141.そこ、開いちゃいます!?
田舎暮らしを始めて131日目。
朝早くから凛桜は気合いが入っていた。
何故なら昨日の夜からどうしても“ラザニア”が
食べたかったからだ。
最近はカニ三昧だったからな……。
いや、美味しかったよ、うん。
でも……当分魚介類はいいや。
くらいの勢いで堪能させて頂いたので
今は肉料理でごってりしたものを食したい!!
そんな事を考えていたらキッチンの戸棚の奥から
“デュラムセモリナ粉”を見つけたのよね。
そう言えば……
友人と行ったレストランのラザニアが凄く美味しくて
自分でも作りたくなったのね。
そしてその帰りにデュラムセモリナ粉を買った事を
すっかり忘れていたことを今思い出したわ。
デュラムセモリナ粉って聞きなれない粉だけれども
主にパスタやマカロニやラザニアの皮を作るための粉だ。
詳しいことはわからないけれども
デュラム小麦を粗挽きにした小麦粉らしいよ。
小麦粉の一種なのね。
まあ、この粉がなかったら強力粉でも作れるらしい。
が、どうせ手間暇かけて作るのならば……
本格的なものを食べたいじゃない?
「よし!作りますか」
まずは、ボウルにデュラムセモリナ粉を入れる。
ボウルに溶き卵、塩、オリーブオイルを入れて混ぜる。
デュラムセモリナ粉の中央に卵液を入れて……
全体がホロホロ?ゴロゴロ?になるまでゴムベラで混ぜる。
それを今度は一つにまとめてからボウルに
生地がつかなくなるまでこねる。
これがなかなか重労働!
「おっと……」
こらこらきなこさんや……
足にまとわりつかないで。
なんでこんな時に限って遊ぼうと誘ってくるのかね。
今取り込み中ですよ。
シュナッピーはグルグッルって言いながら
既に樹液的なものを口から垂らさない!!
まだ何も形も見えてないのに凄い想像力だな。
しかも貰えること前提なのかい?
ラザニア出来上がったらあげるけどさ……。
でもね、いつも思うのだけれども……
君、植物だよね?
本来……主食は水と日光ではないのですか?
百歩譲って、小さな昆虫……
こちらの世界では魔獣になるのか?ですよね。
ラザニアあげてもいいのだろうか……
今更ながらだけれども。
育て方間違えちゃったかしら私……。
「ギャロ?」
可愛く首を……いや、可愛くはないな、うん。
そんな凛桜の複雑そうな顔をみて首を傾げる
シュナッピーをみながら密かにため息をついた。
まあいいか、元気に育ってくれればいい!!
あとは表面がつるつるになるまで10分くらい捏ねたら
冷蔵庫で2時間ほど冷やしておく。
その間に朝食を済ませておこう。
待ちきれない2匹と1体にもジャーキーをあげて
自分も昨日の残りのおにぎりとおかずで食べ始めた。
「あ……フフフ……」
ふとお味噌汁の中に入っているカニの爪をみて
思い出し笑いをしてしまったわ。
昨日はあれから大変だった。
無事に家の池に来られるのかとやきもきしていたけれども
何も心配する事なかったよ。
だってクリューソスグランキオは……
かなり小ぶりサイズに縮んで現れたからね。
だいたいきなこ達くらいかな。
中型犬くらい?
それでも十分デカいカニだけれどもね。
「待たせたわっし!」
って、陽気に現れたわよ……。
旅行に来ましたくらいのテンションだったわ。
騎士団側としてはかなり緊張して迎える体制でいるのにさ。
両者間の温度感の差がエグかったわ……。
そのあと“インペリアル”を返還したのだけれども……
そこで衝撃的な場面を見ちゃったわ。
クリューソスグランキオは頷いて受け取ると
いきなりお腹をパカッて開いて……
そこにインペリアルをシュポって収納しちゃったのよね。
これにはその場にいた全員が慄いたわ。
え?そこにしまう?的な……。
確か……“ふんどし”って場所だよね。
そもそもそんな所に空間がありまして?
異次元か何かに繋がっています?
そこは本来カニの身を守る蓋的な部分じゃないのかい?
と、いうよりか……
自由に開閉できる場所でしたか?
言いたいことはたくさんあったが全部飲み込んだわ。
クロノスさん達も同様に狼狽していたからね。
その後は何もなかったようにクリューソスグランキオは
感慨深く庭を眺めていたよ。
「懐かしいわっし。
あの頃とほとんど変わらない景色わっし」
そう言いながら父にも会いたいって言っていたわ。
そんな微妙な空気が広がっているにもかかわらず
ノアムさんのお腹が盛大になるというハプニングが起こり……。
では何か作りましょうかという雰囲気になったら
クリューソスグランキオが徐に叫んだわ。
「白い三角の物体で黒い布が巻かれたものが
食べたいわっし!!」
またもやその発言に全員が固まったわ。
それは食べ物なのかい?
