163.事前報告が欲しかったです!
田舎暮らしを始めて150日目の続き。
“本気か…………”
縁側で寝そべっていたら中庭に……
オッサンコスプレイヤーが出現した!!
男の俺が嫉妬するくらいたぐいまれな程のイケメン。
神様は本当に不平等だな、おい。
しかも服の上からでもわかるくらい……
鍛え上げられたであろう見事な体躯もけしからん!
俺もまあまあ背の高い方だがこの男はそれを
ゆうに越してデカい。
きっと胸筋とかもバインバインに違いねぇ。
腹筋は6パックスか?それとも8パックス?
俺だって週2でジムに通っているのに
この違いはなんなのだ!ちくしょう。
いかん……取り乱してしまった。
「………………」
「……………………」
そんな脳内問答を密かに繰り広げている間にも
相変わらずその男は驚きの表情を浮かべながらも
琥珀色の瞳で俺をまっすぐに捉えていた。
多少緊張しているのだろうか?
獣耳がピルピルと高速で前後に動き
ふわふわの尻尾も左右にゆらゆらと揺れている……。
獣人……ケモミミ……。
白虎?ヒョウ?とにかくネコ科の肉食獣だよな。
表情と連動してくるくると動く獣耳と尻尾に
視線はくぎづけだった。
現代のコスプレ技術はすげぇなぁ。
最新のSFXでも使用しているのか?
あんなにリアルにケモミミや尻尾が再現できるなんて
ヤバすぎないか?
どうせならば……
可愛い猫耳のメイドさんに会いたかったぜ……。
何故にファーストコンタクトが……
オッサンに片足突っ込んでいるであろう
同世代のゴリゴリマッチョのイケメン獣人なんだ?
悲しすぎる。
「…………」
って、違う!違う!違う!
そうじゃないだろ俺!!
こんなガチなオッサンコスプレイヤーなんて
ある意味狂気の沙汰だから!
しかも中庭に不法侵入しているんだぜ
完全に通報案件だから!
と、いうかこの方……
異世界の方ですよねぇ……うん。
通報はできないな……。
はやまるな、俺……。
通報したらいたずら電話として
俺の方が逮捕されそうだ。
男は改めてケモミミオッサンを上から下まで見ながら
密かにため息をついて項垂れた。
“勘弁してくれよぉ……。
なんであいつがいない時に限って異世界に飛ぶかな“
“教官!!俺……
異世界の取扱説明書を持っておりません!
これってもはやLV.1状態でボス戦挑む感じじゃね?
完全に詰んだわ……“
一方クロノスはというと……。
こいつ誰だ?
なんで凛桜さんの家に男がいるんだ?
しかもほとんど裸の状態で寛ぎまくっている。
変質者か?
いや、ここまでの落ち着き払い方をみると
どうやら犯罪者ではないな。
一体凛桜さんとどういう関係だ……。
波動もなんとなく凛桜さんに近いような気がするが
気のせいか?
「…………」
やっぱり波動が似ている……。
という事は!!
まさか……!?
恋人……番……なのか?
一瞬嫌な考えがよぎったが……
男からは凛桜さんそのものの波動は感じられない。
番のいる男は自分のテリトリーに自分以外の男が
入ることを好まない。
その観点から考えても……
男からは自分に対しての敵意は感じられない。
それに冷静になってまじまじと男を観察すると
どうやら人族だ。
獣人や魔族ではない。
人族……珍しい。
凛桜さんと同じ種族。
そこでクロノスは意を決して男に話しかけた。
「あなたは一体何者だ?
ここで何をしている?」
なるべく丁寧にそう問うと男は驚いたのだろう
目を大きく開けて何度が瞬きをしていた。
が、返事は返ってこない。
“まさか言葉が通じないのか?”
クロノスがどうしようと考えあぐねている間
男は感動に震えていた。
“おぉ!声もイケボ!
それにどう見ても違う言語を話しているようなのに
普通に日本語に変換されて聞こえるんだな。
一体どういう仕組みなんだよ!異世界さん。
チートすぎねぇか!?“
そんな男の為にクロノスが再度同じことを
言おうとした時に男が言葉を発した。
「俺はここの家の者だ。
今日は休みだったので寛いでいたところだ。
因みにあなたこそ誰ですか?」
今度はクロノスが驚く番だった。
“言葉は通じるようだな。
それよりもここの家の者だと?
ここは凛桜さんの家じゃないのか?“
この返事でますますクロノスは男に対する
疑念を膨らませた。
「本当にここはあなたの家なのか?
以前訪ねてきた時は違う者がいたはずなのだが……
今日はその者はいないのか?」
今度はかなり疑いの眼差しで自分をみてくるではないか。
むしろ完全にこれは俺を疑っているな。
しかも凛桜の事をわざと言わない所をみると……
俺を試しているのか?
まさか俺が彼女に何かしたのかもとさえ思っている?
