137.カニ側の事情
田舎暮らしを始めて128日目の続き×7。
右手の爪にファンシー(死語)なバンソウコウを貼った
クリューソスグランキオと睨みあって
5分以上が経過しただろうか……。
未だ両者に動きはない。
しかしなんでバンソウコウ?
ピンクの下地に黄色い星が散りばめられている図柄って
他になかったのかい?
可愛いのかヤバいのか……
かなり微妙なところよ、うん。
いや、やっぱりヤバイよりか……。
そこは普通の茶色いバンソウコウでよかったのでは?
むしろなんでそんな図柄のバンソウコウを持ち歩いていたのさ。
まあ……
キャラクターのバンソウコウとかだったら
もっとモヤモヤするだろうからこれでよかったのか?
どこの誰だか知らないけれども……
貼った本人もまさか異世界でこんなにも剥がされず
大事にされそのまま残っているとは思っていないだろう。
本当に怖いわ……。
と、そんな折動きがあった。
クリューソスグランキオがその右手の爪を鳴らしながら
クロノスに向かってまさかの行動に出た。
「おまえがここのむれのぼすわっしか?」
「………………」
あまりの衝撃に一瞬思考能力が停止してしまったが
凛桜は1人激しく心の中で盛大にツッコミを入れた。
喋れるのかい!!
しかも語尾のわっしって何……。
そこはせめて~カニとかじゃないの?
あ、この世界ではカニであってカニじゃないのか。
じゃあわっしでもいいか。
なんてくだらないことを考えてしまうほど
ちょっと精神的にやられていたのかもしれない。
どうしてこの世界のキングというかボス的な生物は
種族を問わず喋れちゃうかな……。
そんな躊躇している凛桜とは反対にクロノスは
平然な顔をして答えていた。
「そうだ。
こちらからも問いたい。
何故このようなことをする?」
「…………」
その問いを聞いた途端……
何故だかクリューソスグランキオの怒りが増した気がした。
えっ?
なんの疑問もなく会話しちゃう感じ?
周りを見渡しても多少の怯えと戸惑いは見られるが
話せること自体に疑問を持っているものはいないようだ。
本気か……。
話せることは前提なの?
面食らっている凛桜などお構いなしに両者の話し合いは進む。
「なぜだとわっし?
それをこちらにかたらせるつもりわっしかぁ!!」
そう怒鳴ると凍てつく氷がクロノスに向かって放たれたが
それをいともたやすく紅蓮の炎の渦で防いだ。
しかし直も怒りが収まらないのだろう。
クリューソスグランキオは怒り狂ったように
次々と大きな氷の塊を投げつけながら叫びながらいった。
「おまえたちじゅうじんはわれのすみかをけがすだけでなく
きんだんのちにあしをふみいれたわっし。
そしてこともあろうか“いんぺりある”をぬすんだわっし!!」
その単語を聞いた途端クロノスさんの表情が凍り付いた
と、同時に攻撃の手を止めた。
そのせいで氷の破片の一部が頬に当たり血が飛び散ったが
クロノスはかまわず反撃をしなかった。
「なんだと!!
そんなばかな……そんなことが……」
思いもよらない告白に狼狽しているようだった。
カロスさん達も同様に息を飲んでいた。
「そんなことをしておいて……
なぜこんなことをするだとわっし?」
クリューソスグランキオは威嚇するように何度も爪を
カチカチと鳴らしていた。
「だからおまえたちにもおなじきもちを
あじあわせたかったわっし!!
だいじなものをうばわれるいたみをしれわっし!!」
よく事情はわからないけれども……
何か大事なものを獣人達に奪われたから
仕返しに村の貴重な農作物を荒らしたのか?
そいつなにをしたのよ全く!!
信じられないくらい怒ってるよカニ……。
「ありえない……」
「そんなバチあたりな……」
そんな声が周りからもチラホラあがっている上に
一気にこちら側の士気が下がっているような気がする。
リバーブさん達でさえ顔を真っ青にして困惑の色を
隠せないでいた。
えっ?
何この雰囲気……。
かなりヤバイ感じ?
「………………」
するとクロノスさんがクリューソスグランキオに向かって
スッと片膝をついて頭を下げた。
「まさかそんな事態に陥っているとは知らず
本当に申し訳ない。
謝って済む話ではないが……
第一騎士団団長・クロノス=アイオーンが誓う。
必ず真相を突き止めて“インペリアル”を取り戻せるように
出来る限りの力を尽くすと」
そんなクロノスの行動に周りが一瞬騒めいたが
カロス達も一斉に同じように片膝をついて頭を下げた。
「いまさらおまえたちをしんようしろというのかわっし?」
クリューソスグランキオははっと鼻で笑った。
「そう言われても仕方がないが……
早急に手をうつとしか今は言えない」
そう言ったクロノスさんは苦しそうだった。
「くちではなんともいえようわっし。
さきにうらぎったおまえたちは
しんようにあたいしないわっし」
「っ…………」
けんもほろろに断られ……
そっとカロスと気まずそうに顔を見合わせていた。
更に追い打ちをかけるようにクリューソスグランキオは
淡々とした声色で言った。
「おまえがめのまえに“いんぺりある”をもってくるまで
こうげきはやめないわっし」
一方的にそう言って踵をかえして川へと戻ろうとしたので
ちょっぴりイラついていた凛桜は思わず叫んでしまった。
「それじゃなんの解決にもならないじゃない!!
