153.意思疎通って大事よね!
田舎暮らしを始めて134日目の続きの続きの続き。
「はーい、皆焼けたよ。
1人に1個ずつあるから喧嘩しないで仲良く食べてね」
「ッス!」
「「「「「「「キューン」」」」」」」
至る所からいい返事が返って来た。
タヌフィテス達はお行儀よく1列に並んで
凛桜から一口サイズのいちごタルトを受けとっていた。
摘みたてイチゴーヌで作りました。
タルト台の生地をたくさん冷凍しておいてよかった!
なんとか全員にいきわたりそうだ。
一所懸命に両手でいちごタルトをもって食べている姿が
凄く可愛いらしくて萌える。
あれからひとまず全員で凛桜の家に戻って来た。
色々あった!
が、このままでは決着もつきそうになかったし……。
また再びタヌフィテス達を取り逃がす訳にもいかず
家に帰ろうという事になった。
幾つもの窃盗容疑がかかっているからね。
事情をききたいらしい。
なので、タヌちゃん達の右足には逃亡防止の為に
クロノスさんの魔法がかかった赤い輪のようなものが
はめられていた。
逃げようとしたらその輪が一瞬のうちに網状のものに
変化して逃げられなくなるんだって。
魔法の力ってすごいね!
でもね……う……うん……。
それならそのまま騎士団本部に連れて帰っても
よかったんじゃない?
タヌちゃん達の取り調べを何故にうちの中庭で?
という言葉はグッと飲み込みましたよ、えぇ……。
その結果中庭は、かなり人口密度密集地域と化していた。
「きなこ、タヌちゃんたちと喧嘩しない!」
「グルウ……ゥゥ」
やはり自分の縄張りの中にタヌフィテス達が居るのが
気にくわないのだろう。
あのシュナッピーでさえ困惑気味だ。
「しかしどうしたもんかな……」
クロノスは凛桜からいちごタルトを受け取ると
そのまま横の椅子に座った。
「そうですね……。
このまま取り締まってもいいのですが」
カロスもいちごタルトを受け取りながらタヌフィテス達を
見ながら軽くため息をついた。
庭にひしめいているタヌフィテス達は……
嬉しそうにいちごタルトを齧りながら寛いでいた。
反省の色はあまりないらしい……。
「とりあえずやつに話を聞いたらどうッスか?」
そう言いながら何故かノアムさんは両手に
いちごタルトを持っていた。
ちゃっかり2つ貰っていたらしい。
おそるべしノアムさん……。
そのやつことタヌフィテスのボスはというと……
相変わらず凛桜の足元に纏わりついて
甘えながらも周りの様子を伺っていた。
「素直に話しますかね……」
カロスが苦笑しながらタヌフィテスのボスを
チラリと横目でみると……
その視線に気が付いたのだろう。
ケケケッと言わんばかりの不敵な顔で
見つめ返してきた。
「………………」
温厚なカロスさんの額に青筋が浮かんだのは
言うまでもないだろう。
「団長……氷漬けタヌフィテスはお好きですか?」
ふぁ!
ブラックカロスさんが降臨しちゃったよ。
「まあ、待て。
気持ちはわかるが……
まずは状況確認してからだ」
そんな中……
何個目だろう?
いちごタルトをぱくっと一口で食べきると
ノアムさんが言った。
「素朴な疑問なんッスけど……
団長も副団長もあいつらの言葉わかるんッスか?
俺はさっぱりわからないんッスけど……」
そう言って困ったように眉尻をさげた。
えっ!?
えぇええええええ!!
今までのやり取りの中で……
言葉がわからないままここまできてたの?
私にはいつもの如く……
キューンとかギューンとかにしか聞こえなかったけれども。
コウモリさんと同様に……
それは私にだけそう聞こえているだけで
皆は普通に意思疎通出来ているのかと思っていたよ!!
そう言われたクロノスさんとカロスさんは
渋い顔をしていた。
えっ?
まさかとは思いますが2人ともわからない
なんて事はありませんよね。
確かキングというかボスだけは言語を話せる種族が
多いですよね?ね?
タヌちゃんは話せない種族なのかい?
自分の右足にすり寄っているタヌちゃんを見つめたが
可愛らしく首を傾げて“キュ?”と鳴くばかりだ。
ちくしょう……可愛いじゃないか……。
って、そうじゃなくて!!
「俺はてっきりおまえらのどちらかが理解している
ものばかりだと思っていた……」
そう言いながらクロノスさんはバツが悪そうに
頬をかいていた。
「俺もさっぱりわかりません……」
カロスさんも申し訳なさそうに目を伏せた。
えぇえええええ!!
どうするのさ。
事情聴取どころじゃないじゃん。
様子を見る限り……
こちらの言葉は理解しているようだけれども。
と、そこにシュナッピーが凛桜の元にやってきた。
どうやらイチゴーヌのお代わりを所望しているらしい。
「キューン、キューン」
相変わらず顔に似合わない可愛い声を出すシュナッピーだが
すっかりお馴染みの光景になっちゃったわね。
「フフフ……イチゴーヌ美味しかった?
