150.違う、違う、そうじゃない……
田舎暮らしを始めて134日目。
「キシャァァァァァッ!!」
ヒッィィイイイ
すがすがしい空気が流れている早朝の森の中
私は只今猛ダッシュをしながら逃亡しております。
何故ならば……
奇声を上げながらこちらに突進してくる
切り株のような魔獣に追われているからです……。
「右にそれたぞ!回り込め」
クロノスさんの勇ましい掛け声に
バク宙返りをしながら器用に答えるノアムさん。
「任せてくださいッス!」
「ワワワンンンワン!!」
一番槍ごとく最初に切り株にアタックしたのは
なぜかきなこだった……。
「キーシャァァァァァ!!」
ブンッツッッと風を切る音と共にきなこが
前方に吹っ飛んだがくるりと宙返りして着地した。
「ワッワワンン!!」
反撃され切り株に思いっきり身体ごと投げられたらしいが
至って本人は堪えてないようだ。
「ポジティブ過ぎる……」
懲りずにガンガン切り株にアタックしている模様……。
野生に戻ったイッヌ強し!
きなこ達も絶賛興奮中で狩りを楽しんでおります。
と、後ろの方から凄まじい打撃音が聞こえたかと思ったら
自分の頭上を飛び越えて目の前に大きな物体が転がり落ちて来た。
「ひゃぁ…………」
驚く間もなくクロノスさんの激が飛ぶ。
「カロス今だ!狩りつくせ」
その声にカロスさんが目の前の木の上から降って来た。
えっ!ええええええっ!!
驚きに目を剥いて固まっていると……
カロスさんが少し焦った声で凛桜に声をかけた。
「すみませんが、凛桜さんも手伝って頂けますか?
早くしないと再び復活してしまうので」
そう促しながらもカロスさんがイチゴーヌを摘む
手は止まらない。
「あ……う、うん……」
復活ってなによ。
とか聞いてはいけない……。
「消滅させないように打撃するのって難しいんですよ」
「はあ……」
「スーシェリは火魔法に弱いので……
倒すだけなら魔法で焼き払えばいいのですが
今回はイチゴーヌを狩るのが目的ですからね。
あくまで気絶程度の打撃でいいのですよ」
「そうなんですか……」
この木のような魔獣って“スーシェリ”って言うのか。
名前だけ聞くと外国のちょっと可愛いお菓子みたい。
「さすが団長です。
あのような寸分の狂いのない打撃攻撃……。
俺もまだまだ鍛錬をしないといけません」
そう言いながらクロノスの事を尊敬の眼差しで見つめていた。
何この会話……。
全く同意できないし頭に入ってこないわ。
目の前には白目をむいた大きな切り株が痙攣しております。
口から泡らしきものも吹いているし……。
凛桜も恐る恐るその魔獣の後頭部と言っていいのか?
頭上部分から大量に生えている……
イチゴーヌの蔦を力いっぱい引っこ抜いた。
見た目は大粒の真っ赤に熟したいちごだ。
甘い香りもするし……。
めちゃくちゃ美味しそうだ。
「………………」
うん……。
違う、違う……そうじゃない。
イチゴ狩りってこんなバイオレンスな行事じゃない。
もっとこう胸がキュンキュンするものだよね?
可愛いがギュっと詰まっているハウスの中で……
自らの手で新鮮なイチゴを摘んで味わえるという特別感。
なんなら……
「うわー凄い~!
このいちご見て!ハートの形になってる!
かわいい~!!
食べるのが勿体ないかも」
的な!!
普段だったら小っ恥ずかしくて絶対に言えないような
歯の浮くセリフを堂々と恋人とイチャイチャしながら
言っても許されるくらいの甘酸っぱいイベントだよね。
なのに切り株魔獣の恐怖にさらされながら
狩りをするってどういうことだ、おい!!
可愛さは?
キュンは!
どこに置いてきてしまったのよぉぉお!!
いかん、取り乱してしまったわ……。
多少の偏見は入っているかもしれませんが
それくらい平和なイベントだったはず。
これはない……。
白目剥いた切り株魔獣からのイチゴ摘みはない!!
私が間違っておりました。
異世界で気軽にイチゴ狩りに行きたいなどと
言ってはいけないのです。
この世界のイチゴ狩りは、本気の狩りだ。
後悔先に立たず……。
凛桜は涙目になりながらやけくそ気味に
イチゴーヌを引っこ抜いた。
朝早くからクロノスさん達がフル装備でやって来た。
いつも着ている騎士団の礼服とは違い
かなり本気のやつだ。
中世の騎士が着るような全身鋼の鎧を
3人ともが装備していた。
カロスさんなんか私の背丈くらいあるんじゃないか?
と思われる大きな斧を背中に背負っていたし……。
ノアムさんは黄金で出来たボーガンを肩に掛けていた。
クロノスさんは……
とても緻密な模様が入ったクリスタルの大剣を
背負っている模様。
腰にも何やらダガーのようなものが数本ぶら下がっていた。
「………………」
何事?
今日っていちご狩りだよね?
頭の中に……
はてながいっぱい浮かんでいる凛桜に対して
クロノスさんは真剣な顔でスッと何かを渡してきた。
「凛桜さんには念のためこれを……」
「えっ?」
断れそうな雰囲気じゃなかったのでそのまま受け取り
広げてみると何やら金属で編まれたであろう
ベストのような服だった。
「ガルンチュワの鋼で作られているから軽い上に
貫通防御力は最強だからな」
「マジっスか!
