156.本気ですか?
田舎暮らしを始めて136日目の続き。
「ちわッス!」
元気のいい挨拶が庭の奥から聞こえて来た。
「………………」
ノアムさんごめん……
とても動ける状況じゃありません……。
凛桜はそっと心の中で詫びた。
一方ノアム達はというと……
いつものように黒豆達も迎えに来ないし
凛桜からの返事もない。
もちろんシュナッピーの攻撃もない。
しかし家の方からはたくさんの者の気配はする。
「何かあったのでしょうか……」
カロスは辺りを伺うように周りを見渡したが
特に怪しい気配は感じなかった。
クロノス自身も疑問は感じつつもそのまま縁側に向かうと
凛桜の後ろ姿が見えた。
「凛桜さん?」
そっと問いかけると一瞬ビクッと肩を震わせた。
「クロノスさん……っ……」
それからゆっくりとぎこちなく振り返った凛桜は
軽く涙目のまま引きつった笑顔を浮かべていた。
「どうしたんだ?一体……」
クロノスが慌てて駆け寄ろうとする前に
ノアムが大きな声で叫んだ。
「グリュックじゃないッスか!!」
へ?
その一言にカロスも目を見開いていた。
「確かにグリュックですね。
しかもこんなに大量にいるなんて……」
目の前の光景に面喰っているようだった。
「どういうことでしょうか?」
そう言った凛桜の手や腕や膝の上に
大量に乗っている小鳥が一斉にクロノス達をみた。
「確かにグリュックだな……」
グリュックってこの怪鳥達の事かしら。
クロノスも大層驚いたようで何度も瞬きをしながら
にわか信じられない様子で硬直していた。
「「「「「ギチュ!ギチュチュ!」」」」」
3人VSグリュック達との謎の見つめあいタイムが始まった。
が、しかしとうのグリュック達は直ぐに
クロノス達には興味が失せたのだろう。
ギチュギチュ言いながら凛桜に……
ビッグサングリアのチャーシューの欠片のお代わりを
要求するかのように軽く手や頬を突いていた。
「あ……うん……待ってね」
凛桜は手を震わせながらもタッパーから
ビッグサングリアのチャーシューの欠片を取り出すと
再びグリュック達にあげた。
凛桜に断るという選択肢はないようだ……。
そうそう!これこれ!
と言わんばかりグリュック達は満足そうに
舌鼓をうちながら欠片を満足そうに啄んでいるではないか。
その横で黒豆達とシュナッピーも肉に齧り付いている。
勿論クロノス達の事は気がついており横目で見ながら
尻尾をぶんぶん振りながら歓迎の意は表しているのだが……。
今は、肉>クロノス達の順位になっているようだ。
「…………」
あまりに異様な光景に口をあんぐりあけながらしばらく
様子を見つめていたのだが……
やはりクロノスが最初に我に返った。
「凛桜さん……これは一体……」
その問いに凛桜は声を震わせながら答えた。
「私の方がききたいくらいですぅ……」
このままじゃいけないと思いクロノスが凛桜に近づくと
警戒したのか一斉にグリュック達が飛び立った。
そして中庭にある大きな木の枝にとまった。
勿論全ての鳥たちはクロノス達をじっと見つめている。
その大きな羽音にノアム達もようやく我に返ったようで
クロノス同様に慌てて凛桜の元へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
クロノスが労わる様に凛桜の肩に優しく手を置いた。
「え……えぇ……」
「しかし圧巻ッスね」
ノアムは興奮したように瞳をキラキラ輝かせながら
グリュック達を見上げていた。
「こんな奇跡の光景って存在するのですね」
カロスさんまでが感動したようにそう呟いた。
どういう事?
全くわからないんだけれども……。
恐怖映像じゃないんですか?これ?
凛桜の疑問が表情に出ていたのだろう。
クロノスがふ、と微笑みながら答えてくれた。
「あの鳥はわが国では“幸運の使者”と言われていてな。
とても縁起がいい鳥なんだ。
名前はグリュックという」
なんですと?
あの子達が?幸運の使者とな!?
あのビジュアルで?鳴き声で?
使者じゃなくて死者の間違いじゃないないの?
