135.一般的な料理ですから!
田舎暮らしを始めて128日目の続き×5。
どこからともなく軽やかなテーマソングが流れてきた。
♪~♪♪~♪♪~~♪~
「はい、今日も始まりました。
凛桜のカニカニ・クッキング!
今日はゲストに宮廷料理人のリバーブさんを
お招きしてお届けいたします」
明るくそう言いながら割烹着姿の凛桜が
フライパンを持ってキッチンに登場すると……。
その反対側からリバーブさんも満面の笑みを浮かべながら
やってきて凛桜の隣に並び頭を軽く下げた。
「みなさん、こんにちは。
本日はあの幻の食材“グランキオ”の新しい調理法を
教えて頂けるとお聞きしております。
いや~楽しみですね」
2人は微笑みながら見つめあうとさらに
カメラ目線で話を続けた。
「ただのグランキオじゃありませんよ。
第一騎士団の皆様がその場で獲って来てくれた
ピチピチの新鮮素材ですからね。
こちらとしても腕が鳴ります」
凛桜が興奮したようにそう告げるとリバーブは
同意するように頷きながら更に話を続けた。
「それは素晴らしいですね。
先ほど拝見いたしましたが赤色が美しい個体でした」
“なお今回は時間の都合上グランキオを既に
下茹でして解体した状態から調理を始めます。
ご了承ください“
捕獲されたグランキオの映像と共にそのようなテロップを
下の画面に入れてもらった。
水晶の録画機材凄いな……
こんな機能も備わっているのね。
密かにこの国でもユーチューバーがいるんじゃないの?
と危惧していたが、リバーブさん曰く……
この水晶はかなり希少な鉱物で採取も困難なうえに
購入するとしても目が飛び出るくらい高額なものだそうだ。
だから皇帝陛下と数人の貴族と国が認めた一部の学者のみが
所有できる特別な魔道具なんだとか。
「第一騎士団の皆様のお力添えによって
今回の料理企画が実現しております」
そう言って凛桜は深く頭を下げた。
すると納得とでも言うかのように手のひらに拳をポンと打ちつけて
リバーブさんはうんうんと頷いた。
「だからなのですね!
普段はなかなかこのような場所にいらっしゃらない
第一騎士団団長のクロノス様が特別ご招待客として
あそこに座っていらっしゃるのは……」
と、同時に水晶カメラがテーブル席に座っている
クロノスの映像をぬいた。
「……。
みなさん……こんにちは……。
クロノス=アイオーンです……。
お招き頂き………光栄です……」
顔を引きつらせ棒読みのクロノスさんが
カメラ目線で挨拶をしていた。
「…………」
不自然なくらい目が泳いでいるではないか。
「はーい、一旦終了します」
その声に、水晶を掲げていたリバーブさんの助手が
水晶の尖った先をポンと軽く叩いて通信を打ち切った。
宮廷料理人のはずなのに……
今はまさにカメラさんと化しているわ、彼……。
今回が初めてじゃないよね?
くらいのカメラさばき!!
「クロノスさん!表情が硬いです。
特別な招待客なのですからもっとにこやかに」
凛桜がプロデューサーの如くダメだしをすると
獣耳と尻尾を最大限に後ろに倒し……
心底困惑したクロノスがぼやいた。
「凛桜さん……
本当にこれは必要な事なのか?」
凛桜はその言葉にスッと目を細めた。
「俺も参加したいと言ったのはクロノスさんですよね」
「っ…………」
そう言われてクロノスはうっと言葉を詰まらせた。
楽しそうに番組の練習をしているリバーブと凛桜さんをみて
ついやきもち心から言ってしまったとは言えず……。
激しく後悔しているクロノスがいた。
「こういうのは恥ずかしいのだが……。
こう……もっと自然に料理するところだけを伝えれば
いいのではないか?」
「…………」
お前がそれをいうのか?
