146.兄と弟
田舎暮らしを始めて131日目の続き×5。
「モキュモキュモキュ……」
クイーンママがサツマイモチップスを物凄い勢いで
口の中に放り込んで食べている。
美味しいのだろう。
嬉しそうに頭と葉っぱを揺らしながら食べている。
さきほど皆に野菜の素揚げチップスをおやつにあげた。
前に出した時にとても好評だったおやつなのよ。
これで少しでもクイーンママの機嫌が上がればいいな
と思ったのだが……。
何故かキングパパだけは一欠けらも食べられない
という状況が続いていた。
ちょっとでも籠の中のチップスを蔦で取ろうとしたら
物凄い形相のクイーンママに睨まれるからだ。
あー、かえって可哀そうな状況に追い込んでしまった。
あんなに項垂れているキングパパを見たことないわ。
キングの威厳はどうした!?
「キューン……」
そんなキングパパを見かねてシュナッピーが
そっとジャガイモのチップスを渡そうとしたら
クイーンママの一喝が入った。
その低い唸り声に2体はびくついて固まった。
「そうとう怒っとるな……」
これにはルナルドさんも苦笑するしかなかった。
ルナルドさんの話により当日の状況が見えてきた。
「あの日は何故か朝からついてない一日やったんや。
まず最初に目覚まし鳥が鳴かへんかった」
ん?
どういうこと?
「それは珍しいですね。
病気かなにかですか?」
「いや、至って元気や。
何故かわいの部屋の目覚まし鳥だけが鳴かんかったんや」
「普通ならありえないっスよね……
災難だったスねぇ」
いやいやいや……。
目覚まし鳥ってなによ。
名前からなんとなく想像ができるけれども……。
生身の鳥さんだったらそういうこともあるでしょが。
と思ったが……
後からクロノスさんから聞いたところによると
その鳥さんの性質上……
指定した時間に鳴かないことはほぼないらしい。
むしろ鳴かないということは……
目覚まし鳥にとって死期が迫っているというくらい
大事件らしいのだ。
ある意味怖いな目覚まし鳥……。
鳴かなかっただけでそんな大事になっちゃうの!?
大丈夫だったのか?そのこの命は……。
「それだけでも予定がくるってまうのに!
朝食の時に必ず食べている……
わいの大好きなカリッコーの卵焼きが出なかったんや」
「…………」
「しかもカッフェラータも出なかったんやで。
これを朝一で飲まんと目がさめないっちゅうねん。
それなのにちょうど粉がきれていたらしく……
係の者が買いに行くのを忘れていたんや。
通常ならありえない失態や!」
キレ所がちょっと分からないけれども
カッフェラータってコーヒー的な何かかしら?
ルナルドさんの朝食のこだわりヤバいな……。
他にも書類の不備があって一から書き直したり
注文の発注ミスがあったりして
朝からてんてこ舞いだったらしい……。
えっと……
まあ、そんな事もあるよねぇ。
ついてない日って……
細かいところから全部ついてないのよね。
そんななか更に極めつきなのが……
約束の時間を30分すぎてもその例のお貴族様が
現れなかったんだって。
ああ見えてルナルドさんは忙しい方だ。
商会のトップだもんね。
スゲジュールはきっと分刻みなのだろう。
朝からの出来事で多少イライラしていたところに
相手が大遅刻ならばかなり精神状態はよくないよね。
で、ようやく表れた相手がなんと……
そのお貴族さまの弟さんだった。
急にご当主の具合が悪くなったらしく
自分が代わりに連れてきたと言ったらしいのよ。
その弟さんとは夜会で面識もあったので
身元の間違いはなかったのだが……。
この人物……
あまり評判のいい方ではなかった。
兄とは違い野心家で横暴な態度が目立ち
噂ではかなりの賭博好きで莫大な借金を抱えている
と密かに噂されているほどだった。
「あー知ってるっス。
その方のとりまきとはちょっと色々あったッスから」
ノアムさんが嫌そうに顔を顰めた。
クロノスさん達も思い当たることがあるのだろう。
同様に顔を顰めていた。
「多少怪しいとは思ったんやけど……
来てもうたしな……。
ひとまずキングとの面会はとりおこなったんや」
案の定……
キングパパはまったくそのフラワー種には
興味を抱かなかったそうだ。
それどころか……連れてこられた
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワーの方も
終始怯えている様子だったんだって。
きいていた話と違う様子に訝しんだルナルドさんは
その弟さんと当たり障りのない会話を楽しみながら
密かに執事さんに探りを入れるように指示したんだって。
数分経っても全く目を合わせようとしない
キングとそのブロンズのフラワー種に
弟さんはイライラしている様子だったらしい。
終始そんな感じだったのでルナルドさんが
切り上げようと声を掛けようとした時に
別の執事さんが部屋に飛び込んで来た。
そして足早に近づきそっとルナルドさんに耳打ちをした。
どうやら大事な荷物が谷間の道で強奪されそうになった。
賊は無事に追い払ったのだが……
3分の1くらいの荷物が駄目になってしまった。
だからどうしてもルナルドさんが直接出向いて
現場検証と相手に対しての謝罪や新たな発注などを
急遽行わなくてはいけなくなったのだ。
そこでルナルドさんは弟さんに
“今日はこの辺でお開きにしませんか?”
