133.食いしん坊ではありません……
田舎暮らしを始めて128日目の続きの続きの続き。
ギュイィイィイイイイイインンン!!
ガリガリガリ……
トントントン、ギリリリリリリリギリ。
「…………」
キッチンに響く音として何か間違っているよね……。
凛桜は自分の背後から聞こえてくる異音に
首を傾げながらも焼売の皮をトレーに並べていた。
ギュインンンンン!!
バリバリバリバリ……。
チュイインン……。
何かが焼き切れる音がした次の瞬間
パカッ!!
何かが豪快に2つに割れた音が辺りに響いた。
パカッ!!
っていったよね……今!!
カニの殻を剥いているとは思えない音に
慄いている所にとどめをさされた気がした。
もはや殻剥きというか、解体よね……これ。
ノアム達が捕って来た記念すべき
第1匹目のグランキオの殻剥きが終了した模様。
「よし、これでだいたい解体は終了ですね」
解体って言っちゃってるし……。
「なかなかいい個体でしたね」
「身もしっかりと詰まっていましたし」
溶接の時に火花が飛ばないように被る鉄面のようなものを
顔からはずしたリバーブさん達が……
何か大作を作り終えた職人の如く
爽やかに汗を拭きながらお互いを讃えあっていた。
いや、本気でなんなのこれ……。
恐らく火の魔法だと思うけれども
高温の炎じゃないと焼き切れない殻って何よ。
「さすがリバーブ殿だな。
傷1つなく剥けるとはいやはや芸術の域だな」
凛桜の横でクロノスが感心したようにそう呟いた。
確かにプラモデルのパーツのように奇麗に
グランキオの殻が並べられていた。
これはその後、武器ギルドの方達に買い取られていくそうだ。
グランキオの殻はとても強固なので
武器や防具としても優秀らしい。
その上目の覚めるような赤い色で
艶のある光沢素材という所もポイントが高く
人気があるアイテムなのだとか。
ただ希少性が高い為になかなか流通されないが故に
かなり高額な素材だ。
今回の討伐作戦は武器業界からしたら
待ちに待った機会らしい。
国が認めた正規のギルドのみが買い付けできるんだって。
癒着や不正が行われないようにという前提で
あらかじめ抽選で決まった4つのギルドのみが
購入できる権利があるそうだ。
前にオークションを開催したら
とんでもない戦いになったそうだ。
収拾がつかなくなりそうになった上に
法外な金額にまでつり上がり……
多数のギルド長からかなり不満の声があがった。
そんな経緯があった為に、次にもし開催されるのならば
公平に抽選方式にしようと取り決めたのだとか。
その売り上げはどうなるのかと言うと……
半分は国の防衛費になり、残り半分は騎士団の維持費に
なるのだけれども……。
クロノスさんは、騎士団の維持費の中から更に半分の金額を
被害を被った村などに必ず寄付するんだって。
カロスさんとノアムさんのこっそり情報です。
一部の特権階級の人だけが得をすることをよしとしないのが
クロノスさんの信条らしい。
領民が潤わないと国が潤わないという考えなのだが
貴族ではあまりそういうことをする人は少ないとの事だった。
きっと今回の討伐でもそうするのだろう。
そして第一騎士団に所属している人達もその考え方に
賛同しているのだろう。
文句が出たことは一度もないそうだ。
あれかしら
身分の高いものはそれに応じて果たさねばならぬ
社会的責任と義務があるっていう感じ?
こういう話を聞くと素敵な人だなって思うのよね。
たくさんの人達から慕われるのって
このような人柄だからよね。
真剣な顔で部下たちの戦いを見ているクロノスの横顔を
こっそりとチラ見した。
「…………」
黙っていれば本当にいい男なのよ。
鼻筋も通っていて高いし、睫毛も長いな……。
それにモフモフの獣耳もかわいい……。
横顔でさえ見惚れる完璧なイケメンだ……。
と、そんな熱い視線を感じたのだろう。
いきなりクロノスさんが急にこちらにくるりと向いて
自分に微笑みかけてきたから……
柄にもなくその笑顔にドキッとしてしまった。
「ク……クロノスさん……」
「ん?」
どうしよう……言葉が出てこない。
「…………っ」
もじもじしている凛桜に対して
クロノスは凛桜の目をはっきりと見ながら
琥珀色の瞳を更に蕩けさして微笑んで言った。
「なんだ?もう腹減ったのか?
