125.引きが強い……
田舎暮らしを始めて123日目の続き×5。
「美味しいですね!」
「そうでしょ!
うちのくるみ料理は王国一なの」
そう言ってルルちゃんは嬉しそうに尻尾を左右に振った。
「ねずみの王国は地下にあるというのは本当ですか?」
瞳を輝かせながらユートくんが問うた。
「はい、地下にあります」
「ふぉぉぉおぉ!!」
「地下という事は常に真っ暗なの?」
ルルちゃんが不思議そうに首を傾げると
ねずみ獣人の少女はこう答えた。
「ソーレディールの雫を灯したランプが至る所に
あるので暗くないのですよ」
「ソーレディールを栽培できるのですか?」
「はい、地下の土壌は魔素が豊富なんです」
「素晴らしいですね」
ユートくんは感動に震えていた。
さすがユートくん……
この子は本当に博識だな。
ソーレディールってなによ?
珍しいお花かなにかな?
帰ったらまた植物図鑑みないと……。
小リスちゃん達と小さなねずみの少女が
キャハハハウフフと戯れている様子は可愛らしい。
本当に絵本の中の世界の様だ。
凛桜は若干だらしない顔で見ていたのだろう。
「キューワ」
やれやれと言わんばかり呆れた声が肩越しに聞こえた。
なんと助けたねずみ獣人の少女は……
正真正銘の本物のお姫様だった。
皇帝陛下が各国に招待状を出して貴賓たちを
食の祭典に招いていたらしい。
この機会に各国と絆を深めたいと陛下のたっての希望で
実現されたそうだ。
その中の1国がねずみの国だ。
ねずみの国は地下にあり……
まだ謎の多い種族だった為に誤解されていることが
多いのだとか。
身体も小さいし魔力も弱い。
それに地下に住んでいるので文化度も低いと言われていた。
否応にして肉食種族は自分が他の種族よりも
上だと思っている節がある。
ただし龍族や魔族はその範囲ではないらしい。
彼らはそれ以上に力が強大で美しい者が多いからだ。
そこはわきまえているのだ。
実際に力や魔法や文化面においても草食種族や爬虫類……
それに魚類や植物などその他の種族よりも力が強いものが
多いのも事実だ。
だからと言ってその他の種族が肉食種族よりも
劣っているという考え方は間違っていると思う。
今回それが悪い方向に顕著に表れた事件だったのかもしれない。
と、そこにクロノスさん達が駆け込んできた。
「凛桜さん、姫を保護してくれたというのは本当か!?」
「あ!クロノスさん!こっちです」
凛桜は立ち上がって手を振った。
その後ろから何やら小さい者達が20人?
20匹くらいわらわらと飛び出してきた。
「姫~探しましたぞ!!
よくご無事で……じいはじいは寿命が縮む思いでしたぞ!!」
そういって中でもひときわ大きいねずみ獣人が
お姫様の元に転がり込んできた。
「じいや……ごめんなさい」
2人はひっしと抱き合って喜んでいた。
まわりのねずみ獣人達もおいおい泣きながら姫を取り囲んで
口々に姫の無事を喜び泣いている。
その光景にルルちゃんたちももらい泣きをしていた。
「よかったわね……ぐす……っ」
凛桜までもが泣いていた。
「凛桜さん本当にありがとう」
クロノスはそう言いながら凛桜の肩を自然に軽く抱いた。
「本当に偶然の出会いだったのよ」
「あなたは本当にいい意味でも悪い意味でも
引きが強い人だな……」
「そうね……」
困りながらもはにかむ凛桜に
クロノスは獣耳をさげながら軽く頭を下げた。
「それでも感謝に堪えない。
姫に何かあったら国際問題になっていたからな。
それ以上に陛下の名に傷がつくところだった」
「大したことはしていないのよ」
きょとんと首をかしげる凛桜にクロノスは
凛桜の顔を見つめながら頬に手を添えた。
「そういう謙虚な所も凛桜さんらしいな……」
愛おしそうにそう言うと涙を親指で拭っていた。
「クロノスさん……」
「凛桜さん……」
2人は微笑みながら直も見つめあっていた。
「キューキューワ」
ジョルさんが困ったように鳴いた。
きっと2人のあつあつぶりに堪えられなかったのだろう。
俺は一体何を見せられているんだと言わんばかり
ジョルさんはルルちゃんの元へと飛んで行ってしまった。
「あ……」
「お……おう……」
今更ながらみんなの生暖かい視線に気がつき
凛桜達は赤くなりながら目を伏せていた。
「あの方は?」
クロノスの存在に初めて気がついたのだろう
ねずみ獣人の少女は不思議そうに首をかしげた。
「この国の英雄で騎士団長のクロノス様だよ。
そして凛桜さんの番でもあるんだ」
ルルちゃんがそう無邪気に答えた。
「まあ!
