14.初めてカレーを知った日
田舎暮らしを始めて13日目。
畑の収穫作業もひと段落ついたし……
今日は本格的なカレーを作ろうかな。
ビッグサングリアのお肉も消費していきたいところだ。
かなり業務用冷蔵庫の中に眠っている。
不思議な事に……
何故かこちらの世界で調達された物に関しては
使用すれば確実になくなるみたいだ。
復活はしないのだ……。
その辺のルールがよくわからん。
凛桜は軽く朝食をすますと気合を入れて割烹着に着替えた。
(私の戦闘服は割烹着だ!)
棚から数種類のスパイスを取り出し並べた。
使用する野菜や果物も全部その横に置いた。
(蔵から大きい鍋を発見したからこれで作ろう。
カレーはたくさん作った方が美味しいしね。
余った分は小分けにして冷凍しよう)
「まずは最初の難関……
この大量のタマネギを薄くスライスにしますか」
そう独り言を呟くと作業を開始した。
きなこと黒豆は興味津々で柵のところから
こちらをじぃーとみていた。
料理中は危ないから、台所への立ち入りは禁止なのだ。
「うぅ……目に染みる。
ちょっとした兵器だよね、タマネギって……」
泣き泣き頑張ってすべて刻み終えた。
まず初めにビッグサングリアのぶつ切りのお肉を
薄く焼き色がつく程度に両面を焼いて皿に取っておく。
その後はフライパンにバターをひいて、きつね色になるまで
玉ねぎを炒めて……。
いつも思うけどきつね色って何色よって思うのは私だけだろうか。
言いたいニュアンスはわかるけど……
ざっくりすぎやしませんか?
人によってきつね色の認識って違うのでは?
なんて屁理屈を言ってしまいそうになる。
そこに、擦ったしょうが、にんにくを入れて炒める。
水を1400㎖ザバーっといれる。
更にすりおろしたりんごと人参とじゃがいもを入れる。
そして我が家秘伝の配合のスパイスを全部いれて……
固形スープの素も5ついれる。
あとはひたすら煮込みます。
魔女のようにぐーるぐーるかき混ぜて煮込みます。
あく取りも地味にキツイのよね。
弱火にして焦げないようにかき混ぜるのが辛い……。
だんだん手が痛くなってきた。
味見をしながら、更にスパイスを気持ち足していく。
これはその日の気分だから出来上がりに若干差が出るのよね。
そんなカレー作りも佳境に入った時だった。
ピンポーン。
玄関のチャイムがなった。
(嘘でしょう!
今絶対に手が離せない状況なのにチャイムだと!!)
凛桜は現実逃避した。
(宅急便かな~
そう言えばネットで新しいピーラー注文していたな)
そんな間にもチャイムの音は止まらない。
「あれ、留守か?」
などと言う声も聞こえてくる。
幻聴かしら……。
留守なので、荷物は玄関先の軒下に置いてください。
「凛桜さん!おかしいな……」
玄関の扉ががたがた揺れている。
(また、あの方ですか……。
本当に騎士団長なの?仕事していますか?)
「めちゃくちゃいい匂いがするんだよなぁ。
縁側の方へまわってみるか……」
(おいっ!
不法侵入という言葉をしっているか!)
カレーをぐるぐるかき混ぜながら凛桜は心の中で
盛大にツッコミを入れていた。
が、うちの子達が盛大に歓迎している模様。
「おぉ、きなこと黒豆。今日も元気だな」
「ワンワン!」
「よーしよしよし、お前たちにもお土産があるぞ。
ホワイトギャリオンの大腿骨だ、旨いぞ」
「ワンワン!」
(人の家のイッヌに勝手に食べ物を与えないでください。
ホワイトギャリオンって何の種族よ……。
きなこ達も誇り高い日本犬なのに……。
なんであの人にはデレデレなのだろう)
凛桜はちょっぴり嫉妬心のようなものが沸き上がっていた。
クロノスさんは許可もなく縁側から家の中に入って来ていた。
「よぉ、凛桜さん。
やっぱりいたな。
今日も何か旨いものを作っているのか?」
満面の笑みを浮かべながら台所に入ってきた。
「これ、お土産だ。
マロマロンの実とパタトゥだ」
そういって籠いっぱいの栗とサツマイモらしき物を
テーブルの上にドンと置いた。
「今日は何の御用ですか?
見ての通り今……手が離せないのですが……」
かなりしかめっ面で鍋をかき回す凛桜。
「特に用事はないが……
凛桜さんの顔が見たくてな……」
とびきりの笑顔でそう言い放った。
(やだ……一瞬ときめいちゃったわ。
イケメンの言葉ってたちが悪い……)
が、そんな言葉で騙されるような歳でもないのですよ。
「で、本当のところはなんでしょうか?」
凛桜はジト目でクロノスをみた。
「…………」
気まずそうに目を逸らした。
尻尾もソワソワ揺れているのがわかる。
凛桜の疑いの視線に耐えられなくなったのか
獣耳を少し伏せて狼狽えながら言った。
「なんでわかった?」
「だってその服装からして訓練中か何かでしょう?
頬には泥がつているし、頭には葉っぱが絡んでいます」
「……まいったな」
恥ずかしそうに頭を搔いていた。
「そもそも、この森にくるのは訓練か巡回のためでしょ?」
「…………」
そんな獣耳をへにゃっとさげて気まずそうにしても
お母さん許しませんよ!
「そのな……」
大の男がもじもじするな!
「腹減ったんだ……。
訓練も大方終わったし……俺がいなくても……」
「えっ?
やっぱり訓練中だったの?それを抜け出して?
カロスさん達怒り狂っているんじゃないの?」
「かもな……」
愉快気にしているクロノスを凛桜は思いっきり睨んだ。
「今すぐお戻りください騎士団長様!」
「いやだ。
その旨そうなものを食うまで帰らない」
子供のような駄々をこねるクロノスに
凛桜は顔が引きつるのを抑えられない。
「…………」
無言の冷戦が勃発しようとしているところに
お約束のように二人が飛び込んできた。
「団長!
困ります、またすぐにサボって」
「団長だけずるいですよ、また凛桜さんに
ご飯強請っているんでしょう」
副官の凸凹コンビがやってきた。
「毎回本当にすみません。
私がちょっと目を離したせいで……」
カロスは心底申し訳ないと言わんばかり
深々と凛桜に頭を下げて謝った。
「二人ともいい所にきてくれました。
団長さん回収して帰ってください」
凛桜は満面の笑みで告げた。
「だ、そうなので帰りますよ、団長」
カロスが目を三角にして怒り
つかつかと歩み寄り、その腕を掴んだ。
「嫌だ、俺は凛桜さんの新作のご飯が食いたい!」
梃子でもそこを動かない構えだ。
「確かにいい香りですよね。
凄く満腹中枢を刺激するとでもいうのか……
この匂い嗅いで食べないという選択肢はないかも」
ノアムは尻尾を揺らしながらそんな事を言った。
「だろう、魅惑の食べ物だよな」
何故かクロノスとノアムはハイタッチを交わし意気投合していた。
「あなたまでやめてください」
カロスは頭をかかえた。
「因みに何という料理だ?」
悪びれもなくクロノスは聞いてきた。
「…………カレーと言います」
「カレーというのか」
「カレーですか……」
「カレー食べたい!」
三人の視線は鍋にくぎ付けだった。
結局……全員食べたいんかい!