139.事の真相
田舎暮らしを始めて129日目の続き。
「凛桜さん……何故ここに?
姿が見えないから焦ったぞ……」
すぐに凛桜の姿を見つけたクロノスが小走りに駆けてきた。
怒ってはいるが端々に心配していることが
ひしひしと伝わるそんな複雑な表情をしていた。
「ごめんなさい……その……」
クロノスさんの尻尾がビシバシ左右に激しく揺れている。
わー!!
めちゃくちゃクロノスさん怒ってる!!
ですよね……下手したら家に強制送還される距離よね。
わかっていたのよ……私もそれは!
何と言っていいのかわからなくて……
言葉に詰まってしまった。
そんなしゅんと落ち込んでいる凛桜の顔をみたからだろうか
一瞬クロノスの表情に焦りが帯びた。
「無事ならいいのだが……急にいなくならないでくれ」
「うん……」
そんな凛桜を見かねて……
ガルシアが凛桜とクロノスの間にずいっと割り込んできた。
「レディにそんなに詰め寄るもんじゃないぜ!
団長さんよ。
俺が強引に姫様をここに連れ出したんだ。
姫様に罪はないぜ」
「あ?」
「………………」
何故か2人のにらみ合いが勃発した。
“あの気障なペンギン野郎が凛桜さんを連れ出しただと!
油断も隙もない野郎だな……“
“侯爵様で番かなんかしらねぇが……
心配性すぎやしねえか?
度量が小さい野郎だな……“
どうやらお互いに気にくわない相手らしいです。
2人の間に火花が散っているのが見える気がします……。
このままいくと一触即発の状況になりそうなことを
予想したのだろう。
「あの……団長……そろそろ」
申し訳なさそうにカロスが後ろから声をかけてきた。
「ん?あ、ああ……すまん」
その声にハッとして直ぐに表情を引き締めた。
「ガルシアさま……」
一方ガルシアも連れてこられた仲間達の顔を見て
きまり悪そうにしていた。
「ガルシア殿。
申し訳ないのですがこちらで例の件を試させて頂きます」
カロスがそう告げるとガルシアはぐっと息をつめた。
「………………わかった。
お前たちも覚悟はいいな?」
そう言われたペンギン獣人達は青い顔で頷いた。
クロノスさん達が連れてきたのは……
歳の若そうな青年ペンギン達3人と中年のペンギン男性1人だ。
「まずはお前からだ」
そう言われたペンギン獣人の青年が1人滝つぼの前に立った。
そして……数秒後……。
特に何もないまま終わった。
そしてまた1人と次々に滝つぼの前に立たされる村人達だった。
最後に中年のペンギン獣人が滝つぼの前に
立った時にそれは起こった。
何故か急に地響きが起こり始め……
すべての滝から水が溢れんばかり噴き出した。
え?
「決まりだな……」
慄いている凛桜の横でクロノスがぽつりと呟いた。
「っ…………」
クリューソスグランキオの裁きが下された瞬間だった。
“犯人はお前だ!!”という事かしら……。
波動でわかるって言っていたもんな……。
恐るべしクリューソスグランキオ!!
というか……ずっと後ろで控えて待っていたの?
知らなかったわ……。
なんか……その……お疲れ様です!!