と持ち掛けると……。
意外な事にあっさりと了承したのだ。
性格的にもっと粘ってくるものだと思っていたのに
あまりにもあっさりと引き下がったので
ちょっぴり腑に落ちなかったのも事実だ。
しかし正直ルナルドさんは焦っていた。
一刻をあらそう事態が迫っていたからだ。
おかしいと自分の中の何かが警鐘を鳴らして
いるのを感じながらも……
あいさつもそこそこに部屋を出てしまった。
そしてそのあとすぐの事だったらしい。
なんとこともあろうにそのお貴族様は
魔道具を使って執事を眠らせた上に
キングの誘拐を試みたのだ!
例え魔道具を使ったところで
やすやすとキングを拘束するのは難しいはずなのだが……。
お貴族様はその場にいた執事を始め
お屋敷の人の命を盾にキングに迫ったのだとか。
それでもなお抵抗しようとしたキングに対して
従わなければ自分が連れて来たブロンズのフラワー種も
この場で殺すと脅して迫ったというのだ。
これにはキングも従うしかなかったそうだ。
そしてそのままキングは自ら捕らわれて
屋敷の外へと連れ出されてしまったそうだ。
「なんて卑怯で大胆なやつなの!!」
凛桜は怒り狂っていた。
「よっぽど差し迫った事情がありそうだな」
クロノスは冷静に分析を始めていた。
「そうなんや……。
後からわかった事なんやけど……。
やつには膨大な借金があってな。
しかも曰くつきな所から借りとる」
「あー行くとこまでいった感じっすね」
ノアムは顔を顰めていた。
「で、いよいよ首がまわらくなったんやな。
そこで自分の兄の所有するフラワー種に目をつけたんや」
「確かにキングの系譜の個体なら……
それこそいくらでも金を出すものがいそうだしな」
クロノスは嫌悪感を露にしながら苦々しくそう言った。
「むしろ花弁だけでも高値がつきます。
全く悪党が安易に考えそうな事ですね……」
カロスも同様に顔を顰めながら唸った。
「そうやな……。
だから自分の兄が持っているフラワー種を
盗んだうえにキングを誘拐したんや」
「ありえないわ……」
「しかし奴にとって大誤算だったんは
キングの能力を舐めていた事や」
「といいますと?」
「多少の間は魔道具で御せるかもしれないが
あいつはキングやで?
植物と言って侮ったらあかんのや。
人が思うより以上にあいつらは賢いんや。
それにちゃんと感情もある」
確かにそうだよね。
私も最初は植物なのに……
と思う事があったけれども!
今ではそんな事を忘れるくらいもう家族の一員として
シュナッピーの事を迎え入れちゃっているわ。
「これでやっとキングの言っていた事が理解できたッス。
最初は……人質解放!と急に叫ばれて
全く分からなかったッス」
フフフ……キングらしいわ。
「その次に貴族の魔道具!と叫ばれてから
命大事!だったッスからもう訳わからなかったッス」
「話の筋としては間違ってはないがな」
「そうッスね……」
庭の隅で小さくなっているキングをみながら
全員でちょっとほっこりしたのだった。
そしてノアムは更に話を続けた。
「キングが言うには……
秘密の小屋に連れていかれ強制的に魔道具で
婚姻させられそうになったと言ってたッス」
「なんやて!!」
「だからブチぎれてそのブロンズのフラワー種を
つれて逃げたとも言ってたッス」
「やだ、キングったら男らしいじゃない」
「種族を守ろうとするところもキングなんですね」
カロスも尊敬の眼差しでキングを見つめていた。
「しかしとんでもない悪党やな。
無理やり婚姻なんて!
万死に値する行為やで……」
そこには般若のような顔のルナルドさんが降臨していた。
怖っ!!
こんなにも怖い顔のルナルドさんを初めて見た。
「どうしてやろうか……ククク……」
ヒィィィイイイイ!!
背中から何か禍々しいオーラが立ち込めてますけどぉ!
普段怒らない人の本気の怒りってヤバいよね。
「と、とにかくだ。
これでキングの無実は証明されたな」
若干顔をひきつらせたクロノスさんがそう言うと
我に返ったのだろう……
ルナルドさんはいつものにこやかな表情に戻った。
「そうやな……。
まあ人の方は色々と検証や証拠固めが必要やけど
後はクイーンしだいやな」
相変わらずクイーンはそっぽを向いている。
きっと賢いクイーンの事だ。
私たちの話を聞いていただろうし
もうとっくの昔にキングが無実だという事も
わかっているはず。
その前に本当はキングの浮気なんか
疑ってないよね?
でも乙女心として許せない何かがあるのよね。
なんとなくその微妙な気持ちはわかる気がする。
あー、もう可哀そうなくらいキングが
チラチラとクイーンの事をチラ見しているよ。
そんなキングをクイーンも気になっているようで。
許そうか許さないか葛藤しているのが見て取れる。
「キューン……」
キングもキューンって鳴くんだ!!
「案外かわいらしい声で鳴くんやな」
ルナルドさんも初めて聞いたらしく目を丸くしていた。
そんなキングの必死の求愛にクイーンの心も
溶けかけそうになっていた。
おっ!これは仲直りか!
と、全員が固唾を飲んで見守っている所に
何かがひょこっりと中庭に飛び込んで来た。
「えっ?」
「うそやろ!」
「マジっスっか!!」
「…………」
「何故ここに……」
このタイミングじゃないよね、うん。
空気よんで欲しかったわ……。
それはビクビクと震えながら辺りを見回している
ブロンズのもぐもぐごっくんフラワーだった。