この国では進んでいるのですね……。
肉食種族の高貴な方と魔族の姫様が番だなんて」
「なんとそんな事が!!」
いっきに動揺とざわめきが広がり……
驚きを隠せない様にねずみ獣人達は凛桜達を見上げていた。
「ふぁ!?」
「えっ?」
言われた張本人の凛桜達は真っ赤になりながら固まった。
「いや……違うから……!!」
「そうだ違う……のか?
いや……その……違うな………魔族?番……」
信じられないくらい動揺をしてテンパっている2人がいたとか。
「お似合いの2人ですわ」
「ね~いつもラブラブなんだよ」
いや、ルルちゃん……。
これ以上傷口を広げないで……。
周りにいる大人達も頷きながら生暖かい視線で
見守るのだけはやめて……
何とか言ってよ!!
そんなおりひときわ大きな鐘の音が鳴り響いた。
「そろそろ終わりの時間が近づいて来たな」
クロノスが急に顔を引き締めると大きな時計台を見上げた。
確かにあと10分もしたら食の祭典が終了する
時間が迫っていた。
ついに決着がつくのだ……。
と、何者かが凛桜の割烹着の裾をクイっと引っ張った。
「ん?」
驚いて見下ろすとねずみ獣人の老人だった。
「魔族の姫様……。
我が国の姫を助けて頂きありがとうございました」
ああ、ねずみちゃんのじいやさん!
「それにこんなにも美味しい菓子を作り出すとは
いやはや……あなた様には脱帽しております」
そう言って深々と頭をさげた。
「その恩に報うべく……
我が国のすべて者はこの店に投票させていただきました」
そう言うとまわりのねずみ獣人達も凛桜を取り囲み
片膝をついて敬礼した。
「あ……うん……それはご丁寧にありがとうございます」
なんなのこの状況……。
なんか祭り上げられているみたいで恐縮しちゃうわ。
「本気ッスか!!
ねずみ王国からきた者達って……
確か2000人くらいいたっスよね!!」
ノアムさんが目を剥きながら叫んだ。
えっ?
2000人の大所帯で食の祭典に来たの!?
小さいからいいか……
とかいう数じゃないよね……。
でも……
ということはノワイエ亭に一気に
2000ポイント入ったって事かっ!!
土壇場に来て急激な追い上げになったわ。
もしかしたら3位入賞も狙えるかも!!
凛桜がひそかに歓喜に震えていると
更にまた鐘の音が響いた。
残り5分を切ったらしい。
投票をしていない方は今すぐ投票をお願いします。
どこからともなくそんな声も聞こえてくる。
そうよね……。
たかが1票されど1票だもの……。
最後の最後まで1票が欲しいよね。
凛桜も固唾をのんで時計台を見上げていると
なにやら店の横が騒がしくなった。
「ん?」
「なぜだレオナ……。
どうして我が思いを受け入れてくれないのだ」
「だから……もう……困ります」
「………………」
凛桜とクロノス達は目を見合わせた。
また来たんかい!!
あの残念イケメンの侯爵も懲りないな……。
今回の事件の首謀者……
というべきなのか?
クレール侯爵がレオナさんに愛の告白をしていた。
「何をやってんだあいつ」
クロノスさんも苦々しくその光景を見つめている。
「あの人毎回ああやって振られているッスよね」
ノアムさんも呆れ顔でみつめていた。
「店の邪魔になりますからおひきとりください」
「ライオネル様……
そろそろ店の方へもどりませんと」
あの疑惑のヤギ獣人の青年も困ったように
クレール侯爵を宥めすかしてなんとかその場から
連れ出そうとやっきになっていた。
うーわ……
なんかある意味……修羅場だよね……。
と、次の瞬間クレール侯爵は何を思ったのか
声高々と宣言した。
「わかった。
俺の気持ちが本物だと証明する為に
俺はこの1票をノワイエ亭に捧げる!!」
そう言って投票メダルをノワイエ亭に投票した。
「へ?」
「はい?」
「はあああああああ??」
「なにやってんだあいつ……」
「ライオネル様!!何を!!」
ヤギ獣人の青年の制止も空しく
クレール侯爵が投票を終えると同時に
最終締め切りの鐘が鳴り響いた。
「おお……レオナ……。
俺の雄姿を目に焼き付けてくれたか?」
本人はかなりの満足気のドヤ顔でいらっしゃいますが
周りの人との温度差を早く気がついて欲しいです。
というよりか……
周りを見ろよ……このボンボンがっ!
アホだ……
やっぱりこいつは天然で本気のアホだ……。
そこにいた全員がそう思った。