136.ラッキーアイテムとは……
田舎暮らしを始めて128日目の続き×6。
グランキオ退治も中盤に差し掛かり……
こちらのカニ焼売も後は蒸しあがるのを待つだけになった。
その間にもそれぞれの部隊から捕獲された
グランキオが届き始めたので……
一部はカロスさんの魔法で急速冷凍して貰った。
これだけの人数とペンギン村人の皆様にもカニ料理を
振舞ってもきっと今日中にはすべてのグランキオを
食すことはできないと思う。
本当は獲りたてを調理して食べるのがベストだけれども
しかたがないよね。
家にも小さめのグランキオの冷凍を分けてくれる
との事だったけれども……
外にある業務用冷蔵庫に入るかしら?
そのまま持ち帰るのは嵩張るから茹でた身だけを
冷凍して持って帰ろうとしたら止められた。
グランキオは殻から身を外すと急速に痛むらしい。
殻に入ったままならば6ヵ月ほど鮮度を保つとの事だった。
ただし冷凍保存に限るという条件つきだが……。
殻の保存能力抜群じゃない?
本気でなんの成分でできているんだよグランキオの殻。
それでも有り余る数が捕獲されているので
数を調整しながら既に魔法陣を通じて王宮に送っているらしい。
空輸も凌駕する速さでお届けだな!
きっと皇帝陛下の夕飯に獲れたてのグランキオ料理を
出すためだろう。
そして今生配信をみている宮廷料理人の皆様が
今後実際にカニ料理を作る為にも大量のグランキオが
必要だろうしね。
そんなこともあり作業を分担しようという事になり
クロノスさんの部下の料理上手な団員の皆様には
解体を主にやって貰う事にした。
けっこうな力作業だからね。
リバーブさんに部下の方には引き続き……
カニ焼売の調理をお願いしています。
一方私はというと……。
「ここでお酢と醤油と油とすりおろした玉ねぎを加えます」
凛桜がカニサラダにかけるドレッシングの作り方を
説明している時にそれは突然起こった。
ゴォオオオオオ!!
バリバリバリバリィ……ガガガガガガ!!
激しい轟音と共に数人の団員達が空に吹っ飛ぶのが見えた。
「………………!!」
驚く間もなく目の前に巨大な渦を巻いた竜巻のような水柱が
川から何本も上がっており……
それに巻き込まれた団員達が次々と薙ぎ倒されている光景が目に入った。
凛桜達の元にも凄まじい冷気と水しぶきと爆風が
肌で感じられるくらいの激しさだった。
「何事だ!!」
クロノスさんも形相を変えてその方向へと走り出した。
こんなことって現実でも起こりうるのね……。
まるでゲームのボス戦のようだ……。
巨大竜巻の攻撃はXボタンのジャンプとダッシュで
回避できます的な?
こんな非常事態に不謹慎かもしれないが
思わずそんな事を考えてしまった。
そしてあまりの恐怖と突然の惨事を目の当たりにして
凛桜はついに調理する手が止まってしまった。
「えっ?」
リバーブさん達も未だ状況が理解できていないのか
ただただその光景をみつめてぽかんとしていた。
「団長!!」
そこにノアムさんが伝令の如く走り込んできた。
「ノアム何があった」
「おそらくですが……
クリューソスグランキオが現れました……」
「なんだと!!」
その名前を聞いたからだろうか?
リバーブさん達は顔面蒼白になりながらヒュッと息を飲んだ。
きっととんでもない奴が出現してしまったのだろう。
「まずいな……」
クロノスさんはここを離れるべきか眼下におりて
戦いに参加するべきかを迷っているようだった。
そんな緊迫した状況を感じ取ったのだろう
リバーブさんは真剣な面持ちでこう切り出した。
「一旦料理中継は中断しましょう」
中継先の宮廷料理人達もパニックに陥っている様子だった。
「そうですね。
状況はよくわかりませんがそれがいいと思います。
もし危険ならば今すぐにでもここから離れましょうか?」
凛桜がそう問うとクロノスは困ったように眉尻を下げた。
「いや、ここらへん一帯にはかなり強力な結界を
張ってあるのからむしろ動くよりも凛桜さん達には
ここにいてもらった方が1番安全だ」
結界なんか張ってあったんだ……。
目では全く捉えることはできないけれどなぁ。
なんて悠長な事を思っていた矢先
こちらに向かって青く光る水流の球の様なものが
3つほど飛んできた。
いやぁー!!ぶつかる!!
