171.ある意味重症ですね……
田舎暮らしを始めて153日目の続き。
「ごきげんよう。
遅くなってごめんあそばせ!
撮影が長引いちゃって……」
艶々の毛並みの尻尾を揺らしながら
その人は優雅に中庭の奥から歩いて来た。
「レオナさん!」
今日も今日とて相変わらずこの方は美しい。
彼女もとい彼の背後に大量の深紅の薔薇が
咲き誇っているのが見えるくらいだ……。
きっとこういう人は……
起きた瞬間から美しいのだろう。
羨ましい……。
「久しぶりね、凛桜!」
嬉しそうに凛桜に駆け寄った所まではよかったが
レオナは急に眉間に皺をよせたまま動きを止めた。
「凛桜……あなた」
「へ?」
「あらやだ!
目の下に軽くクマができているじゃない!
きちんとお肌のお手入れはしているのかしら!
美の道は、1日たりとも疎かにしてはならないのよ」
レオナは凛桜の顎を遠慮なしに
くいッと持ち上げると……
忌々し気な顔をして言い放った。
「ありえませんわ……」
そう言いながら目の下のエリアをグニグニと
人差し指で押してくるではないか!
「っ…………」
えええええっと……。
こちらこそありえないのですが!?
あなたこそ久しぶりにあった人にかける
第一声の言葉ではないと思いますが……。
レオナの人差し指攻撃に面を食らっていると
背後からわざとらしい咳が聞こえてきた。
「んん、んんん!お嬢さま……」
その声にハッとしてレオナは再び美しい
淑やかな淑女へと一瞬にして戻った。
「失礼……。
私としたことが取り乱してしまいましたわ。
クロノス様、ルナルド様お久しぶりです」
そう言って見本のような美しいカーテシーを
男性陣に向かって披露した。
「お……おう」
クロノスは顔を引きつらせながら軽く手をあげた。
その後にルナルドさんはさっと席からたちあがり
レオナの元へと近づくと……
軽くウィンクを飛ばしながら
レオナさんの右手を取ると手の甲にキスを落とした。
「お久しぶりです、レオナ嬢。
相変わらずべっぴんさんやな」
ふわ!王子様ヴァージョンのルナルドさん!!
いつもより1.5倍キラキラ度が増しております。
「ウフフ……」
頬を染めて心なしレオナさんも嬉しそうだ。
「いやあ~まさに大輪の薔薇やな……
一目拝むだけで寿命が延びそうや……」
「相変わらず口がうまい方ね……」
「お世辞とちゃうで……
お天道さんも裸足で逃げ出してしまうくらいやで」
なにやらルナルドさんの褒め殺しタイムが発動された模様。
そんな2人の様子を苦虫を噛みつぶした顔で見ながら
緑茶をすするクロノスさんがいた。
でも、あれ?
普通ならばここでレオナさんの鉄壁の守り!
執事のベルドランさんの注意喚起が発動されても
いい頃なんだけれどもな?
いつもだったら、手の甲のキス辺りで強制終了だよね?
アイドルの握手会ばりに…
はい、1分過ぎましたのでお帰り下さい!
くらいに引きはがしにかかると思うのだけれども……。
そう思ってレオナさんの背後に立っている
ベルドランさんを見ると何故かニコニコ顔で
その様子を見つめているだけではないか!
「えっ……!!」
衝撃映像だったので思わず声が出てしまった。
ベルドランさんが!
微笑んでいるだと!
あの凍てついた氷の騎士はどこにいったの!?
冷徹な氷の微笑しか浮かべない方だよ!!
そんな凛桜の不躾な視線に気がついたのだろう。
こともあろうか更に微笑みを深くしたかと思ったら
凛桜にふいに近づいてきた。
え?えええええええええ!!
凛桜が内心パニックになっていることなど露知らず
ベルドランさんはそのまま凛桜の前まで来ると
片膝をついて凛桜の右手を恭しくとった。
えうううう!!
凛桜の喉がごくりとなった。
え?本気でどういうこと?
この状況なに?
「初めまして凛桜様」
「ん?」
今なんとおっしゃいました?
あれ?あの栄光の戦いを共に戦った
戦友じゃなかったでしょうか?
モナコにあんこを一緒に詰めましたよね?
まさかの記憶喪失!?
もしくは2重人格!?
