147.ああ勘違い……
田舎暮らしを始めて131日目の続き×6。
我が家の中庭に……
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワーが現れた!!
・戦う
・見なかったことにする
・とりあえずドーナツを投げてみる
某RPGのコマンド画面が頭の中に浮かんだ……。
いやぁぁぁぁぁぁ!!
どの選択肢もむりゲーだわ!!
なんでうちの中庭ってこうも色々な厄介なものを
引き寄せちゃうかな……。
凛桜は遠い目になりながら天を仰いだ。
現れた個体はシュナッピーよりも一回り小柄で
澄んだ水色のお顔が可愛らしい?
可愛いのか……?
んー、まあその……
うん、とにかく……どう表現したらいいのかしら。
クイーンママが妖艶な女王ならば
この子は“深窓の令嬢”的な?
儚げな可愛らしい雰囲気の個体なのは確かだ。
「ギュ……ロ……」
突然来ちゃった本人もどうしていいかわからず
かなり挙動不審だった。
一つ目を白黒させながら可哀そうなくらい
右往左往していた。
が、次の瞬間……
庭の奥に知った顔を発見したからだろうか。
誰の目から見てもわかるくらい
急にぱああああっと表情を輝かせたかと思ったら
その方向をめがけて急に走り出した。
「…………!!」
嘘でしょ!!
いきなり本妻VS新恋人の対決とかやめてよ。
これは本気でドーナツを投げて……
仲裁しないといけないかしら。
凛桜は右手にプレーンドーナツを
左手にはチョコレートドーナツをスタンバイした。
それをみていたクロノスさん達が何か言いたそうな
微妙な顔をしていましたがかまいません。
ドーナツの力は偉大なのです!!
止めないでくださいね。
いざとなったら私は投げますとも、えぇ。
一方急に自分めがけて走ってくる様子をみた
キングパパはかなり焦っているのだろう。
恐怖のあまり凍りかけているのか?
というくらい一瞬にして
身体の3分の1くらい真っ白になって固まっていた。
それもそのはず……
隣にいたクイーンママの周りになにやら
ダイヤモンドダストのようなキラキラした冷気が
渦巻いているからだ。
「あかんな……クイーンは本気や……」
これにはルナルドさんも慌てていた。
ノアムさんとカロスさんもどう介入していいのか
わからずただ事態を静かに見守る事しかできない様子だ。
しかしそんな事はおかまいなしに
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワー嬢は
2人の前に突き進んできた。
ふぁ!!
ど……どうしよう……。
凛桜はすがる様にクロノスを見上げたが
困った表情でどうしようもできないというかのように
首を軽く横にふって微笑むだけだった。
その間にも事態は進んでしまう訳で……。
気がついたら……
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワー嬢は
何故かキングパパの前を素通りして
堂々とクイーンママの目の前に立っていた。
えぇぇええええええ!!
何で?
まさかこの儚げな見かけとは裏腹に……
クイーンママに宣戦布告とかしないよね……。
クイーンママも来るなら来いや!!
的なオーラを醸し出すのやめい。
怖すぎてみているのが辛い……。
その場の全員が固唾を飲んで見守っていると
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワー嬢が動いた!!
クイーンママにまた一歩近づいたかと思ったら
微動だにせずクイーンママを見つめている。
えっ?どういう状況?
クイーンママも負けじと見つめ返す。
「…………」
そして1分程過ぎましたが
まだそのまま見つめあっています……。
私達にはわからないだけで……
テレパシー的な何かで……
既に喧嘩が始まっちゃっていたりします?
と、思った次の瞬間に思いがけないことが起きた。
もぐもぐごっくんフラワー嬢は徐に
自分の顎の下にあるブロンズの花弁を抜いた。
まさかそれで先制の一撃をかますつもりなの!?
いやぁぁぁぁぁ!!
血の雨が降るぅぅううう……。
と、思ったが……
もぐもぐごっくんフラワー嬢はその花弁を
自分の葉っぱの上にのせた。
そしてそれを震えながらクイーンママに捧げたのだ。
「ギョエオエロロ!!」
その瞬間に何故かキングパパがキレて叫んだ。
「………………」
反対に何故かクイーンママは困惑しながらも
ちょっと嬉しそうだ。
ん?
どういうこと?
「なんや……そういうことやったんか」
ルナルドさんも乾いた笑いを浮かべながら
その場にヘナヘナと座り込んだ。
「そういう事だったんスね……」
ノアムさんも半笑いだった。
「ククク……残念だったなキング……」
クロノスさんも何故か笑いを堪えているようだ。
「ギュロオロロ……」
言われたキングパパは苦虫を噛みつぶしたような
表情で何か唸っていた。
「乙女心は植物であっても複雑なのですね……」
そう言ったカロスさんはせつないため息をついていた。
何か思い当たる事が過去にあったのだろうか……
こみあげてくる感情をぐっと飲み込んでいるようだった。
フラワー種の習性はよくわからないけれども
少なくともこれだけはわかる。
もぐもぐごっくんフラワー嬢が一目惚れしたのは
キングパパではなくてクイーンママだったって事。
だってクイーンママを見つめる瞳がハートだもの。
もちろん言葉なんか発してないのよ。
でもね……
“お姉さまとお呼びしてもよろしいですか?”
