表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/219

127.ひっそりと暮らしたいのです

田舎暮らしを始めて125日目。




「グロワールをノワイエ亭に授与する」


陛下の凛とした声が会場内に響いた。


「謹んでお受けいたします」


そう言ってリス獣人のパパさんがやや緊張した面持ちで

深々と頭を下げながら豪華なメダルのようなものを

受け取っていた。


その後ろの貴賓席ではソファさんはじめ

ルルちゃん達も感動に打ち震えていた。


今日は食の祭典の授与式だ。


様々な賞や功績を称えるのはもちろん

グロワールを獲得した店の店主や家族

そして店の関係者などが王宮の広場に招待されていた。



「はあ……なんだかようやく実感できた感じ」


そういいながら凛桜はその様子をバルコニーから

密かに見守っていた。


その後ろには護衛騎士のようにクロノスが

ぴったりとはりついていた。


「本当によかったのか?」


そんなクロノスの確認に凛桜は少し思案したが

すぐに表情を緩めた。


「もちろんよ。

これが一番いい選択だったって思うよ」


「…………」


そんなすがすがしい表情の凛桜とは対照的に

クロノスは納得がいっていないような顔だった。


「考えてもみてよ……。

そもそも論だけど私はこの世界の住人じゃないのよ。

表舞台には立ってはいけないと思うのよ」


長い食の祭典の歴史に異世界人の私が

名前を刻んでどうする!


「それはそうなのだが……

あんなにも身を尽くしていた

凛桜さんを知っているからな」


クロノスはぐっと眉間に皺をよせた。


「…………」


クロノスさんは真面目な人だから……

何か努力をして成し遂げた人にはちゃんと評価を

受け取って欲しいのだろう。


「フフフ……

クロノスさんは本当に優しい人だね」


そういって凛桜は嬉しそうにクロノスを見上げた。


「凛桜さん?」


まさかそんな答えが返って来るとは

思ってもみなかったのだろう。


クロノスは先ほどの険しい表情から一変して

戸惑いと嬉しさが混じったような表情を浮かべていた。


「これでいいのよ。

クロノスさん達がわかってくれるのが一番嬉しい。

ちゃんとわかって欲しい人達が努力を評価してくれれば

私はそれでいいの。

他の他人の評価なんていらないの」


心底嬉しそうに表情をほころばせてそう言った。


「凛桜さん……」


ちょうどその時下の方から歓声が上がった。

その声に驚いて凛桜はくるりと向き直った。


「あっ!みて!クロノスさん。

ユートくんだよ!!

陛下から豪華な宝箱を受け取ってるわ。

今日のユートくんは一段と凛々しいわね。

パパさんよりしっかりしてる感じ」


「あ……ああ」


そんな凛桜の言葉などあまり耳に入らない程

クロノスは上の空だった。


何故ならクロノスの中では自分の煩悩と

絶賛戦い中だったからだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!”


凛桜の先ほどの言葉が……

勝手にクロノスの中ではそう変換されていた。


なんて可愛らしいんだ凛桜さん……。


明るくてなんでも一所懸命で

いつも人の事を気にかけている凛桜さんが

たまらなく愛おしい……。


くそ……ここが王宮じゃなかったら

いますぐ凛桜さんを強く抱きしめてそのまま……。


もはや獲物を狙う肉食獣のような瞳をしたクロノスがいた。


「ルルちゃんのドレスも可愛い。

ね、クロノスさん」


「ああ……」


可愛いのは凛桜さんの方だ……。


クロノスは手を伸ばそうとして、はたと手を止めた。


いや、今は勤務中だ。

何を疚しい事を考えているんだ俺……。


でも待てよ……

このバルコニーは死角だ。

しかもここには俺と凛桜さんの2人っきり……。


いけるか?


ごくりとクロノスの喉がなった。


「……さん、…………さん?

クロノスさんってば」


「へ……は?な……なんだ」


クロノスがハッと顔をあげると心配そうに凛桜が見上げていた。


「大丈夫?

