121.みんなが好きな味!?
田舎暮らしを始めて123日目の続き。
人気と商品の供給が見合わない為に……
少しずつだがノワイエ亭の売り上げが落ちきている。
それどころかお目当ての商品が買えないという
不満までチラホラ出始めている始末。
まずい……。
今日は人気投票の日だ。
売り上げ以上に評判が大事だ。
地元の人ならば今までの評判や味などを知っているので
多少何かあってもノワイテ亭のファンの人なら
迷わず投票してくれるだろう。
でも観光客やその他のノワイテ亭の事を知らない
人達のような浮動票は一発勝負だ。
その時に印象が残らなければその票はつかめない。
この票をいかにたくさん取り込めるかも大事な
勝因になるはずだ。
ましてやお目当ての商品が買えなかったなんて事に
なったら目も当てられないよ。
「やっちまったか私……」
つい心の声がこぼれてしまう。
「何がやっちまったんですか?」
項垂れる凛桜の目の前に現れたのはベルドラン様だった。
「ベルドランさん……」
その後ろにはレオナさんの専属メイドのミモザさんの姿も見えた。
「本日お嬢様は仕事の為に遅れてきますが
先ほど私達を含め投票は終えてきました」
そう言って優雅にお辞儀をした。
「ありがとうございます。
それで本日はどういうご用件で?」
凛桜が不思議そうに首を傾げて疑問を投げつけると
ベルドランはさも当然のように答えた。
「本日もお手伝いに参った次第ですが……
何か問題でもございますか?」
何を今更と言わんばかりに眉を顰めていた。
「えっ?
今日も手伝ってくださるのですか?」
まさかの申し出に凛桜は目を見開いていた。
お給金も何も出ないのに……
本当にいいのだろうか……。
「はい、誠心誠意お手伝いさせていただきます」
至極真面目な申し出の様だ!
「助かります」
ベルドランさんが気分を悪くしたのではないかと
ひやっとした凛桜だったが……
チラリと顔を盗み見ると口元が微笑んでいるので
怒ってはいなさそうだ。
密かにほっと胸をなでおろしたわよ。
2人が来てくれるなんて100人力だ。
いやこちらの世界では1000獣人力だったかしら。
本当にありがたいし助かるわ。
「では、本日もよろしくお願いいたします」
そう言ってきっちり90度の角度でお辞儀をすると
2人はすぐに販売の補助を始めてくれた。
そこにユートくんの声が飛んできた。
「凛桜さん!
ローストビッグサングリアベーグルと……
ゴロゴロくるみとイチジクのベーグル売り切れました」
「本気か……」
更にソフィアさんの謝る声が前の方から聞こえてきた。
「申し訳ございません。
午前中の分のサラダは売り切れております。
もしよろしければ午後に来て頂ければお出し出来るのですが」
うわぁ……サラダも売り切れちゃったか……。
「今すぐ欲しいから来てんだよ。
もういい!他の店で買うから」
あーお客さん怒って帰っちゃったよ。
凛桜はチラリと広場の時計台を見上げた。
只今の時刻は12時25分か……。
まだまだ書入れ時なのにどうしよう……。
何か他に売れそうな物をもってきていなかったかしら。
そんな事を思いつつ裏の方へまわろうとした時に
クロノスさん達が陣中見舞いにやってきた。
「よお、あいかわらず繁盛しているみたいだな」
「クロノスさん!!」
「先ほど俺達も投票して来たッスよ」
ノアムさんがサーモンとくるみとクリームチーズの
ベーグルを頬張りながらクロノスさんの後ろから
ひょっこりと顔をだした。
「こんな事を申し上げるのは如何なものかとは思うのですが
少し品数が少なくないですか?」
カロスさんがにわかに心配そうな顔をした。
「そうなのよ……。
前日の評判が密かに今日の売り上げを圧迫しているの。
本当はありがたいはずなんだけれども……
それがかえって自分たちの首をしめているというか」
凛桜は深いため息をついた。
と、同時にお腹が盛大になった。
「グゥウウウウウ……」
「えっ?」
まさか自分のお腹の音とは思わなかったので
周りをキョロキョロ見渡してしまったが
どうやら発生源は自分らしい……。
また再び辺りに鳴り響くくらいお腹が鳴った。
「キュキュキュキュ!」
コウモリさんも思わず笑ってしまうほど盛大に
お腹をならしてしまった。
こうなったらもう自分の意思では止められないレベルだ。
自覚したとたん確かに凄くお腹が空いてきた!!