という幻聴まで聞こえてきちゃう感じなのよ。
さっきまで世界を滅ぼすのではないのかという
くらいの勢いだったクイーンママがすっかり
絆されちゃっているし……。
たぶんあの表情は
“よくってよ、子猫ちゃん”
と、言っているに違いない、うん……。
違う意味でキングパパが真っ白に燃え尽きちゃってるし。
もうまさに……阿鼻叫喚だわ。
クイーンママ……カッコいいからな。
気持ちはわからないわけではない。
きっと恋愛とかではなくて一種の憧れよね。
思春期あるあるかしら。
その気がない癖に、自分じゃないとわかったとたん
残念そうなのは何故だい、キングパパ。
クロノスさんとノアムさんが半分揶揄いながらも
キングパパを慰めているわ……。
「いくつになっても……もてたいッスよね」
「ソレナ!」
変なところで意気投合しないでよ全く。
しょうもない男どもめ!
まあ、でもいいか。
平和が一番だからな。
この後仲直りってわけじゃないけれど
皆でドーナツ食べたわよ。
もぐもぐごっくんフラワー嬢も嬉しそうに
クイーンママと仲良く食べていたからよかったわ。
それを嫉妬まるだしでキングパパが不機嫌そうに
みているという不思議な構図ができあっていたけれどもね。
で、更にその後にクロノスさんの部下の狼獣人の青年と
ライオン獣人の青年がやってきたのよ。
ルナルドさんの執事さん2人もきていたかな。
なんでも……
もぐもぐごっくんフラワー嬢を引きとりにきたらしい。
彼女の本当の契約者のお貴族様がかなり心配しているみたい。
そこで帰り道に万が一また襲われるような事が
あったらいけないからね。
ルナルドさんの執事さんはもちろん!
もぐもぐごっくんフラワー嬢を護衛する為に
騎士団の面々がやってきたらしい。
これにあわせてキングパパ達もルナルドさんと一緒に
屋敷に帰る事になった。
「ほんまに巻き込んですまなかった。
また改めてお詫びするから、堪忍な」
そう言ってルナルドさんは頭を下げた。
「いや、私は大したことしてないよ。
今回の功労者は何と言ってもノアムさんだよ」
「えっ?俺ッスか?」
言われた本人はきょとんとしていた。
「そうだな、今回はノアムの手柄の部分が大きい。
お前は大したやつだよ」
クロノスも手放しで褒めていた。
「団長までやめてくださいッス」
ノアムは照れながら頬をかいていた。
と、そこにキングパパとクイーンママが
仲良く蔦の先を絡めながらやってきた。
「おっ!仲直りできたみたいッスね。
これからも仲良くして欲しいっス。
今回みたいなことは最初で最後にしてくださいッスよ」
そう言ってノアムは茶化しながらも優しく2体を見つめた。
そんなノアムに対して2体はスッと頭を軽く下げると
何かを差し出した。
「…………?」
それはキングとクイーンの顎の下にある花弁だった。
「アリガトウ……」
「カンシャ!!」
その光景をみたまわりからどよめきが起きた。
「ノアムさん凄いですね!!」
「めったに見られないことだぞ!!」
「マジか……」
異様に盛り上がる周りと裏腹に……
ノアム自身はまさかの出来事に面喰っていた。
「えっ?キング……クイーン」
目を丸くしたまま固まり一向に受け取ろうとしない
ノアムにしびれを切らしたのだろう。
「「キモチウケトレ」」
キング達も照れているのか
早く貰えと言わんばかりグイグイと強引に
ノアムの手に押し付けた。
「……ッス」
ノアムは照れながらも言われるがまま受け取った。
が、その様子をなんとも複雑な表情でみていた人がいた。
そう、ルナルドさんだ。
あの表情の副音声はたぶんこんな感じだ。
“わいだってつい最近ようやく貰ったんやで!
それをこんな短期間で心を掴むやなんて……
距離のつめ方エグ過ぎや!ノアムさん“かな?
まあ、ノアムさんのコミュ力は異常だからね。
「かなわんな……ほんまに……」
ルナルドさんはふかいため息をついてから
すこし不貞腐れた顔でキング達をみていた。
「朝から頑張ったわいにもご褒美欲しいくらいやで。
帰ってからもぎょうさんやることあるしな。
このままいったら過労でハゲてまうわ……」
「えっ!」
凛桜が思わず声をあげてルナルドの尻尾を見たので
苦笑しながら話を続けた。
「冗談や……。
予定がつまっているのはほんまやで。
はあ……このまま凛桜さんの手料理食べたいんやけど
今日は大人しく帰るわ……」
「またゆっくり遊びに来てくださいね」
そう言って凛桜はお土産のドーナツの袋を渡した。
「おおきに」
それに伴いキング達もルナルドの後に続いて
帰ろうとしたが急に振り向いて言った。
「マタアオウ!ノアム」
「ワガトモ!ノアム」
「………………!!」
2体は手を振るかのように葉っぱをゆらしながら
中庭の奥へと消えて行った。
「ネコから進化したな」
クロノスさんがそっと優しくノアムさんの肩をポンと叩いた。
「……ッス」
その時のノアムさんの目の端にうっすらと涙が
浮かんでいたのは気のせいじゃないはず。
そうそう!あのフラワー種の儀式が気になったので
後にクロノスさんに聞いたところによると……。
顎の下の花弁はフラワー種にとって
かなり大事なものらしい。
それこそ婚姻する相手か自分が認めた相手にしか
決して渡さないという信頼の証なんだって。
これを渡すという事は、フラワー種にとって
最大の愛情もしくは信頼の証らしい。
特に契約者はこの花弁を貰ってこそ
1人前と認められるそうで……。
ルナルドさんも最近ようやく
キングとクイーンから貰ったっていってたなぁ。
「………………」
えっ?
私……シュナッピーから貰ってないけれど!!
貰ってませんけどぉおおおお!!
密かに心の中で絶叫する凛桜であった……。