先程とは変わり少しぴりぴりした空気が漂い始めた。
「何を疑っているかは知らないが
俺はここの家の者だ。
そしておそらくあなたが言っている者と
かなり近しい関係だから俺。
あいつのことなら多分あなたよりも遥かに
知っていると思うぜ」
少し意地悪な顔でそう告げると獣人のイケメンは
あからさまにムッとした。
“こいつ……。
まさか本当に凛桜さんの恋人……なのか……
俺が知らないだけで凛桜さん……“
目の前では怒りの為に赤くなったり
かと思えば次の瞬間落ち込んで青くなったりして
あわあわしている獣人のイケメンを
俺はしばらく生暖かい目で見守った。
自分では気がついていないのか……
少し切なそうに凛桜の名前さえ呟いてしまう程だった。
“このイケメンもしかして……凛桜の事……”
そう思ったら怒りがスッと収まり逆に面白くなってきた。
だから今度は揶揄うために頗るいい笑顔で質問してやった。
「あんたこそ凛桜とはどういう関係?」
そう告げると獣人のイケメンは明らかに動揺し
零れんばかり目を見開いてから
ヒュッと息を飲んだ。
“この男……今……凛桜さんを呼び捨てにしたよな!!”
「事と次第によっては俺……
あんたと話し合わないといけないかもな」
「なんだと!!」
一方男は確信を得ていた。
やはり凛桜の知り合いだったか……それにこの反応
そうですか、そういう事ですか“
もう悪いニヤケ顔が止まらなかった。
「で、凛桜とはどうなんだ?」
「俺はその……あれだ!
凛桜さんの……つが……つ……つ……」
「つ?」
なんだか可哀そうなくらいしどろもどろになりながら
必死に返事を返そうとしていたが……。
やがて獣人のイケメンはくッと唇を噛んでから
絞りだすような声で悔しそうにポツリとこう告げた。
「その……親しくさせて頂いている友人だ」
“………………”
おい、見た目と裏腹の純情ボーイ(死語)かよ!!
もっとオラオラ系かと思ったぜ。
へぇ……友人ねぇ……ほぉ……。
獣人のイケメンはムッとした顔でそっぽをむいている。
いやあ、久しぶりにいいもの見させて頂いたよ。
凛桜も恋愛に対しては大概なやつだと思っていたが
それの上をいくやつだな……。
これからどうやって揶揄ってやろうと思っていたら
そこに何やら茶色い塊が中庭にひょっこり現れた。
「「きなこ!?」」
その物体をみた男達が同時に叫んだかと思ったら
直ぐに驚いたように互いに顔を見合わせた。
当のきなこはそんな場の空気などは読むはずもなく
まず嬉しそうな甘えた声をあげながら
クロノスに突進した。
「キューン、ワフワフ、キューン」
そのまま何度も周りを嬉しそうに飛び回ってから
クロノスの顔を盛大に舐めた。
「久しぶりだな、きなこ。
元気にしていたか?
黒豆はどうした?お前一人か?
ハハハッハハくすぐったいぞ」
「キューン!!」
そして一通りクロノスとの再会を堪能すると
今度はそのまま男の元へ駆けていき……
さも当然のように膝の上に座った。
「あんた、きなこ知り合いだったのか?」
「あんたもな……。
と、いうかおれはきなこ達の飼い主でもあるからな」
そういうとまたもや獣人のイケメンは目を見開いた。
そして何かを諦めたかのように獣耳と尻尾が
悲しそうにシュンと下に下がった。
「…………」
ヘタレかよ!!
きなこがここまで家族以外に懐くなんて……
このイケメン獣人は悪い奴ではない。
ただヘタレだけどな。
そんな獣人のイケメンの様子に
男は軽く笑いをかみ殺しながら言った。
「あんたも大概だな……。
そろそろ気がついてもいい頃だけどな」
そう告げるとイケメンは不思議そうに首を傾げた。
「…………」
まだ気がつかない様子だ。
しかしうって変わって今は自分を見る目が
幾分穏やかになっていた。
きなこパワーのお陰かな?
そんなクロノスも同様な事を感じていた。
あんなにもきなこが男に懐いている所をみると
本当に凛桜さんの関係者かもしれん。
埒があかないので白状することにきめた。
「どうもいつも妹がお世話になっております」
「へ?」
「俺、凛桜の兄です」
「えぇえええええええええ!!」
「俺達兄妹は顔立ちが全く似てないんで
よく恋人に間違えられるんですが……
正真正銘の血がつながった兄です」
そういうとクロノスは目を剥いていた。
「凛桜さんの兄上でしたか!!」
だから波動が似ていたのか!!
俺としたことがその考えが抜け落ちていたぜ。
すると獣人のイケメンはすぐさま片膝をついて
頭を軽く下げた。
「兄上とは知らず今までのご無礼をお許しください。
俺は第一騎士団団長のクロノス=アイオーンと申します。
凛桜さんには部下共々お世話になっております」
「あ……はい……」
今度は兄が驚く番だった。
“なんだってっぇええええええええ!!”
本日で1番の衝撃波を食らった。
騎士団長なのか!
このイケメンのオッサン獣人!!
腰に差している剣とか……
なんとなく滲み出る高貴なオーラ的なものは
薄々感じてはいたが……。
本当に存在するんだな、騎士団長!!
なんかエグイ。
妹よ……
かなりの大物を釣り上げたな……。
未だに恐縮しまくっているクロノスをみながら
兄は半笑いをとめることができなかった。
もうちょっと事前情報が欲しかったな。
お兄ちゃん告げられた内容が衝撃過ぎて
息が止まりそうです。