「ククククク……。
腹が減っていてはいい考えは浮かばないぞ
ここらでお昼休憩をとったらどうだ」
笑いを堪えながら……
いや思いっきり笑っていたなクロノスさん……。
クロノスさんにそう諭されたのでお昼にしたいと思います。
本当に恥ずかしい……。
そう言えば朝早くにおにぎりを食べた以来
何も食べていなかったわ。
「はい……そうします」
凛桜は自分が作ってきたお弁当を取るために大きな籠を開けた。
そこにはみんなの為のお昼とおやつも入っているのだ。
「凛桜さん、ルル達にもお昼をお願いしてもいいですか?」
ソフィアさんがくるみゆべしを補充しながら話しかけてきた。
「了解しました。
では交代でお昼をとりましょう」
「ルルお腹ペコペコだよ」
「凛桜さん!
今日のお昼はなんですか?」
ユートくん達も楽しみにしてくれていたようで
身を乗り出して籠の中を覗き込んできた。
「今日のメニューは“みそとくるみの生姜焼き”と
“塩おむすび2つ”に“くるみとさやいんげんのサラダ”
デザートに“あんこ入りくるみ最中”だよ」
「うあわ!!美味しそう」
「今日もくるみ尽くしのお弁当ですね!」
超ご機嫌な2人にお弁当箱を渡すと……
横からごくりと唾を飲み込む音が3つ聞こえた。
「………………」
3人の視線はお弁当にくぎづけだった。
まるでハンターのような目だったよ。
くわせろ!!
何がなんでも食べたいッス!!
食べたいです!!
幻聴まで聞こえてきた……。
いや……
もしかしたら心の声が出ちゃっているのかも知れない。
しょうがないな。
こんなこともあろうかと多めに作って来てよかった。
「皆さんも食べますか?」
「「「是非!!」」」
間髪入れずに答えたなこの人達!
そして皆で仲良くお弁当タイムが始まった……。
ルルちゃんがちゃっかりノアムさんのお膝に座り
食べさせて貰ったりしているのを微笑ましく見ながらも
凛桜の表情は冴えなかった。
本当にどうしよう……。
このままいくと3位までに入賞することは厳しいな。
確か13時30分に1回中間発表があるのよね。
またもや中央広場の時計をチラ見した。
現在の時刻は13時ちょうどか……。
「……さん、凛……さん……。
凛桜さん!!」
「えっ?はい!」
クロノスさんに呼ばれていることに気が付かなかったわ。
「大丈夫か?」
「あーはい……」
ぎこちない笑顔をしてしまったのだろう
クロノスさんは何かいいたげな表情だったが
そのまま話始めた。
「実はな昨日騎士団の中で話題になったのだが……」
「はい」
その時に3人が急にめくばせをしながら頷きあった。
「………………?」
「そのな……」
何故か少し言い辛そうに切り出した。
「もっと甘い物が食べたかったという話になってな」
「はい?」
「いや、そのな……。
くるみゆべしは美味しい!
病みつきになるものが続出していることも確かだ。
しかしいかんせん値段が高い」
確かにそうだ、うん。
「マフィンシリーズに関してだが……
俺は旨いと思うが以外に好き派と苦手派がいるみたいだ」
へぇ……マフィンは好みがわかれるのか。
と、急に珍しくカロスさんが話に割り込んできた。
「そんな中で唯一みんなが好きだと言った甘味が
“あんこ”なんです」
あんこ!?
確かに柔らかい甘みだけれども……。
「俺もあんこが食べたいという理由で和菓子が
好きになったと言っても過言ではありません。
あの優しい甘み、そして身体にもいい甘さですし。
確か低カロリーとか言うものですよね?」
カロスさんの和菓子談議が始まった!!
「そう言えば餅つき大会の時も……
1番にあんこがなくなったわね」
クロノスも納得するようにうんうんと頷いていた。
「だからみんな密かにあんこの商品が店頭に
並ばないか期待していたのです」
「そうなんだ」
そんなにあんこが所望されていたのか!!
