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162.ファーストコンタクト!

田舎暮らしを始めて150日目。




「思ったよりつまらない方なのですね。

私あなたを見誤っていましたわ」



そんな強烈なセリフを発していながら

その人はふんわりと穏やかな笑顔を湛えていた……。




それは数時間前に遡る……。


「遅くなって申し訳ございません」


クロノスが待ち合わせの東屋に行くと

既に公爵令嬢は席についており遠くの空を見つめていた。


「ごきげんよう。

本日はいらして下さったのですね」


いきなりの先制パンチを食らった。


確かに先週はすっぽかした、うむ……。

俺が圧倒的に悪いのだが……。


まさかの発言にクロノスが唖然とした顔で

立ち止まっている事などお構いなしに

公爵令嬢は話を続けた。


「立ち話もなんですから……

どうぞお座りになって」


「はあ……」


何とか意識を取り戻しクロノスは軽く一礼をすると

公爵令嬢が座っている対面側の椅子に腰かけた。


カトリーヌ嬢は美しいユキヒョウの令嬢だ。

レオナが大輪の花だとすると……

カトリーヌ嬢は白百合だ。


一見とても儚げに見えるが侮ってはいけない

実は芯の強いしたたかな女性なのだ。


この見た目に騙されて痛い目を見た貴族の令息は

数知れずなどと密かに陰で噂されるほどだ。


「失礼いたします……」


すると侍女がすぐさまクロノスのカップに紅茶を注ぎ始めた。


「…………!」


ふんわりと甘くてスパイシーな独特な香りが辺りを満たす。


クロノスが驚いたように侯爵令嬢の顔をみると

その反応をわかっていたかのようにクスクスと笑った。


「クロノス様とご一緒にお茶をするならば

こちらかと思いまして」


「…………」


澄んだ美しい琥珀色をしたこの紅茶は

クロノスが生まれたときにそれを祝して

クロノスの母親が当別配合して育てた木から作られた

特別な一品だった。


“流石我が国の外交を一手に引き受ける公爵家の娘だ

相手の心を掴む技は健在という事か!“


「お心遣いありがとうございます」


クロノスはいつものように渾身の笑顔で返したが

公爵令嬢はニコリともせずただ黙って頷いただけだった。


その後は2人して黙々と紅茶を飲むという

謎の時間が繰り広げられた。


「…………こくっ」


「…………っ」


なんとなく気まずい雰囲気が漂ったので

この事態を打開すべくクロノスは手土産を渡すことにした。


「遅くなりましたが……

こちらをどうぞ」


「あら?私に?」


渡された花籠を見て公爵令嬢は嬉しそうに微笑んだが

もう1つの箱を手に取り包装紙をみた瞬間に微かに顔を

強張らせていた。


“えっ?何かやっちまったか?

キライな菓子だったか?“


そんな表情を浮かべたくせに口から発せられた

言葉は意外なものだった。


「まさか私の好きな焼き菓子をクロノス様が

ご存じとは知りませんでしたわ」


「………っ」


自分で買ってない上に中身もよくわからない贈り物の話題に

クロノスは曖昧な返事を返すのが精一杯だった。


「下町の裏通りにある老夫婦が経営していらっしゃる

とても小さなお菓子屋ですし……

()()()()()()()()()()()()()()()()んので

知らなければ素通りしてしまうお店です。

クロノス様よくご存じでしたね」


そう言って公爵令嬢は冷たい微笑みを浮かべながら

クロノスを見つめた。


ノアム!!

なんでそんなややこしい店の菓子を買ってきたんだ!!

俺が知る訳ないだろう!


