158.ほどほどにしてくださいね!
田舎暮らしを始めて137日目の続き。
「そうそう、いい感じ!
少しずつ加えて混ぜていってね」
「うん」
白蛇ちゃんは真剣な顔でコクリと頷くとボールの中身に
油をゆっくりと加えながら再び泡立て器で混ぜ始めた。
色々な事があったから少し忘れかけていたが
ポテトサラダ作りの途中だったのよねぇ。
だからこの際卵繋がりという訳で……
白蛇ちゃんとマヨネーズ作りに挑戦することにしました。
とりあえず味見からだよね。
残っているマヨネーズをゆで卵につけて出してみたら
いたく気に入ったようで一口でぺろりと平らげていたわ。
「凛桜……これ凄く美味しい。
僕とても気にいったよ」
そう言って私の指先についたマヨネーズを
あの二つに割れた舌先でチロッと舐められた上に
妖しい光を宿した瞳に見つめられた時には
心臓が止まりそうになったわ。
したたるような色気とでもいうのか?
圧倒的な雄み?
それに加えて恐怖も感じてしまった感じ?
んん、違うな……なんかこう潜在的な
捕食者と被食者な関係性とでもいうのだろうか?
とにかく本能が震えてしまって……
背中がゾクッとしちゃった。
しかしそれは一瞬の事で直ぐに白蛇ちゃんは甘える声を出し
上目づかい気味で私を見ながらこう告げたのだった。
「凛桜!
これ絶対に父さんも好きな味だと思う。
マヨネーズを是非作って欲しいな!」
どうやら本気でお気に召したらしい。
目には見えないが蛇の尻尾がブンブン嬉しそうに
高速で振られているのがわかる。
そして今に至る。
基本的にマヨネーズのレシピはシンプルだ。
材料の基本系は卵、酢、油、塩で出来ちゃうのだ。
後はここから派生していき……
酢をリンゴ酢に変えたり、マスタードを入れたり
レモン汁を加えるのもありらしい。
アレンジしようと思えば無限大だろう。
そう言えば卵じゃなくて豆乳で作った
マヨネーズも食べたことがあるな……
んん……奥が深いわ。
だが、シンプル故に難しい調味料なのも事実だ。
かくいう私も初めて作った時はうまく材料が混ざらずに
分離してしまい散々な出来だった事は言うまでもない。
失敗の原因はきっと色々あったのだと思うのだけれども
卵を常温にしておくことが大事らしい。
それに油を混ぜるときには本当に糸状に少なくゆっくり
垂らしながらやらないと固まらないのだとか。
以外に忍耐力のいる仕事だったわ。
本当はハンドミキサーを使いたいところだけれども
異世界では何故か普段使わない電化製品の電力は通らないのよね。
冷蔵庫や洗濯機や掃除機や炊飯器は使える癖に……
テレビ、携帯、その他の電化製品は使えないものが多い。
基準がわからないんですけど、異世界さん!
という訳で、完全に手動でマヨネーズ作りが進んでおります。
白蛇ちゃんは意外に器用にこなしてくれたので
マヨネーズはもうほぼ完成に近づいていた。
「凛桜どうかな?」
「ん、どれどれ?」
ボールの中を覗いてみるといい感じに固まっているので
スプーンで少しすくって味見をしてみた。
するとその様子をハラハラしながら私の顔色を
伺っている白蛇ちゃんがいた。
「ん、とても美味しいよ」
そんな白蛇ちゃんが可愛らしくてついクスッと
笑ってしまった凛桜だったが次の瞬間またドキリと
させられてしまったのだ。
「じゃあ僕も味見させて」
「いいわよ」
そう言って凛桜が新たなスプーンを取ろうと
食器棚の取っ手に手を掛けようとしたが……。
それより早くその手を掴まれてそのまま腕の中に
引き寄せられた。
と、同時に目の前に白蛇ちゃんの顔が迫ってくるではないか。
「し……白蛇ちゃん!?」
驚く凛桜などおかまいなしに白蛇ちゃんはいきなり
凛桜の唇の端ギリギリをペロリと舐めた。
ひゃああああああああ!!