今日はいいこでお留守番していたから特別よ。
じゃあもう少しだけおかわりをあげるね」
そう言って凛桜がキッチンに向かおうとしたら
離れたらいやだと言わんばかりタヌちゃんが
右足をがっしり掴んだ。
「タヌちゃん……これじゃ歩けないよ」
「キュワーン」
瞳をうるうるさせながら凛桜を見上げていた。
どうやら自分以外に凛桜の意識が向くのが
面白くないらしい。
「すぐに戻って来るからね」
凛桜が優しくそう諭してタヌちゃんの頭を撫でるが
嫌だと首を振ってますます右足をぎゅっと抱きしめている。
「キューン、キュワーン」
「困ったなぁ……」
そんな様子にクロノスよりも先にシュナッピーがキレた。
「ギャロロロロロ!!」
低い唸り声を上げながら蔦を左右に揺らし始めた。
するとその威嚇にあわせるようにタヌちゃんも
低い声で鳴き始めた。
「ギュルールルルル!!」
凛桜を挟んでまさに一触即発モードに突入した。
目を三角にして怒っているシュナッピーが
更に鋭い声で吼えた。
「ギャローロロロ!!」
すると不敵な顔でタヌちゃんが負けじと吼えた。
「ギュル!!」
なんだかよくわからないけれど……
2人の頭上に漫画のセリフのような吹き出しが
見えた気がした。
“やんのか、コラ?”
“ああ?上等だ!コラ” 的な?
それはクロノスさん達にも見えていたようで……。
「あいつらは意思疎通できているようだな」
「そうッスねぇ……」
「惜しいな……
シュナッピーは今のところ言語を話すことが
出来ませんしね」
しみじみとカロスがそう呟いた。
確かに……
これがキングパパ達だったらなんとかタヌちゃん達と
意思疎通ができたかもしれない。
まあでもそうなると……
“食料不足!!”とか“計画的犯行!!”のように
標語かスローガンのようになって
理解するまで時間はかかるかもしれないけれども。
万事休すかと思っていたら思わぬところから
救世主が現れた。
「よお!楽しそうだな。
寄合か?皆さんおそろいじゃねぇか?
俺もまぜてくれよ」
揶揄うようにそう言いながらそいつは縁側に
ひょいっと上がって来た。
「ボルガさん!?」
「よお、嬢ちゃん!
久しぶりだな!
と、いう訳で景気づけに黒龍大吟醸を1杯くれや」
どういう訳だよ、おい。
意味がわからないから……。
相変わらず美味しいお酒をしれっと注文してくるな。
異界のお酒に詳しすぎるから!
フリーゲントープのボスのボルガさん登場だ。
いつ見てもイカツイモグラだな……。
凛桜が一瞬遠い目になっている傍らで
タヌフィテス達は慄いて固まっていた。
流石のタヌちゃんもボルガの登場に息をのんでいた。
タヌフィテスとフリーゲントープの関係性は
わからないけれども……
少なくともタヌちゃんは警戒している様子だった。
そんなタヌちゃんをボルガは一瞥すると
歯をむき出しながら不敵に笑っていった。
「団長のあんちゃん……
何やら苦労しているようだな……
まあ、こいつらの噂は俺の耳にもちょくちょく
入って来るぜぇ」
「…………」
その言葉になんと答えていいのかクロノスは戸惑っていた。
「橋渡しが必要なら協力するが……どうする?」
そう言いながらお腹をポンと軽く叩いた。
まさかの申し出に更に顔が強張るクロノスだったが……。
その場に似つかわしくない明るい声が響いた。
「フリーゲントープの親父さん!
タヌフィテスの言葉がわかるんッスか?」
ノアムが尊敬の眼差しでボルガを見つめていた。
「よお、猫のあんちゃん!
相変わらず無駄に元気いっぱいだな……ククク。
おうよ、俺に不可能はないぜ」
そう言って何故かドヤ顔を決めていた。
「すげぇ……。
是非協力してほしいッス。
めちゃくちゃ困っていたッス!」
ノアムはラッキーというかのようにガッツポーズを
天高くきめていた。
「ああ、いいぜ。
俺に任せときな」
そんな軽い2人のやり取りにクロノスとカロスは
気まずそうに顔を見合わせた。
「ノアムにはかなわんな」
「本当ですね……
俺達じゃ、あんな素直に助けを乞えませんからね」
きっとプライドとか柵とか秘密情報固持など偉い人達には
難しい背景がたくさんあるのだろう。
それにタダほど怖いものはないからね……。
安易にとびつくことはできないよねぇ。
「………………」
タヌフィテス達は相変わらず顔をこわばらせて
黙り込んでいた。
そんな中……
タヌちゃんだけが不貞腐れて凛桜の足元で
そっぽを向いているではないか!
そんな様子に苦笑しながらボルガが言った。
「お前さんも限界は感じているのだろう。
ここらでいい加減はいたらどうでぃ」
「ギュル……」
タヌちゃんは不満そうにそう一言鳴いた。
すると何を思ったのかボルガはポンと軽く手を打つと
いい笑顔を浮かべながら頷きながら言った。
「あ、嬢ちゃん。
こういう時は確か……
かつ丼とか言うやつを犯人に振舞うんだよな。
わりぃが至急作ってくれ」
「…………は?」
凛桜は目を剥いた。
じいちゃん……
ボルガさんと刑事ドラマも見てたんかいっ!!
1人激しく心の中でツッコんだ事は言うまでもない。
「いや、作らないから!!」
「そうしないと、犯人とやらは自供しないだろう」
「そんな訳ないでしょう!
もう、ドラマに影響され過ぎだからね!!
今時そんな設定ないから」
「設定ってなんだよ」
「いいからもう黙れ!」
取り残されたクロノスさん達がなんともいえない
半笑いを浮かべているのが見えた。