166.おかえり
田舎暮らしを始めて151日目。
「嘘でしょ……」
凛桜は空港の椅子に座ったまま電光掲示板を恨めしそうに
睨みつけていた。
昨晩ネットで検索した時には既に早朝の便は満席だった。
が、しかし一縷の望みをかけて空港のカウンターに
やってきたのだが……
やはりどの便も満席だった。
けっこう本数のある空路のはずなのですが……。
おかしいでしょう?
平日だよ。
しかもたった1席も空いてないどころか
キャンセルも1つもでないなんてことある?
カウンターのお姉さんも首を傾げていたよ。
“このような事態はあまりないのですが……”
と、しきりに恐縮していたよ。
確実に何かの力がはたらいておりますわ。
あと言うまでもありませんが……
新幹線もSOLD OUTですから!!
頭きたから在来線で帰ってやろうかと思ったけれども
知らない土地の電車の乗り継ぎは怖い。
それに途方もない時間とお金もかかる。
現実的ではありませんわ。
なので諦めて最短の便で帰る事にします。
どうやら10時台の飛行機には搭乗できるようだ。
そんなこんなんで朝からてんてこ舞いになりながら
なんとか最寄りの駅についたのは……
既に夕方17時くらいでした。
「はあ……やっとついた」
くたびれた足取りで改札をくぐると思わぬ人物が
待ち構えていた。
クロノスさんの様子が気になったので……
今朝からちょくちょく兄とは連絡をとっていたので
私の行動はなんとなく把握していたのだろう。
改札口を出るとニヤケた顔で兄が手をふっていた。
「お疲れ!」
「なんでここに?」
「ほら、俺も明日は会社だし……
お前と入れ替えで家に帰ろうかと思って」
そう言って車のカギを少し強引に手渡してきた。
「えっ?まさかクロノスさんも来ているの?」
「んにゃ、家できなこたちと留守番している」
「もしかして1人で留守番させていたりしないよね?」
「いや、1人と2匹で留守番だ。
親父とおふくろは今朝早く帰ったからな」
「…………」
何かあったらどうすんだよ、オイ!!
「まあ最初は俺も心配だったから
連れてこようかと思ったんだが……
何故か村の外には出られないんだよ、騎士団長だけ」
結界でも貼ってあるの?うちの村……。
意味がわからないんだけれど。
まあ、よくよく考えてみれば
私も向こうの世界ではそんな感じだしな。
他の事はゆるゆるのくせにどっちの世界でも
行動範囲に関しては厳しいな異世界さんよ。
「出られないんですか……」
何とも言えない顔で凛桜がそう答えると兄は吹き出した。
「ブハッ……なんで敬語なんだよ」
「あ、う、うん……」
「とにかく早く帰ってやれ。
凄くお前に会いたがってだぞ」
「うん……」
そしてふと何を思ったのか……
兄は優しくふんわりと笑うと凛桜の頭を優しくぽんぽんと
2回軽く叩きながら言った。
「騎士団長いいやつだな。俺気に入ったよ」
「うん、凄くいいひとなの」
凛桜もその兄の言葉に嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、そう言う事でまたな」
そう言って兄は改札に向かって歩き出した。
が、すぐに振り返って悪そうな笑顔を浮かべながら
こう言い放った。
「あ、そうだ。
久しぶりの再会だろお前たち……
2人っきりだからといって一晩中羽目を外し過ぎるなよ!」
「は?」
「騎士団長……みるからに肉食獣だしな。
お兄ちゃん凛桜がガブっといかれないか心配」
そう言ってニヤニヤしながら何度も頷いていた。
そこで初めて兄の発言の意味を悟った凛桜は真っ赤になった。
「ば……ばっかじゃないの。
クロノスさんはあなたと違って紳士です!」
「いやいやあれは猛獣だぞ!
しかもかなりの絶……」
「いいからこのエロ兄貴、早く帰れ!ばか」
凛桜が食い気味に兄の言葉を遮ると
「ハハハハハッハ!!照れんな!
まあその前に早く仲直りしろよ!
かなり落ち込んでいたぞ騎士団長様は……
お互いにこれ以上拗らせんなよ!」
そう言うと改札口の中へ颯爽と消えて行った。
もう!兄貴はいつもああなんだから。
凛桜は真っ赤になりながら怒っていたが
あれは兄の照れ隠しの応援であるという事はわかっていた。
一見チャラくみえる兄だが……
実は冷静に物事をみて分析している節がある。
それに決して本人は認めないだろうが
私の事を凄く大事に思っていてくれている事も知っている。
クロノスさんが駄目男だったらきっと……
異世界人だろうが獣人だろうが容赦なく私の為に
叩きのめしていただろう。
今は大分大人しくなったが昔の兄はやんちゃだった。
父は父で一見温厚そうにみえるが……
キレたら最後止められない性格だ。
母はかなり癒し系で天然の人だが
人を見る目はなかなか厳しい。
最初はこんな形で家族とクロノスさんが
出会ってしまった事をやきもきしちゃったけれども
今は逆によかったと思う。
本人がいない方が話せることもあるだろう。
そんな事をつらつらと考えながら運転していると
家の明かりが見えて来た。
ついに帰って来てしまった……。
あの中にクロノスさんがいると思うとちょっと緊張する。
車庫に車を止めてエンジンを切って運転席から降りたら
突如目の前に大きなものが飛び出してきた。
「兄貴……おかえりなさい。
缶チューハイは買えたのですか?」
そう言って目の前に立っていたのは……
昨日とは違う着流しを着たクロノスさんだった。
兄よ、クロノスさんに自分の事を“兄貴”って
呼ばせているのか……。
それに缶チューハイとか余計な知識を与えないで!!