凛桜はそのまま真っ赤になったまま口元を押さえて固まった。
「なっ!」
「フフフ……本当だ凄く美味しい!
僕って案外料理上手だね」
そんな凛桜の反応に白蛇ちゃんは……
してやったりというように可愛くペロッと舌をだして
悪戯っ子のような笑顔を浮かべていた。
「…………っ」
やられた……
イケメンは危険。
ここは少女漫画の世界なのか?えぇ?
ギリギリ……
いやアウトな事をされたというのに
可愛すぎて怒れない自分が憎い。
あんなに可愛かった白蛇ちゃんがぁぁぁぁぁ。
こんなに危険生物に育ってしまうなんて。
巨大白蛇さん!!
いったいどういう教育をしているのですか
あの純粋だった白蛇ちゃんを返してよ。
なんて赤面しながら凛桜は明後日の方向的な文句を
心の中で呟いていた。
と、そこに……
「なんでぃ、凛桜。
白蛇の坊やともいい仲なのかい?」
はっ?誰?
藪から棒に急に何よ?
「見ているこっちが熱くって溶けちまいそうだ
昼間っから夫婦さながらのいちゃいちゃはよしてくんな。
お前も罪な女だねぇ、団長のあんちゃんは飽きたのかい?」
そう言いながら縁側からいつもの物体が上がって来た。
ですよね……
あんなセクハラ発言をかましてくるのは
ボルガさんしかいないよね。
凛桜が苦笑している横で……
「お前は……」
白蛇ちゃんの殺気が急に膨れ上がった。
「おいおい、坊や……。
その物騒なもんを引っ込めな」
ボルガさんは窘めるように白蛇ちゃんを見上げると
自慢の鋭い爪を見せつけながら獰猛に笑った。
「どの口がいってるの!?」
その言葉に白蛇ちゃんは更にシャーと威嚇音を出しながら
ボルガさんを睨みつけた。
あ、やっぱり蛇なのね。
怒るとシャーってあの特有な威嚇音を出すんだ。
と、変なところで感心してしまう凛桜であった。
が、しかしそれ以上に重くて強い圧が中庭の方から
漂ってくるのを感じたのでその方向へ視線をやると
そこにいたのは……。
「御仁の言う通りだぞ息子よ。
その威圧をとけ……」
そう言いながらも少し顔色の悪い巨大白蛇さん
もとい人間バージョンの巨大白蛇さんが
遅れて縁側へとやって来た。
「父さん、出てきて大丈夫なのですか!?」
まさかの人物の登場ですっかり白蛇ちゃんの
警戒モードがとかれてしまったようだ。
「ああ……まあ……な」
大丈夫だといいながらも巨大白蛇さんは
歯切れの悪い返事だった。
しかも軽くよろけながら縁側へとゆっくりと
腰かけたではないか!
こんな巨大白蛇さんの姿は初めてだ。
だいぶ弱っているらしい……。
「なんでぃ、だらしねぇな白蛇よ。
ククク……まだあの時のやつが抜けねえのかい」
そんな様子を見たボルガさんは太鼓腹を叩きながら
揶揄うように笑った。
「貴様……。
毎回毎回……父さんに失礼な態度を!
今日という今日は許さない」
また再び白蛇ちゃんの殺気が膨れ上がった。
「息子よ……やめろと言っているではないか。
お前は見かけによらず好戦的な所が玉に瑕だ。
一体誰に似たのやら……」
青白い顔でため息をつきながら巨大白蛇さんは
またもや白蛇ちゃんを諫めている。
そんな様子をボルガさんは全く意に介さず
面白そうに目を細めてみているではないか!
どういう状況なのこれ?