事の発端はこうだ。
今までこの村は人知れずウォ~ラ~メラン~を作り
皇帝のみに献上してきた。
その上自給自足で生活をして水の祠を大事に守って暮らしていた。
しかし近年になり村も徐々に大きくなり人口も増えた。
それに伴い発展し外との交流も盛んになってきた。
そうすると……
今までなかったものが村に持ち込まれ生活も豊かになる訳で。
すると当たり前の事なのだが……
若い青年ペンギン獣人達は外の世界に憧れるようになる。
実際に夢を求めて王都に渡る者もチラホラ出てきたのだとか。
それ自体は悪いことではない。
しかしその反面廃れていってしまう文化や生活方式が
生まれてしまう事も事実だ。
いままでは村人すべてが自然を敬い大事にしてきたのだが
その常識が崩れて始めてきているのだ。
若い世代のペンギン獣人達が祠の存在を忘れ……
水を大切にしなくなったのだ。
自分たちが水によって生かされその上で生活が
成り立っていることを忘れかけていたのだ。
村人は代々交代制で祠にお供え物を備えたり
周りの環境を綺麗に保つなどをして水を敬ってきた。
ペンギン獣人達は水を綺麗にする力が備わっているんだって。
だからこそ魔素が豊富で国一番きれいな水を保てていたのだ。
グランキオともいい距離感を保っていられたのも
このおかげと言っても過言ではないだろう。
しかしそんな心を忘れてしまうものが増えた。
そんな古臭い習慣よりももっと外の世界には楽しい事がある
村を発展させて豊かに暮らしたい。
ペンギン獣人の若者たちはついに……
今までは禁忌とされている村の周辺の場所に
“観光”と称して外部の人間を多数招くようになった。
水が美しく珍しい動植物が見られると噂になり
それは大盛況だったそうだ。
もちろん直接祠に案内したわけではない。
村からは遠い位置の湖畔や川辺だったが……
水路というものはあらゆる場所で繋がっているのだ。
人が増えるという事は、その分ゴミも増えるという訳で。
それに人というものは駄目だと言われれば
逆にやりたくなってしまう厄介な性をもっている。
これ以上先には入らないで下さいと告げても……
中には村の近くまで勝手に侵入してきてしまう
観光客もいたそうだ。
特別に強固な結界が何重にも張り巡らされている上に
ペンギン獣人達の招きがないと入れない仕様なので
村まで侵入されることはない。
だが、しかし村人にとって知らない何者かが村に近づく
という事は脅威なことにはかわりないのだ。
そしてそのしわ寄せが今となって自分たちに返ってきたのだ。
それは留まることを知らず……
ついにはその禁忌の場所に迫る事件へと発展してしまった。
「プレル……お前ほどの男がなぜこのような事を」
「ガルシアさま……申し訳ございません。
申し訳ございません……本当に……申し訳…………」
中年ペンギン獣人はただただ顔を歪めて謝るばかりだ。
プレルと呼ばれた男はむしろ観光業に反対派で
水や祠を誰よりも大事にしている男だった。
だからこそガルシアはその所業が信じられないのだ。
「………………」
「グランキオ達にとってあれがどれだけ大事なものか
お前も知っているだろう……。
それ以上にあの場所は俺達以外の種族が立ち入ることが
できない神聖な場所である事もわかっているはずだろう!!」
謝るばかりで真相を話さないプレルに業をにやして
ガルシアは声を荒げた。
「申し訳ございません……」
「だからもう……謝ってすむ次元じゃねぇんだよ!!」
と……不意に
「娘さんの為っスか……」
ノアムさんがいきなりそう告げた。
「……………!!」
その言葉を聞いた途端プレルさんが目を大きく見開いた。
ガルシアもまさかの発言だったのだろう。
驚いたようにプレルの顔をみて更に話を続けた。
「チェリちゃんがどうかしたのか?
確か王都に料理の修行に行ったんじゃねぇのか?」
「………………」
未だにプレルさんは顔を歪めながら口を堅く閉ざしている。
「何とか言えよ!!」
相変わらずプレルはぐっと黙り込むだけだった。
「ノアム、おまえその娘さんと知り合いなのか?」
クロノスがそう問うとノアムは首を横にふった。
「直接的な知り合いじゃないっス。
たまたまッスよ……。
俺の友人がそのチェリちゃんの担当医師なんッス。
ほら、王都でペンギン獣人って珍しいじゃないっスか。
だから印象的で覚えていたッス」
「医者だと?」
それでもプレルは狼狽しているにも関わらず口を噤んでいた。
「………………」
クロノスが意図を含んだ眼差しでノアムをみた。
それに目くばせだけで答えると少し言いにくそうに答えた。
「プレルさんの娘さんは“黄斑病”にかかっているッス……」
「なんだと!!」
かなりの難病なのだろうガルシアさんは驚愕の表情をしていた。
「その治療費の為にお金がいったからッスか?」
「………………」
ガルシアが愕然とした顔でプレルを見下ろしていた。
「なんでそんな大事な事を黙っていたんだ……。
相談してくれりゃあ、いくらでも力になったのによぉ……」
今度はうって変わってやるせないようななんともいえない
泣きそうな表情で優しくプレルに問いかけるガルシアさんがいた。
「うう……チェリ……すまない……ガルシアさま……」
ついにプレルさんは声をあげてその場で咽び泣いた。
村に戻ってからクロノスさんから更に
詳しく話を聞いたところ……
“黄斑病”というのは難病で……
高度医療の治療をうけないと死んでしまう病気らしい。
王都で料理修行している時に何処からか感染して
しまったらしい……。
その為にどうしてもお金がほしかったのだとプレルさんは言った。
そして王都でその事実を知った帰りに自暴自棄になり
思わず勢いで入った場末の酒場である男に声をかけられた。
その人は上品な身なりで気立てのいい男だったそうだ。
辛い胸の内を聞いて貰っているうちについ祠のことを
“インペリアル”の事を話してしまったのだとか。
クロノスさん曰く……
闇の獣人ハンターの一味であろうとの事だ。
彼らは言葉巧みに近づき情報を聞き出すプロなんだとか。
魅了の魔法やその他の魔道具で情報を聞き出す事もある。
きっとその毒牙にかかってしまったのだろう。
また、あいつらか!!