そう言ったままベルドランさんは黙ったまま
ニコニコ顔で凛桜を見つめている。
「お聞きしていた通り……
キュラール・デ・メユーザのような方ですね」
「……………」
キュラール?デ?メ?
なんだって?
なんのことだかさっぱりわからないし
褒められているか?
貶されているのかもわからん。
リアクション取りづらいわ!
クロノスさんの反応をみたくてチラ見したら
甘い物を食べた後に胸やけを起こしています
という顔をしていた。
あー、一応褒められたのかしら?
後で魔界動植物図鑑をみてみよう!
「お会いできて光栄です」
「…………」
本当になんの冗談なの?
このやりとりはなに!!
凛桜の瞳が零れんばかり見開いているのをみて
ベルドランさんは楽しそうにクスりと笑った。
「ベルドランさん?」
凛桜が困惑したように呟くと
背後から呆れたように誰かが言った。
「その辺にしとけ、ガーラント」
いつのまにかクロノスが凛桜の横に立っており
目の前の男を窘めた。
「クロノスさん、今……なんて
え?ん?ええ?」
「申し訳ございません、凛桜様。
驚く顔があまりにも可愛らしいのでつい……」
そういってベルドランさん改めガーラントさんは
悪戯っ子のような微笑みを湛えていた。
「こいつはベルドランの双子の兄だ。
名はガーラントという者だ」
「双子……。
えええええええええええ!!」
めちゃくちゃそっくりなんですけど!!
雰囲気は正反対だけどね!
「どうか以後お見知りおきを」
そう言って凛桜の右手の甲にキスをした。
「はあ……」
「凛桜さん、すまん悪い奴ではないのだが
いかんせんいつもこんな感じでな……」
クロノスさんが困ったように眉尻を下げた。
そこに遊び疲れてお腹が空いたのだろう。
くろまめ達が帰って来た。
「ワンワワン!!」
「リオ!オヤツヨウキュウ!!」
「オヤツ!オヤツ!」
キングがそう高々に叫ぶと……
その声にかぶせるように隣から絶叫が聞こえた。
「キングッッウウウウウウウウウウ!!」
「ひゃあ……」
あまりの絶叫に耳がキーンとなったわ!!
「それにクイーンもいるではないですか!
はわああああ!
シルバーの子は初めてですね!!
ここは天国ですか!!」
凛桜の目の前で喜びのあまり昇天しそうな
ガーラントさんがいた。
目がバキバキでよだれを垂らさんばかりの顔で
尻尾が千切れるのではないかと思うくらい
回転しながら前後左右に振られていた。
いい男が台無しである……。
「えっと……」
「あ、うん……
噂には聞いていたがここまでとは」
クロノスさんもキング達も……
軽く……いや心の底からのドン引きだった。
「ギョ……ロゥ……」
シュナッピーが視線で助けてくれてと言っているが
凛桜は心を鬼にして首を横にふった。
その横では意気揚々とガーラントさんが何やら
魔道具を取り出しシュナッピーを検診していた。
それを心配そうに見つめるキング達。
やはり親心なのね……。
気をつけてね!
葉っぱ1枚でも傷つけようものならば……
クイーンに瞬殺されるわよ。
「凛桜ごめんなさいね……
うちの執事が迷惑をかけて……
あれでも国1番の知能の持ち主なの」
レオナは苦笑しながら軽く頭をさげた。
「あ、いいえ……」
あのレオナさんが頭を下げる事態って一体!?
迷惑というよりか……
心臓が口からでちゃうのではないかくらい
驚いただけです、はい。
「いやあ、噂には聞いていたんやけど
本当に正反対の2人なんやな。
ぱっきりと静と動なんやな……」
ルナルドさんがしみじみとそう呟いた。
「その通りですわ!
黙っていれば2人とも国宝級のいい男なのに
どうして動植物のことになると……
2人してド級の変態になりさがるのかしら!」
レオナは忌々しそうにナッツクッキーをかみ砕いた。
おいおい、レオナさん雄の部分がでちゃっていますよ!!
ベルドランさんの双子の兄のガーラントさんは
国で1番の植物研究の大家なんだって。
だから今回のシュナッピーの観察日記について
意見を求める為に呼んだとの事なんだけれも。
何処の誰よりも興奮していますよね。
あなたが1番はしゃいでおりますよ。
もう狂気の沙汰だよ……。
弟は昆虫の虜、兄は植物の虜か……。
一体どういう幼少期を過ごしたのさ。
一応二人はかなり高位の貴族だよね?
