149.狩りって本気の方ですか?
田舎暮らしを始めて133日目。
「あ……」
冷蔵庫の上段の奥にあるピーナッツバターを
取りだそうとした時に……
鮮やかな赤い大群が目に入った。
「苺食べるのを忘れていたわ……」
どうやら半分は食してしまったらしく
プラスチックの箱の半分くらいしかない!
が、これはまさしく苺だ。
本来ならばとっくの昔に痛んで駄目になって
しまうものだったと思うけれども。
何故か家の中の物はすべての物が
いつまで経っても鮮度を保ち……
しかも使用しても次の日には同じ数だけ
復活するという謎の現象が起きてしまっている。
ジャムにするには数が足りないし
かといってお菓子に使用するほどの数でもない。
ここは普通にそのまま食べるか。
そう思って軽く洗ってガラスの器に盛って
縁側で食べようとした時だった。
なにやらきなこ達が激しく吠える声が聞こえた。
えっ?何?
また庭に得体の知れないものが来ちゃった?
凛桜はそのまま縁側から降りて声のする方に駆けて行った。
と、その時に……
陰からこっそりと縁側に忍び寄る影が……。
「もう……びっくりするじゃない。
気持ちはわかるけれども怖がらせちゃ駄目よ」
「ワワワン!!」
「グルルルル……」
怒っていますからとでも言うかのように
きなこ達が獣耳と尻尾をピンとあげて最大限の警戒態勢で
凛桜の腕の中の物体を見上げていた。
どうやらきなこ達のドックフードを森の動物達?
が勝手に食べていたようで……。
そこで一悶着が起きていたらしい。
そいつらは一見狸のように見えたが……
2足歩行な上に尻尾が4本もあった。
毛皮の配色が黒と緑の奴もいれば
黒と紫の子もいた……。
しかも群れのボスと思われる個体は
右目に眼帯をしていたからね。
思わず“独眼竜”か?
と、ツッコミを入れそうになったわ。
その子達が5~7匹くらいきなこ達の餌皿に
群がってドックフードを貪り食べていたのよ。
ちょっと怖かったわ……。
当然きなこ達はキレる訳で……
きっと私があと少しでも遅く来ていたら
大喧嘩になっていたわ。
その狸もどき達は凛桜が来た瞬間に驚いて
散り散りになって中庭の奥に逃げてしまったので
現行犯逮捕は出来ませんでした。
が、その中の幼体1匹が逃げ遅れたようで
きなこと黒豆に挟まれてキュワキュワ鳴きながら
震えているのが見えた。
「グルルルル……」
今にも噛みついてしまいそうなほど
ブチ切れているきなこ達を宥めすかして
なんとかその子を救出したのだが……。
少し引っ掻かれてしまったわ。
そりゃそうだよね……
自分よりも何倍も大きい者に捕らえられたんだもん
怖いに決まっているわ。
自分の腕の中でじたばたともがいているこを
優しく撫でて落ち着かせた。
「ギュルルル……」
警戒音だろう。
必死で爪を立ててもがいていたけれども。
やがて狸もどきの子は凛桜が敵ではないと悟ったのだろう
そのまま腕の中で大人しくなった。
このまま隙をみて逃げちゃうかな?
とも思ったけれども……。
今は逆に必死で甘えるように凛桜にしがみついていた。
私の下にいるきなこ達が怖いのだと思う。
本能だろうか?
