123.双子の刺客!?
田舎暮らしを始めて123日目の続きの続きの続き。
はっきり言って“モナコ”は飛ぶように売れた。
作ったはしから売れていき……
ぐんぐんとノワイエ亭への投票率を上げてくれている。
ここからは1時間ごとに集計発表がなされていくのだ。
現在ノワイエ亭の順位は4位にあがった。
あと一歩で入賞できる。
ロズレは変わらず3位の位置にいる。
他店舗も最後の追い込みをかけにきているらしく
どの店もあの手この手でお客さんを呼び込んでいる。
そんな中ひときわ大きな歓声がどこからか上がった。
何事?
凛桜がくるみを刻む手を止めて顔をあげると
店の前を足早に駆けていく女子の集団がみえた。
その後もそれは途切れることなく続いている。
それにキャーキャー騒ぐ声も更に大きくなっていた。
不思議に思っているとモナコを買っていた
キツネ獣人の姉妹が楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
「聞いた?あのロズレに
“ジュメルエトワール”の二人が来ているみたいよ」
「うっそ!!
カインくんとアイルくんが来てるの!?」
「そうなのよ……それにね……」
そう言って姉の方がなにやらそっと妹に耳打ちをした。
「うそ!!
知らなかったな……いいな」
急に姉妹がソワソワし始めた。
それに触発されたのかノワイエ亭に集っていた
女子達も一刻も早く買い物を終えてロズレに
向かいたい素振りがありありと感じられた。
ジュメルエトワールって何?
それに肝心なところが内緒話で聞こえなかった!!
凛桜が1人百面相をしていたのだろう
あのベルドランさんが密かに吹き出していた。
「フッ……レディがなんという顔をしているのですが
あなたと言う人は全く……」
おおおおおお!!
あの氷の麗人も笑う事があるのね!
と明後日の方向で感激していた凛桜だったが
すぐに顔を引き締めて小声で尋ねた。
「ジュメルエトワールって何者ですか?」
と、ベルドランが答える前に横から答えた者がいた。
「今女子の間で絶大な人気を誇る双子の歌手よ」
そう言って今日も優雅に微笑むレオナが佇んでいた。
「レオナさん!!」
「お嬢様、いらっしゃっていたのですね。
お迎えに上がれなくて申し訳ございません」
ベルドランさんがモナコを両手に持ちながら
片膝をついて恭しく礼をした。
その瞬間……
ノワイエ亭で買い物をしていた全ての婦女子の皆様から
うっとりとしたため息が聞こえてきた。
「レオナ様とベルドラン様よ……
相変わらず絵になるお二人ですわ」
「私もベルドラン様に傅かれたい!!」
そんな賛辞に慣れているのだろうか
2人はにっこり笑って見つめあっている。
「………………」
いや、遠くから見るとそう見えるだろうが
実際近くから見るとね……うん……。
2人とも全く目の奥が笑ってないのよ……。
それにモナコを両手で持っていることに
誰もツッコミはないの?
けっこう滑稽な図になっていると思うのだけれども。
そんな凛桜の半笑いの視線など意に介さず
女子達はうっとりとその光景を眺めていた。
この人達そんな周りの反応をわかってやってんな!
確信犯だわ……。
「ではお嬢様……
作業に戻らせていただきます」
「ええ」
その後ベルドランさんはすくっと立ち上がると
何事もなかったようにモナコの製作に戻った。
「少し苦戦しているようね」
レオナはチラッと横目でロズレの黒山の人だかりをみると
忌々しそうにそう呟いた。
「追い込みをかけているのかもね」
凛桜が呑気にそう答えたのが気にいらなかったのだろう。
猫がフシャーと毛を逆立てて威嚇するが如く
レオナは獣耳と尻尾を震わせて怒り顔で迫って来た。
「このおバカさん!!
そんな生易しいものじゃないわよ。
あいつらはこっちを本気で潰しにきているのよ」
美人が怒ると迫力あるな……
しかもそんなお美しい顔が自分の目の前に迫っている。
「さっきも言ったけれども……
ジュメルエトワールの2人はただの歌手じゃないのよ」
「へっ?」
レオナはそのままぎゅっと凛桜の襟首を掴んで
自分の方に引き寄せるとそっと囁いた。
「大半の人は知らない情報よ。
彼らの表向きの顔は人気の歌手だけれども……
裏ではお金を積めばなんでもこなす裏社会の住人よ」
「えっ?」
「あいつらの事だから自分の手は汚さず
何かをやろうとしている事は確かよ」
そんな怖い人達が何故にアイドル歌手なんか
どうどうとやれるのよ!?
