164.こっちだったんかい!
田舎暮らしを始めて150日目の続きの続き。
さて、お互いに自己紹介も済んだが……
どうする?この状況。
とりあえず初めての異世界だから
まずは観光にでも連れて行ってもらおうか。
ドラゴンとかもいるのだろうか?
まあそれ以上に何と言っても
可愛い獣耳の女の子ともお知合いになりたい!
そうそう忘れてはならないのが
まずは俺のチート能力の確認だな、うん。
いい大人ですけれども……
ここは声を大にして言いたい。
打撃系のカッコいい魔法を希望します!!
などと考えていた数分前の俺を殴りたい。
「ほれ、クロちゃん。
熱いうちにたんとおあがり」
「はい、ありがとうございます。
とっても立派なパタトゥですね」
「…………」
目の前では騎士団長が美味しそうに焼き芋を
頬張っていた……。
“時空を超えたのは騎士団長の方だったんかい!!”
俺は心底がっかりしたと同時に遠い目になった。
それは数十分前の事……。
「凛桜ちゃんおる?」
中庭に芋を持ったばあちゃんがひょっこり現れた!
「へっ?」
「えっ!?」
まさかの訪問者に固まる男2人に対して
そんな事は意にも返さないで……
ばあちゃんはずんずんと進んで目の前まで来た。
「おお……いっちゃん!ひさしぶりやね。
凛桜ちゃんは留守かい?」
「トメばあちゃん、久しぶり……。
凛桜は今出かけているよ」
「そうかい。
ほれ、芋がたくさんとれたからおすそ分けだ」
「ありがとう」
近所に住むトメばあちゃんが芋を持ってきてくれた。
近所と言っても家から1キロくらいはあるかな?
ここはお隣さんがすべて遠い……。
するとようやく気が付いたのだろう。
「んん?お兄ちゃん見かけない顔だね」
やばい、あまりにいつものやり取り過ぎて
騎士団長の事忘れていた!!
トメばあちゃんは見慣れない訪問者を怪しんだのだろう。
鋭い視線で上から下まで舐め回すように
騎士団長の事をじっくり見ていた。
“どうする俺……
この危機的状況をどう乗り越える?
どうやって紹介すればいいのか!?“
すると何を思ったのか騎士団長様は
片膝をついて徐にトメさんの手を取った。
「初めましてマダム。
凛桜さんの友人でクロノス=アイオーンと申します。
どうかお見知りおきを……」
女子だったら一発で惚れてしまうような笑顔を
振りまきながらそう挨拶をしたのだ。
“えぇぇぇえぇ!!そうくるか?
貴族って怖ぇぇえええええ“
が、相変わらずトメさんの表情は硬い。
田舎はよそ者には敏感で厳しい。
あまり訪問者がいない地域だ。
だから些細な変化も村の噂になる。
こっそり夜中に来て朝方早く帰ったとしても
見逃されることはない……。
“騎士団長やっちまったか?これ?”
一瞬背中に冷汗が流れた。
が、次の瞬間トメさんは大いにデレた。
「いやだよ……
マダムなんて初めて言われたよ。
しかし色男だね、あんた。
私があと50年若かったらほっとかないよ」
頬をうっすら赤く染めながらも
騎士団長の肩をばしばし叩いていた。
「はあ……」
「そうかいそうかい、凛桜ちゃんの……
それにしても日本語が上手だね」
「恐縮です……」
「遠いところから来たんだろ」
「はい……」
“やっぱりイケメンは敵だ。
あの最強ばあちゃんでさえ一発で虜かよ!!
もう打ち解けているよ……“
何やら楽しそうな会話を繰り広げている
2人の目の前で俺は項垂れた。
そして今……
俺達は何故かトメばあちゃんの家に来ていた。
尚且つ芋ほりの収穫を手伝う事になり
その報酬として“芋尽くし料理”を振舞われていた。
“いいのか?これ……。
正解なのかこの状況……“
「ほれ、この飲み物は緑茶だよ。
熱いからゆっくりお飲み」
「緑茶は美味しいですよね」
「クロちゃん、緑茶を知っているのかい?」
「はい、以前凛桜さんが振舞ってくれました」
「そうかい、そうかい。
こっちの大学芋もおあがり、うまいから」
「はい、いただきます」
「…………」
いや、だから馴染み過ぎじゃないか?
