134.そういう行為はご遠慮ください……
田舎暮らしを始めて128日目の続きの続きの続きの続き。
茹でたてのグランキオを食べてみた。
「……おいひい……たまらん……」
思わずそんな声がもれてしまうほどTHE蟹です!!
私カニでございますが何か?
と言わんばかり濃厚でプリプリッ食感で後を引く美味しさだった。
「これは想像以上ですね」
「だろ?」
クロノスさんも爪の部分を丸ごと齧っていた。
密猟や乱獲されかけるのがわかるわ……。
これは1度食べたら忘れられない味だ。
だからと言って許される行為ではないけどね、うん。
密猟、乱獲絶対に駄目!!
その場にいた者達でグランキオの美味しさに
舌鼓を打っていたが……
未だに眼下の沢では激しい戦いが繰り広げられている。
騎士団の皆が頑張ってくれているので
せめてこの獲って来てくれたグランキオは
爪の先まで美味しく調理しよう。
それが戦っている人達、ひいては命を獲られた
グランキオに対しての礼儀だろう。
「では、カニ焼売を作っていきたいと思います」
凛桜がそう告げるとリバーブさん達が何やら準備を始めた。
「少し待っていただけますか」
「ん?」
と、いきなり三角錐の形状をした水晶のようなものを
凛桜のまな板の前に設置した。
透明度の高いキラッキラのピッカピカの高級水晶だ。
「角度はこれくらいですかね」
そう言いながら……
凛桜の前を行ったり来たりして置く場所や角度を
数㎝単位で調整している。
「これはなんですか?」
目の前に置かれるとちょっと邪魔なんだけどな……。
場所的にも……精神的にも?
それ以前に何をしているのですか?
「映像記録および配信装置です」
リバーブさんが申し訳なさそうにそう答えた。
「はい?」
どういうこと?
今から行う料理工程を録画するって事!?
しかも配信まで出来るって!!
某動画サイトにでもあげるつもりかい?
いや、困ります。
個人保護法や著作権問題はどうなっているのだ!
「そういうのはちょっと……」
凛桜の困惑気味の表情をみてリバーブさんはたじろいだ。
「その……それはですね……」
助けを求めるかのようにリバーブさんはクロノスさんの顔をみた。
「…………」
まさか自分に火の粉が飛んでくるとは思わなかったのだろう
クロノスはギョっとした顔でリバーブをみた。
しかしリバーブは必死に頼み込むようにクロノスに向かって
拝むようなポーズをしていた。
「…………」
目の前には必死に懇願するリバーブ。
後ろには困惑気味で少し怒りもまじってきている凛桜。
「あーそのな……」
クロノスがため息をつきながら説明しようとした矢先
なんともこの場に似つかわしくない明るい声が響いた。
「おお!!よくみえる。
凛桜殿!!凛桜殿!!」
水晶から鷹獣人のおじさまことグラディオンの声が聞こえてきた。
「リバーブよ、ちゃんと凛桜さんの役にたっておるか?」
料理長のトラ獣人のおじさまの声も聞こえる。
「父上!?」
水晶の中で、獣人のおじさま達がにこやかにこちらにむかって
手を振っているじゃないですか。
「………………」
またこの2人ですか……。
陛下のへの忠誠心および料理に対しての姿勢は
素晴らしいとは思いますが……。
ちょっと度が過ぎやしませんかね。
凛桜は乾いた笑いをうかべながら手を振り返すしかなかった。
「グランキオの新しい調理法を楽しみにしておりますぞ」
「はあ……」
どうやら王宮のキッチンと生中継が繋がった模様です。
あなた達……本当になにしてくれてんのさ!
今朝からずっと思っていましたけれども……。
“報連相”という言葉をしっているかい?
