&昆虫バカ兄弟。
いや……本当に変態兄弟だわ。
なまじイケメンだから許されている……のか?
恐怖さえ覚えるわ。
「キューン、キューン」
シュナッピーが縋るように凛桜の顔を見上げていた。
「シュナッピー大丈夫よ。
無事に大人になれるから?ね?
怖い事は何もないよ、私もクロノスさん達も
くろまめ達も傍にいるでしょ?」
「ギュロ……」
シュナッピーにもこんな繊細な部分があったのね。
「無事に終わったらみんなを招待して
“ドーナツパーティー”しようね」
「ギュロロオオオ!!」
あ、ちょっとは元気がでたかな?
「ドーナツとはなんでしょうか!
もちろん私達も招待していただけるのですよね」
傍で聞き耳を立てていたのだろう
ガーラントさんがずいっと凛桜に詰め寄った。
「え、ええ……勿論。
ベルドランさんもよければどうぞ」
「勿論お嬢様共々参加させていただきます」
そう言って恭しく礼をした。
ガーラントさんの圧が強い……。
しかもどさくさに紛れてシュナッピーの抜けた睫毛を
そっとシャーレのようなものに入れていたのを
見ていますからね、全く!!
そんなガーラントさんの抜け目のない様子に
思わずクロノスさんと目を見合わせて苦笑した。
「キューン、ギュロォォ……」
一方本人はそんな事は露知らず……
凛桜とクロノスに優しく撫でられて気持ちがいいのか
眠いのかウトウトと船を漕ぎだした。
「ギュ……ロ……キュ……」
そして何故か全体的に光りだしてきた。
そんな様子をみたガーラントさんの瞳が怪しく光り
魂の叫びを発した模様。
「これはあああああああ!!
そろそろかもしれません!!
きたぁぁぁぁ!!」
はい、そこ大きな声を出さない。
子供が寝ている傍ですよ!
一秒たりとも逃したくないのだろう。
ガーラントさんはテントへダッシュで向かうと
何やら機材のスイッチを入れたと同時に
ニヤつきながら怪しい液体と液体を試験管で混ぜ始めた。
本当にヤバイなあの人……。
ウキウキ感が半端ないんですけれど
うちの子を任せて本当に大丈夫なのかしら……。
よっぽどユートくんの方が大人だよ。
直ぐにシュナッピーの傍に駆け寄り優しく声を
かけてあげているじゃない。
「大丈夫?」
「ギューロ」
「ちゃんと見守っているからね」
「ギュ……」
ユートくんがシュナッピーの蔦をそっと握った。
やだ……出産前の奥さんと旦那さんのやりとりが見える。
凛桜は目をごしごしと拭った。
俺がついている!
母子ともに無事に産んでくれみたいな?
尊いわ、絵になるわこのやりとり。
「…………」
え、そんなに今回の変身?
最終形態になる儀式って危険なの?
ちょっとお母さん心配になってきました!
的な気分なんだけどぉ。