凛桜はジト目でクロノスをみつめた。
「これは必要な事なのです!
私の国ではこのようなかたちで皆さんにお届けする
料理番組が定番なのです!
しかも大人気なうえにご長寿番組ですから」
鼻息荒くそう断言をした。
「そもそも番組って……なんなんだ一体……」
そんなクロノスのぼやきは捨て置きながらも
凛桜はふと自問自答した。
そうは言ってはみたものの……
クロノスさんの発言は正しい、うん。
自分でも異常事態だと心のどこかでは思っている。
でもね、でもね……こうでもしないとやってられない。
はっきり言ってやけくそだった。
こんな茶番でもしないと生中継しながら
料理なんかできないから!!
普段家庭でおこなう料理って……
人に見られてするものじゃないから。
だってあの水晶カメラの先には……
トラ獣人のおじさま達を筆頭に何十人もの宮廷料理人が
控えているのよ。
もしかしたら……
皇帝陛下も密かにみているかもって
クロノスさんが言っていたわ。
なんですと?
陛下がみる番組プログラムかしらこれって……。
いる?
興味ある?
まさか陛下がキッチンにお越しするわけがないから
別の方法で視聴しているって事だよね。
執務室?
それともプライベート空間で視聴しているのかしら?
一体どうやって?
この世界にもタブレット的なものがあるのかな?
映像と音声のズレとか大丈夫かしら。
「って、違うわ!
そんな心配はいらないから」
いやー、ないわー、本当にないわー。
と、一通り脳内会議をして出て結果がこれですわ。
もうこの際楽しんで料理番組として配信しちゃえ
にいきつきました!
「では、そろそろ再開してもよろしいでしょうか?」
カメラマンと化した彼がおずおずと切り出してきた。
「あ、はい、では続きをやりましょうか」
ゲンナリしているクロノスを横目でチラッとみながら
凛桜はとびきりの笑顔で微笑んだ。
「本日の1品目ですが……
“グランキオの焼売”というものを作ります」
凛桜がそう告げると宮廷のキッチンがざわつきだした。
「焼売ってなんだ?」
そんな声もちらほら聞こえてくる。
「皆の者、静粛に!!」
鷹獣人のおじさまのお叱りの声が飛んだ。
こっちもそっちもすべてのやりとりが丸聞こえなんだな。
「聞きなれない料理名ですからね……」
リバーブも困ったように目を細めた。
「皆さん、戸惑いはあるかもしれませんが
とても美味しい料理なので期待していてください」
ざわつくおじさま集団のつぶやきに
凛桜は半笑いになりながらも続けた。
「ざっくりと言ってしまえば焼売とは……
グランキオの身と野菜とを混ぜたものを
この四角い小麦粉で出来たかわで包み、蒸して作る料理です」
「蒸し料理なのか!?」
「小麦粉の皮で包む?」
「皮ってなんだ?
魔獣から剥ぎ取ったものか?」
「想像がつきませんな……」
はーい、そこ、またざわつかない!!
一言説明する度にざわつくのやめい!
「いやはや……なんか……申し訳ありません」
リバーブさんはすこし気まずそうにしていた。
それを目くばせで大丈夫だというように頷きながらも
凛桜は更に説明を続けた。
「では、用意して頂く材料の説明にまいります」
すると料理人達が一斉にメモを取ろうしたので
凛桜は満面の笑みでこう言い放った。
「今回の料理はすべて後程詳しく分量や手順がかいてある
レシピが載った紙を人数分リバーブさんに託しますので……
いちいちメモをとる必要はありません。
ですから料理方法のみに集中して下さい」
「………………」
すると、何故かあんなにざわめていた宮廷キッチン内が
信じられない程の静けさに包まれた。
そして全員が驚いたように固まっていた。
えっ?どうした?
私何かいけない事でもいったか?
黙ってみてろ的な高圧的な態度にとられちゃったかしら?