思えば地味にあんこくるみ入りのおやきも売り切れていたな。
メニュー開発の前にアンケートを取ればよかった。
「そこでだ!」
話の主体がクロノスさんに戻ってきたようだ。
「この“あんこいりくるみ最中”を発売することは
できないのか?
これならばくるみゆべしと並んで爆発的に売れると
思うのだが……」
「是非そうして欲しいです。
最中ならば1個の値段もそんなに高額ではないですよね?」
カロスさんも獣耳を横にへにゃりと倒しながら
伺うように凛桜の顔をみた。
最中ねぇ……。
確かに最中なら材料さえあれば簡単に数は作れる。
3時のおやつにと思って作って来たから
今現在既に100個は手元にある。
皆には申し訳ないけれども……
午後から試しに売ってみるのも手だな。
問題は皮とあんこだよなぁ。
家に帰れば死ぬほど最中の皮のストックはある。
これも何かに使えるかもと思って大量に買ったのよね。
それこそオーソドックスな四角い茶色い最中の皮から
くまさんの形の皮とか梅の形もあったな。
そう言えばセットで買ったやつの中に少しだけれど
くるみの形の皮もあったわ!!
あんこは冷凍保存にして業務冷蔵庫にたくさんあるし。
あー取りに帰りたい!!
今すぐ取りに帰りたい!!
クロノスさんに頼んでいまからダッシュで帰ったとしても
間に合わないよな……。
それに帰れたとしても1人では大量に物資を
運ぶ事もできないし。
あー駄目だ。
完全に詰んだ……。
逆に100個しかないのにそれを売って……
大量に押し寄せて買いに来られたらそれこそ
焼け石に水だし……。
その時……
凛桜の膝の上で美味しそうに“フルーツあんみつ”を
食べていたコウモリさんことジョルさんが鳴いた。
「キュ!!キューキュ!!
キュウーキュ!キュキュキュ!!」
なんか物凄くドヤ顔で胸を叩いていますが
1ミリもわかりません!!
「そんなことが可能なのですか?」
ユートくんが尊敬の眼差しをジョルさんに注いでいる。
クロノスさん達は大きく目を見開いたまま
ジョルさんを凝視している。
1人状況を把握できない凛桜は狼狽えながら言った。
「えっ?
ジョルさんなんて?」
するとルルちゃんがまたもや答えてくれた。
「空間移動能力があるから一瞬で大量に物資を運べるって」
「そなの!?」
「キューウ!!
キュッキュキュ!!」
「だから今から凛桜さんの家に取りに行こうって言ってるよ」
「えっ?」
それはまさかまたあの人が降臨しちゃったりする?
すると後ろから呆れたような声がした。
「またお前達か……。
魔王遣いが荒くはないか?」
「ふぁ……」
まさかの魔王様の登場でクロノスさん達が
驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
そんな中魔王はつかつかと凛桜の目の前まで来ると
徐に凛桜の顎をクイっとつかんで妖艶に微笑んでいった。
「この借りは大きいぞ凛桜……。
それこそ魂……いや……お前自身を頂こうか」
「えっ!?ええええええ!!」
魔王の大胆発言にクロノスがいち早く反応して
凛桜を取り戻そうと手を伸ばしたが……。
ほんの僅かの差で凛桜は魔王と共に空へと消えた。
「油断も隙も無い男だな」
クロノスは空を見上げながら苛立たし気に尻尾を揺らした。
もちろんその後ろでユートくんが感動に打ち震えて
いたことは想像に難くない。
魔王様来たぁぁぁぁぁぁ!!
本物の迫力すげぇぇぇぇぇ!!
でも今の人……
たまにうちでくるみのキャラメリーゼを大量に
買っていく人に似ているな。
「…………」
まさかな……。
ユートは一瞬考えて首をひねったが
すぐさま考え直す様に頭を左右にふるふるとふった。
魔王様がお菓子を買いに来ることなんかあるわけないし。
もし凛桜がその話を聞いていたら間違いなくこう言うだろう。
「いや、それ正真正銘の魔王様だよ」と。
しかし本気で凛桜さんって何者だよ!!
実はあの人が1番最強なんじゃないか?
またもやユートくんの中で凛桜の株が急上昇するのである。