必死で生き残れる道を幼いなりに
掴み取ろうとしているのかもしれない。
きなこ達を宥めながら……
そして狸もどきの幼体を落ち着かせながら縁側に戻ってくると
ちょうどまさに最後の1粒の苺を食べようとしている
シュナッピーと目があった。
「…………」
「………………」
と、シュナッピーは急にスンと真顔になり
何事もなかったように苺をガラスの器にそっと戻した。
そしていつもの定位置にもどろうと踵をかえそうと
したので優しく注意をしましたとも、えぇ。
「シュナッピーさんや……」
「ギュ……」
シュナッピーはビクつきながらゆっくりと振り返ると
一言甘えるように鳴いた。
「キューン」
「……。
は~い、全く可愛くありませんし……
反省の色がないので今日のおやつはなしです」
シュナッピーが驚きのあまりのけ反りながら
全身の葉っぱという葉を揺らし慄いていましたが
驚いているのは私の方ですからね。
「キュ……キューン」
「まだ言うか……
シュナッピーはそんな悪い子だったのかな?」
シュナッピー自身も自分がしたことが
よくない事とは理解しているらしく……。
激しく狼狽している様子は見て取れた。
「ギュ……ォ」
あっ……
今度は落ち込んでいるのだろう。
上の方の葉っぱが萎れてきている。
しかし珍しいな……。
いくら食いしん坊だと言っても……
シュナッピーが私に隠れてつまみ食いなんて。
そこに明るい声が降って来た。
「ちわッス」
「凛桜さんいるか?」
「クロノスさんにノアムさん!
こんにちは」
「おわっ……どうしたんッスか。
お前枯れかけているじゃないっスか」
ノアムがシュナッピーに駆け寄った。
「シュナッピーが私のいない間に
勝手にこれを盗み食いしちゃったのよ。
だから今反省してもらっている所だったの」
「ん?」
クロノス達は凛桜の掲げたガラスの器の中の
苺をみると顔を見合わせた。
そして何故か2人して半笑いを浮かべていた。
「あー」
「ッスねぇ……」
「えっ?何その反応」
「いや……」
「そうッスねぇ」
歯切れの悪い2人に凛桜が怪訝な顔をしながら
首を傾げていると更に背後から誰かがぼそっと言った。
「イチゴーヌはフラワー種にとっては
御馳走なんですよ。大好物とでもいいましょうか。
とにかくイチゴーヌに目がないんです」
「はい?」
イチゴーヌだと?
名前もさることながら御馳走なの?
そこにカロスさんが何やら大きな鉄製の籠を
肩に抱えてやってきた。
何故に鉄製の籠?
と思ったがあえてスルーして話を続けた。
「え?苺が?」
「凛桜さんの世界ではイチゴというのだな。
かなり近しい名前なんだな」
クロノスさんは苺を掴みながら笑った。
「そうなの。
私の世界でも人気のある果物で……
季節になるとよくいちご狩りに出かけるよ」
「凛桜さんの世界でも狩るのか?
ますますこっちと同じだな」
「いちご狩りは人気あるよ。
休日とかは家族づれとかで行くし」
「えぇ?家族でイチゴーヌ狩るんッスか?」
ノアムさんが目を見開いて驚いていた。
「危なくありませんか」
えっ?何が?
蜂に刺されないか的な事かな?
イチゴ農家では受粉させる為に……
ハウスの中に蜂を放す所もあるって聞いたことがあるけれど
いちご狩りするシーズンにはいないだろうし。
「危ないと思った事はないかな……。
結構定番な娯楽だと思うけど。
だから友人と行ったり……
あとは恋人同士で行くのも多いかな」
「恋人と一緒にですか!?」
今度はカロスさんが慄いている。
「楽しいよ。
2人の中も深まるし……。
男性も誘いやすいから初めてのデートとかで
行くことも多いかな」
「誘いやすいんっスか!?
イチゴーヌ狩りッスよね!!」
ノアムさんはこぼれんばかり目を見開いて
絶句していた。
「私も何度も行ったことあるし」
「そうなのか……?
恋人同士でいくということは……
それはやはり男としての強さを見たいという事に
なるのだろうか……」
そう言ってクロノスさんは眉間に皺をよせた。
ん?
どういうこと?
さっきから微妙に話がかみ合っていない気がするんだけど。
「強さに関してはよくわからないけれども……
イチゴ狩りは楽しくて美味しくて好きよ。
もし出来るのならこっちの世界でもいきたいかな」
そう言った瞬間3人の顔が同時に引きつっていた。