140.派手すぎじゃないですか?
田舎暮らしを始めて130日目。
それはやけに艶々で無駄にキラキラしたものでした。
「ほえ……これが“インペリアル”ですか」
凛桜は感嘆な声でそうは言ったものの……
同時に何とも言えない表情を浮かべた。
だってね……。
インペリアルって言わば“魚卵”じゃないですか。
だから透明で小さくて粒粒したものを想像していたから
度肝を抜かれたというか!
まさか1つがバレーボールくらいの大きさで
鈍く光り輝く物体だとは思わなかったわ。
かなり重いし固いし……。
そう、例えるなら巨大な真珠!?
それだけならまだいいのよ。
その表面には何故かカラーストーンのようなもので
複雑な文様がデコられているのよ。
いや……恐らくだが本物の宝石の欠片だと思う。
更に極めつきなのが!
その物体が王冠をかぶっているのよねぇ。
やっぱり将来キングになることを約束されているからか?
王冠付きのまま産卵されたのか問題も気になるが
とにかく派手な物体なんですわ。
見るからにお宝感満載だもの。
盗まれてもしょうがないんじゃないかな……
くらいのビジュアルを保持しているのよ、うん。
「間一髪だったぜ」
そう言いながらクロノスさんはみたらし団子を
パクリと1つ口の中に放りいれた。
あれから王都の闇オークションを虱潰しに探して
まさに落札される直前に摘発したんだって。
予想通りというか……
貴族たちが密かに集まるかなりディープな闇オークションの
目玉商品として出品されていたらしい。
もしもの事を考えてレオナさんとクロノスさんが
変装して夫婦として潜入したらしい。
「…………」
思わず頭の中で2人の姿を想像してにんまりとしてしまった。
ある意味凄いお似合いの美男美女?
当の本人も思い出しているのだろう
複雑な表情を浮かべながらみたらし団子を突いていた。
しかし例え変装したとしても目立ちそうな2人だな。
特にレオナさんの高貴な貴族オーラーとか
隠し切れなそうにないんですけど。
人選ミスじゃないか?
そんな凛桜の表情をよんだのだろう。
カロスさんが独り言のようにぽつりとごちた。
「俺も止めたんですけどね……。
レオナさまの強いご希望で……」
「…………」
心情をお察しします。
何はともあれ無事に手元に戻ってきてよかったよ。
これでグランキオ達との和平交渉もまた1歩進むでしょう。
何よりも命をそして約束を守れてよかった。
うん……でもね……。
だからと言ってなんで受け渡し場所が家の庭の池になるのさ。
あの沢でよくないか?
クロノスさん達が届けに行けば済む話じゃないか?
そもそもうちの庭の池ってそんなに大きくないんだけれど。
とてもじゃないけれど……
そこからクリューソスグランキオは登場出来ないわよ。
それこそ右手すら出せないんじゃないかな。
それなのにクリューソスグランキオの強い希望で
うちの庭の池に決定してしまったのよ。
それ以前にあの沢からどうやってうちの庭に来るの?
まさか地下で密かに繋がっているなんて事はないでしょうね!
「………………」
あ、でも……
一回うちに来た実績があるか。
凛桜は父とクリューソスグランキオとの交流を思い出していた。
「ねえ……じいちゃんの家でカニに出会った事ある?」
「は?」
それこそ最初父は凛桜の突拍子のない質問に面食らっていたが。
「カニ……な……カニ……」
父はしばらく思案したのちに急に声を上げた。
「あ!あの黄金のカニの事か!?
懐かしいな……。
って、なんで凛桜がその事を知っているんだ?
その話ってしたか?」
「実はね……」
凛桜はグランキオ事件のあらましを父に伝えた。
「そうか……
あの時の黄金のカニは無事に元の世界に帰れたんだな
よかった……」
父は懐かしそうに目を細めていた。
余談だが……。
後に元の世界に戻った時に父に詳しく聞いた話によると
それは父が大学4年生の夏休みの出来事だったそうだ。
縁側で涼んでいると何やら庭の奥の池の方から
何かが争う音が聞こえた。
野生の動物が池の鯉でも襲っているのかと思い
慌てて見にいくとそこには予想外の者がいたらしい。
なんと黄金に光るカニと狸が一騎打ちで戦っていた。
しかもカニがちょうど狸の頬に強烈なアッパーパンチを
くらわせていた時だったらしい。
それが決め手になったのだろう。
この勝負、なんと圧倒的に小さいカニの勝利だった。
そこで初めて父はその黄金のカニと目があった。
と、また敵かと言わんばかり黄金のカニは
父に対してファイティングポーズを取ったらしい。
その迫力に一瞬息を飲んだがすぐにカニがよろけた。
やはり先ほどの戦いが響いているみたいだった。
よく見ると右手の爪が取れかかっているではないか!
