168.平和な日々を過ごしたい!
田舎暮らしを始めて152日目。
朝から鷹のおじさまと近衛騎士団の突撃訪問をくらい
困惑する程の謎の高級食材と宝箱を頂く……。
挙句の果てには……
陛下の為に着流しが欲しいと懇願される。
「…………」
その原因を作ったクロノスさん達に対して
静かな怒りが芽生える。
報連相にも程がありませんか?
なんでも報告すればいいってものじゃないのよ。
鷹のおじさまはもう少し遠慮というスキルを覚えましょう。
思い立ったら吉日的な行動は控えてください!!
旅行から帰って来た次の日くらいは……
のんびりさせてくれませんかね。
とりあえず返事を保留させて頂いて
追い返し……じゃなくてお引き取りを願いましたよ。
旅行より疲れた気がした1日だったわ。
田舎暮らしを始めて153日目。
今日は朝から平和な時間が続いている。
天気も快晴だし!
グリュック達の訪問もないようだ。
静かで爽やかな時間が流れております。
こういう日は1日のんびりと過ごしたいわ。
ゆっくりと朝食を食べた後に掃除洗濯を軽くすませ
今は縁側で黒豆達とだらだらと過ごしております。
シュナッピーは朝からどこかへ出かけているらしく不在だ。
たまにふらっといなくなるのよね。
またキング達に修行でもつけてもらっているのかな?
そんな事を思いながら……
あまりにもぽかぽか陽気だったのでうつらうつら
しかけている所に元気のいい声がふってきた。
「「こんにちは!!」」
「ん?」
この可愛らしい声はリス獣人兄妹の
ルルちゃんとユートくんだ。
「2人とも久しぶりだね!元気だった?」
「はい、元気です」
相変わらず可愛らしい兄妹だ。
が、久しぶりに会った2人は
思いのほか見た目が成長していた。
獣人特有なのか?
短期間にこんなにも大人っぽくなるものなの?
今までは本当に少年と幼女という雰囲気だったのに。
「ユートくん、凄く背が伸びて大人っぽくなったね!
ルルちゃんもお姉さんになっちゃって」
「はい……10キャローナ以上伸びました」
ユートくんはハニカミながら嬉しそうに尻尾を振った。
キャローナがどんな単位かわからないけれども
おそらく私たちの世界の㎝だと思う。
男子の成長期は恐るべし……。
あっという間に私を軽く超えていきましたよ、えぇ。
「ルルもお姉さんになったでしょう。
もう尻尾のリボンも自分1人で結べるんだから」
ドヤ顔でそう言うと誇らしげに尻尾に巻かれている
水玉の可愛いリボンを自慢するように見せてきた。
「フフフ……可愛いリボンだね」
「でしょ、でしょ!
今王都で大人気のファリッサのリボンなんだよ」
ファリッサ……
有名ブランドのお店かな?
「うん、とっても似合っているよ」
「えへへ」
と、その2人の後ろから急にシュナッピーが飛び出してきた。
「ギョロ!」
「あら、シュナッピーおかえり!」
するとシュナッピーは凛桜に対する返事よりも先に
何故か2人と顔を見合わせて頷くと
凛桜に向かってギャロギャロ言いながら何か訴えてきた。
時には葉っぱと蔦を使いながら一所懸命に
何か語っているようだった。
「…………」
「ギューロ、ギャロギュ、ギュルウウウウ」
そう締めくくると凛桜の顔を伺うように見上げた。
「なるほど……」
聞き終えた凛桜はそう言って頷こうとしたが……。
「って、1ミリもわからないから!!」
「「えっ!?」」
「ギュエア!?」
驚いたようにルルちゃん達とシュナッピーは目を剥いた。
「へ?」
「凛桜お姉さん、シュナちゃんの言葉がわからないの?」
心底驚いた表情でルルちゃんが絶句していた。
「魔族の姫でもできないことがあるのですね……」
ユートくんはユートくんで驚いた表情だったが
それ以上に凛桜がシュナッピーの言葉を
理解できなかったことの方が興味深かったようで!
徐に小さいノートを懐から取り出すと
何やらメモらしきものをそっと書き込んでいた……。
うん、姫でも魔族でもないからね本当は。
生まれてからずっと一般的な人族ですから私
とも言える訳もなく……。
「逆に2人はシュナッピーが言っている事がわかるの?」
「うん、はっきりとはまだわからないけれども
なんとなく伝わる感じ?」
そう言ってルルちゃんは可愛くコテンと首を傾げた。
本気か!?
今度は凛桜が驚く番だった。
「ユートくんもそうなの?」
「そうですね……。
僕たちは昔から動物や植物達の声を聞くことが
得意な方だと思います」
「そうなんだ!リス獣人って凄いね」
凛桜が感心したようにそう言うと
ユートくんが慌てて首をふった。
「それは違います。
種族特有のスキルではありません。
どちらかというと僕とルルが持つ固有のスキルです」
「ふえ……そうなんだ」
「凛桜お姉さんの事も最初は森の動物から聞いたんだよ。
それでビジュちゃんに頼んで凛桜お姉さんの家に
連れてきてもらったのが始まり」
ビジュちゃんって誰よ……。
森の動物だとは思うけれども……。
「それから何度もビジュちゃんに乗せてきてもらっています。
因みに今日も乗せてきてもらいました」
「えっ?そんなに毎回気軽に乗せてくれるの?」
凛桜がそう言うとユートくんが苦笑しながら答えた。
「いや、毎回乗せてもらっているわけではありません。
運よく森で遭遇した時に乗せてもらっている感じです」
遭遇率って高いのかしら?