凛桜は恐怖のあまりぎゅっと目をつぶったが
何か大きなはじける音が聞こえただけで自分自身の身には
何も起こらなかった。
未だにバシンバシンとはじく音は聞こえている……。
恐る恐る目をそっとあけると崖の直前で全ての攻撃が
はじき返されているようだった。
クロノスさんが言っていた通り見えない壁があるのだ!
結界すごいな!!
「さすがクロノス様ですね。
普通はこのような広範囲の結界を張ることは
なかなかできないのですよ」
リバーブさんが尊敬の眼差しでクロノスさんを見ていた。
確かにいつもはどちらかというと
残念なイケメンなんだけれど……
本当はとても凄い人なのよね。
凛桜も口にこそ出さなかったがクロノスの真剣な横顔を
こっそりと盗み見しながら表情を緩めた。
しかし未だに戦いは続いているようで……
爆音や怒号が飛び交い……
当たりそびれてこちらまで飛んできてしまった攻撃が
降り注いでいるのも事実だ。
それなのに……
分厚い水柱がカーテンのように遮っているせいで
こちら側からでは中ではどのような事が起きているのか
ほとんど状況はわからなかった。
「団長、ここは一旦全軍ひきあげさせますか?」
カロスもいつになく緊張した面持ちだ。
そんなカロスの真剣な問いにクロノスは一瞬黙り込んで
遠くを見つめていたがやがて考えをまとめるように呟いた。
「そうだな……
クリューソスグランキオではこちらの分が悪い」
クロノスは忌々しそうに顔をしかめた。
「では……」
と、カロスが伝令を発しようとしたまさにその時に
やつがいきなり現れた。
「グァアアアアアアアアゴォォオォオオ」
耳を劈くような咆哮と共に大きな黄金の塊が
目の前にふって来た!
おそらく結界がなかったら……
その風圧だけでこの一帯は吹き飛んでいただろう。
いやぁ……マジか……。
心臓とまるかと思ったからね!!
いきなりはやめてよね。
きっとキングシリーズのようにかなり大物のカニが
現れるとは覚悟していたけれども。
想像のはるか上の奴が来ちゃったよ。
大型トラックですか?
もはや小さい山?
幼稚な例えしか出てこない自分が憎いが
とにかくデカい!!
カニじゃないよね、もはや。
いや……形状はTHE・カニなんだけど、うん……。
それに目がくらみそうなくらいの黄金色。
純金100%の殻ですか?
時価うん十億以上にもなりそうなボディー。
捕獲したら3代くらいはまでは遊んで暮らせそうな勢いよ。
これはレア中のレアだわ。
まさにキング!
「………………」
その巨大黄金カニが目の前の対岸の崖の上でこちらを
凝視している。
というよりか、クロノスさんと睨みあっているというか。
かなり間近まで迫っているから迫力満点。
きっとこの距離ならば……
ちょっと本気を出して飛べばこっちまで飛んでこられるのでは?
「………………」
カニと睨みあいってどういう状況?
周りもその状況に固唾を飲んで見守っています。
誰も手が出せないというのが正しいというか……。
お互い一歩も譲らないという気迫が
ひしひしと伝わってきています。
クロノスさんも凄いけれどカニもなかなかやりおるわい。
あっ、その隙に……
下の川では負傷した人や遠くに飛ばされた人の救助活動が
始まっているもよう。
よかった!
重症の人もいるようだけれども……
誰一人として命を落としていないのが幸いだわ。
鷹獣人の皆さんをはじめ空を飛べる方達が
忙しそうに四方八方飛び回っているのが見えた。
と、ほっとしたのも束の間……
あれって?なに?
凛桜はカニのある部分を凝視しながら目を見開いていた。
「ん?へ?んんんんん?
あれって……まさか……いや、でも……」
ぶつぶつと独り言まで呟いてしまう始末。
でもね、何度みてもあれにしか見えない!!
凛桜は軽いめまいのようなものを感じていた。
嫌な予感しかしないよ……。
なんでこの世界にあれが?