“クロちゃん”てなんだよ!
いい歳をしたおっさんに……
“ちゃんづけ”はどうなんだ?
トメさんも少しは疑問を持てよ!!
獣耳と尻尾がついた青年が目の前に現れたんだぞ!
普通動揺しないか?
しかも腰に大剣ぶら下げているし……
明らかに銃刀法違反でしょうが!
それとも歳のせいで目があまりよくなくて
獣耳と尻尾が見えないのか?
「…………」
それはないな……。
じいちゃんから聞いたことあるぞ。
こう見えてトメさんは村一番の狩りの名手だと!
この小さい身体で確実に獲物を仕留めるらしい。
どんな些細な物音も影も見逃さない程の腕前。
“おそらくあやつは背中にも目がついとる。
だから旦那もおちおち浮気もできのじゃよ。
ワッハハハハハッハ“
と、豪快に笑って言っていたからな。
因みにトメさんはじいちゃんの幼馴染だ。
よって規格外のばあちゃんである事は確かだ。
この歳になると何もかも超越してしまうのか?
些細な?違いなど気にもならないのか?
それとも本気で外国人コスプレイヤーだと
思っているのか?
ああ、もうこれ以上ややこしくなる前に
家に帰ろう。
「…………だめか……」
俺はこっそりとスマホの画面を開いた。
さっきから何度も凛桜に連絡しているのに
何故か通じない!
すべての手段で凛桜と連絡が取れないのは
何か特別な力でも働いているのか!?
かといって、大都会にクロノスさんを
連れていく勇気は俺にはないぞ。
こんなイケメンの外人コスプレイヤーなど
恰好の餌食だ。
万が一SNSなどに発信されたら終わる……。
頭を抱えて唸っていると垣根の外から
姦しい声が聞こえてきた。
「トメさんおるかい?」
そこにまたもや村のばあちゃん達がやってきた。
“ヒィィィイイイ!!”
トメばあちゃんだけでもヤバいのに
また新たにばあちゃん‘S達が現れた!!
「おー、どうした?」
「漬物つけたから持ってきた」
「おや?」
「こんにちは、マダム」
「………………!!」
と、いう事はまたもや先ほどの事が再現される訳で……。
「ほう……凛桜ちゃんの……」
「こりゃまた、色男だね」
「クロちゃんっていうのかい」
「はあ……」
ばあちゃん達に囲まれてすこし困惑気味の騎士団長がいた。
きっと魔物たちよりも強くてやっかいだぞ。
頑張れ騎士団長!!
そうじゃない、そうじゃない俺。
だからなんで誰もかもが獣耳と尻尾はスルーなんだよ!!
恰好だってどこぞの2.5次元の舞台からきました?
というくらいのキラキラ衣装じゃなぁい?
素でマントを羽織っているんだぜ、奥様。
疑問はないのか!疑問は!!
「クロちゃん、仕事は何をしているのかい?」
「私は騎士……モガッ……」
俺は慌ててクロノスさんの口を塞いで代わりに答えた。
間違っても騎士団長なんて言ってくれるなよ!!
「海外の警察官だよ。かなり偉い人」
俺は少し食い気味に答えた。
「ほお、おまわりさんかい。
だからこんなにいい身体しているんだね」
そういいながらばあちゃん達は無遠慮に
クロノスさんの身体をベタベタ触っていた。
口を塞がれた事といい……
恐らく警察官という職種がわからないのだろう。
クロノスは複雑な顔をしながら自分を見ていた。
後で説明するからとこれ以上余計な事を言うなと
視線で訴えると理解したのだろう
そのまま神妙な顔でこくりと頷いていた。
「海外のおまわりさん……
確か……エヌビーエーとかいうんじゃろ」
違います!
それはアメリカのバスケットボールリーグです。
「違うよ律さん、確か……ジーデイーピーじゃろ?」
それも違います!