凛桜はあのイノシシ獣人を思い出し
沸々と怒りがわいてきた。
弱っている人ほど彼らの恰好のターゲットだ。
特に王都ではペンギン獣人は珍しいので
きっと店に入った時から目をつけられていたのでは
ないかという事だった。
そしてその闇のハンター達がプレルさんの情報をもとに
水の祠にたどり着いてしまい……。
まんまとインペリアルを盗んでしまったのだ。
そもそも“インペリアル”って何よ?
と、クロノスさんに聞いたところ……。
「次世代のクリューソスグランキオになる卵の事だ」
キングの卵か!!
「見た目の美しさはもちろん……
味はこの世のものとは思えない程うまいらしい」
誰か食べたんかい!!
「でもそんな大事な卵なら……
グランキオ達も常に目を光らせて守っているんじゃないの?」
するとガルシアさんが代わりに答えてくれた。
「いや、満月の日だけは……
何人たりとも水の祠には近づかないんだ。
それはグランキオ達も同じだ」
「神聖な日なのね」
「そうだ、満月は神聖な力を増幅させる。
そんな日に侵入するなんて……正気じゃないぜ」
ガルシアさんの眉間の皺がどんどん深くなっていった。
まあ、関係ない人にとっちゃ満月だろうか
神聖な場所だろうか関係ないんだろうね……。
それをうけてクロノスさんの部下の方が直ぐに王都に
引き返していったわ。
近日中に行われるであろう闇のオークション情報を
片っ端から調べるんだって。
貴族の闇情報はなんと!
レオナさんに集めてもらうらしい。
レオナさん顔が広そうだもんな。
それにあの美貌だもの……
かなりの熱狂的なファンがいるらしい。
最新のグルメ情報からそれこそ闇の深い情報まで
あらゆる情報を取り巻きが持ってきてくれるのだとか。
皆さんいいのかい?
あの方実は……男……いや、何も言いますまい。
素敵な夢を見てください、はい。
商人の方の情報は、ルナルドさんに頼むんだって。
そう言った時のクロノスさんの何とも嫌そうな顔には
苦笑しちゃったわ。
しかし……
異世界まできて環境問題や自然破壊の問題に
立ち合うとは思わなかったわ。
それに村の発展問題もね。
場所が変わっても起こるべき問題って
さほど変わらないのね……。
いつまでも古い習慣でいることをよしとは思わないけれど
時代や世界が変わっても大な事って基本的に
変わらないと思うのよね。
あの後若いペンギン獣人たちはガルシアさん達に
こってりと絞られていたわ。
たまたまあの3人があの場に連れてこられただけで
大半の若者は同罪らしいのね。
だからこれから毎日交代制で祠の浄化作業
周辺のゴミ拾いを命じさせられていたわ。
観光業やウォ~ラ~メランの外商もいきなり廃止する
訳にはいかないらしいので……。
これからは青年達の意見もとりいれつつ
よりよく村が発展していく為に皆で考えていくってさ。
「っとに……しょうがねぇひよっこだぜ」
そういいながらガルシアさんは苦笑していましたが
ノアムさん曰くあの青年達とほとんど年は変わらないんだって。
「いくつなの?」
「んん……確か90歳って言ってたッス」
「はい?」
「いや、だから90歳……」
「えっ?それって若者なの?」
「じゃないっスかねぇ。
なんてたって長老なんか300歳ッスよ」
「うっそ!!」
ペンギン獣人達はかなり長寿な種族でした!!