報告:タスクや業務の担当者がその経過や結果を述べる事。
連絡:仕事の情報や予定を関係者に知らせる事。
相談:問題解決や意見交換の為にお互いに話あったりする事。
これを頭に叩き込んで欲しいわ。
私の知らない所で勝手に物事を進めないでよ。
「………………っ」
凛桜が盛大に顔を顰めているのを見たのだろう。
「父上、すみません。
今取り込んでおりまして……
また後でご連絡いたします」
リバーブさんは早口でそう言うと……
水晶の尖った先をポンと軽く叩いて強引に通信を打ち切った。
「凛桜様……本当にすみません」
リバーブさん達が一斉に頭をさげた。
あ、うん……。
そのびっくりしたのは事実だけれど。
こんなにも大人の男性陣にガッツリ謝られるのは
それはそれでなんとも、うん……困る。
なんとも気まずい雰囲気が流れている……。
一旦気持ちを入れ替える為に凛桜は
豪華なパオの中でフルーツ紅茶を飲みながら
遠くを見つめていた。
「凛桜さん……そのな……」
その横でオロオロしながらクロノスが
いったり来たりして何とか凛桜の機嫌を直そうと必死だった。
そもそもクロノスさんが事前に教えてくれれば
こんな事にならなかったんじゃないの?
そう思ったらなんだかムカムカしてきた。
何処をどうしたらこの一件が
“美味しいものを食べに行こう”になるわけ?
凛桜は思いっきりジト目でクロノスを見上げた。
「なんで勝手にどんどん話を進めちゃうわけ?」
凛桜はそっぽを向きながら少し不貞腐れていた。
「それは……」
「本当の事を言ってくれないクロノスさんはキ……」
凛桜が拒絶の言葉を紡ごうとしているのを察したのだろう。
「………………っ!!」
その言葉にクロノスは息を飲んだ。
そしてその先の言葉を紡ぐ前にクロノスは片膝をつき
ぎゅっと固く凛桜の両手を握った。
「その先の言葉は言わないでくれ。
それを聞いてしまったら俺は立ち直れない」
「クロノスさん」
あまりにも真剣な表情に、今度は凛桜の方が驚いていた。
「本当にごめん。
凛桜さんを騙すつもりはなかったんだ。
ただ軽い気持ちで言ったことがどんどん大きくなり
いつの間にか俺の手に負えないくらいの計画に
なってしまっていたようだ」
クロノスさん的には、討伐ついでに私の好きな
蟹を食べさせてあげようとしていたら……。
どこからともなくこの話が鷹獣人のおじさまや
陛下の耳に入り今に至ると……。
いつも思うけれどここが謎よね。
スパイ?
私の身近にスパイでもいるの?
いや、それはないか。
騎士団に裏切り者がいるとは思えないし。
そうするとやっぱり森の情報網か?
見たこともない小動物がよく庭先にいるしな。
小鳥なのか?
みたいな動物もシュナッピーの頭にとまっていたりするし。
あの子達かしら?
どちらにせよ、物理的な鉄壁な守りがあるくせに
情報の守りだけは、いつまで経ってもスッカスカなのよねぇ。
極端すぎやしないか?
凛桜がそんなことをかんがえていた為に
上の空だったからだろうか……。
反応を返さない凛桜に焦りを覚え
クロノスは直も真剣な表情で話を続けた。
「その……言い訳にしかならないが……
クリスタル装置の事は俺も知らなかった」
「…………」
「きっとどうしても凛桜さんの調理工程をその目で
見たかったのだと思う」
トラ獣人のおじさまの仕業か……。
「本当ならばシャイア殿がここに来て目の前で
凛桜さんから教示を受けたかったのだが
どうやら腰の持病が悪化しているらしい。
長旅は無理だということになり……
泣く泣く息子のリバーブ殿に
今回の役目を譲ったという経緯がある」
料理人の方達は立ち仕事だもんね。
確かに足とか腰とかに負担はかかりそうだ。
「それに今までは、凛桜さんの教えは各自料理人が
それぞれ工程を書き写したものしかなく
それだとかなり料理の出来栄えにズレが生じるらしい」
あー確かにそうよね。
私が教えるときには、正確に塩10gとかで言わないしな。
だいたいこのくらいです。
くらいのアバウト数値だったもんな。
各自の感覚でメモをとっちゃったんだろうな。
一応、小さじ1杯くらいかな?