クククク……食いしん坊だな凛桜さんは。
まあ、確かに堪らない香りだよな。
俺に構わずグランキオなら好きなだけ食っていいぞ」
「…………」
恋人に向けるような顔でいうセリフですかそれ?
きっと今……私……
チベスナみたいな顔になっていると思う。
あなたの中でどんだけ食いしん坊キャラなのよ、私。
「…………」
「ブハッ」
隣で聞いていたリバーブさんが堪えきれなかったのだろう
思わず噴き出していた。
本当に乙女心がわからない男だな。
さっきのときめきの一瞬を返して欲しいくらいだわ。
「クロノス様らしいですね……」
苦笑しながらリバーブさんは、慰めるかの如く
ポンポンと凛桜の肩を軽く叩いた。
「ですねよね……本当に……」
お互いに目と目で通じ合いながら深く頷きあった。
「な?なんだ?
なんで2人して半笑いなんだ?」
クロノスだけがわかっていないらしく
不思議そうな顔で2人を見つめていた。
「なんでもないですから」
「なんでもありませんよ」
これがクロノスさんらしさよね……。
デリカシーのないあの一言だって
私を思っての発言だろうし。
でも……”腹減ってるのか?”
からの”食いしん坊”はないでしょ。
凛桜は苦笑しつつもほんの少し笑ってしまった。
「凛桜さん……」
戸惑いの声を漏らしながらクロノスは
納得がいってないらしく首をひねっていた。
そこへ……
「ワンワンワン!!」
きなこと黒豆とシュナッピーが飛び込んで来た。
どうやらきなこ達もグランキオを1匹捕まえたらしい。
シュナッピーの蔦にぐるぐる巻きにされた
赤い物体が凛桜達の前に差し出された。
「すごいじゃない!!
仕留めたんだね。
大丈夫?怪我とかしてない」
凛桜が2匹を抱きしめながら思いっきり頭や体を撫でていると
シュナッピーも凛桜と黒豆の隙間にぐいぐいと
頭を無理やりねじ込ませてきた。
「キューン、キューン」
俺も撫でろと言わんばかり大きな1つ目で見上げている。
あんたよくこんな腕の隙間に無理やり頭を
ねじ込ませてきたわね。
頭の先の形が少し変わってるじゃない。
丸から楕円形気味になってるから!
中身が出ちゃわないか心配ですわ。
「キューン……」
そんなことはお構いなしに
褒められ&撫でられ待ちですか……。
「もうしょうがない子ね……フフフ。
シュナッピーも頑張ったね、エライ!エライ!」
凛桜は苦笑しながらもシュナッピーの事も
思う存分撫でてあげた。
「キューン」
「意外と焼きもちやきなんだな」
クロノスもシュナッピーの意外な行動に目を丸くしていた。
「そうなのよ。
結構負けず嫌いで甘えん坊なの」
「おまえら本当によくやったな」
クロノスもきなこ達とシュナッピーに労いの言葉をかけていた。
きなこ達は、羊くらいのグランキオを捕獲してきた。
グランキオの中ではかなり小さいが……
きなこ達からすれば自分たちより大きい獲物だ。
しかもこれがまだ全体で2匹目の捕獲だった。
それくらいグランキオは獲るのが難しい魔獣なのだ。
そんなやり取りを遠巻きで見つめていたリバーブ達は思った。
“シルバーのぱくぱくパックンフラワーだと!!
本当に実在したんだ……“
“めちゃくちゃ凛桜さんに懐いているけれど……
フラワー種ってあんな感じだったか?”
“やっぱり魔界の姫だから使い魔も一流なのか?
レア種の使い魔、羨ましい……。
と、いう事はあの犬達も魔界犬!?“
またもや知らない所で凛桜の最強伝説が更新されていくのである。