いやいやいや……
人を見かけで判断してはいけないと
両親からも言われて育ってはきましたけれども。
まあ……人ではないし……鳥だけれども
偏見はいけないよね、うん。
幸運の使者ねぇ……。
すると徐にカロスさんが至極真面目な顔で言った。
「私が生まれた日の朝に、母の部屋の窓辺にグリュックが
1匹現れたそうで父が大変喜んだと聞いております」
「ふぉおおおお!!
それってめちゃくちゃ名誉な事じゃないッスか
もう生まれる前から将来が約束されたも同然っスね」
ノアムが羨ましそうに飛び跳ねていた。
えっ?
そんなに興奮する話だった?
逆に怖くない?顔が3つある鳥だよ!!
子供が生まれるかも知れない日にあの子達がきたら
私は逆に不安になっちゃうわ。
「うちの国ではとてもありがたい鳥なんっス。
だから凄く大事にされているのはもちろん
捕獲や飼育も禁止されているッス」
「それでも強引に捕獲などをした貴族は
一族郎党苦しんだ挙句没落したときいていますから
そんな愚かな真似をするものは現在ではいないでしょう」
怖い!!
ますます怖い逸話じゃん!
「それ以前に生態も謎でな。
どこに生息しているのかさえ知られておらず
繁殖地なども不明なんだ」
ふぃえ……
まさかうちの庭のどこかに巣があるとかいわないよね、ね!
家の庭で繁殖とかしてないよね……
いやぁぁぁぁぁぁ。
いや、もういいよ。
異世界の神様、勘弁してよ。
こういうチートはいらないから。
むしろ魔法が使えるとかにしてよ。
一度でいいから魔法を使ってみたいよ!
幻の幻獣とか植物とか鳥とかそういう類はもう
お腹いっぱいですから!!
「だから本来はこんなに集団でグリュックを
見られるなんて事はありえないことなんだ」
クロノスさんはそう言って少し困ったように眉尻を下げた。
「そういわれましても……」
「いや、凛桜さんには何も落ち度がない事は
充分に承知しているのだが」
クロノスさんは苦笑しながら頭をかいた。
「どうするかな……」
「そうッスね」
「…………」
3人とも顔を見合わせながら渋い顔をしていた。
「えっ?何?どういうこと……」
いやーもう、嫌な予感しかしないよ。
「とりあえず話だけでも聞かせて……」
と、凛桜が言いかけた瞬間にノアムさんのお腹が
盛大になったのでお昼ご飯にすることにした。
「今日は“肉まん”というものを作ってみました」
「ほう……美味いな。
ふかふかな皮の中に肉が詰まっているんだな」
クロノスさんは豪快に肉まんに齧り付いていた。
「美味いっス!!
肉まんも旨いっスけれども……
おれはこの“ヒザまん”が好きっス!!」
ノアムさんはいつもの如く右手に肉まん
左手にピザまんをもって交互に食べながら
満足そうに尻尾を左右に振っていた。
「“ピザまん”だ。バカ猫!
私はこの“あんまん”が好きです」
うん、いつものツッコミコントをありがとう。
それにカロスさんの餡子好きは健在のようだ。
目の前の肉まんたちが目にもとまらぬ早さで
消費されていくものだから……
蒸かす時間が追いつかないわ。
縁側ではシュナッピーやきなこ達をはじめ
グリュック達も美味しいそうに肉まんを食べている。
1つの肉まんを3~4匹で食べている感じかな。
いや……だってね……
シュナッピーときなこ達に続いてグリュック達が
いつの間にか木から降りてきていて
縁側に整列して並んでまっていたのよ、うん。
さも当然な顔して並ばれてしまったら
肉まんをあげないわけいかないじゃない。
幸運の使者らしいし……
邪険に扱う訳にいかないというか……。
この光景にはクロノスさん達もあっけに取られていたけれども
何か言いたいとことをぐっと飲み込んでいたわ。
「ギチュ!チュ!チュ」
至るとことからグリュック達の嬉しそうな鳴き声が聞こえる。
「美味いみたいッスね。
グリュックって肉とか食べるッスね……」
「そうだな……」
「…………」
食卓に微妙な空気が流れた。
いや、ノアムさんは悪くないよ。
私も気になっていたから。
小鳥って木の実とか果物とか花の蜜とか
食べるイメージが強いよね。
あーでも、ミミズとか小さい虫は食べるから
肉的な物を食べても不思議ではないか……。
「本当に凛桜さんの家は末恐ろしいな……」
クロノスさんがしみじみと呟いた。
本当に面目ない。
これはきっとじいちゃんのせいだと思う……。
あの人なんでもウェルカムだからな。
もうもはやどうしようもないよねぇ……。
当事者の私がいちばん引いているからね。
凛桜はデザートにイチゴ大福を出しながら軽いため息をついた。
もちろんグリュック達もくちばしに求肥をつけながらも
満足そうにイチゴ大福を突いている。
その時だった少し大きめな身体をした1匹が
小さな赤い花を嘴に咥えながら凛桜の膝に乗って来た。
おう……ちょっとイカツイ子が乗って来た!