未だにクロノスさんとカニのにらみ合いが続いている中
水を差すようでまことに申し訳ございませんが
一言物申してもよろしいでしょうか?
どうしても1点だけ気になる所があるのよ。
最初それを見たときにおもわず2度見……
いやそれ以上したかも。
そして思いっきり目を何度も擦ったりもした。
驚きのあまり自分自身の目がおかしくなったのか
とさえ思ったからだ。
それくらい信じられないものがカニの右手の爪に
存在していたからね!
「一歩もひく気はないようだな……」
クロノスは直もカニを睨みながら険しく眉をよせた。
「噂にはきいていましたがでかいっスね
迫力と殺気が半端ないっス」
ノアムは興奮したように獣耳をピコピコさせながら
尻尾を左右にブンブン振っていた。
「クリューソスグランキオ……。
大人しい種族ときいていましたが
何がここまで彼らを駆り立てているのでしょうか」
カロスさんは相変わらず冷静に分析をしている様子。
それはそうなのですが……
それ以上におかしいところがありますよね?
クロノスさん達は普通にそれをスルーして会話していますが
どういうことなのでしょうか?
まさか……
異世界のカニの右手の爪はあれがデフォルト?
いやいやいやいや、おかしいでしょう。
そうだったらかなり引くわ。
埒があかないので思い切ってクロノスさんに聞く事にします。
「クロノスさん……
お取込み中のところ申し訳ないのですが」
「なんだ?」
「クリューソスグランキオでしたっけ?
あの右手の爪についている物の事なんですが……」
「右手の爪がどうかしたのか?」
クロノスは最初凛桜が何を言っているのか
わからなかったらしく……
不思議そうに首を傾げていた。
「ほら、あそこについている物ですよ」
「えっ?」
凛桜が指さす方向をみてやっと理解が追いついたようだった。
「ああ……あれな、俺も最初見たとき驚いたぜ」
そう言って苦笑していた。
すると横からすかさずノアムが話し出した。
「でも確かあれをみると幸運が舞い降りるって噂があるッス」
そういうとリバーブさんまでも参加してきた。
「私も聞いたことがあります。
たまたま沢で遭遇した人がその後すぐに
運命の番に遭遇したとかで」
「あー、私も聞いたことがあります。
料理人の先輩の1人がなかなか子宝に恵まれなかったのですが
偶然遭遇したクリューソスグランキオのあれをみた1ヵ月
奥様の懐妊がわかったそうですよ」
と、リバーブさんの部下の料理人談まで飛び出してきた!!
「確か“ボヌール・エトワール”って言われていますよね」
「そうそう、そんな名前ッス」
「そんな伝説みたいな事になってんのか?」
何故かクロノスさん達が盛り上がっている。
えええええええっ?
あれがそうなの?
「ちなみにあれって全てのクリューソスグランキオに
ついているものなんですか?」
なんとか動揺を収めながら凛桜が問うと……
クロノスは笑いながら言った。
「いや、あいつだけだ。
そもそもクリューソスグランキオ自体本来は
めったに遭遇するやつじゃない。
だから珍しがられて幸運だとかなんだとか
言われるんじゃないか」
「まさか私もこの目で見られる日が来るとは
思わなかったですよ」
リバーブさん達も心の底から喜んでいる模様……。
「俺にもついに可愛い番ができちゃうかもッスね」
ノアムさんのにやけ顔が止まらない……。
カロスさん顔は至ってまじめだが……
尻尾が尋常じゃないくらいピコピコ動いている。
皆結構信じちゃっているのか……。
本気か……。
たまに聞くよね……
そういう都市伝説的な噂。
某水族館の海の生き物の柄にハートマークがあって
それをみると恋人ができるとか……。
そんな感じかしら?
あれが?
いいの?
だって、あれどう見ても……
“星柄のバンソウコウ”だよね!!
なんであそこまで巨大に一緒に育ってしまったのかは
甚だ疑問だけれども……。
カニの右手の爪に星柄のバンソウコウって!!
どういう事!?
この世界には存在してませんよね!!
バンソウコウって。
そもそもカニに貼るものでもないし……。
凛桜1人だけが戸惑っていた。