なんだか凄く低い声でゴロゴロとずっと言っているけど」


「あ……ああ」


無意識に喉を鳴らしていたらしい……。

尻尾もせわしなく横にふられていた。


それほど興奮していたのか俺は……。


凛桜さん……そんな目で俺を見つめないでくれ

そうしないと俺は本当に抑えられない……。


凛桜をみつめる琥珀色の瞳が熱を帯びてきた。


すると何故か自然にクロノスの手がそっと

凛桜の頬にかかった。


「…………?」


「凛桜さん……俺……」


と言いながらグッとそのままもう一方の手で

凛桜の腰を抱き寄せた時だった。


ぞくりと冷たい視線がクロノスにふってきた。

あまりにも巨大で尋常じゃない圧に背中に冷汗が流れた。


動きを止めて目を見開きながらその方向を探り

その発生源の中心を捕らえたクロノスが見下ろすと……。


絶対零度の笑みを浮かべた皇帝陛下が

こちらにむけて密かに手をふっていた。


“わかっておるな、クロノスよ”


そんな空耳さえも聞こえてきた気がした。


「…………」


「………………」


ハイ、陛下すみませんでした。

場所をわきまえろという事ですね。


クロノスはこれでもかと言うくらい

獣耳と尻尾がしゅんと下がった。


一方何もしらない凛桜はきょとんとしていた。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない。

このバルコニーは高いからな。

あまり身を乗り出したら危ないぞ」


「あ……うん、ありがとう」


そう言って2人はまた何事もなかったかのように

祭典の続きを見始めた。


皇帝陛下はなんでもお見通しなのである。




「本当に何度も言うようだけれども……

ノワイエ亭がグロワールを獲れてよかった」


「そうだな」


ここまでくるのには本当に長くて険しい道のりだった。

色々な事も起こった。


だからこそソフィアさん達も是非この式典には

凛桜も一緒に参加して欲しいと懇願してきたのだけれど。


うん、それはちょっと厳しいかな……。


だからノワイエ亭会議と称してその件に関しては

何回も話し合ったよ。


「凛桜さんなしではこのグロワールは取れませんでした。

でもそれ以上に凛桜さんはもはや私達にとって

家族も同然ですから一緒に栄誉を受けたいんです!!」


と、ソフィアさんに言われたのは嬉しかったな。


思わず……

涙ぐんでしまったわよ。


でもこれだけはどうしても譲れない。


私はこの世界と現実世界の両方で生きていくと決めたときに

極力この世界では目立たない様に大人しく慎ましく

生きていくと決めたのよ。


だってどんな影響がおきるかわからないじゃない?


それなのに今回は自ら足をつっこんでしまった。


後悔はないけれどもやはり一線をひくところは

うやむやにしてはいけないと思うのよ。


だからこれ以上は、断固お断りですわ。


しかしそんな事でひきさがるソフィアさん達じゃないし

だからと言って異世界人だから無理とは説明できないし……。


でもね……。


これからも平和に暮らしたいし。

極力目立ちたくないのよ。


そうじゃなくても皇帝陛下やそのおつきの高貴な方々

果てには近衛騎士団の方とも知りあっちゃったのよ。


もうすでにこの国の中枢に食い込んでしまったと

言っても過言じゃないと思う。


不可抗力とはいえ……

かなりこの世界に浸透してしまったな私……。


だからこそこれ以上……

国民の皆さんにまで顔をうってどうする!!


しかも一部の方には魔族認定されちゃっているのよ。


私は人族です!!

しかもゴリゴリの一般市民です!!


これでいいのだ。

陰でひっそり応援させて。


なんなら私……魔族ですよ。

今回気まぐれに食の祭典に参加いたしました。


本来魔族というものは、力以外に興味がないのですよ。


確か魔王様が言っていたわ。

魔族は地位やお金や権力などには興味がない者が多い。


己の力と名誉の為に命をかけていると……。


それを突き詰めて戦っていたら

いつのまにか魔王と言う魔族の頂点に上り詰めたらしい。


それはそれで凄いわ……。


そういうわけで私も一切獣人の国の事には興味がありません。


気が済んだので魔族の城に帰りました!

あとはそちらで適当にやってください。


そんな感じの事をふわっとソフィアさん達にも説明して

無理やり納得してもらったのが昨日の事。


これでなんとかなったなんて思っていたのだが……

その後に驚愕の事実を知ることになる。



食の祭典では5人の優れた料理人に

“グランシェフ”の称号が与えられるらしい。


なんとその1人に私が選ばれてしまった。


しかも魔族の姫……

凛桜として登録されてしまった。


魔族の姫ってなんだよ!!

まだその設定いきていたのっ!?


一瞬でも魔族でOKと思った自分を叱りたい。


おいっ!

誰だこんなふざけた登録許したやつ!


一言モノ申してやる……

と思っていたら皇帝陛下と鷹獣人のおじさまこと

グラディオンさんだったよ……。


う、うん……。

2人ともわかっていて楽しんでいらっしゃいますよね。


はあ……。


だ~か~ら~目立ちたくないっていってるでしょう。


もう……どうしてこうなるかな。


凛桜はノアムが持ってきてくれた号外をみながら

頭をかかえることになるのだった。


私の所だけは顔写真が掲載されていないのが

せめてもの救いなのだろうか。


本気でいらないから……。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