ここにいないノアムに対して心の中で悪態をつくが

きっと直接文句を言ってもシレっとこういうだろう。


“この菓子が今一番女性に人気あるっスよ。

これを贈っておけば間違いないッス!!“


いい笑顔で親指を立てている姿さえ浮かぶ……。


目の前の彼女は笑顔を浮かべているが

瞳の奥が全く笑っていない。


“まいったな……

俺が買ってきていないことはわかっていての発言か”


クロノスは苦笑するしかなかった。


「先ほどの笑顔といい……

こんなに心の籠っていない贈り物を頂くのは

久しぶりですわ。

でも食べ物に罪はないので頂きますけど」


そんな公爵令嬢の厳しい言葉にクロノスは息を飲んだ。


「お嬢様!!」


おつきの護衛騎士が真っ青になりながら

窘めようとしたが……

それをやんわりと手で制して更に話を続けた。


「昔のあなたはもっと気骨のある方でした……。

それに例え気乗りのしないお茶会だとしても

もう少し配慮がありました。

それなのに昨今のあなたときたら……」


「お嬢様!!もうやめて下さぃ……」


歯に衣着せぬ発言を連発する公爵令嬢に

おつきの護衛騎士は泡をふいて倒れそうだ。


例え公爵令嬢の方が身分的には高いとしても

クロノスは皇帝の覚えがめでたい国の英雄なのだ。


普通ならば咎められてもおかしくない状況だ。


「何を迷っていらっしゃるのか知りませんが

これでは私にも()()()にも失礼ではありませか?」


そう言って公爵令嬢はクロノスに詰め寄った。


「カトリーヌ嬢!?」


急に凛桜の事を安易に仄めかされ

クロノスの声が裏返った。


「あなたはどうか知りませんが……

私は1度決めたことは誰が何と言おうと貫徹します」


「…………?」


未だ煮え切らないクロノスの態度に公爵令嬢は

ため息をつきながら言った。


「思ったよりつまらない方なのですね。

私あなたを見誤っていましたわ」


この発言にはさすがのクロノスもムッとした。


しかし公爵令嬢はそれでも怯まず話を続けた。


「私は最後の最後まで戦います。

なぜなら自分の道は自分で決めたいのです。

その為にはどんな努力も惜しみませんから」


そう言って横の護衛騎士をチラリと見て強く頷いた。


「お嬢様……」


今度は違う意味で護衛騎士が慌てふためいていた。


「なによ……」


「いけません……このような場所で」


何やら2人ともが赤くなりながら言い争っているではないか。

もしかしてこの2人……。


普段そう言う事に鈍いクロノスも気がつくほどだった。


そんな様子にクロノスは改めてその護衛騎士の事を見た。


彼はドーベルマンの犬獣人だ。


左耳の先端が千切れている上に……

右目の瞼から頬にかけて斜めの傷跡がはしっている。


どちらかというと強面の部類だが

筋肉質の体系を持ち目元が涼やかなので

洗練されたイメージがある青年だ。


だが、彼はスラム出身者らしい。


そんな者を公爵令嬢の傍に置くなんて!

と、口さがない者達が噂しているのを聞いた事がある。


しかしある日を境に彼女の傍にはずっと彼がいる。


何故ならば彼が幼い頃……

暴漢からたった1人でカトリーヌ嬢の事を

身を挺して守ったからだ。


顔や恐らく体中にあるであろう傷は

その時についた名誉の負傷の跡なのだろう。


その温情で公爵から傍につく事のお許しがでたのだとか。


しかしそれ以上にカトリーヌ嬢が彼を強く望んだのだ。


それでも本来ならば女性の貴族は

年頃になると位が高ければ高い程……

護衛騎士も純血で位の高い貴族の令息がつく。


貴族を継がない次男もしくは3男や4男などが多い。

将来の伴侶候補として名乗りを上げる事も可能だからだ。


その者達をすべて倒し跳ねのけて未だにその地位に彼は

君臨しているのだ。


彼もまた人知れず誹謗中傷に堪え……

血の滲む様な努力をし続けてきたに違いない。


本来ならばありえない事だ。


自分で言うのもなんだが……

彼女の隣は俺のようなユキヒョウの貴族が相応しい。

そして俺の隣も彼女のような美しいユキヒョウであるべき。


それはもはや覆せない事柄ではないのか?