「どうやらうちの商品のクルミのキャラメリーゼが
大好物なようで……。
その匂いにつられて姿を現すことが多いようです。
だからそれと交換で凛桜さんの家の前まで
乗せてきてもらう感じですかね」
「ふぁ!!」
まさかの料金発生!!
森のタクシー的な存在なのか?
大丈夫?正規料金なの?それ?
「ビジュちゃんの足は早いんだよ!
凛桜お姉さんの家の前までビューっとついちゃうんだから」
ルルちゃんが得意げに教えてくれていますが
一体どんな種族なのよ。
名前からは全く想像できないし。
でもそのお陰でようやく謎が解けたわ。
王都から家までかなり距離があるのに
よく何回もうちに幼い兄弟2人だけで来られるなって
密かに思っていたわ。
「危なくないの?怖い動物じゃないよね」
凛桜が心配そうにそう言うとルルちゃんが
とびっきりの笑顔でこう答えた。
「凄く優しくて可愛いお姉さんだよ。
あ、まだ近くにいるかも!
いたら凛桜おねえさんにも紹介するね」
そう言うと凛桜の手を引きながらズンズンと
中庭の奥まで引っ張って行こうとするではないか。
「え、ちょっとルルちゃん待って」
まずいよ、私は庭の外には出られないから!
この小さい身体の何処にこんな力があるの?
気がついたら軽く引きずられているではないか。
「きっとまだ近くにいるから」
焦る凛桜とは裏腹にどんどん庭の奥へと
進んでいくルルちゃんにどう説明しようかと
考えあぐねていると……。
前方におおきな茶色い生き物が見えてきた。
「あ!ビジュちゃんいた!!」
ルルちゃんがその生き物に声をかけると
その大きな物体がゆっくりと振り返った。
「え!」
まさか既にうちの庭に侵入済み!?
「クル!クルルウウウ」
ルルちゃんを見つけて嬉しいのだろうか?
甲高い声で鳴きながらその生き物がこっちに
向かってくるではないか。
「ルル、急に走りだしたら危ないだろう」
ユートくんとシュナッピーも後から追ってきたようだ。
「クルルル」
大きい生物は凛桜達の手前で止まると軽く頭を下げながら
右の前足を軽く横に折って挨拶をしてきた。
「凛桜おねえさん、この子がビジュちゃん」
「こんにちは……」
目の前にはかなり目つきの鋭いマッチョな鹿が
自分を見下ろしていた。
この子がビジュちゃん?
鹿の獣体なのかしら?
えっ?どうみても雌個体じゃないよね?
いや、そういう種族なのか?
雌でこうなら雄はもっとゴリゴリなのかしら。
でもな~
ルルちゃんがあげたであろうリボンらしきものを
角につけているし……。
これで雄個体だったら狂気の沙汰だな。
「クルル」
「…………」
敵意がないことはわかるのだけれども
眼光鋭すぎて目を合わせるのが憚れるくらいよ……。
ルルちゃんごめんよ……
どこをどうとったらこの子が優しくて可愛いのか
私には見いだせないよ。
「えっと、ビジュちゃんは鹿さんかな?」
「そうなの、鹿さんだよ。
この森ではかなり強い部類に入るんだ。
カッコ可愛いいよね」
ルルちゃんはキラキラした瞳でビジュちゃんを
見つめながら優しく頭を撫でていた。
「クルル、クルル」
ビジュちゃんも嬉しそうにルルちゃんの手に
頭を擦り付けているではないか。
あんな凶悪面の鹿がリスちゃんの少女に
メロメロ(死語)ですか……。
ここでもルルちゃんの小悪魔が炸裂しているようだ。
無意識に魅了魔法を発動なんかしていませんよね?
ふとルルちゃんの将来が心配になった凛桜だった。
ルルちゃんが悪役町娘になりませんように!
とりあえず対面は無事にすんだので
ビジュちゃんはそのまま森の奥深くへ消えて行った。
「またね~」
ルルちゃんが思いっきり手を振りながら
ビジュちゃんを見送っている背中を見つめながら
凛桜は素朴な疑問をユートくんにぶつけてみた。
「ねえ、ユートくん。
ビジュちゃんは雌個体なの?」
するとユートくんは困ったように眉尻を下げてから
しばし考えるように宙に視線を彷徨わせた。
そしてようやく出て来た答えが……
「生物学的には雄個体ですが……
本人曰く……心は乙女らしいです……」
「はい?」
察してくださいと言わんばかりのユートくんの視線。
あーはい、そうですか。
ある意味“おねえさん”で間違いはないわけですね。
余談だが……
ビジュちゃんと呼ばないとめちゃくちゃ怒るらしい。
「うまく説明できずにすみません」
ユートくんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「いや、きちんと理解できたよ」
「ビジュちゃんはビジュちゃんという生き物なんだよ」
ルルちゃんがやけに大人びた顔でそう言い放った。
「そうだね……」
やっぱり女子ってメンタル強い……。
「じゃあ、お家に帰ろうか。
お腹空いたでしょう、お昼ごはん食べよう」
「はい!」
「わーい、今日のご飯は何かな」
「ギャロ!ギャロ!!」
俺にもくれと言わんばかりシュナッピーが葉っぱを
激しく揺らしてアピールしてきた。
「はいはい、シュナッピー達にもあげるから」
とりあえず続きはご飯を食べてからだな。
どうやら平和な1日は過ごせそうにもありません……。
まさかの……
異世界で“オネエの鹿”に出会った!!