みたいな事は言ったんだけど……
この世界には計量スプーンのようなものはないのかもしれない。
「そうなると料理人の中で意見の対立も起きるらしく
そんなときはシャイア殿が収めるのだが……
なかなかそれも大変なようで」
そうよね、料理人の方はそれぞれ自分の料理に
プライドがありそうだし。
各自美味しい味ができればそれでいいんじゃないか
とは思うけれども……
王宮料理となると味のバラつきはまずいか。
「だからと言って断りもなく録画と配信はちょっと」
凛桜が固い声で拒絶の言葉を上げると……
クロノスはしゅんとして獣耳を後ろに下げた。
「そうだよな……嫌だよな」
この世界になるべく痕跡は残したくないのよ。
勅命と凛桜に対する気持ちの間で葛藤しているのだろう。
クロノスの手から震えが伝わり泣きそうな顔で見上げられた。
あー、もうそんな顔しないでよ。
そんな顔見せられたら絆されちゃうじゃない。
キューンって甘えた声が聞こえて来るわ……。
これが計算でやってないところが
天然タラシの怖いところよね。
いや、もしかしてそう見せての計算だったりして!?
クロノスさんはそういう男でないはないと信じたい。
「凛桜さん……」
あーもう、しょうがないな……。
これも惚れた弱み?
いやいやいや、違うぞ凛桜。
そういうのじゃないでしょ。
私はそういうキャラではない。
もうおかしいな……。
元彼の時にはなかった感情が……
クロノスさんといると引き出されてしまい
自分自身でも戸惑っちゃうわ。
凛桜はそっとクロノスの手を自分から外して
ワザとクロノスから離れてくるりと背を向けた。
「えっ?」
急にそっけなくされ、クロノスは目を見開いて固まった。
「…………から」
「…………?」
あまりにも小さい呟きだったから聞こえなかったようだ。
「今回だけだからね。
これからは録画も配信もなしだから」
「…………!!」
背中越しにほっとした感情が伝わって来た。
そして……
ふわりと暖かい何かに包まれた。
「ありがとう……凛桜さん……。
これからはきちんと話をするからな……約束だ」
クロノスは後ろから優しく凛桜を抱きしめていた。
「ん……今度やったら家を出禁にするからね」
凛桜は首だけで振り返ってクロノスを見上げながら睨んだ。
「フッ……怒った顔の凛桜さんも可愛いな……」
クロノスは凛桜の頬を優しく撫でながら
何故か琥珀色の瞳を蕩けさせて甘く凛桜を見つめていた。
「もう……ばか……」
まさかの発言に凛桜が赤面しながら面食らっていると
ワザとらしい咳が聞こえたて来た。
「あー、もう入ってもいいッスか?」
その声に2人は飛び上がらんばかり驚きバッと離れた。
「テントの外まで甘い雰囲気が駄々洩れで
料理人たちが戸惑っているッス……」
なんとも気まずい様子でノアムが頬をかきながら
テントの中に入ってきた。
2人のただならぬ様子にどうしようもならなくなった時に
新たにグランキオを仕留めたノアムが来たので
ちょっと様子を見てきて欲しいと頼まれたようだ。
「お……おう」
ノアムに続けてリバーブも目を逸らしながら入って来た。
「お取込み中すみません。
その……どうでしょうか」
今度はクロノスがわざとらしく咳をした後に
顔を引き締めて言った。
「今回は特別に凛桜さんの許可が下りた。
だが、このような事はこれっきりにして欲しいそうだ」
そう告げるとリバーブはあからさまにほっとした顔をした。
「ただし、録画は禁止だ。
その件に関しては俺からグラディオン殿
ひいては陛下にお話し申し上げる」
「わかりました」
「では、さっそくよろしくお願いいたします」
そう告げるとリバーブさんはいそいそとテントを後にした。
ふあ……びっくりした。
心臓がとまるかと思った。
クロノスと苦笑しながらお互いに微笑みあった。
と、そんな2人の様子をみながら……
ノアムがひっそり聞こえない様に爆弾発言を
投下しながら出て行った。
「もう毎回面倒くさいんで……
つきあうとかすっとばして……
はやく番宣言をしてください!!俺達の平和の為っス」
その時のもやもやが溜まっていたのだろうか
ノアムがこの後も大活躍したのはいうまでもない。