前も思ったけれども大丈夫かこの国!!
「とにかく何を企んでいるかこっそり調べるわ」
レオナはそういうと犬獣人の若いメイド達を引き連れて
どこかに消えて行った。
なんだか気になるな……。
ジュメルエトワール。
私までソワソワしてきちゃった。
それが伝わってしまったのだろう。
ベルドランさんが苦笑しながら言った。
「気になるならあなたも見に行ったらいかがですか?」
「えっ?いいの。
というかそんなに顔に出てた?」
「はい。
くるみが手元にないのに空を包丁で刻んでしまうくらい
上の空でしたよ」
「えっ!」
確かに何もないのにまな板の上で包丁を刻んでいたわ。
「…………。
ごめん少しだけ抜けていいかな?」
「はい、いってらっしゃいませ」
そう言ってまたもやベルドランさんは優雅にお辞儀をした。
凛桜はこっそりロズレに向かい……
女子達の黒山の中にひっそり紛れ込んだ。
うわー女子の熱気が凄い!!
「キュ……ゥ」
コウモリさんも目を剥いていた。
隙から店を除くと確かに2人の青年がいた。
どうやらレッサーパンダの獣人のようだ。
見目麗しい男性が女子達に向かって
眩しい程のキラキラの笑顔を振りまきながら手を振っている。
レッサーパンダ特有のしましま尻尾が可愛い。
周りの女子達の情報によると……
お兄ちゃんのカインは癒し系のほわほわした
雰囲気の美青年で守ってあげたくなるそうだ。
裏世界の住人なのに?
癒し系だと……?
弟のアイルは俺様系のやんちゃな美少年らしく
生意気なんだけどたまにみせるデレが堪らないとか。
ツンデレか!
女子の大好きなツンデレか!
うーむ……
見事に女子が好きなツボを押さえて具現化した2人だな。
さすがトップアイドル。
セルフプロデュース力が高いと言うべきか……。
どうやら商品を買うと握手ができて
2000アルク以上購入するとサイン入りのブロマイド
的なものが貰えるらしい。
その種類が5つもあり……
なかにはシークレットVerもあるらしく
みんな挙って女子が買っているもよう。
もうこれってこの2人のライブ会場みたいじゃん。
ロズレの料理の方がおまけみたいだ。
でも……なんかおかしいのよね。
異様に周りの女子の熱気が凄くない?
なんだか熱に浮かされているような……。
それに2人からブロマイドを貰った直後に
女子達が必ず投票場に向かっている。
おそらくそのままロズレに投票していると思うわ。
偶然にしては数が多すぎる。
100%その後に投票に行っているのよ。
漏れ聞こえている感じでは特に言葉で
ロズレに投票するように示唆している訳でもないし。
なんだろうこの違和感……
引っかかるわ……。
そんな事を思っているといつの間にか女子達と
同じように列に並んでしまっていたらしい。
そのまま凛桜の番が来てしまった。
「はーい、こんにちは」
目の前でカインさんがにっこりと微笑んでいた。
「これはこれは魔族の可愛いお嬢さん!
いらっしゃいませ。
今日は“ガルッチャーヌのオランジュソテーが
お薦めですよ?」
そう言ってウィンクをしながら凛桜の手を取ろうとした時に
コウモリさんが警告するように鳴いた。
「ギュワッギュル!!」
それは今まで聞いたこともない低い強い声だった。
すると一瞬だが2人の兄弟の顔から表情が
スッと消えたように見えた。
なに?
凄く怖い気配を感じたけど……。
それは凛桜も少なからず肌で感じ取っていた。
が、凛桜が2人をみるとそんなことはなかったかのように
ニコニコと微笑んでいる。
「随分焼きもち焼きの使い魔さんですね。
フフフ……
今度は是非2人きりで会いましょうね」
そう言ってカインさんは商品とブロマイドを1枚手渡してきた。
「キュワーキュ……」
コウモリさんは未だ怒りが収まらないらしく
珍しくぶつくさ何かを呟いている。
話ができないのがこういう時って辛い。
一体あの一瞬の時間に何が起こったのだろう。
凛桜はモヤっとしたままノワイエ亭に帰って来た。
その時には既にレオナも帰ってきており
何やら難しい顔でベルドランと話をしていた。
「レオナさんおかえり」
そう言って凛桜が手を振ると2人が一斉にこっちを向いた。
「あんたそれ!!」
「凛桜さん!!それ!!」
「ギュワ!!ギューキュキュキューワ!!」
何故かコウモリさんが大声で鳴きながら
2人の元に飛んでいった。
「えっ?なんですって」
「やはりそうでしたか……」
「キュキューワ!キューギュギュ!!」
「ええ全くその通りですわ」
いや、だから説明しろや!!
