16.果樹園での出会い
田舎暮らしを始めて14日目。
はじめて寝坊をした……。
昨日は大人数の料理を作ったので流石に疲れていたらしい。
すっかり日も昇っているようだ。
(今日はのんびりと過ごそうかな……)
ひとまず顔を洗い……
部屋着に着替えて、遅い朝食を取った。
やる気が起きなくて、もそもそと食べながら
ぼんやりと中庭の景色を眺めていた。
するときなこが何か咥えながら歩いてきた。
よくみるとどうやらそれはブドウのようだった。
その後ろから黒豆も同じようにブドウを咥えている。
(ぶどう?
うちの庭にぶどうなんかあったかな?)
不思議に思い、縁側から庭に降りた。
「きなこ……それはどこで見つけたの?」
そんな凛桜の問いかけにきなこは獣耳をピコピコさせて
首を可愛らしく傾けていたが……
やがてついてこいと言わんばかり、急に庭の奥に向かって走り出した。
慌てて後を追ってついていくと鶏小屋の横に小道が出来ていた。
(小道なんかあったか?)
きなこ達は後ろを振り返りながら、こっちだと促しながらも
尚も奥に駆けて行く。
その小道をしばらく行った先に、何故かブドウ畑が一面に広がっていた。
「本気か……」
凛桜は驚きのあまり何度も目を瞬いた。
よく見ると、その奥には桃や梨が実っていた。
その横にはリンゴとミカンとレモンもみえる。
今まで気がつかなかったけど……
まさかこんなフルーツパラダイスが庭の奥にあったなんて。
旬なんて言葉はまるっと無視している状況だけど
これは凄いな……。
もともとじいちゃんが植えたものだと思うけれども
異世界の力も確実に働いているが故の状況よね……。
(まぁ……難しい事は後にして楽しみますか!)
凛桜は早速フルーツもぎを開始した。
(まずはジャムを作るでしょう!
それからドライフルーツも外せないでしょう。
果汁たっぷりのゴロゴロフルーツゼリーもいいなぁ)
もう作りたい料理のレシピが次々に浮かんできて
かなりにやけていたと思う。
だから気がつかなかったのだ……。
目の前の大きなブドウを収穫しようとしていた時に
それは起こった……。
むにゅ……。
なにかおかしな感触がした。
と、同時に耳をつんざく様な声が響いた。
「ギュゥヮッッッ!!」
「えっ?」
慌てて右手を見てみると……
ブドウの果汁にまみれたコウモリがいた……。
「君は……」
「キュッ……」
情けない声をあげながらコウモリは凛桜の手の中で小さくなっていた。
どうやらブドウを齧っていたらしい。
それを知らずに凛桜が一緒に収穫してしまったようだった。
「ごめんね……大丈夫?」
果汁まみれになったコウモリは情けない顔をしていた。
凛桜は急いで家に戻り、たらいにぬるま湯を張って
コウモリを優しく洗ってあげた。
ほこほこになったコウモリをタオルでふいてあげて
ふかふかのクッションの上におろした。
「君は魔王様のコウモリさんだよね?」
「キュ……」
コウモリは頷いた。
「一人で来たの?
というかなぜあの場所でブドウを食べていたのかな?」
「…………」
コウモリはバツが悪そうな顔をして目を逸らした。
「いや、ブドウを勝手に食べていたことを怒っているんじゃないのよ」
「キュゥ……」
なぜかめちゃくちゃ焦っている様子だった。
「もしかして魔王様に内緒でここにきている感じ?」
コウモリはビクッと身体を震わせた。
「…………」
(図星ですか……。
状況はよくわからないけれど……内緒できてしまったのね)
コウモリは凛桜の顔色を窺う様にチラチラとみていた。
「事情はよくわからないけれど……
好きなだけここにいていいわよ」
「キュッ!?」
コウモリは驚いたように目を見開いていた。
「フルーツもここに剥いておいて置くからね。
好きなだけ食べて」
そう言って優しくコウモリの頭を撫でた。
「キュウッゥゥウ」
コウモリは甘えるように凛桜の手の甲に頭を擦り付けた。
(フフフ……以外にモフモフなのね)
凛桜は収穫したばかりの果物でジャムを作ることにした。
いつもの如く戦闘服の割烹着を着用!!
「よし!作りますか」
まずはマーマレード作りからかな。
あの庭でとれた果実だから、皮にワックスとかがついている
とは思えないけど、よく洗わないとね。
まずは、ミカンの皮むきからだ。
かなりの量をもいだからたくさん剥かないと……。
凛桜は気合を入れるために袖を捲った。
黒豆達は遠巻きに作業を見つめていた。
今回は少し警戒しているのか獣耳と尻尾が下がっている。
(ワンコって柑橘類の匂いが嫌いよね……)
いい香りなんだけどな……。
「さて、これからが結構大変なのよね。
皮についているワタを取らないといけない」
ここが微妙で……
ワタを取りすぎると美味しくないし……
かといって取る量を少なくすると苦みが出てしまう。
この匙加減がいつも難しい!!
凛桜はひたすらワタの部分を包丁で削いでいた。
「後は……
皮が水に浸るくらいにして5分くらい沸騰させて煮込む」
これを何回か繰り返してから水にさらすのだけれども
このさらす時間も難しい……。
そんな地道な作業をしていると
いつのまにかコウモリさんが作業に邪魔にならない
場所まできていて、興味津々にジャム作りを見学していた。
「おっ……お腹いっぱいになった?」
「キュキュ」
嬉しそうにないて頷いていた。
その後はひたすら身の部分の薄皮を剥く作業だ。
手がふやけそうだ。
剥いた薄皮や種は一緒に煮込むので、捨てないで布袋や
茶こし袋などにいれておく。
初めて作った時にこれを知らなくて、種を捨てちゃって
旨くできなかったんだよね。
以外に種って大事なのよね。
ペクチンの作用で、よりとろみがつくらしい……。
後は水にさらして水気を切った皮とみの部分の重さを量り
グラニュー糖の量を決める。
「材料の40%がいいって言うけど
私は少し甘い方が好きだから50%くらいいれちゃう」
後は気合をいれて皮を2㎜くらいの細切りに刻む。
「よし!
あとは皮とミカンの実と半分の砂糖を入れて
水気がなくなるまでひたすらぐつぐつ煮込むだけ!」
弱火でコトコト煮込むべし。
凛桜が残りの砂糖と薄皮と種を入れた袋を入れて
最後の仕上げにとりかかっている時だった。
「旨そうな香りがするな……」
いつの間にか凛桜の後ろに魔王様が降臨していた。
「ヒィ……!」
いきなり耳元に魅惑の低音ボイスが響いたので
凛桜はとびあがらんばかり驚いた。
コウモリさんにおいては置物のように固まっていた。
「すまん……おどろかせたか?」
魔王様は目を細めながら口角をあげて微笑していた。
凛桜はしゃもじをもったまま無言で頷いてた。
そこで魔王様は、はじめてコウモリさんの存在に気がついた。
「…………」
二人は無言のまま見つめあっていた。
(これはもしやまずい状況じゃないの!?)
ミカンの甘い香りとコトコトと煮える音だけが
辺りに響いていた……。
やがて魔王様は深く一度息を吐き言った。
「そろそろ帰って来ないか……」
「キュッ…………」
魔王様のそんな一言に……
コウモリさんはそっぽを向いていた。
(もしかして絶賛家出中ですか……コウモリさん)
ピリッと緊張した空気の中
ただただ凛桜は固唾をのんで見守るしかできなかった。