どうしても納得がいかない白蛇ちゃんは
そっぽむいたまま完全に拗ねちゃっているご様子。
「まだまだ青いねぇ……」
そう楽しそうに呟くとボルガさんはゴロっと
縁側に寝そべった。
「嬢ちゃん、ちょっくら昼寝するぜ。
そのうまそうなつまみが出来たら起こしてくんな。
あ、もちろんこれもよろしくな」
お猪口でお酒を飲む仕草をしながらそう言うと
そのまま本気で眠りに入ってしまった。
しかも鼻ちょうちんに鼾つきだ。
えぇぇえええ!?
兵すぎない?
この状況を鑑みた結果がそれですか?
ものの1分もしないうちに爆睡ってできるものなの?
しかもこんな緊迫した状態で?
寝首かかれても知らないわよ。
案の定というか……
ボルガさんを見下ろす白蛇ちゃんの視線は鋭い。
あれは完全に殺るきだと思う、うん……。
縁側での刀傷沙汰はご遠慮ください。
すると巨大白蛇さんが静かに語りだした。
「息子よ……。
フリーゲントープを侮ってはいけない。
しかもやつはそのボスだ。
お前はやつが小さき力のない者だと思っているようだが
それはとんだ思い違いだ」
「えっ?」
今まで拗ねて下を向いていた白蛇ちゃんが
驚いたように顔を上げた。
「何故フリーゲントープが幻の幻獣と言われて
いるのかお前は知っているか?」
その問いに白蛇ちゃんは少し考える為なのか
斜め上の宙を黙って見ていたが……。
すぐにわからないというかのように首を横に
ふるふると振った。
「本来ならやつと対峙した時点で相手は
生きて帰れないからだ」
えっ?
そうなの?
戦った相手が生き残れないが故に
姿かたちが周りや後世の人に伝わらないから
会えない=幻の幻獣に繋がるって事!?
その発言に凛桜の方が白蛇ちゃん以上に慄いていた。
更に巨大白蛇さんは淡々と話を続けた。
「フリーゲントープのボスの一噛みは
一撃必殺の技だ。
前も話したようにやつの体内には猛毒が宿っている。
しかもあいつは300年も群れを率いている頭だ。
この意味がわかるか」
ボルガさんって300年も生きているの?
そっちの事実の方がびっくりなんだけれども。
そう言えばクロノスさんのお爺さんとも
戦った事があると言っていたな……。
「年齢の数だけ毒の威力が増していると
いう事ですか?」
「そうだ……
はかり知れない程の猛毒を体内に飼っているのだ」
「………………」
「奴が本気を出せば恐らく大抵の魔獣は屠れるだろう。
しかしフリーゲントープは本来大人しい種族だ。
こちらが攻撃を仕掛けない限り戦う事は
ほとんどないだろう」
白蛇ちゃんは複雑な表情で口を真一文字に結んで
静かに巨大白蛇さんの言葉に耳を傾けていた。
きっとようやく巨大白蛇さんの言わんとしている
事を理解しつつあるのだろう。
「それが故にその肝欲しさに長い間命を狙われてきたのだ。
そのような修羅場をくぐりぬけて今日まで
生きながらえるという事は容易ではなかっただろう」
そうしみじみと語った巨大白蛇さんの横顔は
なんだか切ない表情だった。
「…………」
そんな発言に白蛇ちゃんは思う事があったのだろう。
数秒の沈黙の後に絞り出すような声で呟いた。
「父さんと同じなんですね……」
えっ?
巨大白蛇さんも300年仲間なの?
異世界の人々って長生きすぎない?
クロノスさん達も200年とか生きるのかな……。
そうしたら私の方が先におばあちゃんになってしまうじゃない。
そう思ったらちょっと切なくなった。
「だからお前が戦いを挑もうなんて100年……
いや1000年早いわ!
