148.わかりにくいから……
田舎暮らしを始めて132日目。
「ここにバター、グラニュー糖、塩を入れて加熱します」
生地を焦がさずにしっかりと火を通すのが
地味に難しいのよねぇ。
「バターが完全に溶けて沸騰したら……
火からおろして薄力粉を入れます」
最初はぽろぽろと生地にまとまりがないから
混ぜにくいけれども……
しっかりと混ぜて1つにまとめることが大事です!
そう、今日のおやつは“シュークリーム”です。
急に食べたくなったのよ。
思い立ったら吉日、作るしかないでしょ。
小さい頃によく母が作ってくれたおやつでもある。
しかもうちのシュークリームは何故か
毎回スワンの形をしていました。
ちょっと太めのスワンから細めのスワンまで
たくさんのスワンシュークリームを兄と争って
食べていたのだ。
その形が通常運転だと思っていた幼い私は
初めて友人宅で出されたシュークリームに対して……。
“これ、シュークリームじゃない!
だってスワンじゃないもん”
と、言ってしまった黒歴史がある。
あの時の友人と友人のお母様の驚いた顔を
今でも覚えているわ……。
頼むよ、母……
どんぶり茶碗蒸しといい……
スワンシュークリームといい
世間様と違う仕様なら初めに言っておいてくれぃ。
そんなちょっぴり苦い思い出を思い出しながら
生地に溶き卵をいれて混ぜていると
黒豆達が柵の外からこちらを凝視していた。
くれくれ攻撃が既に始まっている模様。
「焼きたてのシュー皮をあげるから
もう少し待ってね」
「ワンワン!!」
その言葉を聞くと2匹は嬉しそうにその場で
くるくると回っていた。
生地の緩さはこんな感じかな?
後は絞り袋にシュー生地を入れます。
まず初めに胴体を絞って焼く感じかな。
その後に首の部分を焼きます。
この首のS字カーブがうまくいくと奇麗な首になるのよ。
「よし、あとはオーブン様にまかせますか。
美味しく焼けますように!」
ひとまずあらかたの工程は終わったので
紅茶を入れて一息つこうと思い戸棚の前に
立ったときに何か固い物を踏んだ感触がした。
「いたっ……」
えぅ?何?
驚いて足をあげてみると……
それは細長い金属片だった。
「………………はぁ……」
またか……。
それよりも勝手にキッチンに入ったわね!
これはお叱り案件ですよ。
火や刃物があって危険だから駄目だと言ったのに
おやつ抜きだな……これは。
凛桜は花弁を拾って手のひらに乗せると
まじまじとその物体を観察した。
若干いつもの花弁よりも一回り小さい気がする。
「…………」
最近何故かシュナッピーの花弁が家や庭の至る所に
落ちているのだ。
生え変わりの季節なのか?
はたまたもう1回来ると言われている
大人への階段を上っている最中なのか?
真相はわからないが……
私がよく歩く動線上に花弁が落ちている事が多いのよね。
故意ではないだろうから叱るのもどうかと思うし。
でも踏んだら危ないからな……。
たいてい踏む前に目につくところに落ちているから
被害はなかったのだが……
今日のはちょっと痛かったぞ!
凛桜は魔王様から貰った宝石箱にそれを収めた。
最初は捨ててしまおうかとも思ったのだけれども
フラワー種の花弁ってかなり貴重なものだから
とりあえず保管することにしました。
ざっと見繕っても……
もう6本くらいはあるかな。
軽くため息をつきながら当の本人を見ると
なにやら得体の知れない鳥もどきと戯れている。
「ギャロ……ギャロ……」
「ギチュチュチュ、ギュチュ、チュチュ」
う~ん、見た目もアレだけど
鳴き方も微妙に怖い……。
鳥なのか?
1つの胴体に頭が3つあって足が6本あるけど……。
目が赤いな……
魔王様の眷属だったりして。
と、急にその鳥たち?と目があった。
ふぁ!!怖い……。
凛桜は見なかったことにして……
そっと宝石箱の蓋を閉じた。
そうこうしているうちにシュー生地もやけたので
スワンシュークリームを組み立てた。
全部で24羽降臨しました。
我ながらいいできじゃない?
黒豆達とシュナッピーも縁側でスタンバイしています。
「は~い、お約束のシュー生地だよ」
「ワンワン!!」
「シュナッピーは、1羽そのままあげるね」
そういうと黒豆達はジト目で凛桜を見上げた。
「そんな目をしても駄目よ。
生クリームはお腹壊しちゃうからね」
少量なら大丈夫らしいと言われていますが
やっぱり心配だからうちではあげません。
「ギャロ!!ギャロ!!
ゴリゴリゴリ……」
美味しいのかシュナッピーは葉っぱを激しく
揺らしながらシュークリームを頬張っていた。
フフフ……こういうところが可愛いのよね。
あ~あ、口の端にあんなに生クリームを
つけちゃって……子供か!
凛桜はタオルでその生クリームを拭いて
あげようとシュナッピーの顔を優しく
両手で挟んだ時だった。
「えっ?」
その時に初めて気がついたのだが
シュナッピーの顎の下の花弁がなくなっている!!
ここの花弁ってとても大事なものじゃ
なかったっけ?
と、そこにクロノスさんが現れた。
「凛桜さん、これなんだが……」
「……?」
申し訳なさそうな顔をしながらクロノスさんが
持っていたのはシュナッピーの花弁だ。
恐らく顎の下の花弁だろう。
どういう事!?
なんでクロノスさんが持っているの?