さすが団長…エグイもの持ってるッスね」
ノアムさんが瞳をキラキラ輝かせながら
興味津々でベストを上からも下からも眺めていた。
ガルンチュワってなによ……。
カロスさんも声こそはあげなかったけれども
食い入るようにベストを見つめていたから
かなりレアな物だという事はわかった。
「あとはこれだな……」
腕と足にはグランキオの殻で作った籠手と脛当てを
装備させられた。
ここでまさかのグランキオの装備品と
再会できるとは思ってもみなかったわ。
リアルRPGのキャラみたいでテンション上がるわ。
凛桜は防御力が150上がった!!
なんてね……ウフフ。
やだ……ちょっとかっこいいかも。
と、鏡に映る自分の姿を見て浮かれていたのは束の間だった。
「で、武器はこれだ」
「これ……なの?」
「基本的に俺達が狩るからな。
凛桜さんはもしもの時にこれを使って自分の身を
守ってくれという保険のようなものだ」
そう言ってクロノスさんはすこぶるいい笑顔を
浮かべながら武器を差し出してきたが
これなに?
だって、これ……こん棒だよねぇ……。
しかもそのこん棒の周りには何故か
釘のような金属がたくさん刺さっているじゃない。
なんで私の武器だけこんな初期装備チックなの?
呆然として武器をみつめる凛桜をよそ目に話は
どんどんと進んでいく。
「黒豆達には守りの魔法をかけてやるぞ。
お前たちは止めてもおそらく狩りに参加するだろうからな」
クロノスさんは苦笑しながらもきなこ達の
頭を思いっきり撫でながら何か呪文を唱えていた。
「ワンワン……!!」
いよいよ何かおかしくなってきた!!
出来れば私にも守りの魔法が欲しいです。
という気持ちが顔に出ていたのだろう。
「凛桜さんには守りの魔法なんか必要ないッス。
何故なら全力で団長が守るっからスよ。
それこそが最強の愛の防御魔法ッスから」
と、ノアムさんがドヤ顔で言い放った。
「なっ……!」
クロノスさんは真っ赤になりながらも
ノアムさんを思いっきり張り倒していた……。
カロスさんはカロスさんで……
えぇわかっていますともくらいの勢いで
菩薩のような顔で私達を見ていたわ。
「…………」
2回目の違う、違う、そうじゃない……。
そういうくだりはいりませんから。
お腹いっぱいだから!!
誰でもいいから守りの魔法をかけてくれよ!
こん棒1つじゃ心許ないのよ。
と思った事は内緒だ。
そんな様子を羨ましそうに見つめている者がいる。
そう、シュナッピーだ。
「ギャロォオ……」
シュナッピーですが、今回はお留守番です。
そう告げるとかなり不貞腐れていたが
たくさんとってくるから楽しみにしていてね。
と、いうと渋々承知してくれた。
イチゴーヌを目の前にするとフラワー種は
我を忘れてしまい暴走してしまうものが多いそうだ。
大好物のあまり全てを狩りつくしてしまうらしい。
クロノスさん曰く……
来年の為にも狩るのは一定数に抑えたいんだって。
確かに動植物ってそこに生息しているものを
見境なく狩ってしまうと……
次の年には姿をみなくなってしまう事が多々ある。
それがいきすぎてしまうと……
本当に絶滅してしまったりするからな。
そんな事を思いながらもクロノスさんと一緒に馬に
同上させてもらいながら着いたところは
とある森の中だった。
場所は明かせないらしいが……
スーシェリの生息地らしい。
スーシェリは気性が荒く飼いならすことは困難な魔獣だ。
だから基本的には野生のスーシェリを狩って
イチゴーヌを手にいれるのだとか。
イチゴーヌハンターは高級取りだが……
その分命の危険が高い職業だともいえるのだ。
イチゴってそんなに危険な食べ物でしたっけ?
そもそも魔獣から生えている事自体おかしいから。
しかも凶悪な顔がついた切り株よ!
その頭頂部からわっさ~とイチゴーヌが髪の毛よろしく
ぶら下がって生えているのよ。
そう考えると……
逆にイチゴーヌは体のどの部分にあたるの?
やっぱり髪の毛の一部なの?
爪的な物?それとも臓器的な……?
臓器が外に出ている生物は嫌だな……。
しかもそれが美味しいなんて!!
謎すぎるよスーシェリ。
木の魔獣だから実ではないかと勝手に納得します。
そうじゃないと怖くて食せない。
こんなに手に入れるのが危険で美味しいイチゴーヌだが
王都の郊外に数件だけスーシェの牧場があるんだとか。
しかし放牧?されたスーシェリからは少ししか
イチゴーヌが採れないらしく……。
味も淡泊なんだって。
そうなると必然的にお値段が張るものになり
庶民には手が届かず……
貴族専用の品と化しているらしい。
王宮にもイチゴーヌを棲息させている森があるのだが
それは陛下のみが食せるものだとか。
専用の番人がいるんだって。
さすが王宮、規模が桁違いだわ。
イチゴーヌ恐るべし……。