人を見かけで判断したら命取りになるという事を
よく心に刻むがよい」
「…………」
「奴が本気を出したらお前など瞬殺だ。
相手にされないのはあいつの慈悲だと心得よ」
巨大白蛇さんからのとどめの言葉だった。
「くっ……」
白蛇ちゃんは一瞬悔しそうに顔を歪めたが
最終的には渋々と頷いていた。
まあ白蛇ちゃんの気持ちもわからなくないよ。
ボルガさんは口が悪いし、終始なめた態度だもんねぇ……。
ビジュアルだって白蛇ちゃん達からみたら
圧倒的に小さいし……
ずんぐりむっくりしたただのエロ親父もぐらだ。
尊敬する父に対してあんな感じだから
許せなかったのよね。
それに蛇族はなまじ力が強い種族だから
“負ける”という気持ちが薄いのだろう。
でも恐怖を抱かない戦い程怖いものないから
今ここでその考えを今一度考えられる岐路に立って
よかったのかもしれない。
「くぅ…………っ」
あれが親の愛というもんかねぇ。
泣けるねぇ……。
あの坊やはきっともっと強くなるぜ。
一戦やれる日が楽しみになってきた。
狸寝入りを決め込んでいたボルガは密かに心の中で
巨大白蛇さんの言葉にホロっときていたのであった。
“また一緒に酒を酌み交わそうぜ、白蛇の旦那”
“機会があったらな……”
“つれねえな……”
“フッ……”
2人は人知れず目を合わせると頷いた。
この後……
仲直りとまではいかないが4人でこれでもか!
と、卵料理を肴に飲み食いした。
予想通り“マヨネーズ”は好評だった。
そのお陰なのか巨大白蛇さんは帰るころには
かなり顔色もよくなり復活したようだった。
そこで不調の原因を聞いてみた。
するとどうやら原因は……
ボルガさん達とかなり度数の強いお酒を
飲み比べをしたせいだったのだ。
二日酔いならぬ一週間酔いだったらしい。
一体どんなお酒飲んだのよ。
それならそうと言ってあげて。
白蛇ちゃんがむちゃくちゃ心配していたんだから。
と、いうかボルガさんとドワーフの親方を相手に
お酒飲んじゃ駄目でしょう。
あの人達は、ザルをこえてワクだよ!
水のようにお酒を飲んでしまう種族だからね。
それよりも何処でどうなってあの3人で
お酒を飲む事になったのかしら。
共通の話題とかあるのかな?
全く想像できないわ。
でも原因がわかってよかった。
巨大白蛇さんはよほどマヨネーズが気に入ったのか
残りの全てを瓶に詰めて持ち帰るほどだった。
「息子共々世話になった。
この礼はいつか必ず返そう……」
「いやいや、お気持ちだけでいいですよ。
そのお陰で白蛇ちゃんと楽しい時間を過ごせましたし」
そう言うと白蛇ちゃんが感極まった様子で
凛桜をぎゅっと抱きしめた。
「凛桜……僕もだよ。
とても楽しかった……凛桜大好き」
「フフフ……ありがとう」
そんな言葉に凛桜はいつものように優しく
白蛇ちゃんの頭を撫でた。
「では、またな」
こうして白蛇親子は仲良く森へと帰っていったのであった。
「…………」
そんな凛桜を生暖かい目で見上げる者が1人……。
「何よ?」
「お前な……もうちっと……」
「えっ?」
「いや……なんでもねぇ。
こういうことは当事者が言うべきことだからな。
お前……この次あいつに会った時は覚悟しろよ」
悪い顔でそう言うとお土産の日本酒の一升瓶を
手に取るとそのまま縁側からひらりと庭へ飛び降りた。
「ちょっと……どういう意味よ」
「さあな、身をもってしればわかるかもな」
更にニヤリと笑うとそのまま中庭の奥へと消えて行った。
「一体どういう事よ……」
凛桜はボルガが言った意味が分からなくて首を傾げていたが
後日この謎の言葉の意味を心底知ることになる。