かなり悩んだが……
クリューソスグランキオの事細かい説明と
全員の知恵を絞ってなんとか“おにぎり”だという
回答を導き出したわ。
まだこの時には父から詳しくクリューソスグランキオとの
出会いと別れの経緯を聞いていなかったからね。
「鮭おにぎりか……。
わかりました!作りましょう」
「鮭が2パックしかないから他のみんなは違う具材で我慢してね」
と、言ったら騎士団の青年達が獣耳と尻尾を最大限に下げて
かなりしょんぼりしていたわ。
あまりの落ち込み様にクロノスさんに事情をきいたところ
この世界では鮭は皇帝陛下しか食せない幻の魚として
密かに噂されているらしく……。
まさかそれが俺の目の前に!!
食べられるのか!食べられるのか!!
と興奮してしまったみたい。
そうか……一時期は宮廷料理人の方達にお譲りしていたからな。
そんな噂に尾ひれがついて大事になっていたのね!
最近ではたまに宮廷の使いの方がいらっしゃるくらいで
鮭需要が減っていたからな……
だからこそ今日はたまたま冷蔵庫の中にあったのよね。
騎士団の青年達には可哀そうだけれども……
今日はクリューソスグランキオを優先したいと思います!!
お客様だしね!
そんなこんなで急遽“おにぎりパーティー”が開催され
みんなで楽しい時間を過ごしたわ。
事情を知らない人がこの場面をみたら……
大の大人達がカニを取り囲んで……
おにぎりを爆食いしているなんて
何事!?って、二度見案件になっちゃうけれどもね。
一時期は大戦争に発展しちゃうくらい
険悪ムードだったけれど!
なんとか穏便におさまってよかった。
どうやら陛下からも国民に対して禁漁区には入らない様に
勧告するとともに汚れた水を浄化する部隊を派遣させる事を
クリューソスグランキオに約束する。
と、クロノスさんから伝えられた。
それを地道に続けて行ければ……
これからまた再び美しい自然に戻っていくのだろう。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎるもので
そろそろお開きにしようという時だった。
またもやクリューソスグランキオは……
ふんどし部分をパカッとあけておにぎりを大量に投入した。
沢で待っている仲間にお土産として持って帰りたいらしい。
あー、えっと……うん。
いいけれども……。
いいのか?
また違う意味でおにぎりが異世界に広まってしまわないか。
助けを求めるようにクロノスさんを見たが……
諦めてくれと言わんがかり無言で首を横にふられた。
「では、達者でなわっし」
そう言ってクリューソスグランキオは再び池の中に消えた。
濃い一日だったな……。
そう思いながらカニ味噌の出汁が聞いたお味噌汁を飲み干した。
生地を寝かせている間に中の具材の準備をしちゃおうかな。
ミートソース作りに取り掛かった。
玉ねぎ、にんじん、にんにくをみじん切りにして……
本当はここにセロリも入れるらしい。
が、私……唯一セロリが苦手なのよね。
あの匂いがどうも駄目で。
だからいれません!!
鍋にオリーブオイルを引いて……
にんにくと玉ねぎだけをいれます。
中火にして焼き色をつけながら5分程じっくりと炒めます。
その後に、ニンジンを加えて油が馴染むまで炒めます。
そこにひき肉という名のビッグサングリアを入れます。
肉の色が変わったら白ワインを加えて
アルコール分を飛ばすまで炒める。
そこに本当はホールトマトを入れるのが簡単なんだけれども
今回は異世界産のトマトをドバっと入れます。
本当に甘くて美味しいのよ。
土地がいいのか魔法の肥料がいいのか?
とにかく瑞々しくて甘いトマトなのだ。
後は砂糖と塩。
ナツメグそして隠し味に少しめんつゆを入れて
蓋をして弱火で15分ほど煮ます。
ウスターソースを少し入れても美味しいかもな。
後は様子をみながら……
煮汁がなくなるまでときどき混ぜながら
煮詰めてしあげていきます。
ああ、これだけでも美味しいかも。
パスタにかけて食べてしまいたい!!
その気持ちをぐっと押さえて次はホワイトソース作りです。
鍋にバターを入れて弱火で加熱して溶かします。
薄力粉を加えてバターになじませるように混ぜながら炒める。
しばらくするとバターが泡立ってくるから
そこに冷たい牛乳を一気に投入し素早く混ぜ合わせる。
中火で3分程混ぜながら加熱してとろみがついてきたら
塩、コンソメ顆粒を入れて完成です!
よし、後はラザニア生地を作るだけだな。
そんな時……
なにやら庭の方が騒がしい。
誰か来たのかな?
凛桜は手を洗い縁側へと向かった。