「…………」


幸せそうな2人をみてクロノスの心が騒めいた。

それと同時に凛桜との楽しい時間を思い出していた。


一体誰がそんな事を決めたんだ?

本人達は望んでいないのに!


そんな常識なんてクソくらえだ。


彼女も言っていたではないか。

自分の道は自分で決めると。


俺自身いままでそうやって生きてきたではないか!

なぜこんな一番大事な時に迷ったのか俺は……。


高貴な女性があんなに頑張っているというのに

男が戦わなくてどうする、情けない……。


そう思ったら何か胸のつっかえが取れたような気がした。


どうして俺は最初から諦めていたのだろう。

人には散々諦めるなと言ってきたのに。


確かに立場や柵はある……

一筋縄でいかないだろう。


でも俺には頼もしい仲間もいる、幸い力もある!

それ以上に俺の隣はあの人以外には考えられない。


俺は傲慢だからな、こうなったら全部手にいれてみせる。


「くッ……」


自分の不甲斐なさに思わず笑いがもれたクロノスに驚き

2人が同時に自分の顔をまじまじと見ていた。


「ありがとうございます!

カトリーヌ嬢……」


そう告げると不思議そうに彼女は首を傾げた。


「俺も抗ってみせます。

あなたの隣は俺じゃない、そして俺の隣も……」


その時クロノスは凛桜の事を思い出していた。


「フフフ……。

今のクロノス様はとてもいい顔をされていますわ」


そう言って嬉しそうに微笑んだカトリーヌ嬢は

今まで見た笑顔の中で一番きれいだった。


「どうかお二人もお幸せに」


そう告げると2人は真っ赤になりながら慌てふためいた。


「いえ……自分はそんな……」


「いやですわ……」


狼狽えながらなにやらごちゃごちゃ言っているが……

そのままの2人で突き進んでくれ。


クロノスは笑いながら一礼するとその場を後にした。



「よかったのですか?お嬢様。

クロノス様はお嬢様の初恋の方ではなかったのですか?」


少し拗ねながら護衛騎士はぽつりとそう告げた。


「そうね……あの方は私にとって昔も今も素敵な方よ」


切ない笑顔でそう答えると護衛騎士の獣耳と尻尾が

しょんぼりとこれでもかと下に下がった。


「でもあの方の……

いいえこの先誰の隣にも立つ気はないの……」


そう言って意味深な視線を護衛騎士に送った。


すると護衛騎士は片膝をついて真剣な眼差しを浮かべ

しっかりと公爵令嬢の瞳を見つめながら言った。


「あの日から私の想いも変わりません。

あなたの最後の1秒まで傍におります」


顔は真剣そのものだが尻尾は嬉しそうに

ブンブン左右に振られていたことは言うまでもない。


「フフフ……知ってるわ。

でも……よくできました」


そんな嬉しさ全開の尻尾の様子を見て満足そうに

護衛騎士の頭を撫でながらカトリーヌ嬢は目を細めていた。



一方その頃……

クロノスはその足で凛桜の家へと向かっていた。


もしかして今日は戻っているかもしれない。

そんな思いに駆られたからだ。


そしてその願いが通じたのか……

凛桜の家の輪郭を捉えることができたのだ。


“凛桜さん!!”


喜び勇んで中庭に飛び込んだまではよかったが

この後に思いもよらないことが起きるのである。


いつものように縁側へいくと凛桜はおらず

見知らぬ男が半裸状態で寝そべっていた。


「…………!!」


「………………!!」


ぎょっとしたのはもちろんだが……

お互いに驚き過ぎて無言のまま見つめあったまま

数秒間固まった。


そしてやっと出た言葉が……


「誰だ?お前?」


「何者だ!!」


見知らぬ男同士が庭先で出会った!




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