全く何がなんだかわからないからね!
3人だけで納得して話進めるのをやめてよ。
そこにルルちゃんがやってきた。
「凛桜お姉ちゃん何処に行ってたの?」
「あージュメルエトワール見に行ってた。
もしかしてルルちゃんも好きだったりする?」
するとルルちゃんは何故か顔を顰めながら
首を横にふるふると振った。
「ルル……あの2人の目が怖いから嫌い」
「えっ?」
そこにいた大人達が全員その発言に固まった。
「やはりそうでしたか……。
なかなかいい目をお持ちですよ。
ルルさんその感覚を大事にしてください」
そう言ってなにか確信したようにベルドランが頷いた。
その時無情にも新たな順位発表が告げられ
ノワイテ亭は変わらず4位。
そしてロズレは2位に浮上していた……。
残りはあと1時間30分。
ノワイエ亭はかなり窮地に立たされていた。
次の発表は、事実上最終決定だ。
「一体どうなってるの?」
凛桜が頭を抱えながらも最中作りに戻ると
ベルドランさんが苦々しそうにこう打ち明けた。
「ジョル様の話によりますと
恐らくですが……
あの2人が女性と握手する時に軽い魅了暗示を
かけていることがわかりました」
「そんな事できるの?
それって駄目なことじゃないの」
「はい、表向きは確実に禁止されている行為です。
しかしほんのわずかな暗示なんです。
何と言いましょうか……」
すると見かねたのか……
レオナがため息をつきながらこう答えた。
「私たちの世界ではよくある手といったら
聞こえ悪いけれどもある事なのよ。
こう見えても人気が大事な職業だからね。
まあ暗黙の了解というか……
多かれ少なかれ使っている人がいる
と言っても過言じゃないわ」
「凄い世界なんだね……」
「まあ限度はあるわよ。
特に魅了魔法は使い方によって相手の身を滅ぼすからね。
なんでもやり過ぎると捕まるわ」
「因みにレオナさんも使ってるの?」
凛桜が遠慮がちにそう問うとレオナは目をスッと細めた。
「ばかね。
この私がそんなことするわけないじゃない。
そんなことしなくてもこの私の美しさは
誰もが認めるものなんだから」
そう言ってフフンと言わんばかりドヤ顔を決めていた。
「…………」
愚問だった……。
そうだ、この人はそういう人だった。
聞いた私がバカだったわ。
そんな凛桜の生暖かい視線がちょっぴり恥ずかしかったのだろう
これみよがしに咳をしてごまかすと話を進めた。
「んん……んんん。
問題はその使い方なのよ。
自分の人気を上げるための極わずかな魅了ならば
いいのだけれども……
今回はそれにのせて投票を促す様に細工したことが
大問題なの!!」
「どうしてそれがわかったの?」
「ジョル様のおかげよ」
そう言ってレオナは不本意そうにコウモリを見据えた。
「キュ!」
「悔しいけれど私のメイド達じゃ気がつかなかったわ」
「そうなんだ」
「それにこれにも仕掛けがあります」
そう言ってベルドランがブロマイドを見せてきた。
見るとなんの変哲もない2人が笑顔をバキバキに
決めている写真だった。
「これがなにか?」
「ここの空白の部分に仕掛けがありました。
が、いまは既に消えています」
「えう!?」
ベルドラン曰く……
2人が写っている背景の空白の部分にロズレへ
投票することを促す魔法の文字がびっしりと書かれていたそうだ。
人の潜在意識に無意識に刷り込む禁忌魔法らしく
本来使える者も少ない魔法なんだって。
でも1回見ると消えてしまうので追跡は無理との事だった。
物的証拠がないとクロノスさん達に言えないし
うーなんか悔しい。
それに既にブロマイドの配布は終了しているらしい。
もう新たに貰う事はできない。
万事休す……。
まあモナコとくるみゆべしの売り上げは止まらないから
後は天に運をまかせるか……。
凛桜は祈る様に空を見上げた。
因みに後でこっそりベルドランさんから
聞いた話なんだけれども。
カインが凛桜の手を取って暗示をかけようとした時に
コウモリさんが殺気を込めて言い放った言葉が衝撃だった!
「こだぬき、お嬢に気安く触んじゃねぇ!」
だったらしい……。
確かにレッサーパンダってタヌキっぽいけど……。
こだぬきって……。
それ以上に……
私ってジョルさんに“お嬢”って呼ばれていたのか!?
知らなかった……。