全員エリート料理人だからなぁ……。
凛桜の背中に冷たいものが走った。
と、次の瞬間、かなり大きな歓声があがった。
「やったぁぁぁぁ!!
これで揉めなくて済むぞー」
「おぉおおおおおおおお!!」
「毎回これに苦労していたんだよな」
料理人達が至る所でハイタッチをして狂喜乱舞していた。
えっ、いつもそんな揉めてた感じ?
「塩派か味噌派に分かれて……
派閥争いにもなりかけていた時もあったな」
「俺は油揚げの刻み方で1週間ほど彼女と揉めた」
誰かが涙ぐみながら呟いているのが聞こえた。
その様子に凛桜は若干、いや、かなり引いていた。
「凛桜殿……心からの感謝を……
まさか魔族の門外不出のレシピを紙にしたためて
我らに自ら授けて頂けるとは……」
そう言ってシャイアさん筆頭に全員が頭をさげた。
「…………」
いや、怖いから。
そんなたいしたことしてないって……。
普通にレシピ本に載っていた分量を書き写して
尚且つそこに自分がアレンジして入れる調味料や
食材を付け加えた物を書いたレシピを渡すだけだから。
まあちょっとはイラストを入れたり
ワンポイントアドバイス的な事は書こうとは思っていたけど。
そもそも“魔族の門外不出のレシピ”でもないし。
一般的……な料理です、はい。
なんてこの状況のさなかどうして言えようか……。
「この功績に対しては陛下にご報告申しあげて
ガルージャ地方の牧場で採れるゴルゴラフロマージュでも
お届けせねばなりませんな」
鷹獣人のおじさまがそう言うとシャイアさんが横から答えた。
「いや、それならば今年が旬であろう
ロゲルカバードのハートウッフの方がいいのではないか?」
「それも名案ですな」
ん?何?
え?
すると、後ろの方でガタっと大きな音がしたので
振り返ると……。
クロノスさんが椅子から思いっきり
すべり落ちそうになっていた。
「大丈夫ですか?」
凛桜が慌てて駆け寄るとクロノスは大丈夫だと
言わんばかり凛桜を優しく制しながらも言った。
「大丈夫だ、あまりの一級品の羅列に驚いただけだ。
どちらともとんでもない代物だぞ」
「えっ?」
「ロゲルカバードのハートウッフは百年に一度しかとれない
幻の鳥の卵だからな。
その味は一度たべたら忘れられない程旨いらしいぞ」
「………………」
嘘でしょうと言わんばかり凛桜が唖然としていると
横からリバーブさんが更にかぶせてきた。
「ゴルゴラフロマージュは陛下の許可がおりなければ
口にすることができない一品の1つです。
基本的には国に多大なる貢献をしたものだけが授かる
ことのできる栄誉ある食材になります」
「っ……」
それは一体どんな食材よ!
いらんて、怖すぎる。
レシピを渡すと告げただけでどうしてこんな大事になるのよ。
面食らっている凛桜などお構いなしに
鷹獣人のおじさまは更に嬉しそうに言った。
「それとも一層の事、ファリター諸島の島の1つを……」
「いりませんよ!!
本当になにもいりませんから」
凛桜は食い気味にそう叫んだ。
「えぇぇぇ?」
凛桜の魂の叫びを受けて鷹獣人のおじさまは
絶句の表情でこちらを見ていた。
いや、もうここまで来たらはっきりと断らないと。
逆になんでそんな驚いた顔しているのかの方が
疑問ですからね!
こっちの方が、えぇぇええ~だからね。
島って何よ。
石油王のご褒美じゃないんだから……。
「陛下ならそれくらいの勢いの事をおっしゃると……」
いや、そうか相手は皇帝陛下だった。
更に上の位の人だったわ……。
「い・り・ま・せ・ん・か・ら・ね!!」
凛桜はきっぱりはっきりとそう言った。