もう少しこちらに歩み寄ってくれてもよくない?」
凛桜のその叫びにクロノス達は目を丸くしていた。
「凛桜さんマジっスか!!」
ノアムさんの顔が信じられない程引きつっているのが見えた。
「あっ?」
振り返った黄金の塊の殺気が一気に凛桜に降りそそいだ。
その迫力に気絶しそうになったが……
それ以上にムカついていた。
だってそうでしょう。
あんなにもクロノスさん達がへりくだって
最善をつくすって言っているのにさ!
取り付く島さえないくらいそっぽむいちゃってさ。
話し合えよ!!
「………………」
クリューソスグランキオの視線が凛桜を捕えていた。
どうやらここで初めて凛桜の存在に気がついたようだった。
「おまえは…………」
驚愕したのかクリューソスグランキオの目が大きく見開いていた。
「しんじられないわっし!!」
興奮したようにそう言うと……
何故かクリューソスグランキオは凛桜を四方八方から眺めていた。
えっ?
何?この視線。
えっ?
まさか……私を食べる気じゃないよね……。
それくらい入念に上から下まで食い入るように見ていた。
「おまえ……もしかしてわっし……。
よっしーのけつぞくわっしか……?」
凛桜を見るクリューソスグランキオの瞳が優しく揺らいだ。
よっしーの血族?
何、それ。
魔族の次はよっしーの血族ですか……。
凛桜が首を傾げていると直もクリューソスグランキオは続けた。
「これがみえるかわっし」
そう言って右手の爪を振り上げたので
庇う様にクロノスが凛桜の前に躍り出た。
が、クリューソスグランキオは苦笑しながら言った。
「ぼすよ……きがいをくわえるつもりはないわっし」
凛桜も大丈夫だと言わんばかりクロノスを見上げて頷いた。
それでも心配だったのだろう。
クロノスは凛桜の腰に自分の尻尾を巻き付けて
ぴったりと横に並んで立った。
そんな光景にクリューソスグランキオは
何か言いたそうだったが……
あえてそれには触れず話を進めた。
勿論まわりの人達も同じ気持ちだったが……
あえてその行動には触れなかったことは言うまでもないだろう。
「これはわれがまだちいさきころに……
よっしーによっていのちをすくわれたときのものわっし」
そう言って大事そうにバンソウコウを見つめていた。
よっしーねぇ……。
よっしー……。
「あ…………」
よっしーってまさか!!
そこで凛桜はようやく謎が解けた。
うちの父親の名前……“よしあき”だったわ!!
まさかと思うけれど……
そのよっしーさんかしら……。
昔の渾名が“よっしー”だった気がする。
いや、むしろ、絶対そうでしょう……。
ここにきて……
じいちゃんだけでなく……ちち!!
お前もかぁ!!
そして凛桜は父親の姿形をクリューソスグランキオに
説明するとやはりそのよっしーだった……。
ちちとクリューソスグランキオに何があったの一体?
命の恩人って何?
疑問しかないが……
話が長くなりそうだったのでここでは割愛した。
「そなたはよっしーのむすめであったわっしか……」
凛桜の中によっしーの片鱗が見えているのか
クリューソスグランキオも懐かしそうに目を細めていた。
「わかるものなの?」
「ああ、からだからでるはどうがにているわっし」
前もそんな事言われたな。
やっぱり遺伝子がなせる業なのかしら?
「話がそれちゃったから戻すね。
先ほどの件に関してなんだけれども……
どうかクロノスさん達を信じてくれないかな?」
凛桜がそう言うと急にクリューソスグランキオの表情が硬くなった。
「状況がわからないから……
あなたの望む結果になるとは約束はできないけれども
クロノスさんは約束を守る男だよ」
「凛桜さん……」
クロノスは嬉しそうに琥珀色の瞳を蕩けせて微笑んだ。
「全部水に流してくれとは言わないよ。
でもさ、ここは一旦停戦してさ。
今後の為にもお互いに歩み寄れないかな?」
「……………」
「原因も突き止める。
今後二度とこんなことが起こらない様に対策も考える。
だからもう1度考えてはくれないか」
クロノスも誠心誠意そう伝えた。
「私からもお願いします」
そんな仲睦まじい2人の姿を見たからだろうか?
クリューソスグランキオは呆れたようにため息をついて言った。
「よっしーのけつぞくのおまえがそこまで
ほれこむつがいならば……
しんようにあたいするおとこなのだろうわっし。
わかったおまえにまかせようわっし」
「本当に!?
よかった……」
凛桜はほっと胸をなでおろした。
「おまえだからしんじるのだわっし。
そのことをこころしてほしいわっし」
クリューソスグランキオはそう言って凛桜を見つめていた。
「約束する」
凛桜とクロノスは力強く頷いた。
確かにそうよね……。
親子と言えども違う人間だもの。
その人が立派だからと言って……
家族が同じように立派だという保証はないよね。
よく信じてくれたよな……。
こうしてクリューソスグランキオ達との戦いは
休戦を迎えたのである。
その後クリューソスグランキオが帰り際に
凛桜達のテントの辺りを凝視していた。
「………………」
同胞たちが調理されているのを
目の当たりにして怒ったりしていないかしらと
凛桜は内心ヒヤヒヤしていたが……。
クリューソスグランキオは苦笑しながら言った。
世の中は狩って狩られる世界だ。
戦って狩られて食されるのは世の常だから気にすることないと。
そうなのね……。
でもなんかちょっと気まずいわ……。
責任もって美味しく頂きます、はい。
そしてなにやらクロノスさんと言葉を交わした後に
川の中へと消えて行った。
本当に長い1日だったわ……。