そして一鳴きすると、そっと小花を膝の上に置いた。
えっと、これはなんでしょう?
お花にしては固いというか……。
花というよりか鉱石で出来た花的な?
キラキラして奇麗だけれども……。
一方小ぶりな1匹が同様にクロノスの肩に乗ったかと
思ったらそのまま手のひらに降りて来た。
凛桜が慄きながら固まっていると……
いつのまにか隣にきていたクロノスさんが感極まった声で
その小花を指さしながら言った。
「凛桜さん……よかったな。
それは“祝福の花”だ。
桃源郷に咲いていると言われていてな……
もらうと幸せになれるという言い伝えがあるんだ」
「マジっすか……。
いいな~凛桜さん!!」
ノアムも瞳を輝かせながら小花を見つめていた。
「そういう団長も頂きましたよね」
「ああ……」
カロスからの問いにクロノスは手のひらに乗っている
青い小花をみせた。
「団長……それはまさか!!」
「ああ……」
なんだか3人が極まっているけれど……
どういう状況なの?
「よかったッスねぇ……団長」
「ああ……」
「これぞまさに究極の祝福ですね」
だから何がだよ!!
肉まんやイチゴ大福のお礼のつもりかしら?
等価交換じゃないでしょうが!!
いや、もう何かが確実にバグっているから。
「これでお二人の将来は安定ですね」
「そうだな……」
クロノスは何故か頬を赤らめて照れていた。
ん?どういう事?
「究極の番宣言されたようなものっスね。
本気で羨ましいッス。
俺も彼女欲しいッス」
急にノアムさんが駄々っ子のようにその場で
地団駄を踏んでいた。
物知りカロスさんの解説によると……
どうやらこの対になっている小花をグリュックの番から
男女が貰うとその2人は永遠に幸せな人生を
一緒に過ごせるらしい。
えっ!あの2匹って番だったの?
んん?ん-、んんん?
いや、ありがたいよ、うん。
嬉しいのよ、うん……。
でもつきあってもいない私たちが何故これを?
すべてすっ飛ばしてますけどぉ?
一瞬遠い目になった凛桜だったが……
そんな凛桜とは対照的に2人にめちゃくちゃ
冷やかされ真っ赤になりながらも嬉しそうな
クロノスの照れ笑いをみたらつい笑みが零れてしまった。
「…………っ」
まあ、いっか。
ありがたいものは頂いておきましょう。
「ギチュ、チュ、チュチュ……」
そんな2人の様子を密かにみていたグリュックは
何故かドヤ顔をしながら凛桜の膝の上で満足そうに鳴いた。
その後……
事が事なのでやはり内緒には出来ないという事で
内密に陛下だけにはグリュックの事が伝えられた。
その結果、陛下の隠密部隊によってひっそりと
凛桜の家がある森の付近を調べたが……
グリュックどころか痕跡の1つも見つからなかったそうだ。
因みに凛桜の中庭と畑一帯はクロノスさんの強い希望により
隠密部隊の方々ではなく……
クロノスさん達によって調査が行われました。
が、やはり何もわからなかったそうです。
しかしその後も相変わらずグリュック達は集団で
中庭に出没するようになるのである。
もちろん、当たり前のようにご飯を強請ってくる。
だ~か~ら~!!
うちは定食屋じゃないっていっているでしょう。
なんでまた新たなメンバーが増えちゃうかな。
そう思いながら今日も今日とて……
ラスクをあげてしまう凛桜であった。
「ギチュ!!」
早速ラスクのおかわり催促だ。
「…………」
おかわりは1人?いや1匹につき1回までですよ。