王道の貴族の勉強の中に……
昆虫と植物学ってあるのかしら?
野山を駆け巡って遊ぶとは思えないし。
どんな出会いがあってこうなったのか
激しく知りたいわ!
いや、この話をふったら沼だな。
きっと1日中語りつくされそうだ。
駄目よ、凛桜。
好奇心は猫をも殺すという諺があるじゃない。
ある意味やべえ兄弟だわ。
イケメンなのに勿体ない……。
「大丈夫ですよ、ちょっとチクッとするだけですから」
「ギョル……」
「フフフ……いい子ですね」
「ギュアーロロオ……ォォオォ」
言葉だけきくと完全に事案だから……。
「本当に罪深い子ですね……
こんなにも私の心を掻き乱すなんて……
ほう……ここはこのような感触なんですね」
「ロロオオオ……ォォォ」
ああ、あまりの変態ぶりにシュナッピーが
泣き出しちゃっているじゃない。
あの神をも恐れないであろう
シュナッピーを泣かせる変態って!!
そのうちキングとクイーンにばっさり
背後から殺られるんじゃないのかい?
なんとも生暖かい目でシュナッピーを見守る会に
なってしまっていたクロノス達だったが……。
「ところでキング達はこの件に関して
なんと言っているんだ?」
思い出したかのようにクロノスが話を振ると
ルナルドがため息をつきながら答えた。
「そうやな……。
答えは、及第点やな……」
「及第点?」
「そもそも上位種のフラワー種の成長過程は
謎に包まれておる。
なぜならその過程を見せないように……
その時期に入ると周りに強烈な結界を張るからや」
「それは知らなかった。
城で管理しているフラワー種は割と自由に
見られる気がしたが」
「レア種ではないフラワー種の成長過程は
ある意味簡略化されるのか……
最初から最後まで見ることができるんや」
ある意味普通の草花と変わらない感じなのかな?
「キングの系譜と一部のレア種だけ特殊なんや。
もしかしたらその謎か解き明かされると……
その技術を使ってキングを人工的に生み出すことが
できてまうのかもしれん。
それを恐れて本能的に防御しているのではないかと
思われているんや」
それを聞いた全員が深いため息をついた。
これはかなり大きな問題ではないのか!?
「キング曰く……
記録や録画は一切不可らしい」
ですよね……。
録画されて研究が悪い人の手に渡って
遺伝子操作とかされて戦争兵器とかに
使用されてもこまるしね。
一気に残念なムードが辺りに漂った。
「が、クイーンのとりなしもあり……
友人の為ならば……
最初の工程と最後の変化の時だけ
観察のみはしてもいいことになったんや」
「そこだけで何か論文を作成できるといいのだがな」
クロノスが思案するように宙を見上げた。
クイーン!!
ノアムさんとの出会いで友の大事さを知ったのかしら?
「本当ですか!!
変化の瞬間をこの目でみられるのですか!!
それだけでもかなり貴重な時間ですよ!
今世紀最大の出来事と言っても過言じゃありません……」
いきなりガーラントさんが飛び込んで来た。
「是非!是非私も参加させて頂けないでしょうか。
その為になら、このガーラントの全てをあなたに
捧げてもかまいません!!」
そう言って捨てられた子犬のような目で
凛桜に懇願してきた。
「あ……え……とっ……」
ガチすぎて怖い……。
人生かけられても……。
凛桜がある意味驚愕と恐怖に慄いていると……。
「ガーラント、ハウス」
凛桜を抱き寄せながらクロノスは冷たい声で
そう命令した。
「クロノス様……そんな……殺生な……」
獣耳と尻尾を最大限にさげてキューンと言わんばかり
ガーラントさんはおずおずと後ろに下がった。
いい大人のイケメンがめそめそ泣いている姿は
見てられないわ……。
「その件は、あとで2人だけでじっくりと話そうか」
「はい……」
ガーラントさんは悲しみのあまり
縁側の隅で燃え尽きていた……。
そんな姿を見かねたのだろう
きなこ達が慰めに行った。
本当にうちのイッヌは心優しい子達ね。
後でご褒美のおやつをあげねば。
何はともあれ首の皮1枚でなんとかつながったわね。
それにしてもいやぁ……
シュナッピーって本当に貴重種なのねぇ。
凛桜はクッキーをあげながらシュナッピーの頭を撫でた。