また異世界に影響でそうで怖いのよ。
「…………」
「………………」
きっと何が起こったのか脳が理解できなかったのだろう。
クロノスさんは何度も目を瞬かせた後に……
凛桜を見つめたままフリーズした。
凛桜は凛桜で生のクロノスさんの着流し姿にやられていた。
いい!!凄くいい!!
色気が半端ない!かっこよすぎじゃない。
ああ、今すぐ撮影したい……。
永久保存版ホルダーに新たな写真を!!
そんな葛藤の中、最初に意識を取り戻したのは
やはりクロノスさんだった。
「凛……桜……さん……なのか?」
凛桜の姿を視界に映した途端、泣き出しそうに顔をゆがませた。
「あ、うん……ただいま」
照れくささの為に少しぶっきらぼうにそう答えると
クロノスはその存在を直に確かめようとしたのか……
手を伸ばそうとしたが、すぐに動きを止めた。
「凛桜さん……」
「何?」
「凛……桜さん……」
「ん……」
「凛桜さん……」
獣耳と尻尾を最大限に後ろにへにゃっとさげて
言葉を詰まらせながら何度も愛おしそうに
自分の名前を呼ぶクロノスに戸惑いを感じつつも
実は少しキュンとしていた。
そしてついに意を決したのか上擦った声でこう言った。
「その……抱きしめてもいいか?」
「えっ!?」
まさかのお願いに凛桜は戸惑った。
そんな雰囲気を悟ったのだろう
クロノスは慌てて取り繕うように言葉を紡いだ。
「いや、その……けっして疚しい気持ちからじゃなく
本当にこれが現実なのかこの手で確かめたいんだ……」
最後の方は消え入る様な声で懇願してきた。
こんな弱弱しいクロノスさんは初かもしれない。
そうとう弱っているな……。
今にもキューンと泣きそうな表情だ。
はて、どうしよう。
確認ですが、私達けっこう激しめな喧嘩していましたよね。
急展開でその事実を忘れかけていましたが
いきなり本題をすっとばして仲直りしてもいいのだろうか?
グダグダすぎないか、これ。
私けっこう怒っていましたし……。
凛桜が密かに脳内会議をしている最中だったが
クロノスがためらいがちに凛桜の手を己の両手で包み込んだ。
「凛桜さん……会いたかった……」
「………………!!」
「あなたに会えない時間があんなに辛いなんて知らなかった」
どこぞのラブソングの歌詞か!!
と、思わずツッコミを入れそうになったが耐えた。
「今回の事でよくわかった。
正直俺は迷っていたんだ……
その上自分自身に嘘をついて納得した気になっていた。
でももう自分の心に嘘はつかない」
ん?急に何事?
「今回は本当に凛桜さんを傷つけたと思う。
本当にすまない……そして許して欲しい。
あなたがいない世界は耐えられない」
そう言ったクロノスさんの両手が震えていた。
なんか圧が凄いんだけど……
プロポーズ以上の言葉を頂いた気がします。
でも正直嫌じゃない、いや……嬉しいかも。
だからこそ素直にポロっとこの言葉が出たのだと思う。
「ううん、私こそ意地をはってごめんなさい」
「いや、俺が……」
「違うの私が……」
謎の謝り合戦が勃発したが途中で2人して笑ってしまった。
「ではおあいこということで」
「うん、おあいこだね。
それに私もクロノスさんに凄く会いたかったよ」
その言葉を聞いた瞬間クロノスさんは目を見開いて
一瞬動きが止まったのだが……。
直ぐに嬉しそうに瞳を蕩けさせると有無をいわせないで
そのまま自分の腕の中に凛桜をぎゅっと閉じ込めた。
「おかえり、凛桜さん……」
「ん、ただいま、クロノスさん」
凛桜も素直にクロノスの背に腕をまわして
ぎゅっと抱きしめ返した。
まさか凛桜がそんな事をしてくれるとは思わなかったのだろう
クロノスは嬉しそうに凛桜の肩口に顔を埋めて甘えまくった。
その後クロノスは、1度腕に力込めて強く抱きしめてから
少し体を放して凛桜の事を愛おしそうに見つめた。
「凛桜さん……」
「クロノスさん……」
お互いの瞳に焼けそうな熱を孕んだ炎が灯っているのがみえた。
「…………っ」
クロノスの尻尾が凛桜の腰に絡み……
右手を凛桜の頬にそっと添えるとそのままクロノスは
顔を近づけていった。
が!
「団長!!いるんッスか!!」
「団長!!返事をしてください団長!!」
「団長!!」
「団長!!どこですか?」
家の外からクロノスを探す声が響いてきた。
「え?」
「へ?」
2人はその声に驚き飛びのいた。
と、同時にノアムとカロスや騎士団の面々が
中庭になだれ込んできた。
「お前ら?揃いも揃ってなんだ?」
「「「「「「団長!!」」」」」」
「なんだじゃないっスよ!!
1週間も音信不通だったんスよ!!
何処でなにをやってたんっスか!」
ノアムが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら
クロノスに飛び掛かった。
「俺達がどれだけ心配したと思っているのですか」
カロスまでが涙を流しながら天を仰いでいた。
他の団員もクロノスを囲みオイオイと泣いていた。
「えっと……」
「あ~」
何とも言えない状況にクロノスと凛桜は
困ったように目を合わせながら苦笑した。