それでもなお父に対して最大の威嚇を見せていたが
ついにカニはその場に崩れた。
そこで何を思ったのか父はポケットからある物を取り出した。
そう、あのバンソウコウだ。
そしてそのままむんずとカニを掴んだ。
手を挟まれるかと内心ドキドキしていたらしいが
カニも自分の状況を悟ったのだろう。
急に諦めた様に大人しくなった。
なのでそのまま取れかかっている右手に
バンソウコウを貼って応急処置を施したというわけだ。
すると不思議な事にそこから光が溢れて
取れかかっている右手が再生したのだとか。
いや、どういう仕組みよそれ……。
ばんそうこうは優れた医療品だけれども
そんな奇跡的な力は流石に保持してないわよ。
そして父はそのまま黄金のカニをそっと
池のふちに戻したのだとか。
「長旅になるんだろう。
道中気をつけて帰れよ。
それからこれ途中で腹減ったら食べろ」
そう言って鮭おにぎりを1つカニの横に置いたんだって。
そんな父の行動に黄金のカニは驚いたように目を見開いて
父を黙って見上げていたのだとか。
と、その時遠くから父を呼ぶ声と足音が近づくのが
聞こえてきた。
すると黄金のカニは急に慌てだして……
そのまま左手でおにぎりを掴むと池の中に消えたそうだ。
その時に幻かも知れないが……。
“恩にきるわっし”って聞こえたのだとか。
父よ……幻じゃないよ。
流石に異世界のカニだからと言って喋るわけがないよな
と、父は苦笑していたけれどね。
それ確実にあのクリューソスグランキオのお礼の言葉だわ。
更に父に素朴な疑問をぶつけてみた。
「黄金のカニなんて珍しいのに何故捕まえなかったの」と。
そうしたら父はしみじみとこう言った。
「異世界のカニだとすぐに理解したからな。
本当に黄金に光り輝いていたせいもあるが……
食べようとは思わなかったな」
まあ確かにね。
黄金に光るカニなんて都市伝説になっちゃうくらい
珍しいカニよね、もし本当にいたら。
「それに何と言うか……カニなのに……
まるで武士のような御仁だったよ。
凛としたいい目をしていたんだ、あいつ」
武士……。
確かに迫力あるけれど武士ねぇ……。
「これは何としても異世界に返してあげないと
って……漠然と思ったんだよな。
なんでだろうな」
そう言って父はフッと微笑んだ。
「それがまさかお前にまでつながるとは。
縁とは不思議なものだな」
「そうね……」
そんな事があったらしいから
クリューソスグランキオとしても
思い入れのある場所なのかなうちの池の庭……。
まあ、決まった事はしょうがない。
念のために池の中の鯉達はと言うと……
クロノスさんのお家の池にバカンスへ行ってもらっている。
そんな大事な日だというのに!
目の前ではグランキオ退治で一番の成績をおさめた
狼獣人の青年のリクエストで“カニチャーハン”を
振舞っている最中だからね。
約束だから作るけど、うん。
私がした約束ではないが……
食べる気満々の青年の瞳をみたら断れなかったわ。
でもね……いいのかい、これ。
カニが来るのにカニ料理って……。
てっきりハンバーグとか肉肉しいものになるのかなって
思っていたから色々と用意はしておいたんだけれども……。
まさかのカニ料理のリクエストがくるとは!
それだけグランキオはなかなか食せない美味しい食材なのね。
「美味しいです!本当に美味しいです」
そう言いながら狼獣人の青年は……
大盛りのカニ炒飯と中華スープを凄い勢いで食べていた。
これでもかって獣耳と尻尾が歓喜にピコピコ
揺れているのが可愛い。
そんな様子をおもしろくなさそうにみつめている男がいる。
何を隠そうノアムさんだ。
なんと!勝負は1匹差でノアムさんが負けたらしい。
なのでただいまにゃんこは絶賛縁側でふて寝中です。
「俺が優勝して凛桜さんに思う存分モナコを
作ってもらう予定だったッス……」
そう言いながら尻尾を床にビタンビタン打ち付けながら
きなこに愚痴っています。
やっぱりモナコなのかいっ!
相変わらずモナコの人気は不動らしい。
上官がそんな調子だから……
狼獣人の青年が物凄く食べづらそうにしているのが
気の毒だからやめてあげて!
きなこも若干ひいているじゃないか。
「俺……がんばったんッスよ……」
「ワフ…………」
あー、もう!!
いつも明るいノアムさんがそんなふうだと調子が狂っちゃうわ。
「ノアムさんが凄く頑張っていたのは見てたよ」
凛桜はノアムの隣に腰かけて優しくそう諭した。
「ワンワン!」
同意するかのようにきなこも嬉しそうに吠えた。
「ほんとッスか?」
凛桜にそう言われてノアムは軽く目を見開いた。
「うん、凄く俊敏な動きであざやかだったね。
さすがノアムさんって思ったよ」
凛桜が手放しでそう褒めるとガバッと飛び起きて
そのまま瞳を輝かせながら凛桜に詰め寄った。
「俺……俺、かっこよかったッスか?」
圧が強い!
目がバキバキだから。
「あ……、うん……かっこ……よかったよ」
「ほんとッスか」
「う……うん」
ノアムは更に凛桜に迫るがごとく近づいたが
その次の瞬間池の方へ吹っ飛んだ。
「調子にのんなよ?ああ?」
凛桜に近づき過ぎという理由でクロノスの鉄槌がくだった。
しかしご機嫌なノアムはそのまま空中で華麗に
くるりと一回転をして奇麗に着地した。
「ニャハハハ!やっぱり俺最高!」
「ほんとうにあのばか猫は……」
カロスさんも呆れたようにそう言ってはいたが
その瞳には優しさが滲み出ていた。
そんな微笑ましいコントのようなやり取りを
ほっこりしながら見ていた凛桜だがハッと我に返った。
庭の池が光り輝き始めたからである。
どうやらクリューソスグランキオが来たらしい。
やっぱり本当に来ちゃうんだ……。
凛桜は光る水面を見ながらカニの登場を待った。