凛桜にむぎゅっと頬を挟まれているシュナッピーは
不自然な程目を白黒させて焦っていた。
そして凛桜から逃れようとじたばたともがき始めた。
「…………」
まあ、強請って貰うものじゃないけれども
なんだろう、このモヤっとした気持ち。
急に黙り込んで俯いた凛桜に驚いたのだろう。
「どうした凛桜さん」
クロノスは心配そうに凛桜の顔を覗き込んだ。
「…………ない……」
「えっ?」
私は信頼にあたいしないのか?
家族だと思っていたのは私だけ?
そう思ったら怒りと共にちょっと切なくなってきた。
「私……貰ってないのに……
なんでクロノスさんが先なのよ!!」
「何がだ?これはさっきそこで……」
「シュナッピーのばかあああああああ!!」
凛桜は縁側で力の限り叫んだ。
「ギョ!?」
急に罵倒されたシュナッピーは飛び上がった。
「酷いよシュナッピー……」
全く状況がわからないシュナッピーは
オロオロしながら凛桜とクロノスの顔を交互にみた。
「凛桜さん?」
「なんでよぉぉおお」
完全に八つ当たりなのはわかっていたが
もう止められなかった。
と、そんな中誰かが自分の服の裾をひっぱる者がいる。
「…………?」
視線を腰元に落とすときなこがぐいぐいと引っ張っていた。
「きなこ……?」
「急になに?」
「グルルルル……」
きなこは珍しく唸りながらいいから来いと言わんばかり
凛桜の裾をなおも強く引っ張っていた。
「わかった……行くから……」
そのままきなこに導かれるように
凛桜は歩き出した。
「どうしたんだ一体?」
一番困惑しているのはクロノスだったが
とりあえず凛桜ときなこの後を追った。
きなこはある場所にくるとワンワン吠えた。
「きなこ?何」
どうしてここに連れてこられたかわからない
半泣きの凛桜は首を傾げていたが……。
きなこは凛桜の目の前にある台に前足をかけて
その物体をバシバシと前足で叩いた。
「これがどうかしたの?」
それは魔王様から貰った宝石箱だった。
「凛桜さん、これはなんだ?」
「これは魔王様から頂いた宝石箱です」
と、言った瞬間クロノスのこめかみがぴくっと
引きつったように見えたが……
そのまま話を続けた。
「どうやらきなこは、その中身がきになるようだな」
「中身は……」
凛桜は蓋をあけるとクロノスが覗き込んだ。
「これは……驚いたな……」
クロノスは目を見開いていた。
「何が?」
「フ……本当に不器用なやつだな、お前は」
そう言って軽く笑うとシュナッピーを
手招きして呼び寄せた。
「ギャロ……」
呼ばれたシュナッピーは気まずそうに視線をそらしながら
しぶしぶとやってきた。
「凛桜さん……」
「はい」
「この箱の中の花弁はただの花弁じゃない」
「えっ?どういうこと?」
「これはすべてあなたへのシュナッピーの想いだ」
「ん?」
「つまりこの花弁はすべて顎の下の花弁だ」
なんですと!?
このすべてがあの信頼の証だという顎の下の花弁なの?
生涯で1本もらえれば御の字だという
あの貴重な貴重な花弁だと!!
「…………」
「やっぱりわかっていなかったのだな」
絶句している凛桜をみつめながらクロノスは
軽くシュナッピーを小突いた。
「恥ずかしいのはわかるが……
キングのような立派な大人になりたいのならば
ちゃんとしないといけないこともあるんだぞ」
クロノスが優しくそう諭すとシュナッピーは
少し不貞腐れてはいたが……
素直に頷いていた。
相変わらず絶句の表情から戻らない凛桜は
激しく動揺していた。
急に何よ!!
大判振る舞い過ぎませんかね!!
出来れば欲しいとは思っていたけれども
こんなにはいらないでしょう、うん……。
その前に分かりづらいわ!!
極端にも程がある!
クロノスさんが言う通りこれって
もっと厳かな感じで進呈するものじゃないんかい!!
「却下だから……」
「え?」
「ギョロ?」
「今までの分は却下だから」
「…………!!」
そう言われシュナッピーは傷ついた顔をしていたが
私もここは譲れません。
「だそうだ、シュナッピー。
今度はちゃんと決めろよ」
そう言ってクロノスさんは大層悪い顔で笑っていた。
そのあとクロノスさんとお茶をしている時に
聞いた話によると……。
ちょうどシュナッピーが干している洗濯物の中に
花弁を入れようとしている所に出くわしたらしい。
シュナッピーさんよ……
干している割烹着のポケットに入れようとしてたんかい!
なので、きちんと自分の手で渡すように諭そうとしたが
逃亡したので追いかけてきて先ほどのやり取りに
繋がったみたい。
「ああ見えてもまだ子供なのだな……」
相変わらず拗ねたままで庭の隅でいじけている
シュナッピーを見ながら二人で微笑んだ。
「私こそ大人気なく取り乱して恥ずかしかったです」
「いや、それだけシュナッピーを大事に
している証拠だろ。
そんな家族思いの凛桜さんは素敵だ」
「クロノスさん……」
クロノスの琥珀色の瞳が甘く溶けて
凛桜を優しく見つめた。
そしてそっと2人の手が重なり……。
「凛桜さん……」
少しずつ2人の顔の距離が近づこうとした時だった。
「ギャロロッロロロオ!」
シュナッピーが葉っぱの上に顎の下の花弁を乗せて
プルプル言わせながら縁側から凛桜に差し出していた。
顔が下を向いているので表情はわからないのだが
照れているのだろう……
若干赤みがさしている気がする。
「…………」
「………………」
シュナッピーさんよ、今じゃない……。
お前、絶対にわざとだろ。
凛桜とクロノスはお互いに見合って半笑いを浮かべた。