それは国内総生産の略です。
「おっ!そうじゃ!
エフ……ビーオーじゃ!」
んん、惜しいけど違う。
きっとFBIって言いたかったのだろうか。
その後もワイワイ言いながら無理やりそれらしい
3文字のカタカナを連呼していた。
ばあちゃん達おそるべし。
本当は何もかもわかっていてこのやり取りを
しているじゃないだろうかとさえ思ったぜ。
それくらい普通に騎士団長の事を受け入れていたからな。
そんな様子を眺めていたらクロノスさんが隣に座って来た。
「兄上……なんだか申し訳ない」
そう言って獣耳をしゅんと下げた。
「いいや、大丈夫だ。
どうやらクロノスさんの方が
俺達の世界に来てしまったみたいだな」
「そうみたい……ですね」
やはり不安なのだろう尻尾も左右にせわしくなく揺れている。
「さっきから凛桜に連絡をとっているけど
何故かつながらないんだ。
でも必ず会わせるからもう少し頑張ってください」
「ありがとうございます」
凛桜という言葉を聞いた瞬間嬉しそうに獣耳が
ピコッと立ったが、会えないとわかるとまたすぐに
ぺしょっと下がった。
まるできなこ達のようだ……。
こんなオッサンでも獣耳最強かよ……。
俺は人知れずコッソリ萌えた。
「という訳でいっちゃん!
クロちゃんと富士の湯に行ってきなさい」
「はい?」
どういう訳だよ!!
「野良仕事の後は銭湯でしょうが」
はっ?
「じいさんに言って特別に営業前に貸し切りにしてあるから」
そう言って律ばあちゃんは満面の笑みを浮かべながら
親指をグッと立てていた。
「…………」
俺達に拒否権はないようです。
結局貸し切りといいながら……
律ばあちゃんの旦那の菊次郎じいちゃんに絡まれ
一緒に銭湯を満喫し……。
やはりというか……
羨ましいくらいいい身体にまた嫉妬し……。
風呂上りにはお約束の儀式をこなす。
クロノスさんは菊次郎じいちゃんの指導の元
タオル一枚で腰に手を当てて豪快に
コーヒー牛乳を一気飲みしてたよ……。
コーヒー牛乳よりもフルーツ牛乳が好きらしく
5本ほど一気に飲んでいた。
以外に甘党らしい。
可愛いじゃねぇか、このやろう。
これが噂のギャップ萌えか?
そして今は菊次郎じいちゃんの若い頃の着流しを
譲ってもらってご満悦だ。
こんな格好もさらりと着こなすなんて……
やっぱりイケメンは嫌いだ。
しかしこの村の受け入れ態勢はエグイな……。
あまりにも普通なので思わず菊次郎じいちゃんに聞いたぜ。
そうしたら……
「人間見かけじゃねぇ。
何処の国とか出身とかも関係ねぇ。
俺にとっちゃ、そいつ自身の中身が大事だ」
と、きっぱり言われた。
確かに……そうかも。
「クロノスだっけか?
いいやつじゃねぇか、男気を感じるぜ。
凛桜ちゃんもいいのひっかけたな」
そう言ってニヤリと笑った。
凛桜……
お前の知らない所でクロノスさんが恋人認定されているぞ。
そんな菊次郎じいちゃんの言葉をかっこいいと
思ったのも束の間……
その次の言葉で俺は目が点になったんだけどな。
「まあほれ、お前のじいさまのところは
昔からとおい所から外人さんが来るからな」
「へ?」
「確か……数十年前もほれ……
クロノスと同じような外人さんと酒酌み交わしたぞ」
「はい!?」
じいちゃん……。
頼むよ……。
簡単に異世界の人を村人に紹介しない!!
いや、もう怖いを通り越して狂気の沙汰!!
そんな血を引いている俺自身もうっすら寒くなるわ!
よく今まで外に情報が洩れなかったな。
ある意味何か結界でも張られているのかこの村。
騒ぎが大きくなる前に早く元の世界にお帰り頂こう。
頼む凛桜!
電話に出てくれ!!